14.仲間
小さな悪魔は、公園の樹から子どもたちを見ていました。
みんな楽しそうに遊んでいます。小さなボールを投げて、それをバットで打つのです。男の子も、女の子もひっしにボールを追いかけています。
小さな悪魔は、不思議でなりませんでした。
あんなにひっしにボールを追いかけて、何がそんなに面白いのだろう?
見ているだけではわからない楽しさの秘密が、そこにはあるように思えました。だから小さな悪魔も、あの子どもたちの輪の中に入りたいと思ったのです。
だけど、なかなかチャンスがありません。あの子どもたちは、いつもいっしょにいるのです。ひとりだけになることがないのです。
小さな悪魔は考えました。
そのうちチャンスがあるかもしれない。
そう思って、この中の一番強そうな子どもについてまわることにしました。
その男の子の家は、三件の家が連なった長屋でした。
小さな悪魔は、この家の前にある小さな公園のブランコをこぎながら、この男の子の家をのぞいています。男の子のお母さんは、学校で働いています。お父さんは単身赴任で遠くに住んでいます。ときどきしか家に帰ってきません。
お母さんは仕事が終わって帰ってくるとお酒を飲んで、男の子を殴っています。
この子をお母さんから自由にしてあげて、あの躰をもらおうかな、と小さな悪魔は考えます。
男の子の家の隣には、可愛い女の子が住んでいます。男の子と女の子は仲良しです。いつもいっしょにいるので、みんなそう思っていました。
でも、おとなが見ていない小さな公園で、男の子は女の子に、砂場の砂をかけたり、髪をひっぱったり、ときにはなぐったりしていました。
小さな悪魔は、ブランコからそのようすを見ていました。
男の子はお母さんから怒られるたびに、女の子をいじめます。とても楽しそうに笑います。これでお母さんになぐられても、すぐにすっきりするのです。
これでは、躰をゆずってくれないのではないか、と小さな悪魔は首をひねりました。
ところが思わぬところからチャンスが飛び込んできました。
女の子のお母さんが、女の子がいじめられているから、なんとかしてください、と学校にもんくをつけたのです。
学校の先生はあわてました。その話をきいたほかのお母さんも、子どもが男の子にいじめられている、と言いだしました。
今まで人気者だった男の子は、きゅうに仲間外れにされました。男の子はもうみんなが遊ぶ、あのいつも小さな悪魔のいる大きな公園にはいきません。ひとりでこの小さな公園でブランコに乗っています。
小さな悪魔はささやきました。
「きみを助けてあげるよ」
「ほんとう?」
男の子は喜びました。
「僕の言う通りにすればいい」
小さな悪魔がささやくと、男の子は瞳を輝かせました。
男の子は小さな悪魔の言ったとおりのことをしました。
学校の家庭科の時間に、包丁を振りあげて女の子を教室中追いかけ回したのです。ほかにも何人かの子どもが見ていました。笑いながら見ていました。みんな男の子が女の子をいじめていることを知っています。この日も同じだと思ったのです。だから、手を叩いてはやしたて、笑いました。
先生はその場にいませんでした。
後からそのことを知った先生たちはおおあわてです。学校の授業中にそんなことがあったなんて、大事件です。だから額をつきあわせて考えました。なんとかやりすごす方法に頭をひねります。
先生は言いました。あの女の子は嘘つきで、あの女の子のお母さんは頭がおかしい。ほかの子どもたちのお母さんやお父さんも言いました。あの子のお母さんは、みんなが仲良くしているのに、邪魔するようなことを言う、困った人だ、と。だって、子どもたちは、男の子が包丁を振りまわすその場にいたのです。それを笑って見ていたのです。そんなことが、事実であっていいわけがないのです。
女の子の一家は、みんなから村八分にされて引っ越していきました。
これで学校に平和が戻りました。みんなほっとしています。
けれど小さな悪魔は、男の子の躰をもらいませんでした。
小さな悪魔は、公園の大きな樹に戻ってきました。
木の枝に腰かけ、子どもたちが遊んでいるのを見ていました。でもすぐに飽きてほかに楽しいことはないかと、視線をさまよわせています。
小さな悪魔には、もうあの子どもたちの秘密がわかったのです。子どもたちがひっしにボールを追いかける理由が。
だって、うまくやらないと、あの男の子に後でなぐられるのだもの。はやく走らないと、けとばされるのだもの。
楽しそうな口もとは、笑っているのではないのです。怖くて怖くて、固まっているのです。
小さな悪魔は、あのおびえた目が大嫌いなのです。だから、あんな男の子の躰なんていらない、そう思ったのでした。




