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4台目「異世界的品種改良」(後編)

 はい、それでは続きをお見せいたしましょう。

「農王」シャイスとして、広大な領地にいっぱいのチート的農作物を湛えた彼ですが、その収穫や伝播が安定してくると、もう一つ「上」を目指したいと思い始めましたの。

 え? ウフフ、いえいえ滅相もありませんわ。イェージェ王国の王家は国民からの支持も強く、現王のイェージェ九世陛下は賢王で知られる人物、一介の農耕貴族が何か企てて揺らぐようなものではありませんわ。そう、オー氏の思惑というのはあくまで、そういう軍事的な企てではありませんのよ。

 なにせオー氏は生活的にはとっくに満たされていましたし、領民は純朴な農民ばかり、国に楯突くようなことをする理由も手段もありはしませんもの。


 さて彼が目指した「上」というのは「より高度な農作物の開発」ですのよ。この10年で、すでに彼の名を関した作物というものは多々生まれてましたけど、彼にはずっと気になっていることがありましたの。

 それは、この世界には「必要以上に品質の高い作物」という概念が無い、ということ。

 もう少しわかりやすく言えば、まあこれはある意味当然と言えば当然なのですけれど、農作物に大切なことというのは、安定して多く収穫出来ること、これに尽きるのですわ。その前提の上で、より病気に強く、より実の付きが良く、より可食部が大きく、それをクリアしたなら、より美味しければラッキー、という感じかしら。

 でもオー氏が生きていた世界にはこの上がありますわね。いわゆる「高級品」、味を追求したり、見た目を重視したり、食べやすさ・加工しやすさを重視した「嗜好品」に寄せたもの、もう少しビジネスライクに言うならば「より大きな対価を得ようと作ったもの」ですわね。

 ええ、もちろんこの世界にも「高級品」はありましたわ。

 ただそれは、膨大な数の収穫物の中でとびきり品質の良い「当たり」であって、そう作ろうとして作ったものではありません。そういった「当たり」は貴族が食べたり王家に献上されたりしてはいましたが、それが誰の畑からいつ出るかはわかりませんから、正直ビジネスにはなりませんわね。

 つまり「必要以上の手間をかけて、食の安定を満たすのに必要なスペックを超えた作物」が存在しない世界でしたのよ。……と言っても、考えてみればそれこそ変人の所業ですわね。

 「木になっている小さな実をわざと落として残った実を大きくする」だとか、「与える水分を制限して糖度を凝縮する」だとか「陽の光を反射させて全体が色づくように調整する」だとか……生きるための「食料」には原則必要のない行為ですものね。

 でもオー氏はそれを志しました。それはもしかすると農作を文化の一部として一つ上のステージに上げたかった、ということなのかもしれません。


 そしてそんな事を考えた彼が最初に手を付けたのは「食べやすさを追求した果実」でした。

 お客様、果物を食べるのに一番の手間と言えば何を思い浮かべなさいますか? ええ、ですわね。種と皮、これはどこまでもついて回る命題です。

 ただ、現代においてはこれはある程度はクリアされておりますね……例えばお客様、種なし葡萄の作り方はご存知ですか? そうですか。ざっくりと説明しますと、ジベレリンという植物ホルモンに実のなり始めを浸すんです。そうすると成長過程で種が無くなり、実も大きくなるという……ああ原理はお考えにならなくて結構ですわ。つまりそういう事が出来る、ということをオー氏が知っていた事が大事なのです。

 この世界でオー氏はジベレリンそのものを発見することは出来ませんでしたが、同じ効果を持つ薬物を錬金術によって作り出すことに成功しました。実はその研究自体は学生の頃から行っていましたから、実に十年越しの悲願とも言えますわね。

 そして彼は早速、領内にあるぶどうをこの薬剤に浸していきます。

 次の秋、収穫の時まで時間を早めましょう。

 そうそう、あくまで余談ですが……この年にちょうど、奥様のルーパ様のお腹の中に待望の第一子が育っておりますわ。生まれるのは多分、冬のはじめあたりかしらね。元の世界ではずっと独身だったオー氏もこれには本当に喜びました。

 額に汗する研究と農業の合間に、ルーパ様の寝室を訪れては大きくなっていくお腹に耳を当て、それはそれは嬉しそうに話しかけていましたの。まあ、あくまで余談なのですけれどね。


 さて、季節は収穫の秋。オー氏がこの世界で初めて作った種なし葡萄も収穫を迎えました。

 この歴史的発明と、農業というものが一つ高いステージに上がる喜びを分かち合うため、オー氏こと農王シャイスは収穫物を実家であるマカット家の名で国王家へも献上していましたの。

 この国と農業のさらなる発展と、我が子の誕生を願い、祝い、喜び、広めるために、彼は自信と誇りを持って、それを送り出しましたわ。















 冬です。

 御覧くださいまし。獄中のシャイス氏ですわ。


 ……失礼しました、いささか唐突すぎましたね……何が起こったか、順を追って説明させていただきます。いえ、そのままお見せするには刺激の強い場面がありましたため、少し飛ばしたのですが……ええ、ありましたとも、いろいろなことが。


 まず、あれから数日して、世界初の種無し葡萄が王家に届きました。


 翌日、王家はマカット家の取り潰しを決定。シャイス領には王国軍が派遣されました。

 葡萄畑には見せしめとしてシャイス氏の奥方であるルーパ様の遺体が吊るされ、誕生を待っていた嫡男もその場で腹を割かれて取り出され、殺されました。

 トマトよりも真っ赤な血が大地を染めましたわ。

 シャイス氏の研究室は屋敷ごと焼かれ、脱出することを許されなかった使用人たちの悲鳴が農園中に響き渡りました。

 黒豆よりも真っ黒な炭の塊が、屋敷のあちこちでもがくように倒れていましたわ。

 彼が品種改良した作物は全て生産を禁止され、農業の発展と食料の安定は一瞬で世界の本来あるべき水準へと戻りました。

 ゴーヤよりも苦い顔で、人々は反逆者シャイスの名を吐き捨て、呪詛をつぶやきましたわ。

 シャイス氏は大罪人として王都に連行、この地下牢に幽閉されました。

 蕎麦すら育たない石造りの冷たい牢獄の中で、シャイスは自分のした過ちを、先に投獄されていた父・ロザリ卿から聞かされましたわ。


「何故だシャイス。なぜあんなことをした。何故『種のない作物を王に贈る』などという、愚行を……!!」


 シャイスは、いえ、オー氏は知りませんでした。

 この世界、この国では


「種の無い作物を誰かに贈ること」は「相手の子孫断絶を祈る呪い」


である事を。

 それを行われたものは、相手の子を殺し報復せねば呪いが解けないと信じられている、という事を。

 もちろん貴族が王を相手にそんなことをすれば反逆者家ごと取り潰し、それが国に轟く「農王」となれば、ここまでやるのは当然の結果と言えるでしょう。


 15歳として転生し、自分の目的のために邁進を続けたオー氏は、この国の子供ならば誰もが知っている「たねのないみかんのはなし」も「愚かなキーノ」のお伽噺も知りませんでしたし、農家が収穫した中に種のないものを見つけたらその木になっているものは絶対に市場に出さなかった事も、彼の領地を手伝っていた領民が時折そういった作物を見つけても『領主に絶対渡してはいけない』ので秘密裏に処分していたことも知りませんでした。

 オー氏はそれを告げられると、しばらく自分を責め、傷つけ、程なくして発狂しました。

 死に際の言葉は『どこで間違えた』でした。



 これは誰のせいでもありません。誰にも責任のない不幸な事故です。

 たまたま、本当にたまたまそういう文化のところに踏み込んでしまったというだけの話。彼が言うようにどこかで間違えたわけではありませんわ。

 ですから、運が良ければ避けられたかもしれないしどうやっても避けられなかったかもしれないんですのよ。それはもはや、ロマンの神にしか扱えないサイコロの目です。


 もちろん、次にこのトラックを使っても転生先がこの国になるわけではありませんわ。全く別の文化、全く別の環境、全く別の人生において、その世界で起きるその()()()()()()()()()に転生者が順応し対応出来るかは、誰にもわかりませんの。

 お客様、それでもお買い求めになりますの?

 奥さんと娘さんを事故で亡くした、孤独で可哀想なお兄さんのために……このトラックを。








 はい、それではお気をつけてお帰り下さいまし。免許が必要ないとはいえ、慣れない大型ですからね。

 何度も恐縮ですが転生対象者に事前に転生を教えることは出来ませんからね。

 禁止とか禁忌だとかではなく、その瞬間にこのトラックの力が無くなりますから、実質不可能ということです。

 いいえ、これはビジネスですわ、お礼などおっしゃらないで下さいまし。

 私はあくまで、中古の転生トラックを販売するおかしなディーラーの販売員に過ぎません。お客様が買われるまでは懇切丁寧に対応させていただきますが、車をお渡しした後の干渉はいたしませんし、出来ませんの。

 あとはお客様と、転生される方のロマンです。そのロマンをただ祈ることだけが私に許された行為ですわ。

 どうぞ……この祈りが届きますように。


 本日は、お買上げ、まことにありがとうございました。

 それでは良き(ロマン)を。

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