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25.身代わり

 小さな悪魔は、死んだ男の子の家に戻ってきています。


 何でも悪魔のせいにした、あの男の子の家です。男の子の母親に呼び出されたのです。

 母親は言いました。


「何でも欲しいものをさしあげます。どうか死んだあの子を生き返らせてください」

「それはできないよ」


 小さな悪魔は答えました。母親は涙を流しておねがいします、とくり返します。でも、悪魔にだってできないことはあるのです。小さな悪魔は困ってしまいました。


 あまりにもしつこく頼んでくる母親に、しかたなく小さな悪魔は言いました。


「約束を守れるなら、生き返らせるのはむりだけど、死んだ子どもにそっくりな子どもをあげるよ」


 母親はどうしようか、と考えました。そっくりな子どもは、死んでしまった自分の子どもではないのです。しばらく考えて、母親はうなづきました。そっくりなのなら、それでいいことにしよう、とあきらめたのです。


 小さな悪魔は、母親と契約をかわして帰っていきました。




 小さな悪魔は、男の子の部屋にあった人形を持ち去りました。綿の詰まった柔らかな人形です。その中に黒猫の心臓を入れ、豚の内臓をしまいました。そして魔術でその人形が男の子に見えるようにしました。最後に、魂のかわりに自分が中に入りました。

 人間の躰と違って、綿の人形の躰はいごこちがよくありません。綿がごわごわするのです。骨がないので、動くとぐにゃぐにゃするのです。

 こんな躰はいやだ。はやく捨ててしまいたい。

 でも契約だからがまんしなければなりません。小さな悪魔は顔をしかめています。




 どうにかこうにか、小さな悪魔はあの母親の家へ行き、玄関のベルを押しました。死んだ息子にそっくりな子どもに母親はとても驚きました。涙を流して喜びました。小さな悪魔の男の子を大切に育てることにしました。


 

 小さな悪魔の部屋は、ほこりのつもった屋根裏部屋です。きれいであたたかな子ども部屋は、小さな悪魔はきらいなのです。食事は冷えた生肉と赤ワインです。大きな悪魔が教えてくれたこの食事を、小さな悪魔も気に入ったからです。


 母親は約束を守りました。小さな悪魔を可愛がりました。死んでしまったあの子が帰ってきてくれたのです。うれしくてたまりません。きたない部屋でくらしたがるのも、冷たいものしか食べないのも、契約書に書かれていたことなので、本当はいやでたまらなかったけれど我慢しました。どんなわがままを言っても、こうしていてくれるだけでいい、そんなふうに思いました。かわいい息子を見ていられるだけでしあわせだ、と心から思ったのです。最初のうちは――。


 

 でも、だんだんと母親は、この子どもを見ているのが嫌になってきました。見かけはそっくりだけど、あの子はこんな子どもではなかった、そんな不満がうずまいています。


 この息子にそっくりな子どもは、猫のように怠惰(たいだ)で、豚のように下品でいやしいのです。いつもごろごろと寝転がってゲームをしています。生肉やお菓子を食いちらし、クッションやカーペットを爪を立ててひっかきます。おまけにいつも、腐った臭いがするのです。母親は、死ぬ直前の息子がそんなふうだったことを、すっかり忘れています。



 けれど、母親にとってそれ以上にがまんできないのは、この子どもが、ちっとも勉強をしないことなのでした。


 生きていた頃は、あんなにかしこい子どもだったのに! いつもクラスで一番の、じまんの息子だったのに! 先生も、ほかのお母さん方も、いつだってほめそやしてくれるできの良い息子! そんなりっぱな子どもだったのに!


 母親は子どもが死んでしまった時、自分が勉強、勉強と言いすぎたせいだと後悔していたことをすっかり忘れてしまっています。



 とうとう、進学のための試験が近づいてきたある日、母親は小さな悪魔にいいました。


「このまま養ってほしいのなら、勉強しなさい。良い成績をとりなさい。今までどれだけあなたに投資してきたかわかってるの? 高い塾に行かせてやって、ごほうびのゲームを買ってあげて、あなたのわがままをたくさん聞いてあげたでしょ!」


 小さな悪魔は言いました。


「勉強しない子どもはいらない?」


「あなたを見ているといらいらするの。こんなにあなたの将来を心配してあげている親心がわからないなんて。ゲームなんていつでもできるでしょう? 試験が終わってからいくらでもすればいいじゃないの」


 この子のせいで私はいつもいらいらしている。母親ははらだたしげに言いました。


「ゲームをする子どもはいらない?」


「今は大事な時期なのよ。あなたのためを思って言っているのよ」


 この子のせいで私はいつも胃が痛い。母親は声をあらげて言いました。


「あなたの自慢にならない子どもはいらない?」


 とうとう母親は答えました。


「いらない。わたしの前から消えてほしい」


 小さな悪魔は笑いました。


 ぱさり、と子どもはくずれ落ちました。かわいい息子にそっくりな子どもは、もとの綿の詰まった人形に戻りました。



 ――契約は成就したよ。


 そんな甲高い声が、頭の中に響きました。母親はふるえました。


 あの子がもどってきてくれるなら、どんなことでもがまんする。そう小さな悪魔と約束したのです。自分から、こんな子はいらない、と言うまでは。そして悪魔に誓ったのです。そのお礼に、いつか産まれてくるかもしれない、自分の子どもの躰をあげる、と。


 

 母親はおびえました。あの子いがいの子どもなんていらない。ずっとそう思っていたので、自分のお腹に赤ちゃんがいるなんて、その時は知らなかったのです。


 

 これはただの悪夢に違いない――。


 母親は思いました。


 目をつむって、次に開けるときには全てがもとどおりになっている、と――。




 

 

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