15.友だち
小さな悪魔は今日も公園の樹に座っています。
つまらなそうに、世界をぐるりと見渡しています。小さな悪魔はもうしばらくの間、人間になっていません。だからとても退屈しているのです。
「ねぇ、きみは飽きずにそんなことを続けているけれど、楽しいの?」
小さな悪魔は、横にいる男の子の魂に声をかけました。男の子の魂は枝を揺する手を止めて、首を傾げました。
「きみって、退屈なやつだよね」
小さな悪魔はもう男の子の魂になんか見向きもしません。
――チャンスだ!
小さな悪魔は木の枝から飛び立ちました。
大きな街の汚れた裏通りで、少年が一人死にかかっています。お腹にナイフが刺さっているのです。魂はもうとっくに躰から離れています。
早く早く、完全な死体になる前に、この躰に入らなくては!
悪魔といえども完全に死んでしまってからは、人間の躰を乗っ取ることはできないのです。
間に合いました。小さな悪魔は起き上がり、お腹からナイフを引き抜きました。血がドクドクと溢れています。小さな悪魔はその傷をすぐさまふさぎました。
「おい、お前すげえな」
この少年を刺した少年がつぶやきました。目をまん丸にして、しきりに感心しています。別にうらみがあって刺したわけではないのです。退屈だったからちょっとからかっただけなのです。こんなすごい芸当のできる変わったやつなら、いっしょに遊んでみるのもいいかもしれない、とその少年は思いました。
小さな悪魔は、少年と友だちになりました。
少年は学校へ行っていません。路地裏の地下にあるつぶれた店にいつもいます。そこでよく似た少年や少女たちと、いつもいっしょにいるのです。
大きな音で音楽をかけて、皆で臭い匂いのするタバコをまわしのみします。
時々街に出かけて、お金や何かを盗んできます。それで、お酒やタバコを買うのです。
少年は小さな悪魔に親切でした。帰る家のないこの躰に、寝る場所と甘いお菓子をくれました。気持ちのスカッとするタバコもくれました。お酒も分けてくれました。
少年は友だちです。
だから小さな悪魔も、この友だちといっしょに盗みをしました。弱そうなやつを見つけては、お金を巻き上げました。ひとりでするとすぐにあきるこんな遊びも、友だちといっしょだと楽しいのです。
小さな悪魔はこの暮らしが気に入りました。てきとうに選んだわりに、この躰は当たりだったな、と小さな悪魔は思います。ここにはうるさい親もいません。この部屋はじゅうぶんに汚くちらかっています。栄養だの成長だの説教をする先生もいません。友だちと楽しいことだけをしていればいいのです。
だけどしばらくするうちに、小さな悪魔は気づきました。みんなでさわいでいる時も、げらげら大声で笑っている時も、なまいきなやつをぶんなぐっている時も、友だちはくらい目をしていることに。
「おまえはすごいやつだ」
それが友だちの口ぐせでした。
「おまえみたいに突き抜けたやつはみたことがない」
そう言って友だちは笑うのです。小さな悪魔と二人だけでいる時、友だちはどこかぼんやりとしていました。小さな悪魔には友だちがどんな顔をしているのかわからないのです。おぼろで、うつろで、そこには顔なんてないのです。友だちはのっぺらぼうでした。
小さな悪魔は長い間この友だちといっしょにいました。いろんな悪事をいっしょに働きました。友だちがしたいと言ったことは、全部いっしょにしてあげました。
けれど友だちはどんどんおぼろになっていきました。もうほとんど消えかかっています。
とうとう小さな悪魔はこの友だちにききました。
「いったいきみは何が欲しいの? どうすればきみは満足するの?」
さびしい。
と、霧のようになった友だちは言いました。
さびしい。さびしい。このさびしさをうめてくれ、と。
「きみはなんて貪欲なんだ!」
小さな悪魔は叫びました。
その言葉で、友だちは完全に消えてしまいました。
小さな悪魔は公園の樹に戻りました。
そこでは男の子の魂が、今日も枝を揺すり葉を落としています。
小さな悪魔は、それを見てちょっとだけほっとしました。そして、男の子の魂の横に腰掛けました。小さな悪魔は少しだけ後悔していました。
友だちの躰をもらえばよかった。
そうすれば、空っぽの彼をうめてあげて、願いを叶えてあげることができたのに。彼が消えてなくなってしまう前に、そうすればよかった。
そんなふうに、後悔していました。
「練習ノート」【噂をすれば】 https://ncode.syosetu.com/n2279eu/13/
1000文字お題練習に、小さな悪魔がゲスト出演しています。
良かったらご一緒にどうぞ。




