41.理解 後編
小さな悪魔と少年は、「幸せな家族」を手に入れました。
自分の子どもを喪って傷ついている両親は、同じような傷を持つ少年をとても大事にしてくれました。望みをなんでも叶えてくれます。いつでもそばにいてくれます。前の家族のように、誰かに盗まれる心配もありません。少年は安心しきっていました。
小さな悪魔もこの家族が気に入りました。この両親は、部屋を片づけろなんて言いません。小さな悪魔が、温かい食べものを嫌がっても無理に食べさせようとしません。
小さな悪魔は、だんだんと、少年とこの躰を共有していることがつまらなくなってきました。少年の躰を独り占めしたくなったのです。だって、この家では、悪魔の特徴を隠さなくたっていいのですから。
少女の両親は、自分の娘が心を病んで死んでしまったことを、強く悔いていました。自分たちが娘の苦しみをわかってやれなかったから、殺してしまったと思っているのです。そして、少年の怠惰な行いや、乱暴なふるまいを、つらい思いをしたストレスからくるものだから、受けとめてあげなければ、と決めていたのです。
だから、「きみのためにはその方が、」と彼らが親の権威を振りかざしたときには、「だって、ストレスになるんだ」と言いさえすれば、少年はなんだって許してもらえました。ストレスで悪魔になった、と言ったって許してくれるかもしれません。
でも、小さな悪魔が少年の躰をもらうには、少年に「もう充分だ」と言わせなければなりません。そんな契約にしてしまっているのです。
最初はその方がいいと思ったけれど――。
小さな悪魔は頭を絞って一計を案じました。
ある日、少女の両親が少年に尋ねました。
「娘は、きみと一番仲が良かった。娘が何を悩んでいたか、知っていたら教えてくれないか」
「学校で、何か、嫌なことでもあったんじゃないかしら。もし、思い当たることがあるなら……」
父親と母親に交互に尋ねられても、少年は首をかしげるばかりです。少年には、本当に思い当たることなどなかったのです。
少女に手ひどく拒絶され、傷つけられたのは少年の方です。その後、なぜ少女が病気になって死んでしまったかなんて、彼にはまるでわかりません。
「何かを気に病んでいたのは確かなんだよ」
「いじめられていたんじゃないかしら」
少年はきょとんとした顔で、首を横に振るばかりです。だけど、ちょっと小首をかしげると、他人事のようにこう言いました。
「心の冷たい傲慢な子だったから、悪魔に片づけられちゃったんじゃないの」
自分の方から慰めてあげると近づいてきたくせに、少女は、少年の傷ついた心を受けとめてくれなかったのです。可哀想な少年になりかわってくれることを拒否したのです。ひとりぼっちの少年をからかい、馬鹿にし、突き放したのです。
だから少年は、自分を見下すインチキな少女のことが、怖くて怖くてしかたなくなったのです。傷ついている少年の言うことをきいてくれないなんて、本物の悪魔よりも、よほど悪魔のようだと思ったのです。
少年になってくれさえすれば、この躰の持つ大きな家も、財産もあげるつもりだったのに。話を聴こうともしなかった。自業自得じゃないか、と小さな悪魔は、少年の心のなかでいまいましげにつぶやきます。
けれど、少女の両親は、ぎょっとしたように目をむいて、少年を見つめたのでした。
それから毎日、少女の両親は、少年に娘のことを尋ねました。いつから友だちだったのか。どんな会話をしていたのか。何をして遊んでいたのか――。
少年が何を言って、少女がなんと答えたのか、ひと言ひと言確認するのです。
少年はそれが面倒くさくてたまりません。それにもう、少女の両親は、以前のように優しくないような気もします。たしかに今も、なんでも少年の望みを叶えてくれます。でも、仕方なくしているような気がするのです。これではいくら我がままをきいてもらっても、楽しい気分にはなりません。腹が立つのでよけいに我がままを言いたくなります。いきなり泣いてみせたり、甘えてみせたり、少年は一生懸命、彼らの気をひくようになりました。
でもやはり、少女の両親はどこか違うのです。少年がこの家に来たばかりの頃のような二人には戻ってくれません。とうとう少年は怒ってどなりちらしました。
「なんだ、やっぱりあいつと同じ、あんたたちも偽善者だ! いたわるとか、思いやるとか、口だけじゃないか! 傷ついている僕を受けとめてくれるなんて、嘘っぱちじゃないか! にせものの愛情なんて、もう充分だ!」
「きみは、娘にもそう言ったのかい?」
「ああ、言ってやったよ! だからどうだっていうんだ! 僕を傷つけたから、感じたこと、思ったこと、そのまま言っただけじゃないか!」
少女の両親は、娘を追い詰めたのが、誰の、どんな言葉だったのか理解しました。娘にぴたりと重なるように、その感情を知ることができました。
小さな悪魔が「もう充分だ」の言葉を得て少年の魂を追いだし、躰を自分のものにした時にはもう、父親は家に火を放っていました。少年が娘にぶつけた燃えるような憎しみを、少年に還したのです。
「幸せな家族」は、みんな、ぶすぶすと燃えてなくなってしまいました。
小さな悪魔は、くすぶる黒い煙を見あげながら、ちっと舌打ちをしたのでした。




