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33.ひとりぼっち

 小さな悪魔は久しぶりに魔法陣(まほうじん)で呼びだされました。


 トンネルのようなまっ暗な空間を通りぬけ、現れたのはとても小奇麗な部屋でした。日の光に透けるレースのカーテンがきらきらまぶしくて、小さな悪魔は顔をそむけます。薄目を開けて見渡した部屋は、どこもかしこも薄桃色です。ひらひらのフリルのクッションがいくつも転がっています。ぴかぴかした飾りのついた大きな鏡があります。それに大きな3階だてのドールハウス。どうやらここは女の子の部屋のようです。

 その部屋の真ん中、白のフローリングのうえに敷かれた、黒い布に銀で印刷された魔法陣のうえに、小さな悪魔は座っていました。


「まぁ、悪魔って本当にイケメンなのね!」


 女の子の頓狂(とんきょう)な声が響きます。小さな悪魔は目をこらしました。小鳥がさえずるような声は聞こえるのに、女の子がどこにいるのかわかりません。

 やがてだんだんとこの部屋の光になれてきて、やっと彼にも女の子を見つけることができました。


 女の子は薄桃色のネグリジェを着て、薄桃色のベッドの上に寝ていたのです。日の光に透けてしまいそうな、はかなげな子でした。


「契約するの?」

 小さな悪魔はかた通りの質問をしました。女の子は嬉しそうに微笑みました。

「きみの望みは?」

 女の子の目の前に、黄ばんだ羊皮紙(ようひし)が浮かびます。

「まぁ、すごい!」

 女の子は重たげにと半身を起こし、サイドボードの引き出しにペンを探します。

「ペンはいらない。望みを言ってくれればいいんだよ」

「まぁ、すごいわ! 本物の悪魔の契約みたい!」


 本物でなければなんだっていうのだろう。小さな悪魔はちょっと嫌な気分になりました。


「私ね、ひとりぼっちなの。それが嫌なの。悪魔さん、あなた、ずっと私のそばにいてちょうだい。死ぬまでずっと。死んだら私の魂をあげるから」

「魂はいらない。代わりにきみの躰をくれるなら」

「躰? こんな躰、価値なんてないわよ。病気ばかりで丈夫じゃないし、やせっぽちでちっともかわいくない」

「かまわないよ」


 丈夫そうじゃないところがいいんじゃないか。小さな悪魔は思いました。長生きされては困るのです。悪魔は、自らの手で契約者を殺すわけにはいかないのですから。


「悪魔さん、優しいのね」


 女の子は自分のペーパーナイフで指先を傷つけ、契約書に喜んで署名しました。




 小さな悪魔は、女の子と暮らし始めました。そしてすぐに後悔しました。

 この女の子、かたときも小さな悪魔を離してくれないのです。家のなかでも、外でも、どこへ行くのもいっしょです。そして、いつもくだらないことばかりしゃべるのです。小さな悪魔の嫌いなことばかりやりたがるのです。

 

 お花畑に連れて行かれました。ゴミひとつ落ちていない清潔なテーマパークにも行きました。甘いお菓子を食べるお茶の時間につきあうのはいいけれど、まっ白なテーブルクロスが小さな悪魔は大嫌いです。夜景のきれいなレストランの、ほかほか温かな食事も嫌いです。でも契約だから、それもつきあわなければならないのです。

 おまけにこの女の子、小さな悪魔がきてからというもの、すっかり元気になってしまったのです。ちっとも死にそうなんかじゃありません。小さな悪魔はほとほと困ってしまいました。


「ずっとそばにいる」ことが、こんなにも面倒なことだなんて、小さな悪魔は思ってもみなかったのです。

 小さな悪魔は考えました。悪魔にだって我慢の限界があるのです。

 契約に違反せず、女の子から逃げる方法を必死になって考えました。




 小さな悪魔は、とうとういい方法を思いつきました。

「ずっときみのそばにいるからね」

 女の子に笑ってそう言うと、霧になってその姿を消したのです。そうです。そばにいるだけでいいのだから、女の子の好きないろんなことにつきあう必要なんてない、って気づいたのです。


「悪魔さん!」

 女の子は叫びました。

「どこにいるの!」

「ここにいる。そばにいるよ」

 小さな悪魔は歌うように応えます。


 女の子は怒りました。それから泣きました。小さな悪魔を何度も、何度も呼びました。その度に小さな悪魔は返事をしました。契約通りに、たしかに女の子のそばにいるのです。姿が見えないだけで――。


「ひとりぼっちは嫌なの!」

 女の子はまた、どんどん痩せていきました。家から出なくなりました。そこにいることを確かめようと、毎日、毎日、悪魔を呼びました。

 そしてある日、とうとう女の子は諦めました。


「悪魔さん、私の躰をあげるから姿を見せて、取りにきて」

 そう言って、契約に使ったペーパーナイフで自分の手首を切り裂きました。


 やっと躰をもらえるのか、と小さな悪魔は喜びいさんで姿を現しました。女の子は大喜びで小さな悪魔の腕をつかみました。その手首から、つーと鮮血がつたい落ちて、小さな悪魔の黒い服に染みました。

 小さな悪魔はしかめっ面をしました。この程度の傷では、女の子は死なないことがわかったからです。


「ちゃんとそばにいるだろう」

 小さな悪魔は怒った声でつぶやき、かき消えました。


 それから女の子は、何度も手首を切りました。そうすれば小さな悪魔が姿を現すことがわかったからです。小さな悪魔は血の臭い、死の臭いに逆らえないのです。騙されるとわかっているのに現れて、女の子が死にそうにないことを確かめるしかないのです。


 とんでもないやつと契約してしまった。小さな悪魔は歯ぎしりして後悔しています。



 やっと女の子が息絶えたとき、女の子の躰はどこもかしこも傷だらけでした。その冷たくなった躯を同じくらい冷たい視線で見おろして、小さな悪魔はつぶやきました。


「こんな躰、いらない――」







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