玲緒。
「玲緒。」
「うん?」
二人で品川を歩いている時、横の澪が声をかけてきた。
朝にデートに誘われ、昼食を食べるべくお店を物色中。
「ほんとは何が食べたいの?」
「ラーメン。」
正直に言うと隣の澪はため息をついた。
「私に合わせなくてもいいのに。」
皆、そう言う。
だけど、とてもラーメンを食べようとする服を澪は着ていなかった。
だからTPOに見合うお店を探しているのだ。
「ここは合わせないと。その服でラーメンはまずない、特に澪はね。」
澪はモデルだ。
髙身長、北欧系の顔立ち。
ハーフでロシア人の血が混じっているのだという。
彼女の長い手足は見ていても触れても好きだった。
「ありがと。」
「和食がいいよね、イタリアンもいいけど食べているよね?」
最近は和食より洋食が好まれるようだ、毎日TVで放送されている。
TVであんなに垂れ流されていたら見ないわけにはいかない。
ただ、最近はスマホ持ちが多いからTVよりもネット世界の影響を受けているのかもしれないけれど。
「和食、好きよ。父方のソールフードはうどんなの。」
「香川県出身?」
「そ、四国。意外でしょ?」
香川県民とロシアのハーフなのか、澪は。
意外な組み合わせだな、と顔を見て思う。
どこでどう出会うのか興味はあるな(笑)。
私は行きつけの和食創作のお店に行った、ランチ時は混雑するお店だけれどまだ開店して少しし経っていないから大丈夫だろう。
「ここだ。」
比較的小さいお店だけど品数とうまさは口コミで広がって夜は予約なしだと来られない。
「こんにちは。」
澪を伴ってのれんをくぐればカウンター10席,4人掛け椅子5席の半分がもう埋まっている。
さすが口コミ、恐るべしというところか。
「いらっしゃい、久しぶりだね。」
丸坊主の丸顔店主、明るくて会話も楽しい。
「うん、大将の顔を見に来た。」
「生憎とカウンターしかないんだけど・・・」
「いいよ、その方が作っているところを見られるから楽しみがある。」
澪を先に座らせてから自分も座った。
「すごいのね、もうこんなに人が居る。」
「うまいものは自然と人を集客する、口コミは絶大だね。」
メニュー票を澪に見せて、私は本日のおすすめの黒板を見る。
小さな店なのに入荷の品ぞろえは珍しさも一品だった。
「今日は金目が入っているんだね、煮つけは好きだなーあ、金目飯?」
「お目が高い、作ってみたんですよ。金目も鯛同様に高級魚ですから美味いと思って。」
大将の隣の板前が答える、随分とおすすめらしい。
「澪、決まった?」
「・・・色々あって迷うわ、どれも美味しそう。」
本当に迷っているようだ。
確かに、これだけの品数があったら迷うだろう。
「大まかに聞くけど、魚が食べたい? 肉が食べたい?」
私は澪が決めやすいように促してあげる。
「肉は・・・魚の方がいいかなあ・・・さっぱりしたもの、ご飯とお味噌汁も飲みたい。」
「じゃあ、本日のおすすめにしたら? 私も頼むから。迷ったら、お店のおすすめ。」
「なに?」
「金目鯛飯定食。鯛めしの金目鯛版かな、もちろんお味噌汁もダシは金目鯛から。
まあ、少し小腹が空く分に創作料理を出してもらおう。」
「金目鯛の鯛めし? 聞いたことない・・・初めてかも。」
「じゃ、決まりだ。2つよろしく。」
「かしこまりました、金目鯛めし2つー!」
元気な声が店に響いた。
食膳にグラスビールを頼み、一口飲む。
おとなの特権だな。
「玲緒と出歩くと美味しいお店に着くのよね。」
もう、ビールを半分以上飲み干しながら澪は大将の手元を興味深そうに見ながら言う。
「趣味が食べ物しかないからね、私の人生に美味しいものさえあればいいかな。」
「それ、私を目の前にして言う?」
澪は苦笑して言った。
「おっと、君みたいな美人を前にして言うべきことじゃなかったね。」
「悪気があったわけじゃないのは分かってるわ、玲緒。」
「どうも。」
「仕事はどう?」
「いいよ、定職につかないのはどうかなって思われているけど色々な仕事ができるのはいいね。アルバイトが無いときはカフェのウエイターをしている。」
私の場合は色々な仕事をしたいから、定職についていない。
勤め先の先々で正社員にならないかとありがたい誘いを受けていたりするけれど今の状況が好きなのでフリーター生活である。
澪とも仕事先で会って親しくなった、ありがたいことにそういう知り合いが私はたくさんできたので時々助けてもらったりしている。
「ウエイター? ウエイトレスの間違いじゃなく?」
「私はどうみたって後者にはなれないのは分かっているじゃないか、それに気分的に前者の方が合うね。」
じっと澪が見てくる。
深く、綺麗なブルーアイズで。
瞳の色は母親ゆずりか、父親ゆずりは性格かな?強気だけどのんびり屋な性格。
相反するもの、それが彼女の魅力でもあるけど。
「玲緒は普通の女の子に生まれたかった? それとも男?」
「普通ってつまらないよ、色々あるから人生楽しいんだし。」
ビールをちょびっと、一口。
そんなに飲めないからね、私。
「玲緒の人生は面白そう、他人事で申し訳ないけど。」
「楽しいよ、すごくね。現在は人生100才っていうけど、百年じゃ足りないよ。することが多くて。」
まだし足りない事が多くある、アレもしたいしコレもしたい。
「バイタリティがすごくて、いつも驚く。」
澪の手が私の手に重なる。
彼女はお酒には強いから酔ってはいないようだけれど。
女性はスキンシップが好きだ。
・・・いや、好きというより誰かの身体に触れていると落ち着くのかもしれない。
ただし、心を許した人間のみだけれど。
「澪の仕事も大変だろう? そっちの方が尊敬するけどね。」
「コレ、一本だけど大変。でも、好きな仕事だから頑張れる。」
重ねた手が私の手をいじってくる。
多分、無意識。
話しながら自分では気づかないストレスを吐き出しているのだ。
私はそんなストレスを解放してあげる為に側に居る事も多い。
仕事化はしてないけど、少しの時間でも会って彼女たちの心をリセットしてあげるということをしている。
本人たちは気づいていないけど。
「おまち!」
どん、と一人用の鍋と味噌汁、小鉢、川エビのてんぷらなどが出てきた。
てんぷらの川エビは四万十川産ときている、なかなか。
「おいしそうー」
鍋を開けてやると匂いをかぎながら澪は言う。
「いい香りだ、よだれが出てきそうだ。」
「いただきまーす」
早々に割りばしを割り、手を伸ばす。
「待った、待った。かき混ぜないと。」
「あ、忘れてた。ついー」
おなかが空いて食べたいのは分かるけど、ね(笑)。
何から何までやってあげるものね・・・自分でできないとダメだよ、澪。
私はしゃもじでかき混ぜてあげた。
「今日はありがとう、玲緒。楽しかった、美味しいものを食べられたし。」
品川駅構内の京浜東北線へ降りる階段前。
さすがに駅内では帽子をかぶるけど、行きかう人がちらちらと澪を見た。
やっぱり、今を輝いている人は変装していてもオーラが出ていて人目を引くのだろうなと思う。
「いつでも連絡して、時間がある時は付き合うから。」
「今日は空いていたみたいだけど、玲緒はなかなか予約が取れないお店みたい。」
「そんなに繁盛してないよ。」
今日はほんとにぽつんと空いていた時間があった、そこを澪に当てた。
この後も予定はきっちり詰まっている。
「身体、壊さないでね。」
「うん。」
澪は身体を寄せてきた。
「また連絡する、次も空いてればいいけど。」
いたずらっぽく笑い、私の両頬を掴んで顔を近づけて来た。
そのままキスをされる。
駅構内で、というのは初めてだ。
ホームっていうのは過去に何回かあるけど。
澪は気にしないみたいだ、ほんとに剛毅だ(笑)。
廻りの雑音は一切消えて、私と澪だけの空間が作られているような錯覚を覚える。
私も澪の腰に手を回して、引き寄せた。
名残惜しげにキスした後、私たちは離れる。
せわしなく歩いて通り過ぎてゆく人たちの視線を感じたけど、無視した。
恋人同士ではないけれどキスぐらいはいいだろう、公共の風俗を乱すようなみっともないキスでもないし(自覚している)。
「じゃ。」
「うん。」
そう言うと颯爽と澪は階段を下りて行った。
日常に戻るんだろうな、戦争みたいな日常に。
モデル、という仕事は何回かしたことがある。
それ自体も大変だけど、その周りのモデルを引き立てる影の仕事も大変だったことを思い出した。
PLLLLL
スマホが鳴った。
液晶画面を見ると呼び出しだ。
次の女性に会いにいかないと・・・今日も夜まで忙しいな。
私は頭を切り替えて山手線ホームを下りて行った。
待ち合わせはいつもの喫茶店。
会って最初に何があったか、色々話す。
飼い犬のこと、今の仕事のこと、コンビニの店員の事、もろもろ。
相手は祥子さん、専業主婦だという。
ただ、本当かどうかは分からないけど真実は求めない。
「今は何の仕事をしているの?玲緒。」
祥子さんが聞く。
「今は、ケーキ屋のアルバイト中です。今回は少し長く務める事になりそうですね。」
「あなたがレジに立ったら、女性が大勢殺到するのではなくて?」
言い方が実にエレガントだ、普通の家の専業主婦ではないだろう。
だが、着ている服や身に着けているアクセサリーは派手でもなければそんなに安物でもない。
相手からしたら私も謎だろうけど、祥子さんも謎の人だった。
「今はレジしか任せてもらっていませんけど。」
「ケーキを作るのを習うのね。」
「はい、どうせなら・・・という感じです。」
「手先が器用そうですもの、すぐに上達するわ。」
彼女のコーヒーカップを持ち、口元に持って行く仕草には毎回目を奪われてしまう。
その優雅さは、育ってきた環境が容易に予想できる。
「祥子さんは何していました?」
「孫が来たの、外国に住んでいる孫がね。」
孫。
確かに、そう若くもない(失礼)けど、そんなに年を取っているようにも見えないけど
孫が居るのか。
「男の子ですか、女の子?」
「もう、やんちゃな男の子よ。嵐のようにやってきて嵐のように帰って行ったわ。」
そう話す様子は楽しそうである、離れて暮らしている孫の帰国が嬉しくないわけがない。
「今はまだ子供だけど、大きくなったらもう来ないかもしれないわね。」
「さびしいですか?」
専業主婦というなら旦那も居そうだけれど、今まで話題にも上らなかった。
私もあえて話題にしない、聞いてほしくないのかもしれない。
目の前のこの人から愚痴とか、悪口とかが出てくることは想像できない。
「あなたが居るもの、楽しいわ。」
「ありがとうございます。」
必要としてくれる人が居るのはいいことだ、それを糧に進んで行ける。
「さ、どうしますか?」
時計を見ると15時を回っている。
出会って1時間ばかり話をしていたようだ、17時まであと2時間あまり。
「いつものとおり。」
ふんわり祥子さんが笑う。
この人からは人間の醜い部分を見つける事は難しい。
隠すのが上手いのか、本当に聖者に近い者なのか。
けれど、祥子さんは聖者に近い者であって、聖者そのものではなかった。
手には№「3004室」のカードキー。
スムーズにカードは部屋を開錠し、私たちを中に迎え入れた。
豪華な家具がセットされているスゥィートルームだがそんなものには目をくれない。
必要のないものだ。
使う必要も、見て鑑賞する必要もないのにそこにある。
金持ちや有名人がスゥィートルームを使うのはプライベートを守れるからということもあるだろうが、富と名声を誇示するために使用することもあるのだろう。
「雰囲気というものもあるのよ、玲緒。」
私の心中を察したのか口を開く。
「殺風景なビジネスルームよりはいいかもしれません。」
否定はしない、悪いとも思わない。
お金の使い方が、お金もちの発想なのだと思っているだけ。
祥子さんが悪いのではない。
「あなたに似合わないし。」
私は手を取って言った。
「あなたにはこの天蓋付きの大きなクラシックなベッドの方が良く似合う。」
世辞ではなく、本心で。
「ありがとう、玲緒。」
あくまで優雅にだ、本当にこの人の正体はなんなのだろう。
気になっているけれど、知っているのは専業主婦というだけでそれ以上は聞き出せず、私には窺い知ることも出来なかった。
多分、ずっとこのままだと思う。
知ってしまったら今のような気持ちで接することが出来ないだろう。
「相変わらず、忙しいみたいね玲緒は。」
「そうですね、この後以外は詰まっています。」
正直に話す、この人には不思議とうそは通じないような気がしている。
まあ、隠すほどの事ではないし彼女も知っていることだ。
それに、「嫉妬」などというものはこの人には無縁のように思える。
私は彼女をベッドに誘った。
これには、お金は発生しない。
祥子さんの事は好きだし、彼女も私の事は好きなのだと思う。
ただ、一般には理解できないのは倫理面でのことだろう。
これは、不倫だ。
男女の不倫もあるけれど、女同士の不倫もあるのだ。
私が女のだからそうなるのだけれど(苦笑)。
祥子さんのような人がこんな事をするのかと最初の方では驚き、信じられなかったが人には色々な悩みやストレスがあるのだ。
私は彼女に施すだけではなく、心も解放してあげた。
私と関係のある女性は皆、ストレスや悩みを抱えて疲れ果てていた人が多い。
自身には身に覚えがないのだが私と会って話すことで癒されるらしい。
ただ、すべての女性が私と会って親しくなるわけでもなく、癒されるわけではない。
そこには「相性」というものがある。
そして、あらゆることに「寛容」かつ「意に介しない心」が必要となる。
それが私と彼女たちを結ぶ部分と言えた。
「玲緒―」
服をゆっくりと時間をかけて脱がせ終わったあと、彼女の顔を覗き込む。
「綺麗ですよ。」
お世辞抜きで。
「あなたに言われると、心から嬉しくなるわ。」
「本心で言っていますから。」
嘘は言わない。
本当に、この人は綺麗で一点の曇りもない。
ただ、完璧な聖者ではなかった。
私と関係を持っている時点で。
彼女なりの理由があっても、「悪い事」なのだということを私は理解している。
理解はしているのだが会えば自然となりゆきでそうなってしまう。
どちらが言いだすのでもなく、本当に自然とだ。
やはり最初がいけなかったのだと思う、最初に踏みとどまっていれば・・・
だが、それはもう考えても仕方のない事である。
祥子さんとの事は現在進行形で、今のところは終わる兆しもない。
彼女のことだからボロを出すような事はしないだろう、ずる賢いというよりは慎重だ。
ここのホテルは五つ星クラスで使用する部屋はスウィート以上ときている。
故に、ホテルで働いている人間の口も堅くプライベートが守られていた。
特に彼女はこのホテルの上客らしく、支配人自ら手続きをしてくれているのだ。
「心待ちにしていたのよ。」
「お待たせしてすみません―」
私の事を予約の取れないお店と知り合いが言ったが、今回は1か月以上時間が空いてしまった。
「あなたを必要としている子が多いのね、私も含めて。」
「人に欲されるのは嬉しいです。」
私は彼女のくちびるを塞ぎ、両手を押さえつけた(軽くだが)。
返してくれるキスは優雅で、私の方が引き込まれてしまう。
「祥子さん―――」
愛撫をしながら身体を重ねた。
しかしながら、どっちが癒しているのか分からなくなる。
自分なのか、祥子さんなのか。
「好きよ、玲緒。」
私の頭をかき抱きながら祥子さんは言う。
耳に心地いい―――
人の声は時として騒音にも不快にもなりかねないけれど、優しく囁かれる人の言葉は私を満たしてくれる。
特に祥子さんは私の中では一番。
彼女の身体を抱きしめ、私は更に深く没頭していった。
私はぼーっとしている。
ひと仕事を終えての達成感からではない。
「余韻」というものに近い、彼女がいつ帰ったのもあいまいだった。
いつも、祥子さんとの後はこの部屋に泊まる。
用事は入れない。
なぜかというと、いつもこうなるからだ。
何もする気がおきず、ずっと夢うつつの感じ。
使い物にならないと言った方がいい。
多分、彼女に引き寄せられてしばらく囚われてしまうからだ。
他のことなど考えることもできなかった。
彼女にこんな吸引力はあるとは・・・
他の女性にはないことだ。
ただ一人だけ、私をここまでにさせる唯一の女性。
・・・その旦那さんはどんな人なのか。
旦那さんに満足していれば、私と会うこともないだろう。
昔で言うところの政略結婚なのか?
それとも恋愛結婚なのか――
不倫をするのは、幸せではないからなのか?
下世話ながらいつも知りたかった。
聖人を絵に描いたような人なのに、何故なのか。
ただ、私には想像するしかない。
聞くことも出来るが躊躇われる。
彼女は微笑んで答えてくれるだろうとは思うのだが聞けないでいた。
ぱたん。
やっと身体を大きなベッドに横たえることが出来た。
私は目をつぶり、堂々巡りで終わりのない理由を考えないことにする。
その代り、彼女とのことを思い出して寝入る事にした。
せっかく落ち着いた身体がまた火照りだすとは思うがそれもいたしかたない。
理由を考えないようにするには他の事を考えないとならないからだ。
私は手を伸ばして電気を消すとその作業に入った。
前半と後半が別物に!(笑)
とりあえずバッサリ削除するのは嫌だったので投稿しました。気に入っていただける人が一人でもいたら幸いです。