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ZEBRANAシリーズ

ZEBRANA ☆シマウマ★白馬も黒馬もあなた次第

作者: 紫

もくじ


☆ ホワイト ☆

☆ Bar ZEBRANA ☆

☆Bar ZEBRANA☆

☆ マイルーム ☆

☆ ドライブ ☆

☆ LOVERS ☆

☆ マンション ★

★ ブラック ★

★ 憂鬱 ★

★ マヒトの女 ★

★ 灰色の心 ★

☆ 揺れる想い ☆

☆ 記憶 ☆

☆ 塊 ☆

☆ シェルター ☆

☆ 疾走 ☆

★ 衝動 ☆

☆ 揺れる心 ☆

☆ 花びらの様に ☆

☆ 暫 ☆




☆ ホワイト ☆


 車はえらい渋滞に巻き込まれてからというもの、この四十分もの時間 、五分でリピートする一本のカセットの音楽にあきあきしながら背を伸ばして、車の列の向こうの空を見つめた。たかが五キロはなれた所にショッピングというのにこれ。

 さっき、派手な事故が起きたのだと交通整理の人がスピーカーで言っていた。極めて危険。

 ガソリンスタンドから出た瞬間のトラクターに何が突っ込んで大爆破したって、何て運が悪い話かしら。ヘリコプターだったんだって。あまりによく出来た惨状に、半ばアメリカとか外国のニュース番組でも聞いている気になった。

 あたしの見つめる空は派手な黒煙が昇っている。さっきのとんでもない爆音のせいでまだ心臓はバクバクしていた。かなり遠いはずのあの音が聞こえていたくらいだから、近くじゃあとんでもなかった。

 いくつものヘリコプターが黒い怪獣と格闘しているかのように飛んでいる。何台ものサイレンがあの中心部に向かって飲み込まれている。

 三回も続けざまに爆破が起きてからもう四十分は経つだろうか。身動きが全く取れない中でも携帯まで激しく鳴る。はじめの内は応じてたけど、もう面倒になってドライビングモードにした。引き返そうにもムリ。完全に箱づめ状態。

 さすがにイラ立ってきても仕様がなかった。

「ね〜え、まだなのー?」

 車の窓を開け誰にでもなくそういうと、もう一車線の若い男の子が相当イラ立った風に返してきた。

「うるせえオカマ野郎がっ」

 ………。キレそうになる。

「ニューハーフなめんじゃねえぞくそガキがっ」

 キレた。

 その男の子は男の子で頭にキタらしくて、車から出てきてあたしの赤のプジョーをけりつけた。あたしもそうなるともう大ゲンカ。あっちでもドッカンならこっちでも大爆発よ。かっこいいダーリンのいるエクササイズジムで鍛えているこの肉体をなめてもらっちゃあニューハーフ・ショウの名がすたる。

 あっちでは混乱していればこっちでは始まったファイトに大歓声が沸き起こる。ゴング替りにどっかのおじさんがあたしの車のボンネットをへこませたもんだからもう大変。交通整理のおじさんはこの勇ましいレディーに対して目を白黒させて警察を呼んだ。思ったとおりの大目玉をくらってしまった。

 若い男の子とニューハーフの大乱闘の様子は、あの大爆破を聞きつけた報道カメラマンの中の一人が面白がって撮影した。

 一面をかざったあの記事の一番端に小さく “もうひとつの大爆破” という名目で乗ってしまった ……。



☆ Bar ZEBRANA ☆


CLOCE


 夕方、あの記事をもってユウコやハルエがバーに着いたあたしのところに駆け寄ってきた。

「あんた! 大丈夫だったの?!」

 ユウコはこのバーのホステス仲間。

「ひどい男がいたものね! どこもケガは無い? しっかり治療費は請求したの?」

 ハルエは三年前からここに加わったという。

 でも、大怪我をしたのは男の子のほうだった。

「慰謝料がわりに名刺たたきつけて来てやったわよ」

 そしてあたしが一年前からこのニューハーフバーで働き始めたショウ。

 あたしがツンとして言った言葉に、ユウコもハルエも二人で肩を上げて、ワオゥ、と口元をおさえた。

「ねえところで、あの大爆破どうだったのよ。あんた唯一の体験者なのよ。それが途中で連絡とれなくなって心配したんだから」

「大分エキサイティングしたわね。もう興奮して感じちゃった」

「あんた取ったじゃないのよ! よく言うわよ〜!」

 狭いがゴージャスなバーの中にこだました三人の笑い声をくぐって、バーテンダーの男が苦笑しながら入って来た。このバーの経営者であるママの姪っ子である零さんと結婚した旦那なんだって。

 この三人のデカいニューハーフの迫力にいつも気おされている様にも見えるけど、こう見えてこの四十男はムエタイを最近引退したツワモノで、客とのトラブルにはいつも『キャ〜、こわ〜ぁい』と、三人の女たちに駆り出されては、その内逆にユウコたちがマジギレしだしてとっとと零さんの旦那が今度は引っ込んでいくのだけど。

 この逆ギレニューハーフバーはその部分も有名なのはどうでもいいとして、最近じゃあママが体の不調で店を留守にしているものだから、この三人のシマウマたちを抑えられるのは一人しかいない。

「おいおい。はしたない事言うなよ。それでも女か?」

 奥のドアから出てきたのはママの恋人のアシモちゃん。マネージャー。本名はなんだか難しくてわすれたけど、よくもこんなに若くて素敵なカレ見つけたものだわよ。

 本当、シットしちゃう。

 「は〜ぁい」と、あたしたちはしなって見繕いをし始める。

「今日の子、まだ十六くらいの子だったんだけどさ、実はあたし好みの子だったのよね。若い男の子っていいわよねえ。そのまま連れ帰れば良かったかしら」

 ハルエはマスカラでまつげのボリュームを上げる横目で言う。

「ハッあんた、あたしらの前でよく言うわよ。まだ本当は十七のくせに生意気言う。あたしみたいに二十六とか、ユウコみたいに三十五になってみなさいよ。やること増えんだから」

 あたしは意地悪っぽく微笑むハルエに猫のように微笑み身をしならせ言った。

「姉さんソレ内緒。たまに手術してくれたセンセ来てくれてんの。知ってるでしょ? 成人してるって事になってるのよ二十一よ二十一」

 ユウコは専用のドレッサースツールにお尻を滑らせ、両手を広げた。

「アッハ分かってるに決まってるじゃないあの先生! あっちは専門家よ? 後からきっと楽しい思いできるって思ってだまされてやってんのよ。こっちから言わせてもらえばね、目、見てればわかるわね」

「あら本当?! ちょっと考えちゃおうかしら」

 あたしは黄金色のクリスタルガラスの中の自らを見る。

 長い髪をとかし、胸元に黒のラメを振りかける。グロッシーな真紅のマーメイドドレスが、あたしのボディーラインを引き立てる。髪を結い上げて一筋の乱れも無く整える。ゴールドのアクセで飾る。グレーグロスのまぶたと長いまつげに赤の唇。

 女という女なんかより、女でなきゃいけない。華でなくばいけない。あたしたちは。

 全身をくまなく鏡に写す。確認する。美の相乗効果はなされているか、どこから見ても完璧か、バランスが取れ整っているか、黄金色に輝いているオーラにかげりは無いか。

 ダイヤ一つ粒の放つ輝きからドレスの裾、背後から振り返るハイヒールのかかとにまで。

 そうじゃなきゃ、あたしたちの認める“女”じゃ無い。

 毛穴のひとつだって見逃しはしなく、髪の一本だってコントロールしきり、眉の一本すら乱しはしなく 完璧に体を操らなければならない。

 女としての美容に全てを注いでいかなくてはいけない。……ものの、すぐにキレるから本当、バレる範囲が広がる一方なわけ。それでもなんとかこの逆ギレバーは続いていた。

 鼻と頬がとがっていて、細く小さい造りのりんかく。唇が上下共に厚く、目が切れ長のくせに大きい。あたしの瞳はキラキラ。もともと女みたいな顔造りはどこか彫りの深さは繊細でもあって、頑固な強さがある。実のママがスウェーデンハーフ。子供の頃から女言葉だったために、中三までバリバリ初対面では女子で通せていたものの、高一で変声期が来てしまった。それでも今でも声さえ出さなければ女子学生よ。まあ、自主退学してるんだけど。





☆Bar ZEBRANA☆


OPEN


 煌びやかに光りまたたくゴールドの照明に、黒の上質なオーストリッチのソファー。白の漆喰の壁に混じって豪華な壁紙が貼られ、奥まった一部のボックス席の壁が白のファー。そこの金の透かし彫りされた壁からあちら側が見え天井からかかるそれだけ赤のアラベスク調だけど優雅な装飾が可愛い。

 床はグレー系の、丹念にみがかれた石材。硬質クリスタル製のテーブルの脚は白の大理石の美女の彫刻。そこにアンバランスな硝子紫の丸皿。そしてブランデーグラスのみが上品で気品あるスタイルのバカラグラスとデカンター。

 天井の一部が掘り上げられて、黄金で小ぶりなシャンデリアがかかっている。白の真珠の装飾がクリスタルと共になされている。

 ロマンティックで可愛らしく豪華な空間。だけどどこかしらが、ちょっと外れた上品さがこのバーの空間だった。

 そのシャンデリアの下がる絵画のなされたくぼみは八角形で二段のソフトクリーム型になていて、その八面の中の一面のみが実は小さな扉がついていて、二階の控え室から下の準備をするバーの様子が伺えるようになっていた。

 あたしは開店間近の店内を見下ろした。

 白のブラウスで、襟巻きフリルを立てた長い首のユウコが、肩を越すミディアムロングの緩いパーマをおろし、真珠の大きなアクセで飾り、黒のマーメイドロングスカートをあわせて下のホールを歩いている。

 カウンターの中では零さんの旦那がバカラのグラスを丹念にみがいていた。ココアブラウンの制服ははじめやけに彼には不釣合いなものだった。

 ハルエはというと、最近の業績についてマネージャーのアシモちゃんと語り合っている。そのハルエの今日はプラチナ色のドレス。光によって上質エナメルめいたゴールドやシェルやの不思議なグラデーションを見せ美しい形だ。ひらひらのマーメイドドレスは細いひざを一層引き立てた。

 黒ベストに白シャツの制服のアシモちゃんの頭部は、上から見ると餌をあげたくなる程のマリモ度で、実際マリモが餌を食べるのかどうなのかは分からないんだけど、整った深い掘りにはそのボーズ頭と整えられたヒゲ、二十六歳。ああもったいない。

 あたしはマスカラを重ねながらひとつため息。イヴサンローランの揃う革のメイクボックスを閉じた。

 昼はやりすぎたわ。奴が店におとしまえに来たんじゃあ、イサママにまた叱られる所。大勢の仲間引き連れて来られたんじゃあ溜まったもんじゃない。

『それって喧嘩上等って意味でわたしたんじゃねえだろうな。イサさんに言い訳できねえ範囲のことは自分でどうにかしてくれ。名刺大事に使えねえなら返しな』

 分かってるわよ。軽率でした。

『お前はまだ若いんだから、軽はずみはとにかく抑えてくれよ』

 はい。

『責任とプロ意識、客商売だ。わきまえてくれ』

 アシモちゃんに言われた言葉にもう一度心の中で返答した。はい。気をつけます。ごめんなさいでした。

 お店の開店時間が近づいた。今日のあたしは保留。あ〜あ。

 ジャスミンティーの陶器の蓋を開く。閉めた扉から緩いクラシックが流れ始めた。薫り高さがまるで空間を燻すよう。

 あたしはソファーに座って今日のところは大人しくしていた。また忙しさも増せば、アシモちゃんから降りるようにとお声がかかるわよ。 ……多分





☆ マイルーム ☆


 あたしは伸びを思い切りして起き上がった。カラフルでポップなモダンイタリアン家具と、フレンチなポップが微妙なバランスで溶け合いマッチする部屋。

 マンションの大家のいじわるババアに内緒で飼っている白にクリーム色のとさかをした大きなオウムのピチョンくんが羽根を広げて挨拶する。

「おはようラブ! おはようラブ! 今日もキレイだね!」

「ありがとう可愛いピチョンくん」

 黄色のくちばしにちゅっと朝のキッスをする。

 今日こそはショッピングモールを回る。

 白のショートパンツの下は赤の編みタイツに赤のコンバース。トップのTシャツは白に赤のストライプ。金のアクセをじゃらじゃらつけて、ピンクとブラウングラデーションの大きなサングラス。

Tシャツの背中は大きくあいていて白のひもで何重にも交差している。ショートパンツのお尻に小さく赤ハートのスワロフスキとスパンコールでユニコーンの縫われたポケットに、映画のチケットをさす。ピンクのスケルトンバッグにいろいろ詰め込んで出かける。

 本当見ての通り、気が狂ってんのかってつっこまれる程、あたしは赤がだーい好き。誰がなんと言おうと、赤がないとあたしは外に出る気が起きないわけね。

 エクセレントがつく位ストレートにブローした髪をひるがえして、口笛吹きながらマンションの鍵をかける。真夏の暑さがあたしを攻撃する。髪にさえ日焼け止めスプレーは本当欠かせない季節。夏のショッピングをすっきりさせる香水レモングラスの香りが鼻腔をくすぐらせた。

………。

「ママ!」

 あたしの本当の母親。彼女はにっこり笑って、あたしにショッピングバッグを差し出した。あたしはお土産に感謝して受け取った。

「言ってくれれば準備したのに。今からあたし、出るのよ。ママも良かったらショッピング一緒にしない?」

「ふふ、そうね。1ヶ月振りだし、行きましょうか」

 時々ママは一人暮らしのあたしの所に遊びにきてくれる。パパはあたしを息子として育てたがっていたからあまり来てくれないけど、今まではあたしの部屋に彼氏がいる毎に意気消沈して帰って行った。

 ママは気の良い彼の事、気に入ってくれていたんだけれど ……。

 ボンネットとサイドドアの凹んだ鮮やかな赤のプジョーにママを乗せてあたしも乗る。修理に出すのは土日休みの今は無理だったけど仕方ない。今日一日がまんだわ。

「それで、大丈夫だったの? あなた、大爆破の横で爆発したらしいじゃない。新聞見て、パパ卒倒寸前だったのよ。体に影響は無かったんでしょう?」

「大丈夫よ。あたしはかなり離れていたから。耳のこまくがふるえた位で済んだの。悪かったわ。心配させちゃったわね。昨日もマネージャーに叱られて反省してたの」

「そうなの? 事件の被害者の人たちは大変だったけれど、せめてもあなたは体に何も異常が無くて良かった。お店の人もいい人そうで安心」

「あたしの事でそんなに気を使うこと無いのよ。あたしも気をつける」

「ええ。そういう自分からの心がけが一番。大切だものね。世の中って、結構複雑だから若いときは理解して行くことに苦労するけど、先輩たちと多く接して、少しづつでも理解していくことができればいいの。母さんしっかり応援してるわ」

「いつもありがとう、ママ」

 カーステレオからはママの好きなシャンソン歌手の唄が流れていて、その声が車内にゆっくり響いた。

 赤信号。

 …………。

 ん?

………

「ぁあ!!」

 あたしの怒った声にママが驚いた。そして、人形のようにビョンッとあたしの方に首を向けた。

 ……昨日の男の子だ。




☆ ドライブ ☆


 昨日の青コーナーだった男の子も驚いて、かなり顔をひきつらせてあとずさった。けど車内だからそんなに下がれはしない。

 その首には石膏をはめて右腕も上腕まで石膏。折れた高い鼻は包帯。黒くはれた片目 ……。こ、これ、ひどいんだけど。

「ど、どうも」

 ヤバイ程ドン引きしている。どうやら相当のことだったらしい ……。ごめんね。ウフ。

 その横には今日キレイな彼女が乗っていて、あたしを見て男の子に「その女だれよ」と眉を寄せ言ったけど、あたしの顔をマジマジ見てから「ああ!!」と満面明るい顔になった。

「あなたでしょ昨日のおもしろい大女ってさあ!!」

「お、おも、おも、おももしろい?」

「っての? オイシイってゆーの? 実はこいつの兄貴がカメラマンのところの編集者でさあ、かなりおいしがってたわけ! ねえ、マヒト! まさか会えるなんてヤバイぐうぜ〜ん! すっげーキレー!」

 マジ。ぜんぜん怒ってないじゃない。しかも逆。それが逆にコワイってのよ。とは言っても女からほめられるってのはぶっちゃけ気分良いけど? まあ悪くないんじゃない? っていう。でも実際腹の内でどう思ってるのか分からないのが女というもの。

 軽く受け合っておいて「悪かったわ。本当に」と謝っておくことが得策。そしてさっさとこの場を去る! ちゅーか、逃げる。

 早めに去ったほうがよさそうなのは確実。さっき編集がどうとか言っていたけど、そういう系のTVだとかメディア業界に興味ないし関わるとろくなことない。

 それに今日はママもいるし、せっかくの親子の時間を短くしたくはないというもの。

 男の子は軽く頭を下げて、女の子は「バイバイちゃ〜ん!」と手を振って青信号を鮮やかに右折でコーナー切って、黒い幌つきのスタイリッシュな銀のオープンカーは去って行った。

 あたしたちも出発する。ママが心配そうに聞いて来る。微笑みを返しておく。本当にこれで済めばいいけれど。

 あたしの行くショップはどこもよく行くところばかりだから、母親を紹介すると案の定「よく似てる〜!」「姉妹ね!」「素敵な親子だなあ」と言われる。ママのよく行く専門店は幼い頃から連れてきてもらっていたから、やっぱり「ママに似てどんどん美人さんになって行くね」「お母さんもうれしいでしょう」と言われた。

 あたしはパパの強い目元以外はことごとくママ似だから。ママみたいにこうやって美しく年を重ねるということは、女としてとても誇らしいに限る事だった。女性の嗜みを知り尽くし穏やかで家庭も円満へと導いてくれる。家族一人一人のいやすい場所として保ち続けてくれる。

 個性の全てを受け入れて否定しないママの性格はおうらかなもので、それが第一に家庭安泰を呼んでいた。そしてよく理解してくれるから、ママとの会話もショッピングも共にいる時間もリラックスできて楽しい。

 パパにお土産のパイプの刻み煙草とケースを購入し、カフェに入って落ち着いた時間を過ごしてから白黒映画を見に行く。それで、新しいレコードをそれぞれ購入すると、ママは三時には家に帰っていなくてはならないから実家まで送り届ける。

「今日はとても楽しい時間を過ごせたわ。今度、あなたの暇が開いたなら、また旅行行きましょうね」

「そうね! 1週間くらいのんびりするのもいいわ。ママも今日はわざわざありがとう。またね」

「ええ。じゃあね。帰り道を気をつけて。早いうちに車は修理に出すのよ」

「OK! パパにもよろしく!」

 パパは仕事でいなかったから挨拶をしそびれた。

 プジョーを走らせて携帯のモードを戻す。

 四時半を回ったとき、三階部分がイサママの住居スペースになっているお店、バーゼブラナから連絡が入った。

「アシモちゃん。珍しい。どうしたのよ」

 ため息混じりにアシモちゃんは背後の気配を振り返りながらか、言う。そういう姿がすぐ目に浮かぶ。

「どうしたもこうしたも、こんな時間だってのに二人組がお前を訪ねて来たぜ。女の子の方はあの件の奴の連れだって話だが、すっげーはしゃいでる。しかもその例の男の方、 ……俺の高校時代の連れの弟だ」

 ん?

「 ……芸能編集者の?」

「何だ。知ってたのかよ。とにかく来れねえか。即効だ。弟の方、何だかお前のことどうやら慕ってるぞ。“兄貴”だとか言っ」

「だとこらああん!!」

 再爆したあたしはぶちギレて電源毎切って車を疾走させた。





☆ LOVERS ☆


 バーに到着して早々、あのくそガキがいて正面切って言ってきた。

「兄貴うっす!」

ドカッ

 これはもう強力ストッパーアシモちゃんがいなかったらミイラね。ゾンビよ。

 元バーテンダーだったアシモちゃんがカクテルをつくって四人で座ってるけど、やけに女の子、エナはあたしのことをジッと見てくる。

 興味津々の目で硝子のストローからピンクとイエロー、オレンジグラデーションのフローズンカクテルを飲んでいて、なんと目にハートが浮かんで見える。気のせいね、気のせい気のせい気のせ……。

「姐さんって、男に戻ったら相当カッコイイよね〜、ぜったい!」

ガクッ

「っておい!」

 マヒトがエナの本物の胸にツッコミを決める。

「おい翔。俺は上に戻るからな」

  ………。

 ドキャッ?!

 あたしを置いてく気?!

「ちょっと待ってよアシモちゃ〜ぁん!」

 女に興味持たれるのも、野郎に兄貴呼ばわりされるのも迷惑に他ならない。だからこういう子たちって ……。ああ、困ったわ。冗談じゃ無いわよ。あたしに一体どうしてもらいたいっていうの? ハッキリ言えばシラけて引いてくれるに決まってんのにさっさとどここかに行ってくれればいいのに。

「ショウさんち行こーよ、ショウさんち!」

 冗ー談っじゃねえからさー!!

 あたしは苦笑しておいて、「実はさっき記憶喪失になっちゃって、自分のすみかがどこにトンでいってしまったのか ……」

 ふら 、とふらついた。

「よし行こう、レッツゴ〜ジャス!」

 聞けよ!

 シャンデリアの影をちらりと見上げると、アシモちゃんが肩をすくめてあきれドアを閉めるところだった。

 待ってーっ! 待ってーっ! そのココロのトビラにあたしを吸い込んでー!!

 パタン。

 無理でした。




☆ マンション ★


 仕方なくまた店に向かう時間までという約束で、あたしのマンションとは別の部屋に連れていく。

 常連客の一人が『勝手に使ってくれて構わないよ』と言って与えてくれたマンションの部屋に招き入れる。あの部屋とは全く別。それでもよくこの部屋でも生活していて、四分の一はここで暮らしていると言っても過言じゃなかった ……。

「 ……男部屋じゃん! 本気で? ぜったい女の子っぽくてお洒落な部屋だって思ってた! クール〜!」

 ワシントンの都市的なルームと、アムステルダムの微妙に閑散と荒れくれた空間の融合した部屋は、エナの言う通りどこから見ても男の部屋だった。それに、男の服もしっかり揃っていて、使う小道具もインテリアもどれをとってもMen’sものばかり。

 それはあたしの“二面性”に深く関わっていた。今が<白>なら、この部屋を訪れてしまうときは<黒>だった。

 どうせ好きに使ってくれってことだから、どう使ってもいいわよね。それに、その客はあたしが男に戻ろうがお構いなしと言うわけ。

 ただ、全く正反対になるから、黒の時のあたしは最近のところかなり冷めていて不機嫌で、喧嘩っ早くて白のあたしを本気で嫌っている。取っちゃったものだからすっごく恐いわけ。ようするに、性同一性障害に加えて精神分裂症だと精神科医に診断された。もう一人は女のあたしを絶対に許さない。今日はこの二人がいるから、それに着替えてこなかったから大丈夫。

 二面性のことはバーのイサママとアシモちゃんとこの部屋の主しか知らない事。

 とりあえず、冷蔵庫からビールを出してローテーブルに置いて、三人とも座る。さっき買ったCDをスリットさせて流すことがせめてもの救い。円盤がそのまま天使の頭に光る後光の七色に見えるくらい救い。

 でも、この空間と合わないことったらナイ!!

 これにはもう三人とも伴奏から大爆笑ものだった。ヤバイわコレ。まるでシド・ヴィシャスがナンシーと一緒にメリーポピンズの雲の上の彼女のお部屋の世界にキちゃった感じ。

 どう見ても普通にマヒト側の部屋と思って過ごしたほうが楽だった ……。

「ねえ。もしかして“彼女”とかって、いるの?」

 確かに、取る前の黒はよく女を変えていて、ここにも何度も呼んでいた。でも、手術済ませちゃってからは、全ての女と別れてこの部屋に訪ねてきても即効突き帰して泣かせていた。まあ、仕方なかったわよね。お手上げだもの。ま、お気の毒さまだけど。

「いるわけ無いじゃない。このあたしがよ? 女って、やっぱり受け付けないのよ」

 エナがコンビニで買ってきたらしいチーズのセロファンをはがしながら、肩をすくめおどけて言った。表情造りなんかやめておいた。

「本当、どこから見ても女の人なのにね。肌もすべすべで鏡触ってるみたい。やっぱりマヒトと違う。ホラ〜」

 あたしは微笑んでおいた。引きつった。いいけど。いくつか美容にいい物を教えてやってその話は終了。

「ショウさんってこの部屋に戻って来たらあまり話さなくない?」

 マヒトがビール流し込みながら、黒がベースを演っていたバンド、『チタン』のレコードジャケットを手に取り眺めながら、煙を天井にうずまかせ、横目で言った。

「邪魔したっすか。こいつが何か気に触る事やらかしたとか」

「え? 違うわよ。ホラ、やっぱりここに帰ってくると落ち着くじゃない?」

 こうやって見ても、マヒトと黒の行動する界隈は違いそうだ。だから、あたしのもうひとつの顔も知らないはず。こうやってレコードを出しても、メンバーの写真はジャケットには全く載せない主義らしいから。

「ベースやるんっすね」

 壁のベースはもうステージで演らなくなってから随分経つ事をこれ以上考えると揺らぎそうになる。あいつが今でも一人練習してるって分かってるからこそ揺らぎそうになる。あいつはチタン以外では絶対にバンドを組まない。あたしが、ゼブラナに道をささげていることと同じ位。

 命だったからだ。ベースとチタンは黒の居場所だったから。

「別に。飾りよ。インテリア。装飾」

「なるほどね! なんかショウさんって無表情っていうの? はにかんだりするときとか普通に喋らないで下見てるときとかのショウさん、すごくクールでさあ、それでこの部屋じゃない? 静かだと格好良いね!」

「そう?」

 エナは唇を突き出して膝立ちしていたのを腰を落ち着かせた。

 何あたし暗くなっちゃってんだろ。

「ホラァ、彼氏の前でそーやってニューハーフからかわないの。ねえ。マヒトくん。おねえさん褒めたって何もやんない。でもうれしいからキスをあげよう」

「要らねえです。こいつで間に合ってるんで」

 あたしは肩をすくめ二人の開いたグラスにビールを注いでやった。

「飲んで飲んで。エナちゃん。これ大丈夫よ低カロリーノンアルコールビールだから」

「サンキューですド〜モ! じゃ、いっただきまー、あ! ウォトカないのウォトカ! ま、ビールでね〜! じゃ今度はショウさんの美しさに!」

「っああ、利く。にしても兄貴って」

ドカッ

 あ〜あ。ケガ人退治しちゃった。

「マヒト〜!」

 マヒトが伸びてしまうと、エナが目を猫みたいにして見て来た。知ってるわこの目。黒の奴が女に見られるときの目。ヤッバ〜ァイ。

「マヒト伸びてるけど」

「きゃ〜! 大丈夫マヒト! 電話と救急車! 病院病院!」

 エナはそのまま救急車に付き添い乗せられていく。

「ショウさ〜ん! ショウさ〜ん!」

 その背後の曇り窓ガラスをたたく姿は、なにかの映画の場面を思い出させた ……。

 あたしは手をグーパーさせて見送った。

「二次爆破ですか?」

「をっ!!」

 驚いて振り向くと、見慣れない男がいた。マヒトの母親側の父親はこんな顔かも。要するに、マヒトに似ているようで微妙。それなだけに怪しいんですけど。

 差し出された名刺はマヒトと同じ苗字だった。

「二度あることって三度起きるっていうし、弟さんの二の舞にならないように注意することね。一次爆破の次の爆破は二度三度と続くものよ」

 目を細めて男のおでこを指で小突き、くるんと向き直ってシカトして歩いて行った。

「ハハ! そう言わずに少しの時間付き合おうよ。実際今の需要ってさあ、君みたいなキレイな子増えて必要とされてるんだよね。ホラ、ハイレベルの中でも君本気でグレード高いし」

「グレードですって?」

「どこかしら独特のオーラ出てるよ、女でたとえたらスーパーモデルの」

 フイッ

「あ! 待とうって! よくさ、男の子ならキレイ、女の子ならかっこいい女の子って小さな頃から言われなかった? いや、言われてたでしょー! ちょっとだけ俺との話してくれないかな」

「身内ぼこぼこにのした人間にたいしてよくもそうへらへら繕えるじゃない? あんた、そういうところ修行しなおして執事にでもなれば? 向いてなさそうだけど。弟までだしに使ってまで接触なんだ。利益? それだけじゃあ動かない。去りな」

 最終的にドアの前まで着いてきた。部屋のドアを閉める前に微笑んだ。

「答えてくれるの! じゃあ今日のディナーを」

「く・た・ば・れ♪」

 閉めた。

「このビッチ! オカマが!! 調子乗りやがって!!」

 ぎゃーぎゃー騒ぐのを無視して、CDのボリュームを上げた。二個となりの部屋の有名大学生が、年上の彼女と一緒に男に怒鳴っていた。

 激しくマヒトの兄貴はドアをどんどん叩く。

「俺らの業界なめんなよ! 敵に回してみろ! てめえが働いてるちんけな店なんかどうできると思ってやがる、ああ?!」

「じゃあ、あんたみたいな糞っ垂れ、あたしが今から逆に啼かせるってどう? ねえ。あんたみたいなねえ!!」

 そう、溝打ちをどんっと指でどついて一気にマヒトの兄さんはふっとんだ。

「ええ? 男腐る程使い捨ててやろうじゃない。その後のケアは何がお好み?!」

 録音テープとカメラを奪い取って、フラッシュを焚き付けまくって男はその場にへたりこんで目を押さえ、歯を剥き悪態をまきちらした。

 きゃ〜っ!!

 警察に110番してストーか被害を出しておいた。

 玄関のフロアに口笛交じりにフィルムを引っ張って、ハサミで切ってばらばらにして、カセットテープひっぱってひっぱってひっぱって ……くるくる回って ……。

「イエ〜イ♪」

 お巡りさんが「何やってるんだ! お前だな!」「な、ち、違うんだ!」「来い!!」と引っ張って引っ張って連れて行った。

 甘いレコード曲に乗せて、バカみたくテープを振り回す。灰色の天井に黒のミルキーウェイみたくガサガサと ……。


 甘いチョコレート なめて メリーゴーランド キャンディー

 溶けてく空で  二人のキッス 子猫のダンス 

 スイートな ……ドリーム


 こんなの、すべてバカみたいよ。

 口が自嘲的に笑ってる自分が、不気味だった。

 いきなりドアがノックされた。黒のテープの河はあたしの体に降りかかって、あたしは表情も途切れた顔で振り返った。

「ちょっと、翔? あんた、いるの?」

  ……イサママだっ! や、やばい、ぜったい叱りつけられる。で、でも、あんまりにもムカついたから ……。

「ハ、ハアイ。ママ」

「あらショウ。おはよう」

「おはよう。ママ」

 イサママはシックでエレガントな着物を粋に着こなしていて、連行されて行った男を袖口の中に組んだ両手を入れて見送って、その横顔はすっかり呆れ切っていた。

 うりざね顔に上目で見られて、狐につままれたようにあたしは胃を小さくした。

「大丈夫よ。あの会社の編集長はあたしの弟の知り合いだからね。昔融資してやったもんだから恩があるのさ。でも、気をつけるんだよ。何かあったら何でもいいからとにかくあたしに話通す事。相談してね。出来るだけ対処してやるから。今にその可愛い顔に焼き入れられたらいけない。それに、“あの子”が手に負えなくなったら第一にあんたが困るんだよ。ね」

 表情を変えないままそう言って、あたしの腕をそれでも優しく撫でてくれた。

「はい」

 やけに力がどっと抜けて、ぼろぼろのテープとテープの黒吹雪の舞い落ちた中へたりこんだ。




★ ブラック ★


 ああ、ちくしょう ……、頭がガンガンしやがる ……。

 コンクリートの床に適当に伸びた朝日が乱雑に明るい。その陽がうざい。敷かれた黒のファーのラグに朝のシルバーの光が差し込んで、目を上げた俺の目にもメガ刺さって頭痛を酷くさせる ……。邪魔な長い髪しばって伸びする。

 昨日イサさんが退院したってんで、あの“白”の客、虎江川が部屋に置いて行ったブランデー開けちまったもんだからこの始末だ。あの野郎何も考えずに呑まれやがってクソアマが ……。

 これじゃあどうしようもねえ。このまま昼までごろついてるか ……。

 インターホン。クッションに両耳押し付けてシカトする。五回。

「ちっ、るっせえなあ ……」

 耳に詰まった音出しながら頭が壊れちまいそうだ。ガンガン酷くなる。仕方なく歩く。

ガチャッ

「黙れねえのか糞が!!」

「よう」

しまった。アシさんだ。

「イサさんに聞いたぜ。大丈夫だったようだな」

「わざわざすいませんした。あのタコ、また店に迷惑掛けちまったみたいで。まあ ……、どーにかしますんで」

「そうだな。実際、第三者が必要だったのかもしれねえよ。俺も無責任な事言っちまったって反省してる」

「イサさんにもアシさんにもいつも感謝してるっすよ。本当よくしてくれてる」

「いいって。元々コウジの奴が貪欲だからな。マヒトもあの兄貴には多少、飽き飽きしてる位で、謝るのはこっちだ。始末悪いって分かっていながら助け舟出さずにコウジのせいでお前に迷惑掛けちまったしな」

「とんでもないっすよ」

「まあ、それと、マヒトとエナだっけ。あいつら、特にマヒトってのは見た目ごろつきだが、ああみえてマジで師従関係大切にする奴だし、それにエナも今頃珍しく本当良い子らしいから、うるさくてもあまり邪険に振り払わないでやってくれ。そこまで面倒みきれねえってお前が迷惑がるなら、俺から言っておいてやる」

「マジっすか。助かる」

「今からメシでも食いにいかねえか。奢るぜ」

「マジっすか。助かる」

 玄関のドア腕で開けたまま突っ立っていたのを、俺はサイフを持ちに行ってスニーカー引っ掛けて欠伸しながら階段降りて行く。

 アシさんの、信じられねえ程最高な車の横のポンコツを見つける。あのアホだ。ったく、車の修理すら手前で出来ねえのか ……。世話になってるモータースに連絡しておく。車なんか乗ってるからひょろついてんだ。電車つかえ電車。

 白の野郎が一年前、昼のガッコー辞めて夜の俺の世界まで奪いやがった。苦し紛れにベース捨てて俺は引き下がったのは白の為だった。それまでは奴にもマジいろいろあったんで、まだ納得していた。

 たが、だがあれは別もんだ。手術なんか勝手に済ませやがって、この所昼の世界に来た俺は見るからに体の線がなよなよしてきちまってる。奴の計らいだ。完全にスレンダーになりたがってるってわけだ。まるでマヌカンみてえにだ。

 冗談じゃねえ。

「乗って行けって。またお前電車で行くつもりかよ。この前みたいに乱闘されたんじゃあたまったもんじゃねえんだよ」

「マジっすか。助かる。じゃ、遠慮せずに乗って行きます。俺、今インドカレー食いたい」

「OK、カレーだな」

「うぃっす」

 快調なめらかにハンドル回してインドカレー屋に行く。




★ 憂鬱 ★


 俺は食にはてんでこだわりなんかねえんだが、アシさんは食にうるさくてどんな店でも知ってる。それに、ほとんどアシさんの顔馴染みなんで俺が一人で行っても安くしてもらえるってわけだ。

「得っすよね〜何か」

「は? どうしたよいきなり」

「いや別に。俺、兄貴とかいなかったからアシさんみてーに頼れる人いなかったら、そのままのたれてたんだうろーなって思ってさあ。俺白にも結局甘えて生きてるし。あの高給取りは止め処ねえ。俺は口だけだしな」

「お前まだ十七だぜ。好きに生きても親泣かせなければ良い。まあ、バランスって男には必要だって思うぜ」

 車から降りて地面のアスファルトを見下ろした。

「 ……今に、俺も消えちまうのかなって思うんすよ。バランスなくしたら勝てる自信なんかありゃしねえ。俺はもう、野郎としての機能失くしちまったただの役立たずだ。ま、んな事言ってても仕方ねえから今日タンドリーチキンもつけていっすか」

 インドカレー屋のドアベルを鳴らし潜りながら見回す。

「どんどん食えって。タンドリーチキン二つにヒヨコ豆カレー一つ」

「やあアシ。翔も来てる。座れ」

「おう」

「翔は何にする」

「うっす。俺グリーンカレー」

「おお。待ってね。ナン三つつけるよ。今日サービス」

「お。サンキュー」

「最近、バンド仲間どうしてる?」

「ああ、うまくやってるらしいぜ」

 ここの店長さんもアシさんの伝でチタンのライブによく来てくれてた。

 今でけえ契約結んでチタンは世界中のアングラ都市回ってる。まあ、幾つか契約結んでるギャングマフィアの物資裏で都合して、武器・麻薬・人権オークションの輸送・密売して流すってのも目的なんだが、俺はあのニューハーフバーホステスを白の奴が始めちまったんで、日本で留守役に回されておあずけくらっちまってるってわけだ。連絡来る奴等からは、くたばらずにうまく事は運んでるらしい。活動も上々だ。

 今まで、夜の世界は俺の居場所だった。チタンが生き甲斐だった。俺はたまにベースかき鳴らす。

 俺は来たカレーのチーズナンを一個アシさんにやってしょぼくれたため息なんかついちまった。

 行き先なんか、わかんねえ。

「お前のどっちの人格が消えても寂しいぜ。お前は俺にとって弟みてえだし、もう一人は一緒にいても飽きねえしな。まあ、無責任な事言ったよな」

「いや。そう言ってくれるとすげえうれしいっすよ」

「そうか。よかったぜ。ホラ笑えって。な。野蛮に食い散らかしてた方がお前らしいぜ」

 そう俺の腕叩いて、俺もニッと笑って匙を進めた。

 店はエキゾチックなCDが掛かっている。脳刺激する匂いが食欲そそる。日本語訛りの注文が飛んで掛け声がさらに食欲促す。

「アシさん、覚えてます? 遊飴っていたっしょ。俺の女」

「ああ。ユイちゃんか。バンドについて行ったんだろ。日本に戻ったのか?」

「いや。電話あったんっすよ。一週間前。トカゲ(ドラム)の女が日本に戻って来るらしい。アメリカ人の方でリシェーンって言うんだが、何か仕事都合してもらえないっすか」

「日本語話せるのか? その女」

「ええ。普通に。どうやら一ヶ月後にリシェーンの弟も国から日本に来るってんで、二人分。俺はその弟ってのには会った事ねえんだが、日本語なんざしゃべれねえって話だ」

「そうか。幾つか声掛けしておくぜ」

「マジすか。助かる。アシさんに頼めば信頼出来るし」

「任せな」

 そのままアシさんと別れて、俺は街中適当にふらつく。

「おい見ろよあのオンナ、すげえ美人」

「ねえ、あの人カッコイイ女の人」

 つい手が出そうになる。だがシカトして歩いていく。そろそろ喧嘩早いのは自分で抑えなけりゃならねえって年齢だ。

 さっきのアシさんの顔、イサさんに殴られたんだろう。あの白の野郎マジで最低な女だ。とにかく迎え酒改め迎えカレーして、腹落ち着いたのをいい事に今日一日歩き回る。





★ マヒトの女 ★


 「ねえ。ちょっといいかな。お姉さん目立つね。どこかのモデル事務所の子? 実は」

 シカトして歩いていく。後方で毒づいて男は去って行った。コンビニに寄ってガムとペットボトルの水買ってまた歩き出す。

「お兄さんちょっと、話いい? こういう者なんだけど、よかったら」

 歩き続ける。ガムの味なくなってはき捨てる。適当に店入ってキャップ買ってかぶる。ショップに入って適当に回りながらブラブラ過ごす。

「よう。五日後のイベント集まるんだろ」

「おー? おー」

「たまには女位連れて来いよ」

「ハッその前に喧嘩別れしてなけりゃあな」

「遊飴最近イベントに顔ださねえじゃねえか。パーティー三昧か」

「ああ今あれ海外」

「あの狂ったバンドに着いて行ったのかよ。よくお前が許すねえ〜。ぜってえ男出来るぜ」

「ハン、現地人より俺にあいつは惚れ込んでんだよ」

 だが負け惜しみに聞こえて俺は首をやれやれ振った。

「お前に浮気バレるとヤベえもんな」

「他に野郎なんざ作ろうとするあのイカレ女が考えられねえんだろうが。正論だぜ」

 オーナーは苦笑して袋に詰める。遊飴もこの体をしらねえ。言うつもりはねえ。一度帰って来るって連絡入ったが、二ヶ月前の電話で会いたくねえって切っちまった。

 そんなのは嘘だが、言っちまってた。

「じゃ、五日後待ってるぜ」

「おう。遊飴はこれねえが、悪いな」

 店出て適当に歩く。

「お姉さんキレイだね〜! まだ十代? そのマンリーなクールビューティーさ」

「俺は男だ。付いてるもんもしっかり付いてんだよ」

 男はぽかーんと間抜け面してつったっていた。俺は歩き出して近くの店に入って、サラダと肉サンドにかぶりついた。

 俺の名前呼ぶ声がする。

 うぜえ程テンションがハイなのは、タガ外れてんじゃねえかってたまに思わせて来たやっぱトチ狂った紫貴しき・ヴォーカルぐらい声だけでうるせえ。シカト。だが声が近づいて来て、そいつは背をそらした俺の席のテーブルにド派手なアクセサリーの手をバンッと乗せて、満面の笑みで俺の顔を覗き込んだ。

 俺はシラッと眉を寄せて体毎そらすと、逆方向から覗き見てくる。

「やっぱショウさんだ〜!! きゃ〜もう本当嘘みたい!!」

 エナだ。

 親指から白、クリーム、ベージュ、ミルクコーヒー、濃茶のネイルはそれぞれまた小指から白、クリームと、どこかの見たことあるブランドのロゴが細かく入っている。ブランデーだ。レミーマルタンのあの人身馬脚の化け物。併せて煌びやかだが時代感じるゴールドの変わったブレスレットを何種類も付けている。同じ系統のでかいピアスが、ダークブラウンの肩を越すほどのストレート髪の中で、芋虫の寄せ集めみてえな装飾の形でふらついている。極上キレイな顔でんなもん着けてやがる。

 俺がエキゾチックなアクセ物やらに興味ねえだけなんだが。

 やけに白い肌に濃い茶色のペンシルアイラインを細く入れて、暗い赤の唇は鋭く上に上がっている。薄いカフェラテ色のホルダーネックの胸元にもでかいネックレスがゆれていて、オフホワイトの膝までのマーメイドスカートが細長い脚を伸ばし、その上から腰に焦げ茶と金の馬の絵シルクスカーフを巻いて、足元はグロスブラウンだが夏らしい型のヒールだった。こういう無国籍の、多分西洋風な感じとオリエンタルな風をミックスさせたスタイルが好きな女らしい。

 見た目性格もスマートそうで落ち着いた綺麗な顔した女だが、喋ればそんなすました女じゃねえ事がすぐ分かる。

「ねえショウさんよね。あたしの事覚えてる〜? あたしエナだけど! もう! しっかりちゃっかりやっぱり美しく日本男児なんじゃないのよ〜! きゃあ!」

 俺の隣の椅子に座ってコーヒー追加している声だけ大人びている。

 俺は何の変哲もねえ全身黒のキャップとtシャツ。シンプルなシルバーブレスレットと洗いざらしのヴィンテージ物ジーンズにスニーカーだけだったってのに、なんであの白の奴の脳みそ狂っちまってる格好見てて気づくわけだ?

「本当目立つよねショウさん! 今まで何で気づかなかったかな〜。絶対この界隈でも会ってたよね〜!」

 俺はずっとシカトしてたが、でかい目に覗き見られちゃあ顔もそらす気が起きねえ。くそ可愛い。俺の好みの中にどっぷり浸かってやがる。

 女の目には金色枠のハートが浮かんでいた。これはマジな話だ。っていうのも、ゴールドブロンズカラーハート枠の描かれたコンタクトをはめているからだ。

「昨日の今日だしさあ、嫌われちゃったんだって思ってたのよね。ごめんね? でもマヒトってさ! 気絶から目覚めて即刻ショウさんに謝ってんの。本当純なヤツなんだよね〜! 可愛い〜! あっははははは!」

 どういう感覚してんだこの女。

「あたし今からサロン行くんだけど、一緒に行かない? あたしの知り合いだし、言えば予約無しでもOKだと思うのよね! それかさ、結構レアなレコード揃えてる店知ってんだけど行かない?」

 俺の表情見て白の奴とは違ってサロンに興味ねえって気づいたのか、それとなしに俺の好みそうなところ突いて来る。ハイテンション。俺は話す気も無くシカトして歩き続けたんだが、エナからは綺麗な香水の香りがする。

 そのレコード店はきっと俺もよく行くところだろう。何言ってもどうせついて来るつもりなんだ。一つ返事して連れ立つことにした。




★ 灰色の心 ★


「ガッコー行ってねえのかよ。月曜だろ」

「二日前から夏休みよ。だってこんなに空が青い水晶みたいに光ってるのは、大気が私に夏だよって言って味方してくれちゃってるわけよ! ね! スパシィーバ!!」

「わけわからねえ ……」

 両手を広げて降り注ぐ太陽を見上げて、清清しい笑みで腰に片手を乗せた。よーするにサボりだな。こんな早い時期に休み入るなんて大学でも有りえねえ。

「マヒトの事、悪かったな」

 俺の言葉に立ち止まって黙っちまった。怒ってるんだろうと思って振り返ると、耳元にキスされた。しばらく俺は黙っていたが、何も言わずに歩いて行った。

「あいつ ……。あいつ、何だかショウさん見る目違うんだ」

 そう言いながら後ろついて来る。おいおいやめてくれよ。そういう話は。

「ぜったいショウさんにホレてるよ! だってあいつ、かなり荒くれてていつも喧嘩ばっかのくせに、ショウさんに殴られてから、まあ〜ちょっと頭打っちゃったカモだけど、すげーもん。何がすごいって、ショウさんの事ばっか話して興奮しまくってるし。元々さあ、強い人に憧れる奴ってのは知ってるけど、目にハート浮かんでるもの」

 そう言って俺の顔を覗き込む。お前もな。ハートな。

「あたしだってさあ〜? ショウさんの事、マヒトには内緒で仲良くしたいって思ってんのにマヒトがああだもん」

「俺のこと分かってんだろ」

「そんなの別に平気よ。あたしたち外人の連れ多くてさ、そういう人ってかなり多くてバラエティに富んでるのよね。だから、ショウさん、普通だよ」

 さすがにカチンと来だが、女相手に切れても仕方ない事だった。俺はプライドの何も全て失わされた方で、あの後何度も手首切ろうと思ったことか。

 心配りの言葉も分かっちゃいるが ……。

「ありがとーな」

 ぶっきらぼうに言ってどんどん歩いて行った。

 エナは気まずそうに笑ってからまた話し出した。

「良かったらさ、まあ、暇なときでいいからマヒトのところに見舞いに行ってやって。ぜったいあいつ喜ぶと思うから! あ! 着いた着いた。ここの店! もしかしたらショウさんも知ってるだろうなって思ったんだけどさ! 行こう!」

 馴染みの店だった。丁度レコードが欲しいときでもあったからいいんだが。

「よう翔! あっれ、エナちゃんじゃねえか。今日マヒトは?」

 日本語が日本人よりうまく聞こえるポルトガル人が、エナの後ろを見てから俺たちを交互に見た。

 俺の行く店には白は全く来やしねえ分、白のことは知られていない。第一、行く街自体が全く違うってのが、マジで助かるところだ。

「マヒトの兄貴分になってさあ!」

「勝手に決めんな」

「さっき偶然会ったのよね〜! やっぱ常連だったんだ!」

「こいつ、一年前までは深夜バイトで入ってたんだ。昼しかエナちゃんこねえもんな。それで、今回どういうやつ探してるんだ?」

「何かいい奴入ってる? ダビングしてマヒトのところに持って行こうと思ってんのよね」

「ああ、二、三日前何かあったって言ってたよな。そんなにヒドかったのか?」

「大した事無いって。何かバリ元気になっちゃうヤツ、よっろしく〜ぅ。何かヤバいヤツ出してる位が丁度かもね〜!」

 俺は隅のほとんどホコリ被ってそうなレコードを一枚一枚引っ張り出して見始める。エナは話に夢中になっていた。今の内だ。

「じゃあな」

「え?! あ、ショウさん?!」




☆ 揺れる想い ☆


 いつの間にか眠っていたみたい。

 心地よい眠りなのか、どうなのか ……。

 でも、彼の夢を見ていた。夢の中でなら会える彼夢の中でだけなら、いつだって毎日だって会える、あたしの強い人

 …………。

「 ………」

 目を覚ますとむさくるしい電車の中だった。自分の今の格好を見下ろして口元をゆがめた。

 なんて事かしら! またあたしの体が乗っ取られていたなんて!!

 サイフの中には二千円だけ。最悪。これじゃあこのまま帰るしか無い。あたしは恥ずかしくなって帽子を深く被って、とにかくマンションの最寄の駅で降りて小さくなりながら歩いていく。ああ早く着替えたい!! よくトランクスなんてものはけるわよ! 信じられない!

 どうにか着いたけど、マンション前でおでこに手のひらを当て天を仰いだ。奴らだ。遠巻きに伺う。

 丁度あたしの前方の電信柱から二人、三人のガラ悪い男共が黒のマンションの様子を伺っていた。その中の一人に、全く昨日とは様子を違えた正体丸出しのあの編集者のくそったれがいた。

 待ち伏せして酷いことしようって魂胆ね。ご丁寧にジャケットの中から鉄バットが見え隠れし ……、殺す気かよっ!

 何か話し合わせでもしている様子。話し込んでる。

 ああ、どうしよう! 引き返してあたしのマンションの部屋にこの格好だけど戻るしか無いわ、こうなったら! こそこそ怪しげに身を返して小さくなり歩こうとした。

「翔。ショウちゃんか?」

 うわあぁっ

 あたしは目玉がおへそまで引っ込んでしまいそうな感覚ほど背が低いわけでは無い身をそれでも縮めてその体勢、無様な格好に他ならないんだけれど、飛び驚いた。

 金黄掛かるセピアが染めつくす夕空を背後に、いつもの甘いマスクの虎江川さんが立っていた。

 あたしはうすっぺらの身をすっとまっすぐに伸ばして、電信柱の後ろに隠れ視線で必死に下がる様に示す。スーツパンツポケットに軽く手を入れたまま首を傾げて、前方の男たちを見てからあたしの横に来た。

「面倒事らしいな ……。大丈夫なのか?」

 あたしはニッコリ笑っておく。ああこんなファッションで営業スマイルなんかしてるんじゃないわよ。ヤバイところ見つかっちゃった。

 とにかく2人でその場から離れて、虎江川さんを早く帰らせる。

 絶対に奴らに虎ちゃんが知られたらマズイわ!!

「だが」

「いいの! あんたの噛み取るわよっ! 行って!」

 小声でまくしたてて彼の高級車に乗せて帰らせた。一回顔を振り向かせたけど、あたしが歯を剥くと何度か頷いて静かに車は進んで行き、光の反射で滑らかな窓に壮大な天は黄金の夕陽時、まぶしい雲海が映写され虎江川さんの横顔は見えなくなり、そのまま帰って行った。

 ごめんね。虎ちゃん。

 ママに連絡したいけど、渋る。退院したばかりだし。

 アシモちゃんのナンバーをプッシュしていた。

「マジかよ。分かった。今すぐロイダンまで来い。イサさんには俺が話し通しておく。気をつけろよ」

 あたしはロイダンまで向かう。もう格好はこの際仕方がない ……。颯爽と歩いて行く。でも、アシモちゃんは用意周到で、あたしの女の時の服を持って来てくれていた。それにメイクボックスまで。助かる〜!

 ロイダンの横のモデルサロンに入って派手に身を変える。美しいのファッションに身を包み、ヘアスタイルを決めて、メイクをし、パルファンをふりかける。アシモちゃんがあたしのアイロンでエレガントにカールされたヘアに綺麗な飾りをつけてくれた ……。

「ありがとう」

 あたしは微笑み、アシモちゃんも男らしい口端を上げた。

  …………。

 彼が死んだ時も、アシモちゃん、あたしを元気つけてくれた。

 アシモちゃんはいつもきついけど、恐いくらい冷たい視線する人だけど、でも本当は優しい人だって分かってる。

 あの日、あたしが打ちひしがれたとき、ゼブラナの人たちはあたしを元気付けてくれた。みんなに元気付けてもらった。イサママも、ユウコも、ハルエも、零さんも、イサママの弟さんも、紫貴ちゃんも、そして、ピチョンくん、黒だってそうだ。

 彼はピチョンくんとあたしの待っている部屋には二度と帰ることできなくなってしまったけれど、絶対にあたし、彼を心から祈り続ける。魂はもし形が見えなくなってしまっても、彼の生きてきた痕跡は誰にも侵させないし汚させない。彼との思い出を守り続ける事が、生きているあたしたちには出来るからだ。失っても夢で見続けるように。なぜなら彼はあたしを護ってくれた。



☆ 記憶 ☆


 言えることは、あたしは何も出来なかったということ。

 立ち直ることは出来たけれど。

 ライカ

 忘れられたわけじゃ無い ……。

『おはようラブ。今日も綺麗だね』

 彼はそう言い、あたしの長い髪に指を通し枕に肘を着き微笑んだ。こんな幸せな朝が、ずっと続くことはあたしの心を美しく彩らせた。そう思っていたのだ。輝く白い太陽を背に、彼の微笑みに目覚めてきた日々。

 でも彼は、あたしの目の前で死んでしまった。帰らぬ人となってしまったのだ。

 彼のオウムだったピチョンは、今もあたしの部屋にいてくれる。

『おはようラブ。今日も綺麗だね』

 毎朝の彼の挨拶をオウムは忠実に覚えていたから、夕方に出かけていくあたしに、『いってらっしゃいラブ』そう、優しくキスを寄せる彼の言葉のひとつひとつ、オウムも忘れてなどいない。

 あのとき、あたしは彼を殺したあの人に命乞いをすることしか出来なかった。必死の命乞いをいくらでもした。「女としてのプライドがないのか」と、「愛情のもつれの奪い合いで自分の男を殺した人間に即刻取り入ろうなんてお前、最低だぜ」と他の男共に罵られた。でも、あたしは失った悲しみにあのときどうしても耐え続けられなかった。不条理な奪われ方をして、感情は渦巻くことばかりだった。それか完全に停止していた。絶対に敵わない男。ライカを殺されて恨んでいるのに、敵討ちにだろうが殺したくなどなくなっていたあの人。

 黒はライカをあの人に殺されて失ってしまったあたしを励ますために、この今の小さな頃から望み続けた舞台に立つことを励ましてくれるために身を切る思いで海外進出とチタンを辞めてまで日本に残ってくれて、言葉も交わせない無言のまま『これからの道をがんばれよ』と、そう、言ってくれたのだ。

 チタンの海外活動時、空港に黒は結局現れずに、紫貴ちゃんはきっと仕方ないと認めていても寂しかったんだと思う。あいつらは親友だったから。

 今毎日を強くやっていけるのは、周りに人が居続けてくれたからだ。毎日はしゃいで大はしゃぎしてやっていけているのも全て。



☆ 塊 ☆


 ロイダンに入ってカウンターの中のマスターが微笑んだ。それを返してあたしたちはテーブル席に座る。

 ここはアシモちゃんの年の違う親友だった元バーのバーテンダー・ジョージさんの息子がキューバから来て受けついだお店だ。ジョージさんはバンドネオンのために日本を離れていた。

 あたしは落ち着いた暖色のブラウンの中、アイスティーの氷をマドラーでゆっくり回した。

「それで、虎江川さんにも見られちゃったのよ。本当マズい。やりすぎたのよ」

 そう言ううちにもイサママが来て、あたしたちのボックス席にスルリと着物の腰を滑らせて微笑んだ。

 すっと携帯用の刻み煙草を煙管のヘッドに盛って、アシモちゃんがマッチをすりイサママは口端を微笑ませ火を落とした。羅字は黒檀で、焦茶のランタンの燈が反射してあたし自身の気持ちも落ち着かせる色合い。

「大吉(零の旦那・現バーテン)が話し合いに奴らのところへ行ってやるから、ひとまず安心して。それと、しばらくは出歩くのにも注意が必要だよ。男の成りをして。それと夕のマンションを使いなさい。いいね。夕」

 アシモちゃんは煙草を置いて数度顎で頷いた。今は、イサママのところに大体はいるから空いている部屋だった。前、アシモちゃんが同棲していた女の子の服も面倒でそのままだから、好きにつかってもいいと言ってくれた。

 イサママの持って来てくれたボストンバッグの中には、ママが買い置きしておいた下着やトラベルセットや御香一式などが入っていた。

「本当ごめんねママ、アシモちゃん。ありがとう」

「いいのよ。これくらい」

 暴力的な奴らの目つきと下品な悪態をつく口元を思い出すと身震いがした。

 いきなり携帯がなって、あたしは伸ばしていた背をひねって驚きを和らげた。お尻のポケットから出してみると、エナからのメールだった。

 あたしは内容を見て目の前を真っ黒くした。

「どうした?」

 青くなって差し出すダイヤモンドシルエットのディスプレーを見て、アシモちゃんが目元を険しくした。あたしは一気に冷えた首筋を押さえて頭をうなだれた。胃のあたりがすっごく熱い。まるでコブシとつながっているようだった。今にも爆発しそう ……。

 エナが拉致られた。

『孝二さんに捕まった

 マンションに絶対

 帰っちゃ駄目だよ

 

 小さいサル顔の

 おじさんも

 ごろつきに

 攻撃された   


磨人には絶対連絡

 しないで     』

 小さいサルみたいなおじさん? 零さんの旦那の事だ。話し合いに行ったらしかったから。

 なんて最低なの。あのコウジって編集者は弟の恋人にまで手を出したなんて。思う通りに事が運ばずに利益を手にしたいからって。無力な女の子を誘拐するなんて!!

 イサママがあたしの肩を抑える。

「落ち着いて。あたし等で手を回せるわ。このことを取り組ませるから」

「で、でも」

 イサママの弟の所の人間の中にはあの人がいる。

「心配しないの。あんたは待機していてね」

 ………。

「 ……英一、は ……」

 イサママはあたしの背をなだめるように優しくさすってくれた。

「今彼はものようで福岡に出張中だ。一切関わることは無いよ」

「 ………」

 あたしはひとまず無理やり閉じ込められた。




☆ シェルター ☆


 絶対にマヒトにはこんなこと言えないよ。

 これは兄貴の裏切りだ。今マヒトはケガをしてて(んまー、あたしがのしちゃったんだけど ……)治るのを待ってるとき。

 マンションに着いて”芦俵 夕”がアシモちゃんの本名だと思い出した。それに、アシモちゃんという呼ばれ方を当初彼が嫌って訂正させていたことも。ハルエもユウコも『まあまあいいんじゃない?呼び方が可愛くて』『ユウって、呼び捨てにしちゃわれたいの?』と毎回言って流していたっけ。

 アシモちゃんのところに、イサママから零さんの旦那の道場での弟子たちがエナを拉致った車を追ってくれているらしいことを聞いた。良かった。あの旦那のところの人間なら。でも、また余計に世話かけたのだ。

 あたしがエナに連絡したら、隠れてメールしたことも携帯も悟られるはず。連絡できなかった。

 エナの携帯から連絡が入った。出ると、あの野郎からだった。あいつ、携帯を知って奪ったんだ。

「お前で稼がせてもらうぜ。十分となあ。落ち合って、そこで契約書とお前のお友達のエナとお取替えだ。下手考えるんじゃねえぞ。マヒトはどうせ今手出しできねえんだ。実の弟に痛い目みせるのはなんだが、下手考えなけりゃあ何もしねえ」

 なんでここまでするのよ。

 あたしは何も言えずに携帯をきつく握り締めていた。

「ショウさん!!」

「エナ!」

「絶対駄目! こんな奴の下で働いたら酷い目見せられるわ!!」

「黙れ阿婆擦れが!!」

「きゃっ」

「余計な口叩くんじゃねえ!!」

「この下衆野郎、」

 鈍い音が響いた。目の前が真っ赤になった。ヤバイ。感情が激しくぐらつく。思い切りあたしは立ち上がり、それをアシモちゃんが腕を引き座らせ、まるでにらむような恐い顔で言った。

「とにかく待つんだ。分かるか? ああいう言っても聞かない奴らのことはそういう筋の人間に任せるのが一番だ。部下のしでかした不始末の侘びさせに、そのプロダクションにちょっとした脅しを掛けに行ってくれてる。そうなればいちころだ。エナの方にはほかの人間が向かってる。コウジの奴はまだあのプロダクションじゃあ若いから何も知らない。すぐにあいつも大人しくなるから。待つんだ。コウジの使える人間も二人分の金が限度だったんだろう。今はコウジは単独らしい」

そう言うアシモちゃんの目だけがすごく熱を持ってて恐かった。ゆっくりした口調も、今に激しい怒りで荒がりそうだった。

「あたしのせいよ ……」

 あたしはその場に座って足の力が抜けた。

 エナ、殴られたりしたらどうしよう。きゃあきゃあ騒ぎ立てる事はしない子だろうけど、あの彼女の強い目は強い力への反抗の文字が大きく揺れていたから。でもあんな綺麗な笑顔の出来る子。あんな純な透明な目の子、ごろつきたちなんかとつるんでること事態がそぐわないのに。

『磨人には絶対連絡

 しないで    』

 最後のメールの内容があたしの頭をくらくらさせた。

 愛してるんだ。あいつのこと。エナ。

 エナが自分の兄貴にぱくられたとなったら、ケガも何も放り出してどうしてでも駆けつける。そして自分の兄貴にショック受けて失望するはずだ。

 なんてこと。

 あたしがあのとき渋滞でマヒトにつっかかったばっかりに。

「あたしがあいつらの言うこと聞いてれば、エナはあんな目に」

「馬鹿。そんなことする必要がどこにある。どこにもねえ。お前はお前だ。コウジ側の思う壺になってるなよ」

「そうよね、でも、本当くそったれ」

「ああ。そうだな。同じ野郎としてもむかつくが、今は待とう」

「ええ。エナ、大丈夫かしら ……」

「お前も大丈夫か? 落ち着けよ。目が定まってなくておかしいぜ」

「大丈夫。大丈夫だわ ……大丈夫よ、大丈夫、」

 そのままあたしは、ただただ待つしか無かった。

「睡眠薬でも飲んで落ち着け」

「ええ、ありがとう」

 あたしは睡眠薬をもらって、ぬるま湯で飲んで眠りに就いた。

 エナを助けに行けないことが、もどかしかった。



☆ 疾走 ☆


 目を覚ますと、自分のカラフルな部屋ではないことに気づいた。いつもの挨拶も無かったからすぐに分かった。ピチョンくんにご飯、あげないといけないわ。

 思い切りいつもみたいに伸びをすることも体は拒否して鉛のようだった。睡眠薬を飲むと、翌朝はしばらくいつもゆっくりあたまが働き始める。

 体を起こすとキッチンでアシモちゃんがお湯をシンクに流しているところで、コーヒー豆の匂いが新鮮だった。アシモちゃんはコーヒーとか、いい趣味してるから。

 あたしはゆっくりスリッパに足を通して、静かに出て行く。アシモちゃんは振り向いた。

「おい待てよ」

 あたしは飛び驚いてそのまま走って行った。

 あたしだって男だわ! このままじゃ気が済まないわよ!!

 男が女を護るものなのに!!!

 アシモちゃんが舌打ちして走ってくる。アシモちゃんの車に乗り込んでエンジンをふかす。その前にボンネットに手を掛けたアシモちゃんを、あたしは思い切りバックして、それでからコーナーを曲がって疾走して行った。

 今行くからねエナ。

 ミラーの中のアシモちゃんが横の壁を蹴って、携帯で連絡を入れるのが見えた。

 クビになったってイサママにぶん殴られたって構わないわよ!! エナがあたしのせいで、最低男に痛い目見せられるなんて許せない! 彼女を産んでくれたご両親にだって面目が立たないわ!

 携帯はずっと鳴っていた。電源をオフにする。

 街中を走らせ目を鋭くする。嗅覚なんてもの無いけど、数と形態の記憶や目星には強い。やっぱりいる。イサママの弟の舎弟の車。見覚えある。

 スキンヘッド猫田の車両だ。そこに走らせ、窓を開けた。

「ねえ聞きたいの。高見沢のこと、あんたたちが探ってるんでしょう?」

 猫田はだるそうに横目でにらんできて、あたしは返答をステアリングを打ち待った。

「小僧は引っ込んでな。足手まといだ」

 カチンとする。あたしはこの猫田が一番大嫌いだ。猫田も一年前からイサママの下で働きはじめたあたしを嫌ってる。ライカを殺した英一をあたしが失脚させ組から追放させたから。イサママの弟や部下たち全員の前で、組の男としてやってはならない外道事に、土下座し謝らせ英一に屈辱を味あわせたから。猫田は英一の部下の中でも英一に従順で忠誠を誓ってる。今ではまたあたしに許されて戻っていた。女に許され戻った男、そう一次彼は囁かれた。イサママの弟の率いるところは絶対に堅気相手にことをしでかさないという掟があるから。いくら時代遅れだろうがなんだろうが、言葉によったらくだらなく馬鹿らしいんだろうが、それでもそれがこの組だった。

「煩いのよ猫、」

「なんだと?!」

「あたしも男よ!!! 教えなさいよ!! あの子は女の子だわ!!!」

「 ……、」

 猫田はいつも『小僧』だとか『野郎』呼ばわりされることを心底いやがるあたしが、そう言ったことでも口をすべらせることはしなかった。あたしは涙が出そうになって猫田をきつく睨んでそれを抑えた。

「ちっ、何言ったって言うつもりはねえ。立ち去れ」

 猫田はそのままゆっくり進み始めた。

「小僧は大人しくおねんねしてな。ここは大人の男に任せてな」

 あたしは顔をそちらに向けた。

「心配するな。きっちり事は済まさせる」

 そう手を軽く掲げて、初めて猫田は口端を上げて走り去って行った。猫田だって許せないんだろう。こういう遣り方に出た男が。そういうのが許せない信条持った人間が実は多いってこと、最近になってようやくあたしは気づき始めたようだった。こうやってあたしたちの問題のことにもきっと一部は寝ずに取り組んでくれていたんだわ。

 あたしはうつむいてしばらく発車できずにいた。朝の早い時間、どこの街はまだ起動していない。




★ 衝動 ☆


 あたしはブレーキを踏みこんで、大きな車体が乱暴に停まる。大きく声を張り上げた。

「おいエナ!!」

 あいつは見たことのある男共と一緒で、ムエタイ道場のお弟子さんたちだわ!車ですれちがって赤信号で停まったところを俺が窓の中のエナを呼んだから、あの編集者はあたしを見ると驚いて弟子たちを押しどけて車から飛び降りた。あたしは駆けつけて車を乗り捨てる。

 エナの唇、血が出ている、頭の中の何かがぷっつり切れた。

 俺はあの下衆野郎が真っ青になって逃げていき転倒した背を掴み思い切り平手打ちし、胸倉を掴んで引っ張り出し殴り付け地面に激しく叩き付けていた。

「もう話はつきました! 落ち着いてください!!」

 男共に慌ててとめられ、エナはそんなあたしを見て、青くなった ……。

 弟子たちに押さえつけられ、涙を流しながらも「糞ったれ」と怒鳴り砂を蹴りつけてから、ようやく黙る事ができた。あたしは掻き乱れた感情は昂ぶったまま、俺は髪を振り払ってエナの頭を抱いた。

 そのままあの面の原型を失わせたマヒトの兄貴は連れてかれて、俺はエナの肩を抱き車にゆっくり促して、もう、気が抜けてあたしはその場にへたりこみそうになった。

「ああ、良かったわ ……」

 あたしは安堵して運転席に乗り込んで、しばらくは安心しすぎて動けなかった。

「ありがとう、ショウさん、」

 エナもあたしと同じくらい真っ青になったまま、ようやく微笑んだ。

 あたしはエナを彼女の部屋まで送り届けてから、路頭に迷った。絶対にアシモちゃんは勝手な行動に怒っているからだ ……。どうしよう。

 ひとまず、マヒトのことが気にかかった。病院に向かう。すぐ近くの総合病院だったからすぐに着いた。

 306号室。ここだわ。

「 ……たから ……いって ……か簡」

 ?

 ドアに耳を寄せる。

「 ……ちころだって言っただろうが。で、幾らになった?マジかよ。あーいう奴らは内々で済ませたがるからなあ。結構思った以上に行ったじゃねえか。ああ。あのオカマには大物の客がうじゃうじゃ付いてやがるって兄貴も報道の人間から政界の噂掴んでたからなあ。ハッ、アレに金貢ごうなんざ、どこの野郎が寄ってたかってやがったかはしらねえが、例のママが出した手切れ金提示額見るからに相当の奴らって事だろうぜ。あ?もう戻って来いよその脅迫金が元の狙いなんだぜ。あんな高くつく高飛車女どこの芸能プロが欲しがるってんだよ。さっさと引いて金持って那覇にでもばっくれて移住しようや。で、顔に傷はつけてねえんだろうなあ。何?唇?それだけなんだろうなあ。ああ。それで今度振り込まれたとこの通帳持って来い。いつものレコードジャケットの中にでも忍ば ……」

 ………。

 手の中の鍵が落ちそうになった。マヒトもエナも、あのクズ野郎の仲間であたしを始めから ……。

 怒りがこみ上げた。

 いきなりの疾風にあたしは驚き、顔を上げた。

「え、」

 アシモちゃんが凄い形相であたしの横からドアを開けて、マヒトの前にザッと躍り出た。マヒトは目をまん丸にして真っ白になり、あたしはその時には真っ青になりナースを叫び呼んでいた。アシモちゃんはパジャマ姿の零さんの旦那に咄嗟に背後から抑えられて、でも相手は百九十、小さなおサルは百五七だった。でもアシモちゃんの長いリーチのストレートが入る前に、マヒトは殴られる前に自分で逃げてベッドから自分で床に落ちた。あたしはマヒトを、自分でも驚くくらい、冷たい目で見下ろしてるって気づいた。当のマヒトは腕を押さえて病室に叫び声を響かせ続けていた。

病室からあたし達は追い出されちゃった。




☆ 揺れる心 ☆


 アシモちゃんが黒の時のマンションまであたしを送り届けてくれた。

 こには虎江川さんがいて、ドアの前で立っていた。

 何で来たのよ。バレてるのよあいつらに。虎江川さんがあたしに入れ込んでるって。そんなのって、ヤバいじゃない。なのに、きつく抱かれる腕を離す力が無かった。

 ここまで送ってくれたアシモちゃんはそのまま引き返して行った。

 あたしはアシモちゃんの服借りてて男の服装で、アシモちゃんの使う香水の仄かな香りがついてて、微かに彼の吸う煙草の香りも、全部Men’sもののやつで、あたしは今女っぽさが無くって、さっきは酷いこと言われて泣きそうになって ……。酷いこと言われるような、やっぱりそういう存在で、それでもやっぱり虎江川さんは気にしていなかった。しっかり抱き寄せてくれていた。

 遊びとか、ゲームとか、掛け値とか、関係無く無いんじゃないの? 虎江川さんは、ゲームのためでしょう? そのはずでしょう? 優しくしたら駄目じゃない。

「ね。別れよう。迷惑掛けることになるわよ。これ以上続けてたら」

 あたしは引き返して行った。虎江川さんはそれでもあたしの肩を持った。強引に振り向かせる。

「離せよ!!!」

 きつく睨みつけて、あたしの手はその手を払いのけた。それでも虎江川さんの瞳のあたしに向ける優しさは変わらなかった。

「妻と別れて来た。会長のことも怒らせて、社長の座を下ろされた。どっちにしろ、手遅れだったんだ」

「 ……ハ、金のなくなったあんたになんか、何の値打ちがあるってんだよ、なお更興味失せるんだよホモ野郎が、」

 黒の真似事したって、あたしは、虎ちゃんのつく嘘なんかすぐに分かった。あたしの目からも涙が出ていた。

 ドアをきつくしめて、あたしはその場で泣き崩れていた。




☆ 花びらの様に ☆


 その夜。バーにはあたしの常連客は誰一人として来なかった。一日でここのホステス一人の動かせる額は相当のもの。イサママに申し訳なかった。一見を引き受けていくうちに、一度ママに話がしたかった。

「良かった ……。やっぱり嘘だったんだ ……」

 虎江川さんは嘘が上手な人じゃないから。ああやってあたしを気遣って来てくれて、奥さんがいるというのに離婚しただなんて嘘までついてくれて。

 イサママが何も言わずに、優しくあたしの肩を抱いてくれた。凄く、力強かった。いつかは全ての恩をみんなに返したい。

 いきなりドアが開いてどやどや入ってきた。

「 ………」

 ドキャッ!!

 ママ、マ、マママの弟だ ……っ!

 あたしを見つけて、ニッコーッと、笑ってきた。あたたたたたしもニ、ニッコ〜、と、笑い返しながらも腰が引けていた。

 他のお客さんたちはすっかりあたしのことを見て、彼を見てから社交的挨拶をした。元々落ち着き払っていてここの客は肝が据わっているから、緩やかに微笑まで浮かべている。だがあたしの動向をそれとなしに横目で探ってもいた。

 イサママは客に頭を下げて、そう見ても極道所の頭にしか見えないのを、「弟なんですよこの子は」と言って微笑むと、客たちは動揺も見せない程度に瞬きをゆっくりすると顔を見合わせた。

「あんた、ちょっといきなりどういうつもり。威嚇するような目で入ってきて」

 満面に笑んだだけ ね……。

「営業妨害なら場所が違うんじゃないのかしらね」

 そう小声で言って、その後頭部を扇子で二、三度ピシッと叩いて、舎弟十人を眺め回す。稼ぎもいい金落としも気前も立派な幹部連中揃いだ。イサママはうんうん頷いた。

 その中には、あたしの例の客も一人いた ……。

 イサママの弟さんが稀に飲みに来ると、いつものように付き人で来るから。

「たまには盛大に飲みに来るくらいいいだろう? 姉貴に貢献しようって事よ」

 元から大柄に笑って気の良い弟さんは、そう言うのをイサママが肉のかけらも無い彼の腹をスーツの上から扇子で叩いて「本当にたまにじゃなしに、よく来てくれたってかまやしないんだけどね」と言い、小気味良く手を叩いて客を招きいれて、あたしに彼らはついてくれた。

 弟さんの右腕の二人が同様に後ろ手を組み鋭い造りの目で空間を見つめ、微動だにせず口をきつくむすび頭の座るボックス席の両側に立ち、他の残り八名の幹部たちがソファーを囲う。

 あの人は立っている中の片方に入っていて、なんだか気まずい。前方を見る横顔は、いつものように鋭い。この頃季節的なものか、尚の事顔の辺りを見ても痩身になった様におもう。

「奴らのことは心配ねえ。ショウちゃん。会社をクビにさせたからなあ。もう手出しする気もうせただろう!」

 弟さんはそう言って、そのままあなた剣がまっすぐ入ってかない?! というくらい顎をしゃくって天井に大きく笑った。

「あ、ありがとうございます!! 世話掛けました!!」

 立ち上がって頭を下げたあたしを見て、再び大きく笑った。

 弟さんがグラスを傾けはじめて、舎弟たちもそろって掲げ大いに盛り上がり始めた。あたしも笑っていた。時間は過ぎて行き ……一度だけ肩越しに、あの人の視線が飛んできた ……。


☆ 暫 ☆


 一ヶ月。あたしの常連様はほとんど戻ってくれていた。虎江川さんは、戻らない。

「 ………」

 虎江川さんが、ドアを開けて入って来た。あたしを見て、微笑んだ。

 あたしはフ、と、噴出してしまった。

「なんなのよ虎ちゃんそのアザ〜〜!!!」

 本当に、別れてきちゃったみたい。男って本当、純粋な人は馬鹿がつくほどそうなんだ。あたしは微笑み招き入れた。




□後日談 海生エナ


エナは本当にいい子なので、その後に続くストーリーではちんぴらマヒトとは別れ、その後は彼女らしく明るく元気な性格のままに生きます。

マヒトに騙されていたようなものなのはエナも同様だったので、今回の事件でエナはマヒトに愛想を尽かし別れに至ります。

もともとエナは明るい性格の内にも冷静で洞察力に優れる優しい女の子なので、薄々マヒトの異常さに気付き始めていたことになります。

マヒトと別れるまでに、再び一悶着ありまたショウに匿われ、その後は翔(男人格)と付き合うことになります。

その物語は既に何年も前に完結してその後もいくつも話が続いているのですが、パソコン上のデータでは無いので、現在ここには投稿していません。


後日談やその後のストーリー(全ストーリー完結済み)

・エナがマヒトと別れる前に監禁されたのをショウが助ける

・ハルエの男の時(昼の顔)の関係で事件が起きる

・ユウコの実家と姉との話、他

・レズビアンの美楽と仲良くなる。一人問題を起こした青年が整形と人体改造をする。

・アメリカからトラウマ持ちで元サーカス団員だった女の子が現れる(そこでようやく一番初めのシリーズ<ZEBRANAゲーム>の黒幕の正体が明るみに出る)

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