表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/49

9.親

 小さな悪魔は、すっかり後悔(こうかい)しています。


 こんな躰に入るんじゃなかった。そう思っているのです。


 小さな悪魔は女の子の家へ行きました。とても小さな家でした。女の子には、小さな弟と妹がいました。

 女の子の父親はあまり働きません。家でお酒ばかり飲んでいます。母親は父親からかくれるように、部屋にこもって内職しています。

 父親は、母親にお金を渡しません。そのかわり毎日小さなお惣菜(そうざい)のパックを買ってきてわたします。それを母親と子どもたちで分けて食べるのです。母親は内職でかせいだお金で、古着や生活に必要なものを買ってきます。それが精一杯でした。


 小さな悪魔はこんな生活が嫌で嫌でたまりません。

 家の中をおもいきり汚しました。でも母親は怒りません。掃除もしません。内職をするのに忙しかったからです。母親が働いている間、小さな悪魔は、弟たちのお世話をしなければなりません。 


 小さな悪魔は、弟と妹にささやきました。

「家にはご飯がないから、友だちの家で食べておいで」

 弟と妹は、ずっと友だちの家にいるようになりました。



 小さな悪魔は学校がおわると、働きにでることにしました。友だちの家に遊びに行ってとまるから、と言って夜の仕事をするのです。

 小さな悪魔は女の子の顔を作りかえて、大人のフリをして働きました。お酒を飲んでおしゃべりをする仕事です。そうやっておこづかいをかせぐのです。


 朝になって家に帰ると、母親はほっとした顔で「おかえり」と言います。父親はここぞとばかりにえらそうに説教をしてきます。

 小さな悪魔は、めんどうくさいので知らんぷりをして、学校へ行くのです。


 そして考えるのでした。


 この世には幸せな家と、そうじゃない家があるみたいだ。

 そうじゃない方の家に来たら最悪だ。こんなのちっとも面白くない。



 

 小さな悪魔は、父親を金持ちにすることに決めました。父親の仕事は骨董屋(こっとうや)でした。でもめったに店を開けません。父親はいつもお酒でまっ赤な顔をしているからです。小さな悪魔は店番をして、ガラクタを高い値段でお客さんに売りつけました。みんな喜んで買っていきます。小さな悪魔が、「掘り出しものですよ」とか、「これからもっと値うちがあがりますよ」とささやくと、信じこんでしまうのです。悪魔は、人間の欲をふくらませるのが上手いのです。


 父親はすぐにお金持ちになりました。けれど食事は、あいかわらずの小さなお惣菜のパックがひとつだけ。母親にお金はわたしません。父親は、家ではなく外でお酒を飲むようになりました。あまり家にいることはありません。

 母親は、なんだかほっとしています。弟や妹は、あいかわらずです。家には寝に帰ってくるだけです。


 父親では、この家はかわりませんでした。




 小さな悪魔は首をかしげました。こんな変な家は、初めてでした。それから頭をひねりました。こんどは母親の方を金持ちにしてみよう。


 母親が子どもたちに作ってやった人形が、骨董品とまちがわれて高値で買われました。それが骨董ではないとわかると、怒られるどころか次々と注文がきました。


 母親もお金持ちになりました。

 内職が人形作りにかわりました。お惣菜のパックは、大きいサイズになりました。でも、それだけです。

 母親はかわりません。あいかわらず暗い顔をして、狭い部屋にこもっています。


 小さな悪魔は、母親にたずねました。


「どうしてきれいな服を買わないの?」

「どうしておいしいものを食べないの?」


 もうお金は充分あるのに。


 母親は答えました。

「お前たちを養っていかなきゃいけないからね。お金はいくらあってもたりないよ」


 小さな悪魔は、母親の心をのぞき込みました。そこには大きな真っ黒な穴が開いていました。どんなにお金を入れても、すべてその穴の中に落ちていってしまいます。母親は満足できないのです。


 これでは貧乏も金持ちもありません。


 小さな悪魔は困ってしまいました。ちっとも楽しくないのです。この母親は、喜ぶことも、嘆くこともしないのですから。


 もう一度池に落ちれば、この母親は私を見るだろうか?


 小さな悪魔は、母親の顔の上の小さな二つの穴を見つめました。


 そこには、荒涼(こうりょう)とした(やみ)が広がっていました。母親は知っていたのです。娘の魂が、もうこの躰の中にはいないことを。


 小さな悪魔は息が苦しくなりました。





 その夜から、小さな悪魔はもう二度とこの家には帰りませんでした。

 せっかく人間の躰を手にいれたのです。


 面白おかしく生きなければ。


 小さな悪魔は、顔をしかめて頭を振ったのでした。

 


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ