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22.楽しみ

 小さな悪魔は、首をひねって考えています。


 小さな悪魔には、大きな悪魔の楽しいことが、ちっとも楽しくないのです。だから、どうすれば彼を楽しませることができるのか、まるでわかりませんでした。けれど「僕にはできない」なんて、そんな恥ずかしいことが言えるはずがありません。


 小さな悪魔は考えます。人間になって、楽しかったことって何だろう? 首をひねって思い返します。


 小さな悪魔をむじゃきにしたっていた、子どもたちの顔が浮かびました。彼のことをずっとほめてくれていた友だちもいました。彼が何をしても怒らなかった恋人もいました。仲間で何かをするのは楽しかった。そんな気がします。


 ただ人間を見物するのではなく、いっしょに何かをするのが面白いのだ。


 そう大きな悪魔に教えよう、と小さな悪魔は考えました。




「まず僕が人間になるから、あなたも人間になって。それからいっしょに楽しいことをしようよ」

 小さな悪魔が提案すると、大きな悪魔は不ゆかいそうに眉毛をぴっと上げ、それからにったりと唇のはしを持ち上げて笑いました。

「この俺に下等な人間になれって? まぁ、いいだろう。きみに譲歩するかわりに、思いきり俺を楽しませてくれよ!」

「じゃあ、僕がうまいぐあいに人間の躰に入ったら、会いにきて」  


 小さな悪魔がそう言って飛び立つと、大きな悪魔は「またな」、とにこやかに手を振りました。




 どんな人間の躰にしよう――。


 小さな悪魔は空の高みから、ちょうどいい、い心地のよさそうな躰はないかと目を皿のようにして探します。

 後からくる大きな悪魔といっしょに楽しめる、そんな素敵な躰です。どれでもいいという訳にはいきません。



「ああ、あれがいい」


 小さな悪魔は、橋の上にいた若者に目を留めました。


 この男には、かわいい妻がいます。とても仲良しの幼なじみが三人います。優しい両親がいます。けれど仕事がありません。男が悪いのではありません。そういう世の中なのです。男と同じように仕事につけない人たちが、ごろごろいるのです。男には借金がありました。仕事はなくても、男も、家族も生活していかなければならないからです。借金はふくらんでいくばかりです。もうこれ以上、お金を貸してもらえなくなるかもしれません。

 死んで保険金で家族を養おうか、とそんなことを考えながら、男は川を見下ろしていたのでした。



「その躰を僕にくれるなら、お金の工面をつけてあげるよ」

 小さな悪魔は、男の耳許でささやきました。

「躰を差しだしたら、俺の魂はどうなるんだ? 俺の家族はどうなるんだ?」

「知らないよ。気になるなら、そばで見ていればいいじゃないか」

「そんなことができるのか?」


 小さな悪魔は、男の両目に手のひらをかぶせました。その手が外されると、男はきょろきょろ辺りを見まわします。人けのない橋の上、川沿いの道、あちらこちらに半透明の人間たちがたくさんいます。驚いている男に、小さな悪魔は言いました。


「天国にも地獄にもいかない人間も、たくさんいるんだよ」


 男はしばらく考えました。


「もうじき子どもが産まれるんだ。妻と子どもと、それに両親も一生金に困らないようにしてくれるか?」

「おやすいごようさ」


 小さな悪魔は頷きました。契約成立です。




 

 小さな悪魔は、男に成り代わって暮らし始めました。男の家は、ほどよくかたづいていて、清潔な居心地の悪い家でした。こんな家は、小さな悪魔は嫌いです。大きな悪魔もきっと嫌がるに違いありません。

 

 小さな悪魔は家にはよりつかず、幼なじみで仲間のひとりのもちものの、きたない倉庫で暮らすことにしました。妻には、その仲間の仕事を手伝うことになったから、と言いました。だからもう、お金の心配はいらないよ、と。

 


 仲間といっしょに一番初めにした楽しい遊びは、銀行強盗です。

 小さな悪魔が言いだした時、みんな息をのんで驚いていました。そんなこと無理だと首を振りました。だけど、小さな悪魔の言うことを聴いていると、それはそんな大したことではないような気がしてきたのです。とても楽しそうで胸のおどることに思えてきたのです。


 そして実際そうでした。


 追いかけてくる何台ものパトカーを振り切って、行き交う車の間をすりぬけて逃げ切りました。ピストルでおどされても、かすりもしません。ドラマのようなスリルとサスペンスに、みんな歓声を上げてはしゃぎました。


 まるで神さまが味方してくれているようです。味方しているのは本当は悪魔なのですが、誰もそんなことは思いません。


 小さな悪魔の言う通りにするだけで、万事がうまくいきました。今まで見たことのないような大金が手に入りました。みんな、大喜びです。


 ニュースをみても、誰もが見当違いなことを言っているばかり。ちっとも捕まえにくる様子のない警察を、みんなしてあざ笑いました。



 けれど、何度銀行強盗を繰り返しても、大きな悪魔はやってきませんでした。小さな悪魔は、彼も仲間に加わると思っていたのです。でも、その気配すらありません。



 大きな悪魔には、こんなことは楽しくもなんともないのかも知れない。


 小さな悪魔は、首を傾げて考えました。なんだかこんなことをしているのが、急につまらなくなったのです。






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