3台目「勇者レベル99」(前編)
はーい、いらっしゃーい。
え? お客さんでしょ? んーん、違うよ、ボクが店員だよ。
大丈夫、確かにそう見えるかもしれないけど、ちゃんと案内も説明も、販売の手続きだって出来るんだから。そうそう、まずはご挨拶だよね。こういうのをちゃんと出来ないとナメられちゃうんだ。
ようこそ、ここは転生トラック専門の中古車のお店「T/E」だよ!わかってるとは思うけど、ここにあるのは全部「BEアリ車」ってヤツだから、ご留意の上でよろしくお願いいたしますね……お客様。
さてさて……今日はどういうトラックを探しに来たの? 誰ハネるの? お客さんムッキムキだけど何やってる人?
あっゴメン、なんだっけ、あんまりそういうのってこっちから聞いたらいけないんだった。えっ? 格闘技? いやー、ボクそういうの興味無いんだよねー。テレビ? あーすいませんうちテレビないんですよー、集金なら帰って下さーい、なんちゃって。うん、へー、有名な人? ふーん。
まあどうでもいいや、とりあえず車種とかオプションとかの希望教えて?
何もういいじゃんそのセカイタイカイとかなんとかの話はさー、ビジネスの話をしようよここお店なんだし。あーはいはいわかった、後で調べて見させていただきますぅー。
うん、それでどういった車がご希望ですか?
へ? ほんとに?
いや、うーん、たまにいるっちゃーいるんだけどね……「とにかく相手を異世界にさえ飛ばせればなんでもいい」って人。
でもそれじゃあさー、あまりにロマンがないじゃん?
まあ……こっちも商売だしダメとは言えないんだけどさ……うん、わかった。
じゃあ予算の範囲でいいのがないかちょっと調べてくる。
あ、自販機のコーヒー、タダだから飲んでて。
お客さん大人だからブラックでいいと思うよ。うん、じゃあちょっと待っててね。
はいお待たせー。え? いやーボクあんまりコーヒーとか飲まないからわかんないなー。へー、そうなの? そういうのが美味いコーヒーなのかと思ってたんだけど。だって自販機の業者さんすっごいオススメしてくるからさ。
ああゴメン。うん、あったよ丁度手頃なのが。まあ凄くベタなやつなんだけどさ、人気車種っていうかね……とにかく台数がめちゃくちゃ多いやつだから選び放題ではあるんだけど、まあ予算とか含めるとこれかなーって。
えっと、すぐ見れるけどどうする? あっそう、じゃあ行こう。裏の車置き場だよ、ついてきて。
はいこっち……お客さん何ぽかーんとしてるの? え? 敷地? んーまあ、そうだね、見えてるところ全部そうだけど……あははは、もしかして事務所が小さいから敷地も狭いと思ってたの? やだなぁお客さん、センニューカンってやつ? だってほら、考えたらわかるでしょ。トラック扱ってるのに狭かったら全然車置けないじゃん。
あ、安心して。お目当ての車は入り口近くだから、あんな地平線まで歩いたりしないよ。
はいこれ。ボクが言うのもなんだけど、可もなく不可もなくって感じでしょ?
まあ乗ってよ。ああ違う違う、助手席の方ね。え? まっさかー、ボクが運転するわけないじゃない。うん、ほら、いいからいいから。
座った? んじゃあベルトしてね。はいありがとうございまーす。そしたらフロントガラスに注目ー。
え? 何? ああもううるさいお客さんだなぁ。ベルト? 取れないよ、終わるまでは。はいはいわかったから、お話は全部終わってから聞くからね。何なら……口にもベルトしようか? ハハ、冗談。
さてこれより始まりますはこのトラックが転生させた男の数奇な運命のお話。途中退席は今回に限りご遠慮願います。緊急時にはお手元のボタンを押してお知らせ下さい。ああすいません、こちらの車種にはついておりませんでした。まあいいでしょ、それでは「勇者レベル99」はじまり、はじまりー。
はい、これがこのトラックが転生させた人。まあ今回のやつは厳密に言うと転移かな、見た目とか全然変わってないから本人そのものが飛んだのと変わりないし。
名前は仮にブイさんね。トラックにハネられたー! って思った彼がだだっ広い原っぱで目を覚ましたところ。とりあえず五体の無事を確認して、そんで自分がいる場所に気がついた感じかな。
そう、なーんにもないね。彼の生きてた国、少なくとも彼が住んでいた地域にはこんな広大な草原は存在してなかったから明らかに異常を感じてる。でもまだ異世界にいるなんて思ってもいないだろうね。
でもすぐ思い知る事になる。ほら見て、草原の向こうの方の小さい影。そうそう、凄い勢いでこっちに来てるやつ。ミノタウロスだね。草原に? いや、だって牛は草食だし……いるんじゃない? ま、いいからいいから、とにかく縄張りに突然現れた無礼者にめちゃめちゃ怒って突進してきてる牛人間。
ブイさんは意味がわからないって顔でしばらく見つめてたんだけど、もう逃げるのも間に合わない距離になってようやく自分が狙われてるって気づいたんだよね。
で、立ち上がったはいいけど牛の人はもう目の前。とっさに手で払いのけるような動きをしたけど、普通ならコレ、腕は砕けてそのまま胴体ぐしゃぐしゃのぺっしゃんこだよね……。でもでもでもー? はいご覧の通りー。 振った腕が突進してくるミノタウロスの頭を掠めた瞬間、凶暴なモンスターが絶命したね。腕が当たった箇所がちぎれ飛んで、中身が出てる……ひー、こっちはこっちでグロいなぁ。
当然のように事態が飲み込めないブイさんだけど、あっ気づいたね、そう、ステータス画面が見れることに。あくまでイメージだけど、自分の顔のあたりに立体映像で文字が見える感じ? で、目の前に倒れてる牛さんだった牛肉の方も見て、そっちのステータスも見れることに気づいた、なかなか順応が早いね。
そんで、見えていたステータスがこちら
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NAME:ブイ
LV:99
HP:9999
MP:9999
STR:999
AGI:999
INT:999
VIT:999
LUC:999
EXP:00000000180
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ちなみに牛人間はLV18で、HPがゼロになっててあとのステータスはちょっとVITが高い以外は平均して20前後ってとこかな。あくまでブイさんから見たらだけど、まあ雑魚だよね。
お客さんも流石にわかるよね。ブイさん「LV99」で転生したんだよ。まあ素人目にも極まったステータスだってのはなんとなくわかるよね。
経験値がちょっとだけ入ってるのは倒したミノちゃんの分だけど、まあこういうのは最後9で埋め尽くされて終わりって大体の相場が決まってるからオマケみたいなもんかな。
で、それを自覚してからのブイさんはとりあえず近くの村を探して、その後は名前の通りブイブイ言わせ始めたんだ。
そりゃそうだよね。村人のステータスはみんなレベル一桁、村に行くまでに何匹か出会ったモンスターも高いやつで10って感じ。
そんな中で近所でも手のつけられないバケモノだったLV18の草原ミノタウロスを引きずってきたもんだから、そりゃ村人からはこう呼ばれるよ。
「勇者様」
ってね。
あとはもうお決まりのコースだよ。魔王が現れてから獣が凶暴化してる、国王が魔王を倒せる勇者を募集してる、って聞かされて、なんやかんやあって魔王を倒す旅に出るってやつ。ね、さすがに販売台数に恥じない素直な世界って感じでしょ?
ん? そうだよね、たしかにそう思うじゃない? そんな異常な世界でいきなりはいそうですかって魔王討伐にはいかないよねー。お客さん意外と賢いじゃん、わっごめんおっきい声出さないでよ。褒めてるんだから。
そう、ブイさんの旅立ちを後押ししたものは2つあってね?
一つはもちろん自分のレベル。そこらへんのモンスターなんて相手にもならないってわかってるからね。
もう一つの決め手は、王様の話。ねぇなんて言ったと思う?
褒美? ぶっぶー。お金でも名誉でも美人のお姫様でもないよ。まあ、そのへんはほっといてもついてくるだろうからね。そういうのじゃなくて……じゃあヒント! 王様は魔王について教えてくれました。シンキングターイ……えっ?
あ、うん、あー、そう、正解。
お客さん凄いね、もっとずっと苦戦すると思ったのに。
よし、じゃあ正解したお客さんには飲み物を持ってきてあげよう。
正解したからホットかアイスか選んでいいよー。え? 選択肢? あ、ミルクいる? えっやだなぁ、コーヒーに決まってるじゃない。
あっそ、じゃあボク自分のコーラだけ取りに行くね。だってここからがいいところなんだもん。んもぅ、何ぃ? え、アイスでミルク多め? なんで最初から言わないかなぁ。うん、いいよ。じゃあおとなしく待っててね。
え? あはは、そうだね。じゃあ2つ教えといてあげる。
1つ。そのシートベルトはお話が終わるまで絶対に外れません。何があっても絶対。
2つ。当店の自販機のコーヒーはミルクや砂糖なんかで味がごまかせるほど甘くありませーん。
えへへ、じゃあすぐ戻るからね。ばーい。