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44.協力

 小さな悪魔は困惑したまま、その場にぼんやりと立ちつくしています。


 さて、これからどうしよう――。


 予定通り、人間の躰を手に入れました。だけど、男の子が悪魔になる手助けをしていたせいで、彼の周りの人間たちは、この躰の男の子を悪魔のように恐れ、嫌っているのです。この躰で、人間とまた、仲良くなんてなれるのでしょうか?


 もう少し成長するまで待てばよかったな、それなら、一人で暮らしても変に思われたりしないのに、と小さな悪魔は首をひねります。



「おい、どうした! しけた(ツラ)してるじゃないか!」


 頭の上から声がします。小さな悪魔が躰を大きくそらせて空を見上げると――、大きな悪魔です!

 逆さまに浮いている大きな悪魔が、にったりと笑って彼をのぞき下ろしているではありませんか!


「久しぶり! 地獄から戻ってきたんだね!」


 小さな悪魔は喜び勇んで言いました。


「ちょうど近くを通りかかったんだ。きみの声が聴こえたからね、ちょいと遊びにきてやったよ」


 で、何を悩んでいるのだ、と大きな悪魔が尋ねるので、小さな悪魔は今の今まで悩んでいたことを話しました。


「ははは! そんなの簡単じゃないか! きみがそんなにも人間の仲間になりたいなら、俺が手伝ってやるよ!」


 大きな悪魔は大笑いして言いました。


「いつも通りにしてな。すぐに願いを叶えてやるよ」


 小さな悪魔がぽかん、としているうちに、大きな悪魔はくるりととんぼ返りをうって消えてしまいました。


 小さな悪魔はあっけに取られたままでした。久しぶりに大きな悪魔に会えた嬉しさで、心臓がばくばくしていました。


 それにしても、大きな悪魔が助けてくれるだなんて、いったいどういうことでしょう!




 それから毎日小さな悪魔は、今か今かと大きな悪魔が現れるのを待ちました。


 そしてとうとう、大きな悪魔がやって来たのです! 

 それも、小さな悪魔のいる学校へ、同級生の男の子の姿になって!


 けれど、大きな悪魔は人間の姿をしているだけなので、影がありません。子どもたちは、すぐに彼が悪魔だと気づきました。だけど、先生たちはそんなこと気にしませんでした。影がないなんて、そんなばかばかしい事が本当にあるはずがないからです。子どもたちの言い分を頭から否定して笑い、確かめることもしませんでした。


 大きな悪魔は、ここへ来てからというもの、毎日子どもたちをいじめました。殴って脅して、お金をせびったり、物を盗ませたり、やりたい放題です。

 小さな悪魔は、あっけに取られてそんな彼を見ていました。


 大きな悪魔も、ようやく人間になる楽しさをわかってくれたと思ったのに――。こんな幼稚な遊びにぼっとうしてるなんて、まだまだ人間世界のことがわかってないからだ、と小さな悪魔は思いました。



「あなたが来てくれて嬉しいけれど……」


 ある日、小さな悪魔は誰にもいないときに、誰もいない場所へ大きな悪魔を誘って言いました。


「そろそろいいんじゃないか?」大きな悪魔は、小さな悪魔を遮って、ほがらかに言いました。

「いいって、何が?」

「みんなの前で俺をやっつけるんだよ。そうすりゃきみはたちまちヒーローだ。それで人間どもと仲良くなれよ!」


 小さな悪魔は驚きました。まさか、大きな悪魔がこんなことを考えていたなんて、思いもよらなかったのです。


「でも、それじゃ、あなたが……」小さな悪魔は、首を横に振って言いよどみます。

「いいから、いいから、せっかく人間になったんじゃないか」大きな悪魔はにこにこ笑って、小さな悪魔の肩をぽんっと叩きます。それから、「いい感じにひと暴れしてやるからさ、その時にやるんだぞ!」と小さな悪魔にささやきました。




 そして、その通りにしたのです。

 意味もなく教室で暴れ出した大きな悪魔を、小さな悪魔はやっつけました。以前の男の子のように、やられている弱い子をかばい、助けてやったのです。大きな悪魔は、けんかに負けてすごすごと引き下がるみじめな役をそれは見事に演じました。子どもたちが見ているときは悲愴な顔をして、小さな悪魔にだけわかるようにウインクしたり、にやりと笑ったりしていましたけどね。


 その日を境に、大きな悪魔は消えてしまいました。子どもたちの日常に平和が戻りました。彼らはもう、小さな悪魔のことを怖がったりしません。

「以前のきみに戻ってくれたんだね、また前のように仲良くしたい」と言いました。


 小さな悪魔の願いを、大きな悪魔が叶えてくれたのです。





 小さな悪魔は嬉しくてたまりませんでした。

 しばらくの間は。

 でも、やがて思い知らされることになりました。この躰の元の持ち主の男の子が、悪魔になりたい、と願った理由を――。


 強いから、賢いから、何でも苦もなくできるから。

 助けてくれて当然じゃないか。


 小さな悪魔の周りに集まってくるのは、そんなやつらばかりなのです。小さな悪魔はもう、面倒くさくてたまりません。


 悪魔ならば、人間の願いを叶えてやれば見返りを要求できます。でも、この連中は、「ありがとう」が、その見返りになる魔法の言葉だと思っているのです。せっかく小さな悪魔が、いっしょに楽しもうと言っても、「してくれ」「してくれ」と要求するばかりで、彼の頼みは聴いてくれないのです。小さな悪魔が「いやだ」と言うと、小さな悪魔を「ひどい」となじります。「もう仲間じゃない」と、他の子といっしょになって仲間はずれにします。



 小さな悪魔はほとほと嫌になりました。だから、小さな声で呟きました。


「ここを地獄にしてやろうか――」


 声は、彼の周りにいた子どもたちの心に響き渡りました。




 彼らは、またこの男の子を恐れるようになりました。黙っていても、何か別のことをしゃべっていても、彼らの怯えた眼差しが小さな悪魔を責めたてます。


 この、悪魔――。


 小さな悪魔は、期待する気持ちも、我慢する気持ちも、すっかりなくしてしまいました。さっさとこの躰を捨てることにしました。元の持ち主の人間にさえ捨てられた躰です。きっとそうなる運命だったのでしょう。




 クククッ――。


 大きな悪魔が笑っているような――、そんな声が聴こえた気がしました。

 ぼんやりと、小さな悪魔は空を見上げました。





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