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48.弟

 まず手始めに、小さな弟を自分の子分にしよう、と小さな悪魔は決めました。だって、この弟は母親のお気に入りだから。


 小さな悪魔は母親のことが一番大嫌いだったのです。


 母親は、この躰の元の持ち主に無関心でした。今だって、良い成績を持って帰ったときにちょっと褒めるだけ。それも父親の前でだけです。後は義務的な親の務めだけこなしていればいい、としらんぷり。小さな悪魔が良い事をしても悪い事をしても、いつもどうでもよさそうな顔をしているのです。


 お気に入りの小さな弟が、小さな悪魔()の子分になって、彼のすることを真似るようになったら、母親はどんな顔をするだう? ちいさな弟を叱り、小さな悪魔にするように、冷たく接するようになるのだろうか、無関心になるのだろうか? 小さな悪魔は知りたくなったのです。




 小さな悪魔は家にいる時、弟と遊んでやるようになりました。ちょっとかまってやると、弟はあっという間に小さな悪魔になつきました。弟はずっと、この賢くてかっこいい兄に可愛がられたいと思っていたのです。自分がヘマをせず、怒られることが減ったから、兄は自分に優しくしてくれるようになったのだ、と弟は誇らしく思いました。


 初めの内は、小さな悪魔の勉強の邪魔になるから、と世話を任せようとしなかった母親も、だんだんと小さな悪魔を頼るようになってきました。「よく弟の世話をしてお手伝いしてくれる良いお兄ちゃんだから」と、高いおもちゃや特別なおやつを買ってくれるようになりました。


 でも、それだけです。


 母親は小さな弟のすることなんて見ていない。弟が小さな悪魔のように我がままを言い駄々を捏ねても、大きな声で叫んでも、ちょっと困った顔をするだけです。そして、弟の機嫌が直ったときに「いい子ね」と頭を撫でて甘いお菓子をあげます。

 弟が暴れて母親の大事にしていた綺麗な人形の置物を壊した時も、「お兄ちゃん、もっと気を付けてあげて」と顔をしかめて小さな悪魔を見るだけで、「大丈夫だった?」と、弟が怪我をしなかったかを心配するのです。抱きしめてあげるのは、このきかん坊の世話をしている小さな悪魔ではなく、悪い子の弟の方なのです。


 小さな悪魔は、訳が分かりませんでした。


 この躰の持ち主は、学校でも家でもずっと良い子だった。なのに皆から嫌われていた。そう、まるで悪魔のように――


 それなのに、小さな悪魔の教えた通りに真似をする弟は相変わらず大事にされているなんて。


 小さな悪魔は人間の価値観というものが分からなくて混乱しています。


 人間の欲望を叶えてやれば仲良くなれる。小さな悪魔はそう思っていたのです。

 だけどこの母親は、小さな悪魔には大人の言いつけを守る良い子でいることを望むのに、弟には、好き勝手する方が子どもらしくて可愛いと真逆のことを望んでいる。


 それなら、弟を元の躰の持ち主のような良い子にすれば、母親はがっかりするのだろうか? 


 小さな悪魔は眉をひそめて首を横に振りました。


 きっと、弟がどんな子どもだったとしても、この母親は可愛がるのだろう。そしてその眼差しが小さな悪魔に向くことは決してない。




 そう気づいた小さな悪魔は、ある日、小さな弟を公園に誘いました。小さな悪魔が人間になっていない時いつもいる、あの公園です。公園には池がありました。


「ほら、見てごらん、魚がいるよ」


 小さな悪魔が指さすと、小さな弟は歓声を上げて池に向かって走ります。池には緑の水草がたくさん浮いていて、岸辺の芝と繋がって見えました。これでは水際がどこにあるのかわかりません。


 トボン


 静かな音とともに、弟の姿が消えました。池の縁を見誤って、池に落ちてしまったのです。叫び声をあげる間もなくて、周囲にいた人は誰も気づきませんでした。小さな悪魔以外は――


 弟が浮かんでこないのを見届けると、小さな悪魔は踵を返して家に帰りました。




 弟のお葬式の日、小さな悪魔は棺に縋りついて泣きさけぶ母親の姿を見下ろしながら、ようやく、長い間凍てついていた心がほんのり温もったように感じたのでした。





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