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4台目「異世界的品種改良」(前編)

 あら、何の御用でして? はぁ……中古の転生トラックをお探しになられてる?

 異世界への転生を可能とするトラック……ですか? 何かしら、そういうお伽噺が御座いますの? ええと……そうですわね……ええ、はい、きちんと分かった上で来られてるんですのね……で、あればこんな茶番は無用ですわね……大変失礼いたしました。

 いらっしゃいませお客様。ようこそ、中古転生トラック専門ディーラー「T/E」へ。

 こちらでは「BEワケあり車」のみではございますが、どんなお客様にもぴったりのお車をお値打価格にてご案内させて頂きます。

 ご契約されるかどうかはもちろんご自由ですが、きっと確かな手応えを感じていただけるものと自負しておりますわ。


 それではこちらのテーブルへどうぞ。

 お飲み物は何になさいます?

 え? ああ、いえ、こちらは無料でサービスさせて頂くんですのよ。

 あまりそういうご経験はお有りにならなくて?

 まあそうですわね、文化の違いというのはどこにでもあるものですわ。お気になさらず。さ、どれになさいます? そうですわね……実はコーヒーはあまりいい銘柄ではございませんの。その代わりお紅茶は自動販売機の割にはよい香りがしますのよ。

 ええ、承りました。少々お待ちくださいましね。


 さ、どうぞ。お熱いのでお気をつけなさいませ?

 それではご希望をお伺いいたしますわ。どのような転生トラックをお探しですの?

 ふんふん……あー、ええ、そうですわね。もちろん御座いますわ。「身につけた職業や技術がとても有用になる異世界への転生」、とっても人気がありますもの。

 それはそうですわ。だってお寿司屋さんを海の無い世界に転生させてもロマンがありませんもの。きちんとそこは対応出来るようになっておりますのよ。ただし、その代わりにこのタイプの車は特殊な能力を授けるオプションがあまり豊富では御座いませんの。しいて言えば無駄に病気をしないとか、必要以上に脇道に逸れないとか、そういう基本的なものしかお付けできませんのよ。

 まあ、転生した世界で役立つスキルを持っている時点で新しく強力な(チート)スキルを付与する意味はありませんものね。仕様のようなものだとお考えくださいまし。


 そうですわね、お話し頂きました転生対象者のご年齢を考えると、こちらの車などが丁度よろしいかと……あ、でもこれは……え、いえ、いえいえ。なんでも御座いませんのよ。

 えっ、お気に召し……まして? あっ……そうなんですのね。ええと、本当にいいのかしらこれ……とはいえお客様のご要望ですのよね……そこを曲げてまでというのはいくらなんでもいささか……あっ、ああ、えっと……はい、大丈夫ですわ。こほん……失礼いたしましたわ。それでは、実際にトラックをご覧に入れましょう。

 こちらの道路に面した駐車場にございますのよ。

 ええ、大通りなのですけれど、車は全然通りませんの。なのでゆっくりとご覧いただけますわ。さあ? 存じ上げませんが、もっと別に便利な道があるのではなくて? さあ、このトラックになりますわ、お乗りになって……いえ、助手席にどうぞ。私が運転席でご案内させていただきますわ。

 驚きになりませんのね……お客様、どなたから当店のことを……というのは聞かないのが流儀ですわね。説明の手間が省けたと思いましょう、それではフロントガラスにご注目下さいませ。


 此度お目にかけますのは不惑を越えて異世界に飛んだ孤独な男の物語。

 その奮闘と繁栄、そして終わりの物語にございますわ。

 それでは「異世界的品種改良」始まりでございます。どうぞ、決して目を逸らされませんよう……。


 物語の始まりより少しだけ前、実際にこのトラックがこの度の主人公、名前をオー氏としましょう、このオー氏を転生させるところからご覧いただきましょう。

 田舎町……一応町としておきますが、ご覧の通り民家はまばら、田畑が視界を支配するような土地の、細い農道をとぼとぼと歩いていらっしゃるのが件のオー氏ですわ。

 今年で43歳、配偶者の方はおらず今に至るまで独身。人間性に難があるわけではないのですが……この土地では男女の出会いの機会自体が稀ですし、彼自身恋愛に積極的では無かったこともあるでしょう。

 そんな彼ですが、実家の農園を継いでそれなりに幸せにやってはおりました。地元でもそれなりに大きな土地持ちだったので、大学も農学部を卒業して年代の割には都会に執着もなく意欲的にやっていらしたようですわ。

 さて、そのオー氏がなぜ肩を落として歩いているかと申しますと、昨日近所の青年団でちょっとした行事と、その終わりに飲み会があったのですわ。

 その飲み会で同世代に散々聞かされたのですね、奥様だとかお子様の話を。そうしたら急に自分の孤独を自覚してしまったという次第ですの。よくあると言えばよくあるのでしょうけど、中学時代に仲の良かった友人に滔々と語られたのが良い角度で刺さってしまったと言えば良いのかしら、今回は落ち込みが激しいと言ったところですわね。


 そこに爆走するこのトラック……客観的に見ると農道を爆走する大型車というのは意外にシュールなものですわね……道幅ギリギリを半分脱輪するように走り、声を上げる間もなくドンッ……というわけで、ココからが彼の物語ですわ。



 大声を上げて起床……まあ仕方ありませんわね、何せ絶対に死んだと思ってらしたでしょうから。しかしそこにトラックは無く、目の前には自分が突っ伏していた机と、爆笑するクラスメイト、そして笑いながらも体面上怒ってみせる教師。

 オー氏はまだしばらく混乱しておりますがお客様にはご説明差し上げます。

 ここはイェージェ王国立『錬金術学校』、2年3組の教室ですわ。

 オー氏が転生したのは『マカット=シャイス』というこの学校に通う貴族の息子でした。歳は15で、成績は中の下といったところでしょうか。

 彼が転生したこの世界、世界観は大枠で中世ヨーロッパ程度ですが、ご覧の通り錬金術が独自の発展を遂げており浸透しております。ですので年代的な文化レベル以上の事が色々出来るのは確かですが、魔法というレベルには達しておりませんし、それが学べて実践出来るとなると、やはり貴族階級から上でしょうか。

 さて、そろそろオー氏も自分が別世界の別人になってしまったことを少しずつ理解してきた頃でしょうか。では少しダイジェストにして差し上げましょう。


 43歳のオー氏が15歳のシャイスさんとしての人生を受け入れるのは意外と早かったんですの。錬金術に関しても、専門的な用語さえ覚えてしまえば大学の抗議よりは平易ですし農業というものは高度化していけば錬金術みたいなものですから馴染みやすかった部分もあるのかしら……?

 そんなわけで、馴染んでからのシャイスさんことオー氏は失った青春を取り戻すように勉学に遊びに励みました。18で錬金術学校を卒業する頃には王立の研究所に所属することも錬金術師として研究所を構えることも出来るくらいになってましたわ。大体学校でトップ近辺の生徒の通るエリートコースですわね。

 この世界では錬金術師の研究所となれば、医者とドラッグストアとホームセンターを小さく凝縮したようなものとお考え下さい。相応の(それなりに高額な)対価は求められますが、かなりなんでも揃うような便利施設ですわ。


 ただ、オー氏はどちらも選びませんでした。彼が何を志したかといえば――農家です。

 お父様、マカット=ロザリ卿は強く反対されました。仕方ありませんわね……貴族の子が農家なんて前例がないどころか恥と言われて勘当されても仕方ない愚行です。

 とはいえ、シャイスさんは次男でしたし出来が良いことはロザリ卿も把握していため、領地のうちでも肥沃な地方に別荘を立てて表向きは領主という形で体面を保ちながら放逐しつつ、彼の希望を叶える事にしました。

 と、いうわけで領民に混じって、いえ、率先して畑で汗を流す変わり者のシャイス領主が誕生しました。


 お客様、何故オー氏は農家になろうと思ったかお分かりかしら?

 ええ、そうですわね、変化を嫌った……慣れ親しんだ土と生きる生き方をなぞったというのはあり得る話ですわ。ですが、弱いですわね。それでは彼が抱えていた孤独はそれではまた襲い来るでしょうし、孤独を嫌うなら貴族という生き方の方がよほど賑やかで人と触れ合うでしょうからね。

 転生して、若返って、新しい事を学んで、なお元の世界と同じ事をしようと考えた理由は至極簡単ですわ。

 彼は、錬金術と農業で天下を取れると確信していました。

 もちろん王制のこの国で王になれるという意味では御座いません。十把一絡げの貴族階級のドラ息子では無く、一人の男としてのし上がる算段が彼にはついていたのです。


 オー氏が転生した世界では、錬金術は上流階級の使うちょっとしたズルという扱いでした。先程も申し上げました通り農家は貴族からすれば下流ですから、そんなところに錬金術を使う価値もないと()()()されていました。

 そうですわ。()()にこそ、錬金術は使われるべきだと、オー氏は考えました。農薬も、肥料も、成長促進剤も品種改良も、理論的には錬金術で全て出来るです。そこにオー氏が持っている現代農法のノウハウ、さらには大学でかじったバイオテクノロジーを導入するとどうなるか……


 御覧ください。この広大な農地いっぱいに収穫を待つ、この時代には有り得ない品質の作物の数々!!

 近隣の村が飢饉にあえぐほどの凶作の中でも一定の収穫ができる丈夫な小麦、あちらにはビニールハウスの中に季節外れの苺、もう少しすれば真っ赤で蜜まで入ったりんごが実るでしょう。あちらにはワイン用と並んで様々な品種の葡萄が輝いていますね。

 農地は広大ですが、そこは領民がやってくれます。彼らだって安定した収穫と高い町で高く売れる品質を提供してくれる領主には協力的ですし、何よりもオー氏は領民の誰よりも愛情を持って農作物に接していましたから。

 というわけで、オー氏の領地は王国では知らぬ者の居ない「農業特地(メガファーム)」となっていました。その上オー氏はそのノウハウと錬金術のレシピ、果ては種や苗まで一切を独占せずに広く提供していたため、イェージェ王国は食の栄華を誇る豊かな国へと向かっていました。

 いつしか領主シャイスは尊敬と敬愛を込めて「農王」と呼ばれるようになっておりました。この時シャイス氏の肉体年齢で28歳。オー氏が転生してから12年が経過しておりました。屋敷内の研究室と農地を行ったり来たりの充実した、あっという間の日々ですわね。


 ここまでの実績を残した以上、本家であるマカット家も彼をもり立てる必要が出て参りました。お父様のロザリ卿は彼の頑なさと変人ぶりを理解されていましたから、家に戻れとは言いませんでしたが、せめて嫁をと懇願されました。ただ、縁談は片っ端から破談。

 ……仕方ありませんわね。貴族が持ってくる縁談ということはイコール相手は良家のお嬢様です。そんな方が土と汗に塗れたオー氏の生活に耐えられるはずありませんものね。ただ、何十件という縁談の最後に、一人だけそんな変人に見合う変人……失礼、変わったお嬢様がいらしたんですの。

 ほら、ドレスでは無く、質素な作業着でシャイス氏と仲睦まじく土を掘っているこの方。彼女がナラガ家の三女、ルーパ様です。ルーパ様の()()はシャイス氏とは若干ジャンルが違いました。彼女が好んだのは花と庭。綺麗な花を咲かせるためなら朝も晩も無く花壇につきっきり……これまた貴族社会の中では異端児ですわね。

 土を愛し、肥料に塗れることを気にしない二人は当然のように惹かれ合い、翌年には結婚なさいました。ここまでで、オー氏は元の世界では得られなかった地位と名誉、幸せな家庭を手に入れたわけです。



 さて……そろそろ「めでたしめでたし」でこの話は終わりにしたいところなのですが……そうは参りませんね。

 このトラックは「BE(ワケ)あり車」、この車をお求めということであれば……勝手ながら最後までご覧頂く必要がございます。

 はい……そうですね、お気になりますわよね、理由が……。

 私も意地悪でやっているわけではないのです。理由をつけることはいくらでも出来ますわ……お安くする条件だとか、告知義務があるだとか、趣味で見て欲しいだけだとか、それらしい()()()をすることは幾らでもできるのですが、そうでないとなると……()()()()()()()()()()()、としかお伝え出来ません。

 もちろん、前歴があるからといってこの車を使えば必ずBadEndになるというわけではございませんのよ? でも、これを最後までご覧になって、お買い求めになろうというお気持ちが残るかは保証できませんわ。

 お気を悪くされましたらごめんなさい。もちろんここでお帰り頂く事もできます。いえ、お引き止めはいたしませんわ。お客様はあくまでお客様、見るも見ないも買うも買わないもご自由ですから。

 そう……ですか。

 わかりましたわ。であれば、続きを。

 その前に、私喋り過ぎで喉が乾いてしまいました。失礼してお水を持ってまいりますね。お客様の分もお持ち致しますので、どうぞ一息つかれてから続きをご一緒いたしましょう。

 ええ、少しおやすみくださいな。


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