第1話 帰還せし者
彼が異世界に旅立ってから20年が過ぎた。
邪神を打ち倒し世界を救った彼は皆から惜しまれながら元の世界に帰還する。
ここにジャスティスマッスル再臨
俺はレジに立ちぼんやりと店内を見回していた。閉店が近付いて客足が遠のく時間だというのもあって暇だったのだ。そうして見回しているとコミックコーナーで不審な動きをしている少年に気が付いた。
時々ちらちらとこちらを見ながら本を積み上げていた。これはアレだな?と思いバックルームの扉をコンコンコンと続けて3回ノックした、するとコンとノックが返ってきたのでコンコンと2回ノックする。うちの店の符丁の内の1つで『コミックコーナーで万引きの疑いあり』だ。レジ以外にいる時なら「3番の2です」みたいに言う。
余談だけど1番なら『レジ応援お願いします』になる。こういった符丁は店ごとに違って色で表しているところもあると聞く。初めは何の役に立つんだろうかと思っていたが何か作業をしながらでも咄嗟に言えるので重宝している。
バックルームから店長が……え?突然正面に現れたこの覆面マッチョは誰だ?こんな人知らない。うちの店にこんな身長が余裕で2mぐらいあるくっきりとしたシックスパックのマッチョなんて居ないはずだ。
その腕は俺の太ももよりも太くビキビキと筋肉が漲っていた。脚も逞しくまるで某グ○ップラーに出てくるような脚で筋肉がはち切れんばかりだ。その背は隆々と盛り上がりまるで筋肉の巨大山脈だった。
その胸筋は分厚くまるでトラックのタイヤを彷彿とさせる。正に筋肉の感謝祭、謝肉祭と呼んでもいいかもしれない。その謝肉祭の様な覆面マッチョは見た目によらず優しく温かい包み込み様な目をしていた。
こちらを見た覆面マッチョはゆっくりと頷いて任せておきなさいとばかりに整った白い歯を見せて笑みを浮かべる。覆面マッチョは体軸が全くブレないそれでいて優雅とも取れる動きで歩みを進める。俺は何という安心感と安定感なんだと感動に打ち震えた。
最近ジムに通って鍛え始めた俺の筋肉達もその男の筋繊維に魅せられたかのように喜びに打ち震えていた。俺たちまだまだやれますよと俺の筋肉達が俺にアピールしてくる。嬉しくなった俺はゆっくりと頷いて帰りにジムに行く事を決めた。筋肉達も喜びに満ち溢れていた。
ふと隣を見ると店長が驚愕した表情で男を見送っていた。ぽつりと「ジャスティスマッスル」と呟いたのが聞こえた。それがあの素晴らしい筋肉の覆面マッチョの名前なのだろうか?俺は店長に聞くことにした。
「店長のお知り合いですか?」
「いや、知らない。昔に活躍していたレスラーのマスクなんだアレ」
「なるほど。レスラーですか確かにビルダーとはまた違う競い合い直にぶつかり合う為の盛りとキレ具合ですね。」
「交通事故にあって亡くなった筈なんだよ彼は、兄がファンだったからよく覚えているよ」
亡くなった?じゃああの男は?と不思議に思っていると落ち着きのある声が店内に響いた。
「少年、君は本当にそれでいいのかい?君の様子からその漫画をどうするつもりなのかは私にも解る。でも図書館にあるかもしれないし漫画喫茶で読むことが出来るかもしれない、お友達に貸してもらえるかもしれないし、ご両親にどうしても欲しいと伝えてみるという選択肢もあるだろう。もう一度尋ねるよ?それで君はいいのかい?」
それを聞いた少年が泣き始めた。
「違う、違うんです。欲しいのは勿論そうなんですけど盗ってこいって、度胸試しだって」
「よく正直に話してくれたね。君も辛かっただろう、幸いにもまだ君は盗ろうとした状態だ。罪を犯す前だ。店員さん達も許してくれるだろう。何だったら私も一緒に謝ろう。さあ、行こうか」
覆面マッチョと少年がこちらに歩いてくる。少年は俺たちの方を見た後に深々と頭を下げる。
「ごめんなさい!漫画を盗もうとしていました!ごめんなさい!」
「すみませんでした、踏みとどまってくれたとはいえこの少年が盗みを働こうとしたのは事実。許していただきたい。私は荒木正良という者です。何か問題があるようでしたら私が出来る限りで弁済させていただきます」
少年の横で覆面マッチョもその頭を深々と下げていた。荒木さんというのかこの立派な肉体の男は
「踏みとどまってくれたんならそれでいいんです、大事にはしませんから」
店長は少年の謝罪を受け入れた。幸いにも被害は無かったから当然と言える。反省もしているようだし大丈夫だろう。
それはそれとして少年は度胸試しと言っていた、なら少年に窃盗を迫った奴らは既にやっているか同じ様に誰かにもやらせている可能性がある。それが問題だ、さてどうしたものかと思った時だった
「許してくれてありがとうございます。もうこういった事はしません」
「店長さん許していただいてありがとうございます。そうだ、君のお友達のところまで案内してもらってもいいかな?私からもお話ししないといけない事があるからね」
もう一度深々と頭を下げた後で2人は店から出て行った。そして荒木さんが何らかの手を打つつもりみたいだった。この人になら任せてしまってもいいかもしれないそう思ってそのまま見送った。
「どうですか店長?荒木さんはそのジャスティスマッスル何ですか?」
「本名までは知らないなぁ。今度、兄にそれとなく聞いてみるよ。それにしても立派な肉体だったね」
「あの腕とか凄かったですもんね。最近トレーニングしてるのもあって触発されちゃいましたよ。あ、そろそろ閉店の準備をしないと」
「おっと、そうだね。ならレジ清算をお願いするね。外の什器を片付けてくるよ」
「はい、ありがとうございます」
その日はデータに誤差もなく清々しい気持ちでジムに向かった。あの後に荒木さんとあの少年はどういったことになったんだろうかと思いを馳せながら肉体に負荷をかけた。
何ですかこれ
いやほんとなんなんですかこれ
突然降りて来たんですよ
忙し過ぎておかしくなっていた可能性がある