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6.幸せ

 小さな悪魔は女の躰を手に入れました。


 でもひとつ問題がありました。この女の姿は悪魔の好みではなかったのです。小さな悪魔はとても美意識が高いのです。




 小さな悪魔は、ねんど細工をするように顔をこねくり回し、指先でととのえて、自分好みの美しい女に作りかえました。もう、元の面影(おもかげ)はどこにもありません。小さな悪魔は、満足してにっこりと笑います。


 小さな悪魔は女の部屋に戻りました。警察が訪ねてきても、この女が指名手配の女だとはわかりません。小さな悪魔は女の友人のフリをして、心配そうに泣いてみせます。


 小さな悪魔が街を歩くと、いろんな男が声をかけてきました。小さな悪魔は彼らに食事につれて行ってもらい、新しい靴や、洋服や、バッグを買ってもらいました。ぜんぶ、この躰のもとの魂が欲しがっていたものばかりです。女の魂はもういないけれど、小さな悪魔は女の願いを無意識にかなえてやっているのです。


 はじめのころは、小さな悪魔もいろんな男たちとの遊びを楽しんでいました。けれど、どの男もみな同じ遊びしかしないのです。だからもう、小さな悪魔は退屈しています。




 そんなある日のことでした。小さな悪魔は、もとの女の名前で呼びとめられました。小さな悪魔は驚きました。もうずっと、その名前でこの躰を呼ぶものはいなかったからです。


 どうしてわかったのだろう?


 小さな悪魔は、はっとしました。鏡です。通りに面したウインドウに映る姿は、かつての女そのままです。悪魔の姿は鏡には映らないのです。悪魔の手をくわえた新しい顔も、やはり鏡には映らないのです。


 小さな悪魔は、ちっと舌打ちをしました。


 でも、呼びとめた男は、面とむかって小さな悪魔の顔を見ても驚きもしません。なつかしそうに、「心配していたんだ」とか「ずっと探していたんだ」と、真剣な顔でしゃべっています。

 小さな悪魔は不思議でたまりません。いったい、この男の目には、女はどちらの顔で映っているのだろう? 気になってしかたがなかったので、小さな悪魔はさそわれるままに、男について行きました。





 大きな家です。男は金持ちです。小さな悪魔は男とくらし始めました。

 男は、小さな悪魔が火の通った食べ物を食べなくても嫌な顔をしたりしません。食事のかわりに甘いお菓子をくれます。部屋をむちゃくちゃにしても怒りません。「その方がきみの気が休まるのなら」と笑っています。小さな悪魔は、どんなことをしてもいいのです。小さな悪魔は喜びました。「きみが幸せならそれでいい」男も嬉しそうに笑っています。



 ですが、この家にはひと部屋だけ、小さな悪魔が入ってはいけない部屋がありました。そこはこの男の死んだ両親の部屋でした。夜になると、男は小さな悪魔をひとり置いて、この部屋に入っていくのでした。


 あの部屋は、男の何なのだろう。小さな悪魔は女の記憶をさぐります。

 女の記憶の中に、小さな悪魔は見つけました。男が女と知り合ったのは、女の姉の墓の前でした。「僕も両親をなくしたんだ」男は言いました。「だから、きみの悲しみはよくわかる」。


 男の母親は、長く難病をわずらっていました。あの新薬が完成すれば病気がなおると信じて期待していたのでした。男の父親は、小さな悪魔の製薬会社に多額の投資をしていました。けれど母親は、新薬のうそがわかると絶望して死んでしまいました。父親もあとを追って自殺しました。自分の保険金でこの投資の損失をうめ、財産を息子に残すためでした。




「きみの幸せのためなら」それが男の口癖です。男はそう言って笑います。男は家から出ることもあまりありません。

「きみさえいてくれたらそれでいい」男は今日も笑っています。

 小さな悪魔はこの男にあきていました。だって、家から出してくれないのです。「外は危険だ」男は言います。「きみの幸せのためだ」そう言って(かぎ)をかけるのです。


 これは僕の幸せのため?


 小さな悪魔は首をかしげました。





「あなたは幸せ?」

 小さな悪魔は男に尋ねました。

「きみの幸せが僕の幸せ」

 男は笑って答えます。


「どうしてあなたは自分自身で生きようとしないの?」

 小さな悪魔は尋ねます。

 男は困ったように首をすくめます。

「きみが僕のかわりに幸せでいてくれれば、それで僕は救われるんだ」


「わたしはあなたじゃない」

 小さな悪魔は男を見つめます。

「きみの幸せのためなら、僕は悪魔に魂を捧げたってかまわないのに」

 男はさびしそうにつぶやきました。


 男の前に立つ、女の影がゆらめきました。男は初めて、驚きのあまり血の気をうしない真白な顔になりました。


 女の手がのび、男の首をぐっとしめます。苦しげな吐息が、男の(のど)からもれています。


 男の魂が躰から離れた時、くずおれたのは女の躰でした。


「そう、それじゃあ、この躰は僕がもらうよ」


 男の躰から男の声で、小さな悪魔が言いました。


 男は死にたがっていたのです。

 両親が死んで、その死をうけとめられないまま自ら生きることをすて、女にその義務をおしつけていたのです。


 小さな悪魔は、女の躰を解放し自由にしてやりました。自由、それはすべての人間がのぞむ幸せです。


 魂のない女の躰は、人形のようにだらりと床にすわっています。



 男の願いをかなえてやって、良いことをした。

 小さな悪魔は満足そうに、にっこりしています。







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