10.詩人
小さな悪魔は、美しい女の形になっています。
面白おかしく生きるには、みすぼらしい女の子の形よりも、そっちの方が都合がいいからです。
以前の躰の貧しい女のときのように、いろんな男がよってきました。みんな小さな悪魔をちやほやしてくれます。
でも、小さな悪魔はそんなものには、もうあきているのです。だって、みんな同じなのです。めずらしいことなんてありません。
小さな悪魔は、金持ちの男をとっかえひっかえしていきました。男たちは、小さな悪魔の関心を買うのにやっきとなって、いろんなものをプレゼントしてくれます。そして、お金がつきると消えるのです。そのくり返しでした。
小さな悪魔は、そんな男のひとりにもらった大きな屋敷に住んでいます。そこで毎晩パーティーをするのです。たくさんの人間が集まってきます。小さな悪魔に気にいられようと、いろんな芸をしてみせます。
でも、つまらないのです。はじめは面白いと思っても、すぐにあきてしまうのです。だから小さな悪魔はいつも気だるげな、つまらなそうな顔をしています。
そんな中で、小さな悪魔はひとりの男に目をとめました。貧しいみなりの平凡な男でした。でも、この男は、一輪の小さな花と、とても美しい詩を小さな悪魔にくれたのです。
美しい言葉は、小さな悪魔を満ちたりた気分にしてくれました。小さな悪魔は喜びました。自分をかこむ世界が、とてもきれいなものに見えたのです。それは、いままで小さな悪魔が見たことのない世界でした。
これが人間の幸せなのだ。きっとそうに違いない。小さな悪魔は、そう思いました。
小さな悪魔は、詩人と暮らし始めました。
詩人は、朝に、晩に、小さな悪魔に美しい詩をささげてくれます。小さな悪魔はとても幸せな気分になります。
だから小さな悪魔は、詩人の願いをかなえてやりました。
ちっとも売れなかった詩人の詩集が、有名な批評家にほめられました。そしてあっというまにベストセラーになりました。
詩人はすっかり時のひとです。
有名になった詩人は、多くの人にかこまれちやほやされています。すっかり有頂天です。もう小さな悪魔のために、美しい詩をささげてはくれません。あっちこっちのパーティーに行くのに、いそがしいのです。
小さな悪魔はそんな詩人を見ていました。そして、首をひねりました。小さな悪魔は、この男にもう興味がなくなったのです。
小さな悪魔に別れをきりだされて、男はあせりました。
「きみは僕のミューズなんだ」
詩人はまた詩を書くようになりました。
でも、小さな悪魔の心は動きませんでした。
詩人は、ますますたくさんの詩を書きました。
ですがそれはもう、美しい言葉ではありません。小さな悪魔はがっかりしました。以前にもらった詩さえ、もう美しいとは思えないのです。
どうしてだろう? 何が違うのだろう?
小さな悪魔は首をひねります。そのわけが知りたかったので、小さな悪魔はもう少しだけ、詩人と暮らすことにしました。
毎晩のパーティーで、詩人はあびるほどの酒を飲みます。つまらない詩をうたってみせます。そんな彼を周りのみんながもてはやすのです。もうすっかり見なれた光景です。
小さな悪魔はつまらないので庭に出ました。月あかりがあれた庭をてらしています。小さな悪魔は、そこにしゃがみこみました。小さな花を見つけたのです。それは詩人が、はじめて小さな悪魔にくれた花でした。
小さな悪魔は名を呼ばれてふり返りました。詩人がこっちに歩いてきます。小さな悪魔はしゃがんだまま彼を見上げます。
詩人は、小さな花をふみしだいて、小さな悪魔の前に立ちました。
小さな悪魔は立ち上がり、「さよなら」と告げました。心をのぞきこむまでもありませんでした。男の足もとで、ヘドロのような影がうごめいています。詩人の中にはもう美しい言葉なんてないのです。いいえ、はじめからそんなもの、なかったのかもしれません。
小さな悪魔には、自分をまどわしたのが何だったのか、結局、わかりませんでした。
小さな悪魔は、この屋敷のバルコニーから身を投げて、この躰を捨てました。この躰では、どこへ行っても同じだと思ったのです。
地面に横たわる、もとの女の子にもどった躰を見おろしながら、小さな悪魔はつぶやきました。
次はやはり、男の躰を手にいれよう。