2台目「古き良き悪役令嬢」(前編)
ん……はいはいどうも、いらっ……しゃい、っと。
まあ、随分とお若いお客さんじゃないかい。いや、いいんだよ。この店は普通の自動車屋じゃないからね。車が運転できるかどうかなんて二の次三の次。大丈夫、ここまで来れたんだ、ちゃあんとお客様として扱わせてもらうさ。
ささ、中へどうぞ。外は寒かったろう。ココアでも飲むかい?
っと、そうか、そうだね、ろくに看板も出ちゃいないんだった。本当にここがそうか、心配なんだろう?
大丈夫、ここで間違いないよ。アンタ……失礼。お客様がお越しになられたこの店こそが、転生トラック専門中古ディーラー「T/E」ですわ。どうぞごゆっくりと吟味なさっていってくださいまし。
さ、堅苦しいのはナシさ。まずはウェルカムドリンクといこう。
ふぅん、随分と古いタイプをご希望なんだねぇ。
ん? いいや、あるさ。あるに決まってる。この店に扱えない転生トラックなんて存在しないからね。いやいやまさか、そんな魔法みたいなマネ出来やしないよ。あくまでビジネスとして、あらゆる車種を扱っていると自負しているだけさ。
でもまあ、うーん、そうだね、こりゃちょっと時間がいるかな……ちょっと二階の資料室をあたるから、お客様はそのマズ……独特の苦味のコーヒーでもおかわりして待っててもらえるかい? そうそこ、自販機のボタンを押すだけだからさ。言っとくけど、おすすめはそんな泥水じゃなくて端っこのココアだよ。
え? 二階? あるよそりゃ。ああまあ、外から見たら平屋に見えるね、確かにそうだ。まあでも、「そう見えたからそう」だなんて事の方が世の中じゃあ少ないんだよ……っと、ゴメンゴメン、すぐ調べてくるから。それじゃ!
ほいっと、おまたせー。なぁんだ、ココアにしなかったのかい。まあでも、ミルクティーか……悪い趣味じゃあないね。よし、じゃあ行こう。……どこって?
決まってるじゃないかいお客様。ご希望のトラックが見つかったんだよ。善は急げだ、付いといで。いや、すぐそこさ。うちの店のガレージの奥に……なんだいその顔。ほら、いいから行くよ。
さてどうだい、年代物だけどいい手入れだろう?
ん……まあそうか、車自体の良し悪しはわからないよね。まあいいよ、うちの店がしっかりしてるってことだけ分かってくれればそれで。うん、そうそう。
じゃ、助手席に乗って。え? いや、いいから。こんな機会滅多にないんだよ? アンタが欲しがっているこの車がどういうものか、知る機会なんてさ。おや、顔つきが変わったね……そうさ、それがロマンだ。さあ乗りな!
よろしい。ではお客様、フロントガラスにご注目くださいませ。
シートベルトは任意で結構。貴重な車種です、くれぐれもマズいコーヒーなどお持込になりませぬよう。
それでは、「古き良き悪役令嬢」開演に御座います。
さあ映し出されたこの少女、まあ一応守秘義務ってものもあるから、仮にケイちゃんとしておこうか。ケイちゃんはとあるゲームの熱烈なファンでね。「エンジェライク」って言うんだけどお客様はご存知かい? ああ名前だけか、まあ古いからね。ケイちゃんがハマったのも最近になって携帯機に移植されたヤツだった。ただ沼に落ちてからの熱は相当なもんで、何十周とプレイして全ルート全テキストを読むだけじゃ飽き足らず、グッズにも金を随分使ったし、声優の出るイベントにも足繁く通ってたって話さ。そんな彼女を、このトラックでドーン! ってわけだ。あ、いや言葉のアヤだよ。実際にハネちゃいないからね。ドーンは異世界へドーンって勢いの音だと思ってくれると嬉しい。
うん、もちろん転生先は「エンジェライク」の世界に決まってる。そうでなきゃロマンは始まらないからね。まあエンジェライクの説明は簡単でいいか。
いわゆる「乙女ゲー」と言うヤツさ。主人公が見目麗しい男たちとの交流や自分磨きを経て、最終的にたくさんいる王子様の中から一人と結ばれてハッピーエンド。わかりやすくていいねぇ、欲望に素直なのはいい事だよ。つまりまあ、そういう女の子の夢が詰まったゲームの世界にケイちゃんは転生したわけだ。
かくしてケイちゃんはエンジェライクの主人公……というわけにはいかなかったんだよね、これが。
はい、これが転生後のケイちゃん。ゲームの中だと確かルゼッタとかそんな名前だったはずだけど、面倒くさいからそのままケイちゃんって呼ぶよ。その転生後のケイちゃん、いやー見事な金髪縦ロールだねぇ。まあ見てお分かりの通りまごうことなき「悪役令嬢」というヤツさ。主人公のライバルで、事あるごとに邪魔をして意中の男性を奪おうとする。まあキャラ自体は割りと抜けたところのあるお嬢様だから憎めない感じになっちゃいるけど、ゲームとして考えると非常に厄介なNPCさ。
そんなモンになっちまったケイちゃんだったけど、そこはほら、大好きなゲームの世界なわけだし、自分の立場がどうあれ嬉しくないはずがない。ルゼッタ自体を嫌いでもなかったしね。
そもそもステータス最底辺から始まる主人公と違って、ライバルってやつは最初から恵まれているからねぇ。これはむしろチャンスとばかりに、彼女はこの世界を好きに生きると決めたんだ。ほら見ておやりよ、転生初日の緩みきった顔。多分お嬢様としてのバラ色の生活を想像してるんだろうね。
でも、その思いは一日で消えることになった。何故って? 世界がそれを許さなかったからさ。
なるほどケイちゃんは優秀なプレーヤーだったからね、何処にいけばどこにどの王子がいて、全ての王子の趣味嗜好、なんなら会話の選択肢で変動する好感度の数字さえ把握しているレベルだった。
だから彼女は初日から突っ走った。
一番好きなキャラクターの居場所に馬で乗り付けて、社交界での面識を存分に利用して誰よりも親しい女友達のように振る舞っていたね。マトにかけられた王子だって悪い気なんかするはずもない。パーティーで挨拶をしたことのある麗しき公爵令嬢かなんかが自分に良くしてくれるんだ。しかも何年も前から付き合っているかのように、好き嫌いを完全に把握して嫌味なく接してくるのさ。まともな男なら半月もあれば落ちるんじゃないかね。
でもさっき言ったとおり、世界はそれを許さなかった。
デートの約束までとりつけてホクホク顔で屋敷に戻ってきたケイちゃんが、天蓋のついたバカみたいなベッドで眠って翌朝起きると、すぐに違和感に気づいた。
服装が寝る時に着ていたパジャマじゃないことから始まり、聞き覚えのある台詞、動き、展開と来て、まあゲーム好きなら早い段階で気づいたはずさ。
「同じ一日を繰り返してる」とね。
ただまあ、一日でその現象に気づいただけでは法則性も突破方法もあったもんじゃない。そこから数日は試行錯誤だった。こういう時やりこみ型のゲーマーは強いね……会う相手や時間を変えたり、食べるものを変えたり、突然泣いたり怒ったり、それ以外にも色々やった。けど、特にループは終わらなかったんだ。
彼女がそれに気づいたのはだいたい10日分ほど、転生した一日目を繰り返した頃、もしやと思って学園に足を伸ばした時だ。いや、彼女も薄々気づいちゃいただろうね。それまではなんとか「彼女が自由意志で動ける範囲でループを脱しよう」としてたから。それでダメなら、って事で本来彼女が行くべき場所に行ったんだ。するとすぐに廊下で主人公を見かけてね、とりあえず脚を引っ掛けたのさ。まあ子供じみちゃあいるけれど、それこそが彼女の役割であったからね。
主人公は見事なまでに引っかかり、数歩けんけんをしてすっ転ぶ……ところを、通りがかった王子様の一人が見事キャッチって寸法さ。
それを見てケイちゃんは一つため息。その光景はまさに、彼女が何度も何度も見たエンジェライクの冒頭シーン、最初に解放される一枚絵そのものだったんだから。
そしてその翌朝、見事に進んだ日付を見て改めて確信したってワケ。
『つまり、アタクシが主人公を導かないと、このゲームは一切進まないということですのね……』
ほら、ため息をつきながらもどこか嬉しそうなケイちゃんだよ。まあ仕方ないよね、今までは直接主人公を育てて遊んでいたけど、今度はそれとなくライバルの立場から彼女を時にはいじめ、時には叱咤してうまく育つように誘導する……ゲーマーとしては燃える作業なんだろう? こういうのは。
なのでそこからは綿密なプラン構築の日々さ。
主人公の行動パターンを経験則から導き出し、先回りしては邪魔をしたり誘導したり、上手いこと挫折させたり立ち直らせたり……いやぁ、ああいうのを八面六臂っていうんだね。ステータスも社交性も、王子たちとの関係性も進展して、鈍感な主人公も薄々、ケイちゃんがただ自分を邪魔しているだけではないと気づき始める頃、ゲームは最終章に突入した。
最後のイベント、王妃選考会さ。
そこまでの好感度によって、王位を継承する王子に嫁いで王妃となるトゥルーエンド、結ばれた王子が王位継承戦に負けて二人で旅に出るグッドエンド、好感度が足りずに誰とも結ばれないバッドエンド。おおまかにはこれのどれになるかが決定する日だ。
さて、ケイちゃんが陰ながら育てた主人公はいったいどんなエンドを迎えるのか! そして悪役令嬢として転生したケイはエンディングのその時、その後どうなるのか……といいところなんだけど……なんだいモジモジして。
あー! あーあー、はい、トイレね。それならさっきの事務所の左奥さ。
いいよいいよ、気にしなさんなって。ほら、出すもん全部出したら、ちゃあんと戻ってくるんだよ?
ここからがイイところなんだ。見なきゃ来た意味がない。アンタにこの車も売れない。
うん、なら良し。それじゃあ行ってらっしゃいませ……ごゆっくり。




