表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/49

8.女の子

 小さな悪魔は公園の樹に戻ってきました。


 大きな樹は青々とした葉をしげらせ、涼しげな木影を作っています。小さな悪魔は、大きな枝に腰かけました。となりには男の子の魂がいます。ずっとここにいます。だけど、小さな悪魔は気にしません。男の子の魂は、ただいるだけだからです。


 小さな悪魔はすっかり疲れていました。人間になっても面白いのは初めだけ。すぐにあきてしまうのです。おまけに、わけの分からない人間の相手をするのはすごく気がめいるのです。


 この樹の枝から見える人間はとても幸せそうなのに、どうして躰を手にいれてもあんな気分は味わえないのだろう。小さな悪魔は首をかしげています。





 毎日何もやる気がおきないまま、小さな悪魔は樹の枝に座っていました。

 この樹の作る木影に、女の子がやってくるようになりました。

 女の子はいつもこの樹にもたれて、遊んでいる子たちを見ています。いっしょになわとびやゴムとびをしている子たちを、うらやましそうに見ています。


 小さな悪魔は、女の子に尋ねました。

「きみはいっしょに遊ばないの?」

 女の子は答えました。

「わたしの服は古くさくて、おしゃれじゃないから入れてもらえないの」

「そんなもの買えばいいじゃないか」

「うちは貧乏で買ってもらえないの」

 小さな悪魔は笑いました。

「それなら、ほら、あそこに男がいるだろう? あの男に笑いかけて、欲しいものを言ってごらん。何でも買ってくれるから」


 女の子は、ベンチに腰かけた男をみました。その人も、自分のほうを見ています。女の子は木影から出て、男のもとへ行きました。


 小さな悪魔は、女の子が男とつれだって公園をでるのを見ていました。それから、遊んでいる他の女の子たちをながめます。楽しそうなようすを見ていると、小さな悪魔も、また人間になりたくなってくるのでした。




 翌日、女の子は樹の下でうずくまって泣いていました。

「どうして泣いているの?」

「わたし、あの男の人にひどいことをされたのよ」

「でも、欲しいもの、買ってもらえただろ?」

 小さな悪魔は笑いました。だって、女の子は新しいすてきな服を着ているのです。

「こんなもの、いらない」

 女の子はまだ泣いています。



「あらかわいい!」

「それ、どこで買ったの?」


 ほかの女の子たちが集まってきました。女の子はびっくりしました。みんながつぎつぎと女の子の服や、靴や、リボンをほめそやします。女の子はうれしくなって笑いました。そしてみんなと、なわとびや、ゴムとびをして遊びました。



 小さな悪魔はそのようすをじっと見ていました。


 どうしてこの人間は、欲しがるくせに、対価(たいか)を払うのは嫌がるのだろう? 


 小さな悪魔にはふしぎでなりませんでした。……だってね。





 女の子は今日も公園に来ています。

 みんなと遊ぶためではありません。あの、何でも買ってくれる男を待っているのです。女の子は、もうみんなと遊んだりしません。あの男がもっと楽しい遊びを教えてくれるからです。


 それから、女の子は、ほかの女の子の耳もとでささやきます。


「この指輪、すてきでしょう? あなたも欲しくない?」

「たいしたことじゃないの。みんなやっていることだもの」

「仲間にいれてあげる」


 女の子はもう、ちっともさびしくありません。鼻たかだかの毎日です。


 


 ところが、女の子がいくら待ってもあの男は公園に来なくなりました。女の子の家に、学校の先生や、役所の人がやってきました。女の子は、きびしくお父さんに怒られました。お母さんはしくしく泣いています。

 女の子は言いました。


「服の一枚も買ってくれなかったくせに、どうして怒るの? どうして泣くの?」



 女の子は家をとびだして、小さな悪魔のいる樹の下で泣きました。


「みんなひどいわ。だれもわたしをわかってくれない。何もしてくれないくせに、あれもダメ、これもダメって言うのよ!」

「僕はそんなこと言わないよ」

 小さな悪魔は言いました。

「でも、もうダメよ。お父さんも、お母さんも、もうわたしをかわいがってくれない」

 女の子は、さめざめと泣いています。

「きみがその躰をくれるのなら、僕がきみの過去を消してあげるよ」

「本当?」

「お父さんも、お母さんも、もう一度、きみを抱きしめてくれるよ」


 女の子は小さな悪魔と契約しました。


 小さな悪魔は女の子を公園の池につれていきました。そして、彼女をつき落としました。女の子は苦しくてひっしにあがきました。「助けて」と叫びたかったけれど、あふれこんでくる水で(のど)がつまり声が出ません。女の子の躰は水底に沈み、意識は闇に沈んでいきました。


 


 ようやく女の子の目が開いたとき、躰は病院のベッドの上でした。お父さんとお母さんが、かわるがわる抱きしめてくれています。女の子はうれしくて泣きました。


 いいえ、女の子はベッドの上で笑っています。女の子を見つめてつぶやいています。


「約束は守ったよ。今度はきみが守る番」



 女の子は、ベッドに横たわる自分の躰を見おろしていたのです。


 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ