第八話
大学に着くと、昨日と同じ場所に水無月さんがいた。
「水無月さん!」
すぐに駆け寄って声をかけると、彼女は嬉しそうに顔を向けた。
「……あ、ブタさん」
「ブタじゃねえ!」
危うくコケるとこだった。
そういえば僕の名前ブタのまんまだった。
「あーひゃひゃひゃ! ブタだって、ブタ! アッキーノがブタ……ひっひっひっひ」
桜ノ宮さんは当然のごとく腹を抱えて爆笑している。
もとはと言えばこいつのせいなのに。
「……えーと、ごめんなさい。私、何か間違ってました?」
「いや、別に間違ってはない」
僕は地面の上で笑い転げる桜ノ宮さんの首根っこをつかむと、空高く放り投げてやった。
「うにゃあああああぁぁぁぁ……」
桜ノ宮さんはまた星になった。
そのまま月の住民にでもなってしまえ。
「それで、どうでした!? 奈緒に会えました!?」
水無月さんは空高く飛んでった桜ノ宮さんに見向きもせず聞いてきた。
どうやら3回目ともなると見慣れてしまったのだろう。
それか、桜ノ宮さんのことなどどうでもいいか。
……まあ、たぶん後者だろうけど。
「会えたには会えたけど……。ごめん、話ができなかった」
僕は昨日のことを伝えた。
小松奈緒には会えたこと、でも水無月さんの名前を出した瞬間逃げられてしまったこと、ついでに「帰って!」と初対面で言われたこと。
「そう……ですか……」
期待のまなざしを向けていた水無月さんは僕の話を聞いてシュンとうなだれた。
「……すいません。私の我が儘なお願いのせいで、あなたに迷惑をかけてしまって」
「いや、迷惑だなんてそんな……」
もとはと言えば水無月さんにちょっかいを出してきた男が悪い。
「何か私にできることありませんか!?」
水無月さんは拳を握り締めて身を乗り出してきた。
正直、顔半分血だらけの女性から詰め寄られると少し怖い。
「な、何かって……」
僕はちょっとのけ反りながら目線をそらす。
「何でもします! 奈緒に私の気持ちを伝えることができるなら!」
「そうは言っても、ここから動けないんじゃ、なんにもできないよ……」
だからこそ、地縛霊というのは厄介なのだ。
いつまで経っても成仏できないから。
「手紙があるじゃん」
どこからともなく桜ノ宮さんが姿を現した。
「どわああああああっ!」
突然の出現に、思わず万歳状態でひっくり返る。
「あははははは! めっちゃビビってる! あははははは!」
桜ノ宮さんは僕を指さしながら大笑い。
こ、この神出鬼没女め。月の住民になってたらよかったのに。
……いや、それよりも。
「手紙?」
桜ノ宮さんの提案に、僕は地面に尻もちをつきながら尋ねた。
「そう、手紙。このメスブタ……じゃなかった、水無月さんここから動けないんでしょ? だったら手紙書いてもらえばいいじゃん」
「メスブタって……。でもそれ、いい案だな」
「そうですね! 手紙なら渡すだけでいいですし!」
水無月さんも手を合わせながらコクコクとうなずいた。
そうか、手紙か。
どうして思いつかなかったんだろ。こうして気持ちを伝えたい本人が目の前にいるのに。
「意外と頭良かったんだな、桜ノ宮さん」
「ふふん、こう見えてIQ1億ですから」
「……その発言は頭悪いな」
ともあれ、僕らは小松奈緒に対し手紙作戦を開始することにした。
「で? 手紙はどうやって書く? 水無月さん書ける?」
「私、ペンも手紙も持てませんけど……」
「へ?」
「霊体ですし」
「へ? へ?」
……なんで? 桜ノ宮さんは持てるのに?
「なら私が書いてあげよっか!」
身を乗り出す桜ノ宮さんの頭をむんずと捕まえて言った。
「じゃあ僕が書くよ。文面は水無月さんが考えて」
「はい」
「むー! 私が書きたかったのにー!」
きいー! とむくれる桜ノ宮さんに僕は頭をつかみながら「黙れ小僧!」と某ジ〇リ映画のセリフを言って黙らせた。
彼女に任せたら余計なことまで書きそうで怖い。