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26.誕生

 小さな悪魔は、母親のお腹の中にいます。もうじき人間として産まれます。


 始まりからずっと人間になる――。


 小さな悪魔にとって、これは初めての体験です。小さな悪魔はドキドキしながらその瞬間を待っています。


 でも……。それはとてもつらくて、嫌な体験でした。

 痛いのを我慢したあげく、まぶしい光の中にほうりだされて、小さな悪魔はするどい悲鳴をあげました。なんども、なんどもさけびました。

「こんなところは嫌だ!」と。


 


 小さな悪魔のさけび声に、べつのさけび声がかさなります。

「これは私の子どもじゃない! 悪魔よ!」


 小さな悪魔の母親です。その声で、小さな悪魔は叫ぶのをやめました。母親のひと声で、自分が悪魔だとばれてしまった、と思ったのです。

 こうふんしている母親を、医者と看護師がなだめている声がきこえます。



 小さな悪魔はその場から連れ去られました。きれいに洗われ、ミルクをむりやり飲まされました。きもちわるいその味に、小さな悪魔は、なんども、なんども吐きました。


 赤ん坊の躰ってやつは、ひどいごうもんだ。


 小さな悪魔は、昼となく夜となく、怒ってさけびます。でも、どんなにまっ赤になって怒っても、おしめを替えるか、ミルクをむりに飲まされるか、そのどちらかなのです。


 小さな悪魔は、すっかり根をあげてしまいました。あきらめてミルクの時間はこの躰からはなれることにしました。赤ん坊の本当の魂が好きかってしないように、そばでみはっていればいい。小さな悪魔は、そうするよりしかたがなかったのです。そうしないと、ミルクしか飲めないこの小さな躰は死んでしまうからです。



 おだやかでよくミルクを飲み、よく眠るよい子にかわった赤ちゃんに、病院の看護師たちはほっとしました。

 小さな悪魔は、病院から家に戻ることになりました。


 父親がむかえにきています。赤ん坊の小さな悪魔をだっこして、家に帰っていきました。

 小さな悪魔は、赤ん坊の躰を出たり入ったりしながら、この躰が大きくなるのを待ちました。




 ある日、父親が言いました。

「やっとお前のママが帰ってくるんだよ。良かったね、うれしいだろ?」


 そういえば、この家にはずっと母親がいませんでした。小さな悪魔はそのことを忘れていました。

 

 母親はずっと病院にいたのです。

 死んだ子どもの持ち物を移した屋根裏部屋にこもり、形見の人形を息子だといって世話をする母親を、父親はそれで気が休まるのなら、とずっと見守っていました。

 母親が「だまされたの! これは悪魔だったのよ!」、と腐ったにおいのする人形を火にくべた時、母親は正気に返ってくれたのだ、と父親はほっとしたのでした。これでまた子どもが産まれれば、じぶんたちはやり直せる、そんな希望をもったのです。


 ところが母親は、ずっとふさぎこむようになってしまいました。子どもが産まれてくるのを、とても恐れていたのです。不安に思うのは仕方がない。父親は誠心誠意、母親をなぐさめました。子どものたん生が楽しみで仕方なかったのです。失敗してしまった子育てをばんかいするチャンスだ、とそう信じていたからです。


 

 でも母親にとっては、新しい子どものたん生は、ちがう意味をもっていたようでした。


「私の子どもは息子だけ。これは悪魔よ!」

 

 産まれてきた子どもを見て、母親はさけびました。産まれたのは女の子です。母親は、死んだ息子と同じ男の子が欲しかったのだ、と父親は思いました。そして、産まれてきた娘をとても不憫(ふびん)に思いました。




 ようやく母親は病院で心のちりょうを終え、すっかり健康をとりもどしました。おみまいにいった父親に、「はやく娘にあいたいわ」と言っています。もう娘のことを悪魔だなんて言いません。


 娘はすっかり大きくなっています。もうひとりで歩けるし、ミルクではなくおとなと同じ食事をしています。とてもかわいくて、かしこい娘です。ちょっとかわった面はあるけれど――。



 母親に会える日を、首を長くして待っています。






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