3 転移魔法によるダンジョン攻略・IFルート
※前回の別ルート、「水攻めを行わないダンジョン攻略」を想定したケースです。
「――分かった、良いだろう」
そう言って先輩は転移魔法を閉じました。海水の放出が止まり、周囲には元の静けさが戻って来ました。
「……止めるんですか、先輩? 私てっきり、最後まで水攻めを続けるものだと思ってましたが……」
「単なる気まぐれだ。済まんが付き合ってくれ」
「それは良いんですけど……」
私が首をひねっていると、唐突にダンジョンマスターの哄笑が響きました。
『ふ、ふふふはははははっ!! 漸く正々堂々とフツーに攻略する気になった
かっ!! そりゃあんなズリーやり方とか、真っ当な矜持の持ち主であれば慚愧に耐えぬ事であろうよっ!!』
口調が混乱しておりますが、そこはスルーしておきます。
「水攻めに恥も何もないんだが……まあ良い。さっきも言ったが、俺がこれからお前が望むところの"普通の攻略"をするのは、単なる気まぐれだ。水攻めが一番効率が良かったと言うだけで、俺の転移魔法ならダンジョン攻略なんぞ何と言う事はない」
『小鳥がさえずりおる。虚勢を張り終えたなら、来るが良い。お前も、そこの小娘も、まとめて私の養分としてやろう』
「無理だな。……じゃあミア、行こうか」
「あ、はい」
早速ダンジョン内へと足を踏み入れた先輩を、私は追い掛けました。
「……先輩、敵ですよ」
「ああ」
狭い通路の真ん中で、私達は複数のリザードマン――二足歩行するトカゲの魔物達と遭遇しました。
『ふははははははっ!! 私の体内の魔物を、そこらの木っ端者共と同じであると思わない事だっ!! 大人しく骸を晒すが良いっ!!』
何だかダンジョンマスターが、得意気に話し掛けて来ております。このまま私達に構い続けるつもりなのでしょうか。
それはともかくとして、リザードマン達は、それぞれに別種の武器を携えております。鋭利な剣を片手で持つ者もいれば、両手で構えた槍の穂先をこちらに向けている者もいます。後列には、弓を引き絞る者の姿も見えました。
『――さあ行けいっ!! 愚かなる冒険者共を血祭り』
「転移魔法!」
ダンジョンマスターの合図を遮って、先輩は転移魔法を発動しました。
扉の位置は目の前、ただし向きは相手側です。つまり、私達には"扉の裏側"が向いております。魔力が渦を巻く様子だけが見え、"表側"から覗いた時のように『転移先の風景』が見える事はありません。扉の大きさと形も調整されており、通路に合わせてぴったりと隙間なく収められておりました。
『……は?』
「俺達の前方を、転移魔法の入り口で塞いだ。繋いだ先――出口は俺達の少し先、リザードマン側から見れば自分達の背後だ。つまり俺は、"魔物達を前後から挟み込む"ように転移魔法の出入り口を出現させた事になる」
呆然とした声を漏らすダンジョンマスターに、先輩は言いました。
「扉はそれぞれ"合わせ鏡"みたいに、出入り口が向かい合うように出している。内側にいる魔物達は、前に進もうが後ろに下がろうが、転移魔法を通って元の位置へと戻る事になる。無限ループって奴で、完全に内側に閉じ込められた格好になる
な。天井や壁、床をぶち抜けば脱出可能だろうが、ただの剣や槍では無理だな。
……ちなみに視線もループするから、やはり合わせ鏡と同じように、奴らは無限に連なる自分達の姿を眺めている事だろう」
『……は?』
「そして、俺の転移魔法で発生する扉には"表側"と"裏側"がある。実際に転移するには"表側"を通る必要があって、"裏側"を通ってもそのまま素通りするだけだ。
……逆に言えば、扉の裏側がこっちを向いている俺達にしてみれば、"内側へ攻撃を撃ち込み放題"って事になる」
『……は?』
「ミア、頼む」
「はい」
何しろ、いつも通りの戦術です。私は特に驚く事もなく、手にした杖を前方へ向けます。
「氷結魔法!」
私が放った複数の氷塊が、先輩に転移魔法で封じられた空間内部へ次々と飛び込んで行きました。
「この戦術を使えば、相手側は俺達に一切の手出しが出来ず、逆に俺達からの攻撃は一方的に届く事となる。通路などの限られた場所でしか使えん手だが、実に安全で効率的な手段だ」
『』
「ちなみに内部ではループしている訳だから、放った魔法も転移魔法を通って循環し続ける事になる。流石に無限とは行かないが、攻撃が外れてもそれで終わりにはならない。何度も何度も同じ攻撃が飛んで来る事になる。しかも放った攻撃は複数発。狭い空間の中、回避し切るのは困難だろうな。仮に毒霧魔法を使えばさぞや効果的だろうが……それは転移魔法を解除した後が面倒そうだ。残留していた分がこっちに流れて来る恐れがあるからな。……そろそろ良いか」
そう言うと先輩は、転移魔法を解除しました。そこには、私の氷結魔法を受けたリザードマン達が全員、地に伏して絶命しておりました。
「戦闘終了だ。ミア、お疲れ様。じゃあ行くか」
『』
絶句していると思しきダンジョンマスターに一切構う事なく、先輩は先へと進み始めました。
私達がダンジョン内のとある一室へと足を踏み入れると、入り口の扉が独りでに閉じ、ガチャン、と鍵の掛かる音が響きました。
広い部屋に設置された石像の陰からは、複数体の魔物達が姿を現しました。ざっと数えただけでも、十数体はいるでしょう。
どうやら、この部屋は罠だったようです。
『はぁ――――っはっはっはっはっはっ!! 迂闊にその部屋へと足を踏み入れたのが運の尽きよっ!! その部屋の扉は、室内にいる魔物達の内一体が持っている専用の鍵がなければ開く事は出来んっ!! 果たして、この多勢を相手に貴様ら』
「転移魔法!」
先輩の転移魔法で脱出路を作り、私達は室外へと出ました。
「ミア、頼む」
「任せて下さい。……竜巻魔法!」
転移魔法の入り口へと向かって、私は広範囲型の魔法を全力で放ちました。室内で荒れ狂う竜巻が魔物を無差別に巻き込み、次々と薙ぎ倒して行きました。
「……お疲れ様。さて、アイテムがないか中をじっくり調べよう」
「はい」
『』
私達は転移魔法を通り、再び内部へと足を踏み入れました。
『…………は、はぁ――――はっはははははっ!! 随分と調子良く魔法を放っているではないかっ!! しかし、そんな無計画な乱発ぶり、探索中の魔力枯渇が目に見えておるっ!! いつまでもそんな戦法を続けられると思うなよっ!!』
「よう、ダンジョンマスター。おはよう」
「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
『…………おはよう。……あのさ、君ら』
「何だ?」
『…………毎回毎回、探索の途中で転移魔法使って家に帰るの止めてくれないか
な……? 君らが挑戦を始めて、今日でもう十日目になるんだけど。しかも昨日なんて、たった三十分くらいしか探索してないでしょ……』
「疲れたら家に帰って休む。当然の事だろう。昨日は別に用事があったから、そっちを優先させただけだ」
『…………しかも、普通に前回の続きから始めてるし。せめて入り口からやり直してくれないかなー、なんて……』
「必要がない。そもそも、転移魔法を使えばいつでも安全な拠点へと戻る事が出来るし、"ダンジョンは一度の探索で踏破しなければならない"なんて決まりがある訳でもない。実際に探索を終えた箇所であれば、転移魔法で戻って来る事も出来る。ならば、転移魔法を活用しない手はない」
『』
「最初に内部へ入ると決めた時から、俺の中でこの方針を取るって事は既に決定済みだった。だから俺はミアに魔力を温存させる事なく、ガンガン魔法を使わせていたんだ。これは最初から計画していた通りの行動なんだよ。それを何故、必要もないのに変更しなければならないんだ? 何の意味もなく、当初の方針を変更する事などあり得ない」
『』
「話は以上だ。……じゃあミア、行こうか」
体力万全な私達は、早速本日のダンジョン探索を開始しました。
『よ……よくぞ最深部まで到達したな……。褒めてやろう……』
階段を降りた私達の目の前に、地下とは思えない程に広大な空間が広がっておりました。ダンジョンマスターもわざわざ言ってますし、多分ここが最深部で間違いないのでしょう。
「転移魔法を活用すれば造作もない事だ」
『……つーかユウキ、お前戦闘じゃまるで役に立ってないよなー。お前が剣抜いたところなんて一回も見てないし。そっちのミアばっか活躍してるじゃんかさー。何とも思わない訳なのー?』
「思わん。ミアには感謝しているが、それだけだな。『直接的で分かりやすい戦果以外は評価しない』なんて発想など最初から気に掛ける必要はないし、それ以前にお前からの評価など最初から求めていない」
『良いじゃんかさー、ちょっとくらい乗って来てくれたってバチ当たらないじゃんかさー。……良いもん良いもん。私の秘術によって生み出された魔物にケチョンケチョンにされるが良いもん』
ダンジョンマスターが投げやり気味に言うと、部屋の奥に飾られていた巨大な鎧がガタガタと音を立てながら、重々しく右足を踏み出しました。そのまま巨体を揺すり一歩、また一歩とこちらに向かって来ます。目を凝らして良く見ると、どうやら鎧が独りでに動いている訳ではなく、巨大な魔物が鎧を着込んでいるようです。
鎧の魔物が、私達の前で止まります。人の視線の三〜四倍くらいの高さ、兜の隙間から覗く一つ目が――おそらくサイクロプスなのでしょう――、私達をぎょろりと見下ろしておりました。
『見ての通り、こいつは全身を強固な鎧で覆っている。しかも、魔法に耐性のある金属を全面的に使用した、特別製の鎧だ。ミアが如何に強力な魔法を使おうと、
そう簡単には破壊出来ないだろう。当然ユウキ、お前の剣なんて簡単に弾かれるだろうな。……つまり、お前らに勝ち目などない。やれるもんならやって見ろってんだ』
「何の問題もない。さっさと片付けてダンジョンの攻略を完了させる」
『ほざくが良い。……行けいっ!! 我が秘術の粋を集め』
「転移魔法!」
先輩が転移魔法を発動しました。扉の発生場所は、鎧を着たサイクロプスの"足元"です。
当然、サイクロプスは落とし穴よろしく足元の転移魔法の中へと落下してしまいました。
『……え?』
「どうやらお前は、この期に及んでまだ転移魔法を甘く見ているらしいな。やろうと思えば攻撃にも転用出来るんだよ。……折角だ、そこで見ていろ」
転移魔法の出口が、入り口の真上――この部屋の天井に現れました。そこから、サイクロプスが落下して来て、再び転移魔法の入り口へと落下して行きました。
「転移魔法の入り口を"足下"、出口を"その真上"に設定した。つまり入り口に落ちたそいつは、出口を通ってまた入り口へと落ちて行く。後は同じ事の繰り返し、そいつは『永遠に落下し続ける』。見たところ、そいつは空中での軌道変更を行う手段は持っていないようだ。つまり、脱出不可能って事だな」
『……え?』
「一応、どこか適当な海の上に飛ばして、そのまま溺れさせるって手も考えた。だが、こいつの鎧を引っ剥がして街に持って帰れば、良い値で売れるだろう。海に沈めると回収が出来なくなるから、こっちの方が得をする。何しろその大きさだ、人間には装備出来ないだろうし、そもそも鎧自体が大きく破損するだろうが……加工して人間用の装備品に生まれ変わらせるなり、マジックアイテムの研究材料にするなり、いくらでも使い道はある」
『……え?』
「ここで一つおさらいしておこう。『何故、高いところから落ちると大怪我をするのか?』
高所である程、落下による加速距離が長くなるからだ。落下する物体は、重力に引かれてどんどん速度が増加して行く。加速距離が長くなる程、落下速度もその分上昇して行く。落下速度が上昇する程、地面に衝突した際の衝撃力も大きくなる……つまり、大ダメージを負うって事だ」
『……え?』
「で、目の前の魔物は、俺の転移魔法によって無限に落ち続けている。実質無限の加速距離が与えられているって事だ。現実には終端速度と言って、空気抵抗のために物体の落下速度には上限があるんだが、まあ今は関係ない。……重要なのは、今この状態で転移魔法を解除すれば一体どうなるか、と言う事だ」
『……え?』
「ミア、念のためあいつから離れておこう。転移魔法を張って壁代わりにするか
ら、俺の後ろに隠れてろ」
「あ、はい」
『……え?』
私達が落ち続けるサイクロプスから離れると、先輩は転移魔法を解除しました。
瞬間、落下を続けていたサイクロプスが石畳の床へと激しく叩き付けられまし
た。思わず耳を塞ぎたくなるような衝突音と共に、割れた床石や鎧の破片が周囲に飛散します。先輩は改めて転移魔法を発動させ、私達の目の前に入り口を展開させます。そのおかげで、こちらに飛んで来た石片や金属片は転移魔法入り口をくぐ
り、出口を抜けて部屋の隅へと排出されました。
『』
「片付いたようだな。……おい、ダンジョンマスター」
『』
「ちゃんとダンジョン内に入った上で攻略してやったぞ。これで満足か?」
『』
「満足のようだな。……じゃあミア、あの魔物から鎧引っ剥がすの手伝ってくれ。それが終わったら、この部屋のアイテムを回収して帰ろう」
「分かりましたけど……うう、血の付いた鎧を剥がすのなんて嫌だなぁ……」
「その内慣れる」
素っ気なく言うと、先輩はさっさと鎧の剥ぎ取りを始めました。
『』
「――やはり、転移魔法こそが最強だな」
流石先輩、縦横無尽です。