8.女の子
小さな悪魔は公園の樹に戻ってきました。
大きな樹は青々とした葉をしげらせ、涼しげな木影を作っています。小さな悪魔は、大きな枝に腰かけました。となりには男の子の魂がいます。ずっとここにいます。だけど、小さな悪魔は気にしません。男の子の魂は、ただいるだけだからです。
小さな悪魔はすっかり疲れていました。人間になっても面白いのは初めだけ。すぐにあきてしまうのです。おまけに、わけの分からない人間の相手をするのはすごく気がめいるのです。
この樹の枝から見える人間はとても幸せそうなのに、どうして躰を手にいれてもあんな気分は味わえないのだろう。小さな悪魔は首をかしげています。
毎日何もやる気がおきないまま、小さな悪魔は樹の枝に座っていました。
この樹の作る木影に、女の子がやってくるようになりました。
女の子はいつもこの樹にもたれて、遊んでいる子たちを見ています。いっしょになわとびやゴムとびをしている子たちを、うらやましそうに見ています。
小さな悪魔は、女の子に尋ねました。
「きみはいっしょに遊ばないの?」
女の子は答えました。
「わたしの服は古くさくて、おしゃれじゃないから入れてもらえないの」
「そんなもの買えばいいじゃないか」
「うちは貧乏で買ってもらえないの」
小さな悪魔は笑いました。
「それなら、ほら、あそこに男がいるだろう? あの男に笑いかけて、欲しいものを言ってごらん。何でも買ってくれるから」
女の子は、ベンチに腰かけた男をみました。その人も、自分のほうを見ています。女の子は木影から出て、男のもとへ行きました。
小さな悪魔は、女の子が男とつれだって公園をでるのを見ていました。それから、遊んでいる他の女の子たちをながめます。楽しそうなようすを見ていると、小さな悪魔も、また人間になりたくなってくるのでした。
翌日、女の子は樹の下でうずくまって泣いていました。
「どうして泣いているの?」
「わたし、あの男の人にひどいことをされたのよ」
「でも、欲しいもの、買ってもらえただろ?」
小さな悪魔は笑いました。だって、女の子は新しいすてきな服を着ているのです。
「こんなもの、いらない」
女の子はまだ泣いています。
「あらかわいい!」
「それ、どこで買ったの?」
ほかの女の子たちが集まってきました。女の子はびっくりしました。みんながつぎつぎと女の子の服や、靴や、リボンをほめそやします。女の子はうれしくなって笑いました。そしてみんなと、なわとびや、ゴムとびをして遊びました。
小さな悪魔はそのようすをじっと見ていました。
どうしてこの人間は、欲しがるくせに、対価を払うのは嫌がるのだろう?
小さな悪魔にはふしぎでなりませんでした。……だってね。
女の子は今日も公園に来ています。
みんなと遊ぶためではありません。あの、何でも買ってくれる男を待っているのです。女の子は、もうみんなと遊んだりしません。あの男がもっと楽しい遊びを教えてくれるからです。
それから、女の子は、ほかの女の子の耳もとでささやきます。
「この指輪、すてきでしょう? あなたも欲しくない?」
「たいしたことじゃないの。みんなやっていることだもの」
「仲間にいれてあげる」
女の子はもう、ちっともさびしくありません。鼻たかだかの毎日です。
ところが、女の子がいくら待ってもあの男は公園に来なくなりました。女の子の家に、学校の先生や、役所の人がやってきました。女の子は、きびしくお父さんに怒られました。お母さんはしくしく泣いています。
女の子は言いました。
「服の一枚も買ってくれなかったくせに、どうして怒るの? どうして泣くの?」
女の子は家をとびだして、小さな悪魔のいる樹の下で泣きました。
「みんなひどいわ。だれもわたしをわかってくれない。何もしてくれないくせに、あれもダメ、これもダメって言うのよ!」
「僕はそんなこと言わないよ」
小さな悪魔は言いました。
「でも、もうダメよ。お父さんも、お母さんも、もうわたしをかわいがってくれない」
女の子は、さめざめと泣いています。
「きみがその躰をくれるのなら、僕がきみの過去を消してあげるよ」
「本当?」
「お父さんも、お母さんも、もう一度、きみを抱きしめてくれるよ」
女の子は小さな悪魔と契約しました。
小さな悪魔は女の子を公園の池につれていきました。そして、彼女をつき落としました。女の子は苦しくてひっしにあがきました。「助けて」と叫びたかったけれど、あふれこんでくる水で喉がつまり声が出ません。女の子の躰は水底に沈み、意識は闇に沈んでいきました。
ようやく女の子の目が開いたとき、躰は病院のベッドの上でした。お父さんとお母さんが、かわるがわる抱きしめてくれています。女の子はうれしくて泣きました。
いいえ、女の子はベッドの上で笑っています。女の子を見つめてつぶやいています。
「約束は守ったよ。今度はきみが守る番」
女の子は、ベッドに横たわる自分の躰を見おろしていたのです。