表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/49

11.待ちぼうけの男

 小さな悪魔は、公園の樹の上から、ベンチの男を眺めています。


 小さな悪魔は、ある金持ちの父親と契約しています。父親の願いをかなえれば、その躰を手に入れることができるのです。

 そのためには、ベンチの男の協力が必要なのでした。

 それなのに……。

 小さな悪魔は、大きくため息をついています。




 小さな悪魔は、ベンチの男の耳もとでささやきました。


「お金持ちになりたくない?」

「べつに。おれは今のままで満足している」


 小さな悪魔は、男をしげしげとながめます。よれよれの背広(せびろ)に、ひざのすりきれたズボン。とても満足のいくようなかっこうとは思えません。小さな悪魔は、首をかしげます。


「きれいな服を着て、おいしいものを食べたくない? いろんなぜいたくをしてみたくない?」

「べつに。腹がみたせりゃ、それでいい」


 小さな悪魔は顔をしかめます。


「すてきな美人の恋人を紹介してあげる」

「美人はわがままだからな。めんどくせえや」


 このベンチの男は、何を言ってものってこないのです。


 お昼時にこの公園にやってきて、ハンバーガーとコーヒーの昼食をとり、ベンチに寝転がって昼寝をします。そしてまた、仕事にもどっていくのです。


 毎日がこのくり返しでした。


 それなのに、このベンチの男はいつも楽しそうなのです。今もベンチに転がって、鼻歌なんて歌っています。



 この男、何が楽しくて生きているのだろう? たいして何かを持っているわけでもないのに。


 小さな悪魔は不思議でたまりませんでした。

 

 何をさしだせば、男は協力してくれるのだろう?


 小さな悪魔は頭をひねります。今まで、いろんな提案(ていあん)をしてみたのです。そのすべてを、男はけったのです。

 小さな悪魔は、ほとほと困りはてていました。





 今日も男はベンチにいます。小さな悪魔は、男の横でしかめっつらで考えています。

「あ!」

 男は急にベンチから立ちあがりました。


 若い男がたおれたのです。男はいそいでその青年にかけより、助け起こしてやりました。ベンチに寝かせてやりました。あおい顔をした青年は、しばらくして気がつくと男にお礼を言いました。

 このことがきっかけで、男はその青年と友達になりました。



 男は青年とベンチでおしゃべりをします。

 昼食に、男は青年にもハンバーガーとコーヒーを買ってきました。青年は悲しそうに頭をふります。


 青年は重い病気なのです。

 病院でだされるものしか食べてはいけないのです。本当は、こうして外に出ることも禁止されているのす。


「一度でいいから、あんなふうに走ってみたい」


 公園をかけ回る子どもたちをながめながら、青年はつぶやきます。





 しばらくして、青年はぱったりと公園に来なくなりました。男はさびしそうに、ぽつりとベンチにすわっています。


 小さな悪魔は、男の耳もとでささやきました。


「あの青年はもうここへは来ないよ。ベッドからうごけないんだ」


 男はぐっと(くちびる)をへの字にむすんでいます。


「一時間だけ、その躰を彼に貸してあげて。彼はもうすぐ死ぬんだ。死ぬまえに、思いきり地面を走らせてあげたい」


 男は、こくん、とうなずきました。

 小さな悪魔は、ほくそ笑みました。


「彼にこの躰を渡したらすぐに戻ってくる。ここで待っていて」


 男の魂と交代して躰に入りこむと、小さな悪魔は公園をかけだしていきました。

 男の魂は、走っていく自分の背中を不思議そうに見送っています。やがてそれも見えなくなると、男の魂はにっこり笑ってベンチの背もたれに両腕をかけ、ゆったりと空を見あげました。





 それからずっと、男の魂は、このベンチで自分の躰が戻ってくるのを待っているのです。




 小さな悪魔は、金持ちの父親との契約を成就(じょうじゅ)させました。

 この父親の息子は、重い病気にかかっていたのです。治るには、心臓を交換するよりほかにありませんでした。だれの心臓でもいいのではないのです。合う、合わないがあるのです。ほんのわずかな交かんできる心臓の持ち主が、あのベンチの男なのでした。


 手術は成功しました。

 心臓をとられた男の躰は、もう生きてはいません。


 金持ちの父親は、息子の命をつなぐことができたので、よろこんで小さな悪魔に自分の躰をゆずりました。



 青年は、何も知らないまま、ベッドの上で眠っています。

 小さな悪魔は、満足そうにほほ笑んでいます。





 

にけさんの作品、

「#twnovel」26【みえないけれどここにいる】https://ncode.syosetu.com/n9182ed/26/

から、今回のモチーフである「待ちぼうけの男」を拝借しています。


 公園で誰かを待っている、この男の躰はどうなったのだろう? うちの小さな悪魔に盗られたのかな、と思ったのがきっかけです。それに、「待ちぼうけの男」という響きがいい。


 にけさんに、このキャラクターを使わせて頂けませんかとお願いしたところ、快諾いただけましたので、今回のお話に登場させて頂きました。


 もと作品は、どこかあっけらかんとした、あの世とこの世の狭間で起こる、ほのぼのとした140文字掌編です。

「待ちぼうけの男」この魂の、生きていた頃と、魂だけになってから、合わせて読んで頂けると、きっと二度おいしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ