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藁の縄  作者: 紫李鳥
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 渓からの川の流れは(はや)く、大雨でも降れば氾濫しそうな勢いで、轟音を立てていた。

 

 峠から見ると、その渓谷の断面には太古の昔から棲みついている草木が生い茂り、激流に飲み込まれながらも押し流されることはなかった。


 その川沿いにある一軒の掘っ立て小屋に、一人の女が住み着いていた。どこから来たのか、いつから居るのか。女の素性など誰一人として知らなかった。


 瓜実顔(うりざねがお)に切れ長の目、島田髷(しまだまげ)に、黒地の江戸小紋を粋に着こなした女は堅気でないのは、素人目にも明らかだった。


 居着いた頃は、村人から物乞(ものご)いをしていたが、そのうちその必要がなくなった。


 女の噂は村中に広まり、夜な夜なやって来る男たちが金をくれるようになったからだ。言うまでもなく、女の体と引き換えに。



 ――十五年が過ぎていた。その川沿いの掘っ立て小屋には、娘が一人で住んでいた。その容姿は、八年前までそこに住んでいた女を彷彿(ほうふつ)とさせた。


 娘の名をおえいと言った。おえいは聾唖(ろうあ)なのか、誰も声を聞いたことがなかった。その代わり、読み書きができた。


 誰に教わったのか、小枝を手にすると、小屋の横にある空き地に文字やら絵を描いて過ごしていた。


 日が暮れると、一人の男がやって来て、おえいの頭を撫でた。おえいは笑顔で男を見上げた。



 そんなある日、二人の男が突然、村から消えた。村人は口々に言った。「神隠しにでもあったんじゃなかろか」と。村人総出で至る所を捜したが見つけることはできなかった。


 峠の茶屋で神隠しの話を耳にした岡っ引の銀次は、村人から事情を聴いた。


「ええ。二人のかみさんいわく、朝、目が覚めたら姿がなかったらしゅうて」


 初老の男が、鍬を片手に手ぬぐいで汗を拭いた。


「うむ……二人に共通する点は何かなかったか」


 銀次は眉をひそめた。


「二人とも所帯持ちの稼ぎ手でして、家のもんは途方に暮れてますだ」


 銀次は腕組みすると、首を傾げた。捜査の同行を頼むと、畑仕事があると言うことで、甚作という大工を代行させた。


 律儀な印象を受ける甚作は、口数も(すくな)く、銀次の後ろにつき、歩調を合わせていた。



 川の辺りに来た時だった。


「しかし、この川は流れが速いな。……酔っ払って川にでも落っこちたんじゃねぇか」


「でしょうか……」


「おう、あそこにある小屋は?」


「あ……耳も聞こえず、口もきけない子供が一人で住んでおりますだ」


「そんな子がどうやって食べてるんだ」


「……わしらが芋やら残飯をやってますだ」


「なんでまた、そんな子が一人で」


「……母親は八年前に病死しましただ」


「父親は?」


「……それは分かりません。母親があの小屋に住み着いたのが十五年前ですだ。わしらに物乞いして暮らしちょりましたが、……いつの間にか(はら)んどりました。誰の子かと噂になりましたが、結局、分からずじまいで――」


「何やら(いわ)くがありそうだな。ちょっと覗いてみるか」


 菅笠(すげがさ)合羽(かっぱ)をからげた身軽な格好の銀次は、草鞋(わらじ)の足を軽快に踏んだ。


「……」


「待てよ。耳が聞こえねぇのに、どうやって物をやるんでぇ」


 足を止めた銀次は、素早く振り返ると、鋭い目で視た。


「……戸口に置いておくですだ」


「……なるほどな」


 納得した銀次は、また歩き出した。



 戸口まで来ると、


「さて、どうやって戸を開けさせる……」


 銀次が独り言のように呟いた。


「……」


「おーいっ、開けろっ!」


 銀次が激しく戸を叩いたが、中からはなんの応答もなかった。次に戸を引いた。


「チッ。閉まってら」


 銀次は諦めると、小屋の裏手に回った。川縁には雑草が生い茂り、小屋を覆っていた。よく視ると、草に隠れるように、羽目板から藁縄がぶら下がっていた。


「なんでこんなとこに藁縄があるんだ……」


 銀次は呟きながら、辺りを見回した。すると、その一ヶ所だけ草が倒れていた。不審に思った銀次は、小屋の羽目板に目をやった。


「うむ……切れ込みがあるな。こりゃあ、(からくり)戸じゃねぇか?おい、見てみろ」


「……さあ」


「――あんた、確か大工だと言ってたな」


 (かが)んでいた銀次がそう言って見上げると、そこには、先刻までの温厚な顔つきとは似ても似つかない形相の甚作が見下ろしていた。

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