1台目「MMORPGの少年」(後編)
思ったより苦いでしょう、そのコーヒー。自販機の業者のおすすめなんですがね、個人的にはもう少し甘いのも嫌いではないんですが……っと、さて、続きでしたね。エス君の秘密についてでした!
コホン……さあフロントガラスに再度ご注目下さい!!
そうです! なんとエス君、転生時に一つの特殊能力を手に入れておりました! その名も「自動戦闘」!! 読んで字のごとく自動で戦ってくれる機能です!!
攻撃は通常攻撃に限られますが、敵をターゲッティングして倒し切るまで攻撃を続ける。HPが心許なくなってきたらスキルで回復。戦利品が持ちきれなくなったら街へ自動で帰るところまでワンセットの便利能力ですね!
この能力の一番凄いところは「24時間戦える」というところです。ゲームの中ですので、回復さえしていれば肉体的な疲労は無視することも可能ですが、精神的な疲労に対して休息や睡眠の欲求を無視できるほど人間は強くありません。しかしこの能力は使用者が身体と意識を切り離す事が可能。つまりは毎日ゆっくり眠りながらレベル上げが出来るわけですね。なんなら食事しながらも可能ですし、考え事をしながら身体をオートにすることも出来るというMMORPGプレイヤー垂涎の能力となっております。
先にも語りました通り、効率的な攻略を得意とするエス君と最高に相性がいい!装備とスキルさえ整えておけば無限に狩り続けることも可能です。ですが、実はそれよりも素晴らしい利点は「死に戻りが怖くない」ということ。
先程申し上げた「死の恐怖による脱落」を回避できるのです。もちろん自動狩り中の事故死、まあ敵の出現が偏る場合や他のキャラの連れていたモンスターの決壊による物量攻撃なんかはどれだけ万全でも起こり得る事ですし、それ以上に手動……まあ自動に対して便宜的に言えばですが、で戦っている場合も敗北を覚悟した瞬間にオートに切り替え、意識を手放せば死の瞬間の痛みや苦しみを経験することなくセーブポイントに戻れる。これは死が存在するゲームにおいて、この上ないアドバンテージと言えるでしょう!
とまあ、この無敵の能力と持ち前の稼ぎ勘の良さによってエス君はソロでも何ら挫折することなく経験値と資金を稼ぎ続け、手に入れたスキルと装備で次の狩場、また次の狩場へと渡り歩いていたのです。
この時彼が狩りを行っているのはレベル帯で言えば150を越えたあたり。ガチの攻略勢が気の知れた仲間とパーティを組んでも数時間滞在できるかという非常にハイレベルな狩場です。
ほら御覧ください! パッシブのトリプルアタックが全段クリティカルで刺さった時のあのダメージ量! いやぁ清々しい、気持ちのよい狩りっぷりです。なおこれはゲーム内時間で深夜3時の映像。日常的に徹夜していた廃人組でも、この世界に来てからは集中力が落ちるので狩りを控えている時間帯です。おっと、ドロップ率1/10000と言われる特殊効果武器が落ちましたよ、これは嬉しい! まあ彼にとってはこれで20本目ではあるのですが。そういえば、複数アカウントが持てない事をエス君は泣くほど悔やんでいましたね。
なにせこの頻度でレアアイテムを売れる人間はそうそういませんから、彼自身が露店を出していると中々買い手がつかず、狩りの効率が下がりますからね。
なのでこの頃にはもっぱら、全体の7割である、日常生活者のいるエリアに「捨てて」いたらしいですよ。まあお金には困っていませんでしたしね、狩りに使うにしろ売るにしろ、少しでも脱落組の生活が楽になるように、と。なんとも心根の優しい少年ではありませんか……。
さてさて、その後も順調に狩りを続け、そこらのボスであればソロで倒し切るほどになったエス君ではありますが、ある日転機が訪れました。
オートに切り替えて意識的には就寝した翌朝のこと、彼は見知らぬ土地にいました。
見回してすぐに、寝る前にオートで狩りをしていた古城ダンジョンでないことは分かりましたが、だとしたら候補は二箇所しかありません。1:ターゲッティングした敵を追って、隣のマップに入ってしまった。2:なんらかの原因で死んでしまい、セーブを行った狩場近くの街にいるかです。
ただ、前者であれば自動的に狩場のマップに戻るように設定していたのでまずあり得ません。そして後者、死んで街にいるのであれば彼が愛用する特定の店のベッドに入るよう設定していました。これは彼なりの人間性を失わないための工夫でしたが、死に戻って目覚める朝はベッドはどんなにふかふかでも効率を下げた事に対する深いため息から始まるのであまり健全ではなかったかもしれません。
失礼脱線しました。さて、しかしです、その日エスくんの目に映った光景はそのどちらでもありませんでした。
一面真っ白な、ただ真っ白なだけのフィールド。
別マップへの移動ポイントも見当たらず、草も木も、岩も壁も、モンスターもアイテムも、一切合切何もないただただ白い平面の上に彼は立っていました。
混乱しながらも、彼は必死に考えました。少なくとも彼が現実でロロロをプレイしていた際にはこんな場所に入ったことはありませんでしたから、この異世界特有の特殊な場所かとも思いましたが、それにしてもあまりに殺風景過ぎます。
そしてひとしきり悩んだ後、一つの結論に思い至りました。
そう
「GMのbot隔離空間」です。
お客様はもちろんご存知ですね? 人間に成り代わりゲームを自動的にプレイする外部プログラム。通称「bot」。ほとんどのMMORPGでは規約で使用が禁止され、運営者によりアカウントの凍結や停止といった罰を与えられるノーマナーな遊び方。
ですが効率的な狩りとbotは紙一重なこともあり、多くのゲームでは見つけ次第処罰ではなく、このような、そう、このような隔離エリアに飛ばしてからGMが尋問することになっていますね。
自動で動くbotには、GMの質問に答える機能なんてついていませんから、そこできちんと返答すれば解放、返事もせず自動的に動いていればbotとして処罰……なるほど合理的です。そしてエス君はそういう意味では運が良かった。
GMにbotと断じられるより早く、隔離された段階で意識が戻ったのですからね。
これから来るであろうGMのキャラクターに、自分はbotではないと告げるだけでおそらくは解放されるでしょう。まあ、十中八九同じ狩場で自動的に狩りをしている彼を、別の誰かが「botの疑いあり」とGMコールしたのでしょうから、今後は若干効率が下がっても彼以外ほとんど通わない狩場を選べばリスクはかなり減るでしょうし、エス君の今後に一片の憂い無し。この世界を生き抜く勇者として彼はこの後も持てる力を存分に発揮して戦っていく事でしょう!!
…………などと、ならないことは、うちの店にこの車がある時点でお分かりですね?
さあ、それでは物語の結末を語るとしましょう。
フロントガラスにご注目下さい! さあ! さあさあ!!
実はこの前の晩、エス君は予想通り他者からの通報によりGMにこの空間に飛ばされました。が、その直後、この世界に一つの事件が起こりました。
先に語った生活組7割と、攻略組2割の他、1割の集団は何をしていたか。
彼らは素直にモンスターを狩り、ボスを倒し、レベルを上げて、終わりの見えない戦いに身を投じてはいませんでした。
彼らは気づいていました。この「ロロロ」に「完全クリア」は存在していないということに。レベルがいくつになろうが、どのボスを倒そうが、ストーリークエストを実装されている最後まで進めようが、このゲームは終わらないということに。
そして彼らが始めたのは「運営者の打倒」でした。ゲームを、世界を管理するものを倒す事で、この異世界から帰還しようと考えたのです。
結論から申し上げるなら、それが正解でした。
ステータスを自由に設定できるGMのキャラクターとの戦いは熾烈を極めましたが、運営打倒チームの中にもステータスを改変する特殊能力を持った転生者がいました。その他にもアイテムを作り出せる能力者や攻撃を無効化する能力者などが集まっていたため、激闘の末ついにこの異世界を支配するものは倒されたのです。
エス君の預かり知らぬところではありましたが、彼らが転生したロロロの世界は終わりを迎え、世界にいた転生者達は元いた現実へと帰還していきました。
ただし、あくまで「ゲームのフィールドにいた者」だけが。
『おい! 誰か!! GMは!! 他の人!! 誰でもいい!! 返事をしてくれ!! 俺はbotじゃない!! botじゃないんだ!!!! 早くここから出してくれ!!! 俺は生きてるんだ!!!!』
これが、目覚めてから数日のエス君です。喉を枯らして必死に叫んでいますね。
もちろん彼が生存優先で取った状態異常回復のスキルで喉は健康に戻ります。
ああ、拳を打ち付けすぎて真っ白なフィールドに血が付いていますね。
もちろん、回復効率を高めるために取った自動回復のスキルで拳は元通り……
死に戻りも無駄です。そんなことで戻れるなら隔離フィールドの意味を成しませんからね。
もっとも、もう彼が戻ろうとしているセーブポイントはおろか、あの異世界はこの「ゲームから隔離されていた空間」以外、残ってはいないのですけどね。
しかし誰がエス君を責められましょう! 彼は持てる力を的確に使い、生き残るために必死だったに過ぎません。
そして誰がエス君を通報した人を責められましょう! 彼とて自分が必死に戦うフィールドに明らかに(悪い意味で)人間離れした動きのキャラクターがいたので排除しようとしたに過ぎません。
もちろん誰も、運営打倒チームを責めることはできません。彼らは、エス君というイレギュラーが、彼らが救おうとしている人々からはじき出されていたことなど知るよしも無かったのです。
運営? そうですね、この異世界を司っていた者達は、責められるかもしれません。しかし彼らもまた物語の一部として立派に消えてゆきました。責めようにも、もう世界のどこにも存在しません。
そうです、誰も悪くない。誰一人悪くないのですよ。どうしても犯人を見つけたいのであれば、遡って遡って、根本的なところにたどり着くしか、ありませんねぇ……
おっと、余計なおしゃべりが過ぎましたね。では、このお話の締めくくり、もう1シーンだけご覧いただきたいのですが、お付き合いいただけますか?
……おや、どうなさいました、顔色がよろしくない……もしやコーヒーが口に合いませんでしたか?
はあ、そうですか、いえご気分が悪ければお手洗いは先程の事務所に、ふむ、そうですか、わかりました……では最後です。
実はここで映像を繋げば「今のエス君」を見ることが出来ます。彼の主観時間で、たしか5年は経っていましたかね……どうですか? ご覧いただければ、約束通り……破格でこのトラック、お譲りさせていただきますが……?
ありがとうございましたお客様、この度はご契約とはなりませんでしたが、是非またのお越しをお待ちしております。
いえいえ、お客様の、息子さんを想うお気持ちはよーくわかります。
部屋でネットゲームを続ける彼に試練と救いをとのご希望、私はとてもロマンを感じますよ。
せめて会話のきっかけにと、お客様も遊んでいたそのゲームを教えてしまったことへの後悔は、私などにははかり知れませんがね……
おや、そうですか。いえ、そうですね、それもいいかもしれません。親子なのですから、転生させるだけが唯一の方法というでもないでしょうから、ね。
……ですが、またどうしても転生トラックがご入用になりましたら、是非当店までお越しくださいませ。
確かな実績を持った、多種多様なお車を、ご案内させていただきますよ。
いえいえ、それでは、またのお越しを。