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17.魔女狩り

 小さな悪魔は、遠くの山奥の小さな村に来ています。

 誰かに呼ばれて来たのです。でも誰が呼んだのかがわかりません。小さな悪魔は、この小さな村で声の主を待つことにしました。


 村の十字路の電波塔の上で、小さな悪魔は小さな声を聞き取ろうと耳を澄ませます。

 その塔の下を、毎日散歩する母娘がいました。まだ小さなよちよち歩きの子どもを連れています。塔の前から山のふもとまで行って、そこで折り返して自分の家へ帰って行きます。

 母親の心は樹の洞のように空っぽでした。これなら魂を眠らせて、この躰を自由にすることができそうです。


 そして小さな悪魔はその通りにしました。この母親の魂は、小さな悪魔が躰に入ってきたことさえ気づかないほど薄かったので、ばんじが上手くいきました。


 小さな悪魔は、母親になってこの小さな村で暮らすことにしました。




 母親には子どもが三人いました。でも父親は遠い町で働いています。上の子どもは学校に行っているので、母親は夕方まで小さな子どもと二人きり。一日中寝ていられる楽な暮らしだと、小さな悪魔は喜びました。


 ところが、そうではなかったのです。子どもを学校に送りだすと、男が家に訪ねてくるのです。それも毎日、毎日。

 小さな悪魔はこの男がうっとうしくてたまりません。いつもてきとうな事を言って追い返します。薄っぺらい魂でも、この母親はこの男が大嫌いなのです。小さな悪魔もこの男が大嫌いです。


 役人のくせに、仕事にかこつけて来るのです。「ご飯を食べさせてくれ」と言うのです。「いっしょに遊びに行こう」と言うのです。

 この男のせいで、この母親は心を病んでしまったのでした。


 おかげで簡単にこの躰が手に入ったけれど……。なんて、小さな悪魔が感謝するはずはありません。

 男に「好きだ」と言われるたびに、小さな悪魔は「私は嫌い」とこたえます。でも何を言い返しても、男は堪えないのです。


 小さな悪魔は、男の妻に文句を言いに行きました。

「あなたが、あのひとの話し相手になってくれるから、いつも機嫌よくて助かってるの。ありがとう」

 口を開く前にそんなふうに言われ、小さな悪魔は呆れすぎて何も言えなくなってしまいました。

 それから男の妻は、いろんなことを小さな悪魔にぐちりました。


 男がいつもお酒を飲んでいてまじめに働かないこと。目と鼻のさきに、愛人を住まわせていたこと。何度も自殺を繰り返していること。


 ようするにあの男、頭がおかしいのか……。


 小さな悪魔は、ため息をつきました。




 こんな男と友だちになって、何になるんだろう?

 そう思うのに、小さな悪魔は、毎日、毎日、男とお茶を飲んでいます。男の話を聴いてやります。今日も「大嫌い」を繰り返します。男の言うこと、言うこと、悪し様に言い返してやります。でも、その度に男は嬉しそうに笑うのです。


 長い間、男の話を聴いて、やっと小さな悪魔はわかりました。

 男には親友がいます。男の妻はその親友が好きなのです。親友の方も男の妻が好きなのです。

 小さな悪魔は言いました。


「もう、彼女を解放してあげたら? あんたがどんなに彼女の前で、わたしに好きだと叫んだって、彼女の心は戻らないよ」

「俺とあいつのあいだには、三十年の夫婦の歴史があるんだ」

「彼女にとって不幸の歴史がね」


 男は黙ってしまいました。


「あの男が金づるの女房と別れる訳がない。もてあそばれるだけだ。あいつがかわいそうだ」

「彼女は働いているし自立している。いい大人同士の恋愛に、もてあそぶもなにもないでしょうが? 仕事をクビになってヒモ同然のあんたの方が、よほど彼女のお荷物じゃないか」


 男の顔が歪んでいきます。



 男はとっくに役所をクビになっていたのでした。

 男が大酒を飲んで家の階段から転がり落ちて大怪我をおった前の晩、小さな悪魔の家に男から電話がありました。


「あいつがいない」「帰ってこない」「遊びにきてくれ」「さみしい」「さみしい」「さみしい」


 小さな悪魔は、めんどうなので電話線を引き抜きました。そして翌日、男の家に行くと、男は血だらけでぼんやりしていました。帰って来た男の妻が病院につれていきました。男は、二週間も入院しなければなりませんでした。今回のような欠勤が過去に何度もあったので、クビは当然の結果でした。




 小さな悪魔は、男のことなんて、もうどうでもよくなりました。酒を飲んでおおぼらを吹く男には、面白い面もありました。でも、女にすがりつく男の姿に、面白いものなど何もないのです。


 夢を捨てて、あいつのために固い仕事についたんだ。本当はこんなつまらない仕事なんて嫌だったのに。子どものために我慢したんだ。俺を犠牲にして養ってやったのに……。


「もう、あきた。これ以上つきまとうなら警察をよぶから」

 小さな悪魔は言いました。そして、このつまらない母親の躰も捨てました。母親には、夢でも見ていたようなおぼろな記憶しかありません。



 しばらくして、この母親一家は村から去って行きました。男の妻と親友がひどい噂を振りまいて、母親を村八分にしたのです。親友の男は言いました。

「あの女は男を誘惑して破滅させる魔女だ」と、いろんな嘘をでっちあげていきました。だって、この母親は自分たちの秘密を知っているからです。この狭い村で、秘密をしゃべられたら困るからです。


 小さな悪魔は、その様子を電波塔の上から見ていました。その噂話のささやきを聞いていました。チロチロといやらしく、紅い焔のように燃え広がって行く誹謗中傷の言葉が、虚ろに弱り切った母親を焼き尽くしていくのを、じっと観察していました。



 母親一家がいなくなり、季節がめぐり、男は自分の建てた家のはりで首をつって死にました。


 男の魂が、電波塔のてっぺんに座る小さな悪魔のところへやって来ました。


「よかったね」

 小さな悪魔は言いました。

「地獄にはきみの仲間がたくさんいるから、もうさびしくないよ」

「ありがとう。あんたに逢えてよかった。おれはあんたに逢えて救われたんだ」

 男は、にこにこと嬉しそうに笑って言いました。



 小さな悪魔は、嬉々(きき)として地に呑み込まれていく男の姿を見送りながら顔をしかめました。


 

 ひとりぼっちより、地獄の方がいいのはわかるけれど……。

 やはり、悪魔が人間を救うのはマズいのではないかな、と首をひねらずにはいられなかったのです。


 



 

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