1 転移魔法と書いてゲートと読む
「……あんたらが、今回ギルドから派遣された護衛かい?」
「ああ、そうだ。俺がユウキでこっちはミアだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ユウキ"先輩"に紹介され、私は商人さんに頭を下げます。
皆様にも自己紹介させて頂きます。私はミア。本名は『高橋未亞』――はい、お察しの通り"元"日本人です。むしろ"前世"と言うべきでしょうか。
普通に女子高生をしていたある日、不慮の事故で死亡。『あの世』で出会った神様から開幕土下座。『手違いで死にました! お詫びに転生させます! 今ならチート特典付き!』。特典で強大な魔法能力を頂いて転生・THE・異世界。それから数ヶ月が経ちました←イマココ。
ざっくばらんに説明するとこんな感じです。ええ、確かに細かい突っ込みどころ多数なのですが――『この神様は人の寿命と関係があるのか』とか、『"手違い"て何だ』とか、『何故それをわざわざ"事情を預かり知らぬ"当人に明かした上で詫びるのか』とか、『法によって制定されてすらいない事柄に不正も何もないだろう』とか、『人間的な価値観で行動している上、強烈な現世利益を与えられる存在が、何故その力を積極的に使って現世の人間社会を良い方向に持って行こうとしないのか』とか、『逆に現世には干渉しない――例えば"死後救済"を方針とする神様だったら、何故"寿命"なんて言う形で中途半端に現世へ関わっているのか』とか、『詰まるところ、この"神様"は一体どんな存在やねん』とか――この際どうでも良い事です。
今回、私と先輩が"冒険者ギルド"で請け負った仕事は、行商人さんの護衛です。商品の仕入れのために港街まで行って戻る、その道中、人を襲う危険な魔物や盗賊の類から商人さんと商品を守る――と言う内容です。港街までは間に何カ所か宿場の村へ立ち寄る事が前提の、片道で四〜五日掛かる道のりです。途中には凶暴な魔物達が潜む森の中を通る必要性もあり、決して油断の出来ない仕事です。
本来であれば。
「ああ、道中よろしく頼むよ。天候にもよるだろうが、これから数日――」
「……転移魔法!」
商人さんが言い終わるのを待たず、先輩が魔法を発動しました。
目の前の空間に一点、魔力の光がほのかに粒子をちらつかせ現れます。次の瞬
間、魔力が光輪を形作り、中心から押し広げるように直径を拡大させました。
「さあ、通ってくれ」
「…………は?」
魔力の輪の先に広がっている光景に、商人さんが呆けたような声を漏らしまし
た。
無理もありません。その奥には、今回の目的地である港町が広がっているのですから。
「……いや、あの、これは……?」
「港町だ」
「……いや、そう言う事じゃなく……」
「仕入れが終わるのにどれだけ掛かる? 言っておけば、その時改めて迎えに来よう」
「……いや、だから……」
「どうした? 仕入れにどれだけ掛かるんだ?」
「……いや、あの……」
「……先輩。商人さんが困ってますので、その辺で」
状況が飲み込めずに戸惑う商人さんと、全く気遣う素振りも見せず通行を促す先輩のディスコミュニケーションっぷりに、私は口を挟みます。先輩は決して悪い人ではないのですが……どうにも円滑な会話が苦手と言いますか。いつも素っ気ない言葉で、クッションも置かずにさっさと本題へ切り込むクセがあるのです。こう言う時のフォローは、私の役目でもあります。
「あのですね、商人さん。簡単に言いますと、これは先輩の"固有技能"による魔法で、『転移魔法』と言います。離れた場所同士を繋ぐ魔法なのですよ」
「はあ……」
「つまりここを通れば、すぐ目的の港町まで辿り着けると言う事です。私達のお仕事もあっと言う間に終わるんですよ」
「そ……そうなのかい……。そりゃ便利だね……」
未だに実感の湧かない商人さんは、気の抜けたような返事をします。
実際、便利なんてレベルじゃありません。
本来ならば片道で数日掛かる距離を、秒単位で移動してしまいます。時間の大幅な短縮と言うだけでなく、魔物など道中待ち受ける危険も丸々回避出来ます。私達は"護衛"のために来たのですが、そもそも護衛をする必要すらありません。"旅"を行わなくて良いために旅費も浮きますし、持って行くべき荷物も準備に掛かる時間も最小限で済みます。
それだけではありません。
例えば港町で仕入れた新鮮な魚を持ち帰り、この街で売る事も出来ます。"海から離れている"この街にとって、海産物は――氷結魔法を使って鮮度を保つ手段があるので、全く手に入らない訳ではありませんが――かなりの高級品です。理屈の上では大儲けをする事だって出来るでしょう。……と言うか先輩は実行に移そうとしていたのですけど、やれば『市場を盛大に混乱させた末、商人ギルドから"待った"を掛けられる』未来が見えるので、私が止めておきました。せいぜい、私達二人でこっそり海鮮料理を楽しむ程度に留めています。
情報の伝達速度も大幅に上がります。電話などの遠距離通信手段がないこの世界では、遠隔地で起こった出来事が伝わるまでにどうしても数日、悪ければ一ヶ月の時が掛かります。一方、先輩の転移魔法であれば即日です。例えばこの街に危機が迫った場合、早馬を使っても一日は掛かる王都までの道のりをすっ飛ばし、すぐ国王陛下の元へ知らせを届ける事が出来ます。素早い対策を講じる事が出来、結果被害を最小限に食い留める事が出来るでしょう。仮に他国との戦争が起こった場合でも、情報の面で圧倒的優位に立てます。相手側が"単純な内容しか伝えられない"狼煙やほら貝、"時間が掛かり、確実に届くとは限らない"伝令兵や伝書鳩を使う中、こちら側は転移魔法を利用して直接情報を交換し合うと言う、"素早くて正確、確実で複雑なやり取り"を行えるのですから。
それ以外にも、使い方次第で様々な事が出来るでしょう。もしも転移魔法がありふれた魔法となれば、世界に対する影響は良くも悪くも甚大です。前述の通り危険な旅を行う必要がなくなりますが、同時に"旅人達によって支えられている"宿場の村や町にとっては経済破綻の危機を迎えるでしょう。物資の運搬においても、元の世界における"コンテナ運輸"――一説には『箱に詰めてものを運ぶ』と言うこの単純な発想こそが、二〇世紀最大の発明とも言われております――以上に劇的な輸送革命を引き起こす事でしょう。遠隔地の作物などが簡単に手に入るようになる一
方、価格破壊による経済の混乱が起こるかも知れません。運搬が格段に楽になる反面、特に海運業者達の大量失職を招く事態にもなりかねません。これが先輩にしか使えない固有技能である事は、この世界にとって不幸とも幸運とも取れます。
ユウキ先輩。私と同じく神様の手違いによって死亡し、特典付きでこちらの世界へと転生した元日本人です。私より一足先にやって来ており、また年上と言う事もあって、私は彼を先輩と呼ばせて頂いております。
一応剣士ではありますが、剣術の腕前はごくごく平凡。魔法も、神様からの転生特典による転移魔法以外は全く使えません。
それでも、先輩は常々こう言っております。
『転移魔法こそが最強である』
……と。
これは、ユウキ先輩の使う転移魔法に焦点を当てた、物語と呼べるかどうかも分からない物語です。
短い間ですが、よろしくお付き合い頂けると幸いです。
それと、最後にどうでも良い一言。
神様うっかりし過ぎじゃないですかね。