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第二話

「……………………………………………………は?」



 思わず「…」を大量に投入するほどフリーズしてしまった。

 彼女?

 彼女ってなんだそれ。


「実はね、話すとすんごーーーく長くなるんだけど」

「簡潔にお願いします」

「う……、わかったわ。削りに削って原稿用紙1000枚で説明してあげるわ」

「苦行を押し付けないでくれる!?」


 それもう説明じゃないじゃん。

 大長編じゃん。


「わかりやすく! ワンセンテンスで!」

「えーと、私、恋人ができないまま死んじゃったんだ」

「恋人ができないまま……?」

「そう、つまりカレシいない歴イコール享年ってこと」


 そ、それはなんとまあ、悲劇というかなんというか……。


「生きている間はまーったく気にしてなかったんだけどね。死ぬ間際、今までの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡ってきて、その時ハッと気がついたの。そういや私、カレシいなかったじゃん! って」

「そこで気づく!?」


 さっきまでもおかしい子だとは思っていたけど、この子だいぶアレじゃない?


「で、そのままポックリ」

「そ、そう……」


 一度も恋人ができなくて成仏できなかったっていうのも、なんだかなあって感じだけど。

 そんな桜ノ宮さんは地面に突っ伏すと両手を組み合わせて空を仰いだ。


「ああ、可哀そうなやよい。あなたは24年間、何をしてきたの? 趣味のアニメに身を捧げ、同人誌の海におぼれ、はかなくて短い人生の中で一度もカレシがいなかったなんて……およよよよ」


 ……ちょっと待て。

 今、聞き捨てならないセリフが飛び出してきたぞ。


「に、24?」

「ん? ジャック・バ○アーがどうかした?」

「いや、テロリスト相手に戦うアメリカの捜査官のドラマじゃなくて……」


 そんなツッコミ初めてしたわ。


「桜ノ宮さんって24歳なの!?」

「そうよ、24歳よ。見てわからない? ボンキュッボンの大人の女性じゃない」


 いや、少なくともボンキュッボンではない。口には出さないけど。


「アッキーノ・モッチッチは? 何歳?」

「あ、その名前でいくんだ……。僕は20歳だよ」

「は、はたち!? その見た目ではたち!?」


 どっちの見た目だよ。


「おーいおまわりさーん! ここに年齢詐称の男がいますよー! 逮捕してー!」

「年齢詐称って言うな!」

「びっくりしたー。私、てっきり22歳くらいかと思った」

「妥当だよ! 20歳も22歳も変わらないよ!」


 どこにびっくりする要素があるんだ。


「うふふー、そうかー、はたちかー。私のほうが年上なんだー」


 言動や行動は完全に小学生レベルだけどな。


「うふふふー、嬉しいなー。年下かー。アッキーノ・モッチッチ! 今後は私のことを女王陛下とお呼び!」

「いやいや、年上はそんなに偉くない」


 上下関係ひどすぎだろ、それ。

 っていうか、話が脱線してしまった。

 桜ノ宮さんのペースが伝染ったのだろうか。

 彼女にしてほしいって件をどうにかしないと。


「それよりも桜ノ宮さん、さっきの話のことなんだけど……」

「アインシュタインの相対性理論の話?」

「そっちじゃねえ!」


 だいぶ戻ったな!


「彼女にしてほしいって話!」

「ああ、それ? どう? 私と恋人にならない?」

「その……なんていうか……、理由がわからないんだけど。なんで僕の恋人になりたいの?」

「だからさっき言ったじゃない。私、カレシいない歴イコール享年なの」


 いや、それだけで成仏されずにこの世にとどまるかなあ。

 過去、何度も成仏していない幽霊を見てきたけど、みんな何かしら強い未練を残していた感じがする。

 もちろん、直接話したり聞いたりしたわけじゃないけど、少なくとも彼女のように明るい表情ではなかった。


「もっと別の要因があるんじゃないの?」

「別の要因?」

「例えばほら……、誰かと喧嘩別れしたまま死んじゃったとか。身近な人にお礼を言えないまま死んじゃったとか」

「んーとー。言われてみればあったような、なかったような……」

「思い出して。もしかしたらそれを達成したら成仏できるかもしれないよ?」


 むしろ成仏して一刻も早く僕のそばから消えてほしい。


「ダメだー、思い出せない! 思い出せるのは期待して買ったお菓子があんまり美味しくなくてガッカリしたことくらいだー!」

「ショボいな!」


 なんだそのショボエピソード!

 どう考えても未練を残して成仏できない理由ではない。


「あと、うっすらポチの顔が思い浮かぶ」

「ポチ?」

「うちで飼ってた犬」


 THE・普通! MAX普通!

 なんだよ、あれだけ名前にこだわってたのに。

 犬の名前がポチって安易すぎるだろ。


「あ、ポチって言ってもね? ドーベルマンで、うちの家族以外の人間は見境なく襲い掛かる最強のガードマンよ」

「名前と性格が合ってねえ!」


 それ飼って大丈夫なの!?

 近所から通報されない!?

 宅配業者さんとかどうしてんだろ。


「懐かしいなー」


 遠くを見つめる彼女に、僕は意を決して聞いてみた。


「……なら、行ってみる?」

「え? どこに?」

「その……。君んち」


 あまり亡くなった人の家には行きたくはないんだけど、事情が事情だしな。

 もしかしたら成仏できない理由がわかるかもしれない。


「行きたいのは山々なんだけどねー、覚えてないんだー」

「覚えてない?」

「死んだショックか、記憶力が乏しかったのか、どこに住んでて何をしていたのかさっぱり思い出せないの」

「そう」

「でも自分の名前やカレシがいなかったことはすっごく覚えてるの! あと血液型占いにハマってたこととか、ぷちぷちをつぶすことにハマってたこととか……」

「なんでそんなどうでもいいことのほうを覚えてるわけ!?」

「そんなわけで、現時点で思い出せるのがカレシがいなかったこと! なのであります!」


 ビシッと敬礼をする桜ノ宮さん。

 正直、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか見当もつかない。


「ねえ、いいでしょいいでしょー。カレシになってよー」


 ガクガクと肩をゆすって懇願する彼女。

 ちょっと面倒くさい子だけど、これだけは言えそうだ。



 彼女は決して悪い子ではない。



「それに、もし私を彼女にしたら、テストの答えをこっそり教えてあげられるよー」



 ……悪い子ではない、たぶん。

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