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2 転移魔法によるダンジョン攻略

「ここ……のようですね」

「らしいな」


 木漏れ日の落ちる地図を確認し、私とユウキ先輩は頷き合いました。顔を上げると、緑の植生に覆われた緩やかな崖の中に、灰色のレンガでぽっかりと開かれた空間が見えます。どうやら無事に、目的のダンジョンの入り口へと辿り着いたようです。


 今回、私達が挑むこのダンジョンは、近頃街の冒険者達の間で噂となっている場所です。恐ろしく高難易度であり、返り討ちに遭った挑戦者は数知れず、引き換えに内部で得られるアイテムは貴重品揃い……と聞き及んでおります。


『――お前達が次の挑戦者か?』


 ダンジョンの前に立つ私達の耳に、どこからともなく声が聞こえて来ました。私は思わず辺りを見渡します。


『小娘よ、どこを見ている。目の前にいるだろう』


 目の前、と言われてましても……私の目の前には、ダンジョンの入り口しかありません。


 ――いえ、これはもしかして。


「……もしや、"ダンジョンそのもの"が喋っているのですか?」

『ご明察』


「なるほど。お前が"ダンジョンマスター"か」

『好きに呼べ。私は私、お前達がダンジョンと呼ぶものは、私の身体そのものよ』


 ダンジョン――冒険者達の攻略対象となっている迷宮は、大きく二種類に分けられます。


 一つは、天然の洞窟や使われなくなった建物などに、魔物達が勝手に棲み着いたもの。


 そしてもう一つは、何者かの意思によって用意されたものです。貴重なアイテムをエサに冒険者達をおびき寄せ、内部に設けた罠や棲まわせた魔物で仕留める。そして冒険者の遺体を養分にしてダンジョンを拡張し、同時に奪ったアイテムをまた新たなエサとするのです。


 今回はどうやら、後者のようです。そして"ダンジョンマスター"とは、ダンジョンの管理を行う存在です。知能を持った魔物が既存のダンジョンを乗っ取った末に名乗るケースもあれば、魔術師が己の魔力で一から作り上げた、と言うケースもあります。このダンジョンマスターは、どんな経緯を辿ったのかは分かりませんが迷宮そのものに意思が宿るに至ったケースなのでしょう。


『私はこれまで、欲得に囚われた冒険者達を幾人も"喰らって"来た。愚か者揃いではあったが、まあおかげで随分私の身体を広げる役に立ってくれた。お前達も、その列に加わるが望みか? ……お前達に与えられた選択は二つ。このまま怖じ気付いて逃げ帰るか、それとも果敢に私へと挑み新たな養分となるか、だ』


「選択は三つ、だ。お前に『勘弁して下さい』と言わせた上で、内部のアイテムを差し出させる」

『想像力豊かな事だ』

 ダンジョンマスターは、あざけるような笑いを響かせました。


『私は振りかざした蟷螂とうろうの斧を、無惨に砕かれる冒険者を数え飽きる程に見て来

た。精々いつものように、迷夢から醒め絶望と恐怖に歪んだお前達の顔をじっくりと愉しませてもらうとしよう』


 暗闇の底から這い出るような声にも、先輩は顔色一つ変えません。ただ静かな視線を、真っ直ぐにダンジョンの入り口へと注いでおりました。


『――さあ、来るが良い。無論、妄言をひるがえし逃げ帰』


転移魔法ゲート!」


 相手が言い終わらない内に、先輩は転移魔法ゲートを発動させました。


 魔力の扉が出現すると同時に、内側から大量の水がどっと溢れ出て来ました。白い飛沫しぶきを散らし轟々とした音を立て、水はダンジョンの中へと流れ込んで行きました。


『……は?』


 ダンジョンマスターの戸惑う声をよそに、先輩はその場に座って鞄から本を取り出し、のんびりと読書を始めました。


『お……お前、一体何を……』

転移魔法ゲートを使った。繋いだ先は"海中"だ」


 本に目を落としたまま、先輩は言いました。


「生憎、俺の転移魔法ゲートは『一度行った事のある場所』にしか開けない。繋ぐ場所の"明確なイメージ"が必要になるからな。中に入った事がないダンジョンの最深部へといきなり繋げるのは不可能だから、次善策として水攻めにした」


『……え?』


「こんな時のために、俺は予め海中に潜って来ている。港まで行って船会社と交渉し、水夫として船に乗せてもらった。そして給金を受け取る代わりに航路を少し外れさせて、他の船の邪魔にならない辺りで俺を海に沈めてもらった。俺が掴まったいかりを海中に降ろし、合図があったら引き上げる……って寸法だ。


 事前に用意しておいた"潜水草"のおかげで、呼吸や水圧の問題はある程度クリア済みだったから、結構な深さまで潜る事が出来たぞ。水切れの心配はないし、放出の勢いも十分だ。今頃、海上に渦が出来ているかも知れんが、それを見越して俺は航路から外れた場所を選んでいる。船舶の航行に支障は出ないだろう。


 ……見たところ、このダンジョンは地下へと潜るタイプのようだからな。水攻めは実にうって付けの手段だ」


『……いやあの、ちょ……』


「これからの予定を伝えよう。


 まず、ダンジョン内部が完全に水没するのを待つ。肺呼吸を必要とする魔物は軒並み全滅だろう。この辺りに水棲系の魔物はいないから、このダンジョンにも潜んでいる可能性はかなり低い。後に残るのは、精々アンデット系の魔物だけだろう。


 水没した後は、手元にある潜水草を使ってゆっくりと泳ぎながら内部を探索しつつ、最深部まで向かう。こっちは泳いでいるから、床や壁、足元なんかに仕掛けられている罠にはまず引っ掛からん。仮にアンデット系と遭遇しても、奴らは水中戦が得意とは言えないし、ミアは神聖魔法を使える。問題なく蹴散らせる」


『……おま、ちょ……』


「同時に、アイテムの回収も行う。巻物(スクロール)なんかの水に弱いアイテムは恐らく使いものにならなくなっているだろうから、"乾かして使えりゃラッキー"程度に構えて基本諦める。武具なり財宝なりが手に入ればそれで良い。見付け次第、転移魔法ゲートで地上へと送る」


『……ちょ……』


「最深部に到着したら、改めて転移魔法ゲートを海上へ繋ぎ直して内部の排水を行う。今後、他の冒険者が来ないとも限らんから、一応のアフターケアだ。……以上で、攻略完了だ」


『……ちょ……』


 ダンジョンマスターのうめきには返さず、先輩は本のページを静かにめくりまし

た。


『……ふ、ふふふふ、ふはははははははは。どうやら、お前は余程の臆病者らしいな。我が身を危険の渦中に晒す気概もなく、冒険者を名乗るなど片腹痛い。お前の剣が泣いているぞ。鋭く研ぎ澄ませた刃が持ち腐れとなったまま、半端者の腰に収まるとあっては無理もないな』


「そうか。それで?」


『……鍛えた技を振るう事もなく、ただ座したまま時を待つだけ。そんなザマで

"攻略"などとうそぶくとは、お前は随分な恥知らずと見える。もっともそのような行

為、己が狡っ辛(こすっから)いやり口に頼る他ない胡乱(うろん)者であると吹聴しているも同然ではあるがな。ああ、情けない情けない』


「それで?」


『…………付け焼き刃で身に付けた技量に、卑しく矮小わいしょうな心根。たかだか一時いっときの立ち振舞いだけで、お前と言う男の矮小さが露呈した。その矮小さ、いっそあわれにすら思えるぞ。このような取るに足らん矮小な男を見るだけで、私まで矮小な気分にさせられる』


「で?」


『…………私はお前を軽蔑する。お前は冒険者失格だ。全く吐き気がする。お前のようなやり方をする者など、私は決して認めないからな』


「で?」


『………………内部に入りもせずに、一方的にこちらを攻撃する。あなたはその行為に何も感じないのですか? こんなやり方をして本当に良いと思っているのですか? それは本物の勝利だと言えるんですか? ――あなたは、自分の事を卑怯者だとは思わないのですか?』


「全く。ああ。ああ。全く。で?」


『………………ズリーわー。中に入らないで、楽して攻略しようってんだから。ヒキョーだわー。お前、人としておかしいわー。……お、怒った? 図星突かれて怒っちゃった? あー悔しいねー、悔しかったねー。痛いところ突かれてすっごい悔しかったねー。悔しかったら、普通に攻略しようねー』


「で?」


『………………いやね、あのね、だからね、そのね……』


「親切心から言っておく。俺がこの戦術を取る理由はただ一つ。『効率が良い』、以上だ。そのメリットに比べれば、お前から"臆病"だの"胡乱(うろん)"だの"矮小(わいしょう)"だの"冒険者失格"だの"卑怯"だの言われる事は、些細なデメリットとすらなり得ない」


『……………………いやね……』


「大体、お前のそれら言葉には中身が全くない。ネガティブな雰囲気の言葉を並べて印象操作をしているだけで、肝心の"俺が水攻めを止めなければいけない理由"がどこにもない。それ、詭弁家の典型的な手口の一つだからな。俺はむしろ、お前がこの戦術に対応出来ない何よりの証拠であると受け取った」


『……………………あのね……』


「そもそも、俺の目的はこのダンジョンの攻略だ。決して危険な目に遭いに来た訳でも、お前を満足させてやるために来た訳でもない。最深部を目指しつつ、アイテムを回収出来ればそれで良い。身の安全を最優先で考慮するのは、冒険者としてむしろ当然の事だ。ミアもいるんだから、尚更だな。リスクを避けられる手段があれば、それを選ぶのは当然の事だ。


 そしてお前は、これまでに冒険者を何人も殺しているし、これから俺達を殺すつもりで内部に招き入れようともした。これは、言葉通りの『生死を掛けた戦い』

だ。スポーツでもなければゲームでもない。人間同士の戦争のように、交戦規定も一切ない」


『……………………だからね……』


「もしも、このダンジョンそのものに一定の文化・芸術・学問・宗教……と言った何らかの価値があるのなら、文化財保護の観点から内部をいためるような戦法は控える。だが実際に街の人々から話を聞き、ギルドにも確認を取ったところ、そんな価値は特に認められないそうだ。


 ……つまり、お前に対して水攻めを仕掛けるのに、躊躇する理由が全くない。遠慮なくやらせてもらおう」


『……………………そのね……』


「話は以上だ」


 先輩は静かにページをめくりました。


『…………はあー、言ってる意味全っ然分かんねーわー。何かこいつ、話すり替えてばっかだし。自分の考えに凝り固まってるって言うかさー。普通に考えりゃ卑怯だって分かるじゃんかさー。痛いとこ突かれたってのバレバレだわー。お前そんな調子じゃ、社会に出て痛い目見るよ? まあ一応『親切心(笑)』で言っといてや水来たっ!? ついに最深部まで海水来たっ!? ついでに多分水圧に押されて流されている最中、壁とかにぶつかって死んだと思しき魔物の遺体なんかも一緒に来

たっ!? ……ちょっとお前ガチでやる気なのっ!? ねえちょっとっ!? ねえったらっ!?』


 先輩は静かにページをめくりました。


『待とうよねえっ!? ちょっと一回落ち着こうっ!? 落ち着いて人の話聞こうよっ!? まず水止めてっ!? それから普通にダンジョン攻略しようっ!? いやマジで一回止めてっ!? ねえっ!?』


 先輩は静かにページをめくりました。


『ちょっと待って本当マジ止めてっ!? 魔物全滅するからっ!! 補充するのだってタダじゃないんだぞっ!? "ダンジョンポイント"って知ってるかっ!? とにかくソレが要るから、元に戻そうとしたら凄い大損になるのっ!! ダンジョンの維持にだってポイント要るんだし、もう再起不能になっちゃう位の大赤字が出るからっ!! ……聞いてるのっ!? ねえっ!? ねえっ!? ねえったら!?』


 先輩は静かにページをめくりました。


『いやお前マジでふざけんなよっ!? ちょっと待ってああああああああっ!? 何かもう最深部の水深が洒落にならないレベルになっちゃってるんだけどっ!? ……ストップッ!! 分かったからもうストップッ!! 本当お願いだからもう勘弁して下さいぃぃ――――――っ!!』


「……俺は最初に何と宣言した?」


『分かりましたっ!! 全部は無理ですけど、内部のアイテム差し出しますか

らっ!! 持ってっちゃって下さいぃぃ――――――っ!!』


「攻略完了だな」

 先輩はぱたん、と本を閉じました。






 その後、内部の魔物達がアイテムを私達の元へと持ち運んで来ました。


「……水精のしずくに、封魔の杖。……これは聖獣の印か? 随分と貴重な品だ」

 感心しつつ、先輩は転移魔法ゲートでアイテムを私達の生活拠点へと送りました。


『……さ、最深部に用意しておいた目玉アイテムですので。金塊も付けますよ。

……あの、これで許して頂けるんですよね……?』

「ああ。後で排水も行おう。最深部までの案内を付けてくれ。……ちなみに、妙な気は起こさない方が良いぞ。怪しい動きを見せた瞬間、即転移魔法(ゲート)で外に出て水攻めを続行する」


『め、滅相もございませんっ!! 魔物達には、くれぐれも丁寧に案内を行うよう念を押させて頂きますのでっ!!』

「それで良い」


 ダンジョンマスターの必死な声に先輩は大きく頷きました。


「――やはり、転移魔法ゲートこそが最強だな」


 流石先輩、容赦がありません。


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