40.理解 前編
それから小さな悪魔は、少年といっしょにいろんな家族を覗いてみました。でも、なかなか気に入るような「幸せな家族」はありません。
大きな家、広い庭、高級な家具、裕福な家だと思ったら、借金まみれの家だったり、子どもをかわいがるやさしい両親だと安心していたら、うるさい舅と姑がしょっちゅう訪ねてきては小言を言ったり――。教育ママも嫌ですが、意地悪な兄弟のいる家も困りものです。ケチな家、浪費家な家、厳しすぎる家、ほったらかしの家、そんな家ばかりで、小さな悪魔も少年も、ここがいいと決められないのです。
どこの家でも、少年は寛大に迎えられました。だって、少年はニュースになるほどひどい事件で、家族を失ってしまったのです。
母親が親子ほども年齢の離れた自分の友だちと駆け落ちして、追いかけていった父親が二人を殺して自分も自殺――、だなんて少年の住む小さな町では、そうそうある事件ではないのです。
誰もが少年に同情しました。家に呼んで励ましてくれ、家族になってあげると言いました。
だけど、小さな悪魔はいいました。
「身寄りのない子どもの後見人になりたがるなんて、少年の家がお金持ちだからだよ。そうすれば、この家の財産を好きにできるもの。どの家を選ぶか、慎重にならないとね」
少年はぞっとしました。そんな財産なんて、本当は彼のものなんかじゃないのです。でも、もうこの躰の元の魂は、元の自分の躰といっしょに死んでしまっています。この躰が正しい相続人で間違いないのです。少年は混乱してしまって、自分がどうすればいいのかまるで決められません。
とうとう小さな悪魔は言いました。
「きみに任せてたんじゃ、幸せな家族は見つかりそうにないよ。次は僕が選んであげる」
小さな悪魔が選んだ家は、ごく普通の家でした。その家には少年と同じ学校に通う少女がいました。その子も少年のことを知っていました。だって、彼はいまや町一番の有名人ですもの。
少女も他の人たちと同じように、少年に同情していました。だから、少年が親しげに自分に声をかけ、自分の家に来たがり、家族のなかに入りたそうにすると、親切に少年を受け入れたのでした。家族を亡くして淋しい境遇にいる友だちに優しくするのは、人としての義務だと思っていたからです。
それからしばらく、少年は少女と仲良しでした。
でも、ある日、少年はこんな愚痴を少女にこぼしました。
「みんな僕に好き勝手に意見するんだ。ああしろ、こうしろ、って。本当は僕のことなんてどうだっていいくせに! あいつらが僕に親切なのは、僕のお金が欲しいからだよ!」
「そんなことないわ! みんなあなたのこと、心配してるの。あなたが何も自分で決めようとしないから……」
少女にはみんなの気持ちがわかります。少年が途方に暮れているのもわかります。だからこれまで、みんな少年の心が少しでも癒えるようにと優しい言葉をかけてきました。でも、少年が欲しがるのは、その優しい言葉だけ。ひとりぼっちになってしまった自分のこれからをどうしたいのか、自分で考えようとはしないのです。誰かに考えてもらっては、「優しさがない」「金めあてだ」「僕の気持ちをちっとも判ってくれない」と言うのです。
「本当に僕をかわいそうに思うなら、僕の立場になって考えてくれたっていいじゃないか。僕はきみのことを信頼してるんだよ。きみは僕になれるくらい、僕をわかってくれてるじゃないか。きみが、ぼくになってくれるなら――」少年は言いました。
でも、「それはできないわ。あなたを理解したいとは思う。でも、私はあなたじゃないし、あなたにはなれない。あなたは、自分の面倒は自分でみなきゃいけないの」少女は首を横に振って返しました。
その返事に、少年は怒りました。小さな悪魔も怒りました。
「あの子さえいなければ、あの子の親はきみを受けいれてくれるのに!」
小さな悪魔は少年の耳に囁きました。
だから少年は、小さな悪魔に言われた通りのことをしました。
学校で、あの少女は偽善者だと触れ回ったのです。優しくしたのは自分を立派な人間にみせるためで、少年の心なんてちっとも思い遣ってくれていなかった。自分の正論ばかり押し付けて、傷ついている心に鞭うつようなマネをした。
少年は少女に言いました。
「僕はきみの影がさすだけで怖くてたまらないんだ」
「きみの声はいつも僕を非難している」
少女の笑い声が聴こえるだけで、「僕のことをあざ笑っているんだ」と怯えるのだ、と。
学校へ行けなくなったのは、怯えている、と言った少年ではなく、少女の方でした。
何を言っても、何をしても、少年をいじめている、と言われるのです。彼はあんなひどい事件の被害者でいたわられて当然なのに、どうしてそんな冷たい扱いをするのか、と問われるのです。少女はもう、家の外へでることさえ、嫌で嫌でたまらなくなりました。食べるものも喉を通らなくなって、そのうち衰弱して死んでしまいました。
嘆き悲しんだ両親は、自分の娘と少年の間にあったそんな経緯は知りません。
「あの子の一番の仲良しだったきみが、私たちの子どもになってくれないだろうか。両親を喪ったきみと、娘を喪った私たちは、きっと互いの心を思い遣り、いたわりあうことができると思うんだよ」
そう言って、少年を自分たちの家へ迎え入れたのでした。




