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32.ねずみ 後編

 小さな悪魔は喜びました。

 大きな悪魔のくれた小さなねずみは、それはそれはかわいらしかったからです。柔らかな白い毛皮に、大きな黒い瞳。細いしっぽがちょろちょろと動きます。


 大きな悪魔は楽しそうに笑って、ふたこと、みこと、話をしただけで、またすぐに消えてしまいました。ですがそんなことも気にならないくらいに、小さな悪魔は、この小さなねずみが気に入りました。




 森から帰ってきた兄たちも、小さなねずみを気に入りました。このかわいいねずみを見つけた小さな悪魔のことを、とてもほめてくれました。

 家に帰ってから見せてあげた姉たちも、小さなねずみを気に入りました。父親は小さなねずみがくらせるように、小さな木の家を作ってくれました。年寄りは、ねずみの遊ぶ、カタカタと回る木の輪っかを作ってくれました。母親は、ねずみの好きなチーズのかたまりをくれました。


 ねずみは昼間じっとしています。父親の始めたお店のかたすみにおかれた、ねずみの家のなかにいます。お店にくるお客さんが、まっ白なかわいいねずみをのぞいたり、さわったりしていきます。


 小さな悪魔は、昼間はぼーとしています。父親も母親も働いています。兄や姉も仕事をてつだっているか、学校に行っているのです。だから、小さな悪魔は奥の部屋で、年寄りといっしょに日がな一日をすごすのです。甘いおかしをもらって、年寄りのひざにのって、お話をしてもらうのです。おばあさんは、とてもお話がうまいのです。つよくて、かっこよくて、残酷な英雄の話が小さな悪魔は大好きでした。


 夕方になって、仕事や学校が終わると、兄や姉が戻ってきて遊んでくれます。小さなねずみを木の家から出して、みんなでいっしょに遊ぶのです。




 そんなある日のことでした。夕飯の食卓で、父親が言いました。

「怖い病気がはやっているらしい。気をつけないとな」


 まずはじめに寒気がする、それから高熱が出る。そして、黒いあざが浮きだすと、数日のうちに死んでしまう――。


 父親の話に、姉が叫びました。


「あら、それって、この子のかかった病気じゃないの! きっと、黒いあざができる前に治ったのよ! それならうちはだいじょうぶね! きっと免疫ができてるもの!」


 そうだ、そうだ、とほかの姉たちや、兄たちも言いました。


「それでも、気をつけないとね。お前たち、ちゃんと手洗いとうがいをするんだよ! 病気をもちこむんじゃないよ、この子はまだこんなに小さいんだから、あんな病気はもう二度とごめんだよ!」


 母親はうれい顔で言いました。




 父親の薬草のお店にくるお客が増えました。小さな悪魔が同じような病気になったとき、この薬草でころりと治った、とそんなうわさが広まったからです。お店のなかは、いつもごったがえしています。そのお客たちにも、小さな白いねずみは人気ものでした。「うちの猫もあの病気で死んじまったんだよ」「うちのうさぎもだよ! ここの薬草を食わしてるから、こいつはこんなに元気なんだろう!」その病気にかかっている家族をかかえる人以外にまで、予防にいい、と薬草の薬は飛ぶように売れていきました。



 小さなペットの動物たちが、それから赤ん坊や子どもが、そして年寄りが、ころり、ころりと死んでいきます。


 薬草は飛ぶように売れています。けれど死んでいく人も飛ぶように増えています。


 小さな悪魔にいじわるをした子どもも死にました。いつも頭をなでてくれていた年寄りも死にました。いつの間にか、石だたみを歩く人たちはめっきり減って、まちは静まりかえっています。



 父親の店の客は、それでも減りません。どんな薬もきかないのです。病院にいってもむだなのです。高熱が死の宣告です。助かったのは、小さな悪魔だけなのです。この家の人間だけが、だれもこの病気に感染しないのです。ここの薬草が最後の希望です。



 町の人口が半分をきったころ、そんな幻想もうちくだかれました。


「なんだか寒気がするんだよ」

 小さな悪魔の家の年寄りが言いました。それきり、ちいさな悪魔はおばあさんにあっていません。家族にうつるのをおそれた父親が、自分の母親を、いぜん住んでいた狭い家に隔離(かくり)したからです。


「おばあちゃんのお話が聴きたい」

 小さな悪魔は言いました。

「わたしがお話してあげるから」

 一番めの姉が答えます。



 それからしばらくして、もうひとりの年寄りも、家からいなくなりました。


「おじいちゃんはどこ? おじいちゃんに作ってもらった木の車の、タイヤがこわれちゃったんだ」

 小さな悪魔は言いました。

「おれがなおしてやるよ」

 二番めの兄が答えます。



 それから、毎日のように兄や、姉が減っていきました。母親もいなくなりました。母親はいなくなる前に、小さな悪魔に言いました。


「お前だけはだいじょうぶだよ。きっと免疫があるんだから!」



 とうとう父親も消えてしまいました。家の中は静まりかえっています。その中で、白いねずみがカタカタと輪っかを回す音だけが聞こえています。



 小さな悪魔は、石づくりの店の、薄闇のなかにぼんやりたちすくんでいました。ひとりぼっちで――。


 カタカタ。カタカタ。


 木の輪っかが回っています。まっ黒なねずみが輪のなかを走って、けんめいに回しているのです。



「そこにいたの?」


 小さな悪魔は言いました。


「おれのプレゼント、楽しんでくれたかい?」


 大きな悪魔がにっこり笑って、小さな悪魔の前に立っていました。





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