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24.手助け

 小さな悪魔は、大きな悪魔のことが忘れられませんでした。


 初めて仲間の悪魔に会えたのです。仲良しになれると思ったのです。それなのに、小さな悪魔は大きな悪魔のことが、まるで分かりませんでした。彼は、今まで出会った人間と同じくらい不思議でした。


 大きな悪魔はひとりぼっちでした。それなのに彼は楽しそうなのです。そのわけが、小さな悪魔には、どんなに首をひねっても分からないのです。

 

 小さな悪魔は何もする気になれず、公園の樹の枝でぼんやり世界を眺めています。



 

 そんな時、小さな悪魔の耳にこんな声がきこえてきました。


「僕がこんなに不幸なのは、ぜんぶ悪魔のせいだ!」


 小さな悪魔は腹が立ちました。

「僕が何をしたっていうんだ」

 小さな悪魔はつぶやきました。そして、そんなことを言っている人間の顔を見たくなりました。



 その声のぬしは、男の子でした。

 男の子は、机に向かって悪態(あくたい)をついていました。


 小さな悪魔は、男の子の背後から机の上をのぞきこみます。そこには、ペケばかりがついているテストの解答用紙がありました。


「悪魔が僕の勉強の邪魔をしたからこんな点数をとったんだ。僕は本当はできるヤツなのに! 悪魔が僕の耳もとでささやいたから、テスト勉強できなかったんだ」


 僕のほかにも悪魔がここへきたのだろうか? もしかして、あの大きな悪魔が……。


 小さな悪魔はドキドキしました。そんなはずがあるはずはないのに。ほかの悪魔の匂いなんてしないのに。でももしかしたら、もっとずっと前に、他の悪魔がここに来たことがあるのかもしれません。


「その悪魔はきみになんて言ったの?」

 小さな悪魔は、男の子にききました。


「すこしだけ休けいすればいい、って。アニメを見たってすぐ終わるからって。それから勉強すればいいって。それに1時間だけゲームをしたって、そんなの大したことないって。あとから勉強すればいいんだって」


 そんなことを言う悪魔がいるなんて!


 それは、どんなかわった悪魔なのでしょう。小さな悪魔は首をひねります。


「悪魔はそんなことを言ったりしないよ。テストでいい点がとりたいのなら、助けてあげるよ」

 小さな悪魔がささやくと、男の子は「ほんとう!」と大きな声でさけびました。

「ほんとうだよ。きみを助けてあげるよ」

 小さな悪魔は、男の子に約束しました。



 そうです。悪魔と人間はほんらい仲良しなのです。これまでだって小さな悪魔のすることを、多くの人間たちは喜んでいたのですから。


 小さな悪魔は、男の子がテストでいい点をとれるように、上手なカンニングの方法を教えてあげました。男の子の大好きなゲームで、一番強くなれるように、チートのしかたも教えてあげました。

 小さな悪魔が男の子の耳もとでささやくたびに、男の子はほめられ、うらやましがられ、人気者になっていきました。



 男の子と小さな悪魔はいつもいっしょです。小さな悪魔は、もうさびしくなんてないはずです。

 それなのに、ぱんぱんにふくらんでいた風船の空気が少しづつぬけていくように、小さな悪魔は、だんだんと、だんだんと、つまらなくなっていったのです。



 男の子は、小さな悪魔の声を、自分の声だと思っています。自分の力でテストでいい点をとって、ゲームの大会で優勝したのだと思っています。こんなに助けてやっているのに、小さな悪魔に感謝することもありません。


 ずっといっしょにいるのに、小さな悪魔はひとりぼっちとかわりません。こんなつまらないこと、ほとほと嫌になりました。


 小さな悪魔は、もう男の子を助けてあげるのはやめることにしました。

 けれど、もう一度自分のことを思い出して、「たすけて」というのなら、助けてあげてもいいかな、とそんなふうに考えて、ずっと男の子のことを見ていました。



 男の子はテストでひどい点数をとりました。いつものように上手にカンニングしたはずなのに、なぜかうまくいかなかったのです。両親も、友だちもびっくりしました。でも、みんな、病気でもしていたのではないかと心配してくれました。男の子は思いました。そうだ、そうにちがいない、と。


 ひどい点数のテストがつづくと、みんなは男の子のことを、へんな目で見るようになってきました。ゲームの大会でも、男の子はまるで勝てなくなっています。友だちはみんな、「あいつはズルをしていたんだ」と耳うちしあっています。やさしかった両親も、なんだか男の子につめたくなった気がします。


 いい点数がとれなくなったからだ。


 男の子は思いました。神さまに見放された気分でした。これまでずっとうまくいっていたのに、どうして今になって自分がこんな嫌な思いをしなければならないのか、男の子には分かりませんでした。


 この世の中が悪いんだ。男の子は思いました。きっと、悪魔のしわざにちがいない。悪魔がこの世界を、こんな意地悪で、やさしくない世界に変えているからに違いない。男の子はそう確信しています。


 ああ、僕はなんてかわいそうな子なんだろう。こんな世の中に生まれてきたばっかりに! 生まれてなんてこなければよかった。こんな悪魔の支配する、ひどい世界になんて!



 男の子はこの世界を悲観して、首をつって死んでしまいました。両親や、友だちの心を意地悪に変えてしまった悪魔のことをのろいながら。



 小さな悪魔は、そんな男の子のことをずっと見ていました。そして、顔をしかめて小さく首をふりました。


 ほら、やっぱり。大きな悪魔のように人間にささやきかけるだけでは、ちっともおもしろいことにはならないじゃないか。


 やはり人間にならなくては――。


 小さな悪魔はブラブラともとの公園に戻りながら、そんなふうに思ったのでした。





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