6台目「3ねんCぐみのしあわせなてんせい」(後編)
……戻ったか。正直、五分五分かと思っていたがな。いや、すまなかった。お前の意思を尊重する……ではもう一度座ってくれ。
では続きからだ。男子15番が初めての殺人を犯した瞬間からだな。
直視できんか、だがこの程度を耐えられねば……ここからもっと辛くなるぞ。ああ、わかった、進めよう。ああ、もう問わん……失礼をした。
さて、男子15番は足元に転がる男子1番の死体を見つめたまま罪悪感で呆然としているな……だがどうだ、遠くから聞こえる銃声に一瞬で覚醒し手にした銃を構える。その自分の冷徹な行動を省みて再びうなだれ、それでもなお周囲を警戒しているのは流石だな。
彼のこの性格については、おそらくは育ちが関係しているのだろうが……そこまで踏み込まずともいいだろう。所詮は42分の1の話だ。全てに感情移入していたらキリがない。
警戒を緩めないまま、男子15番は殺した男子1番のバッグを漁る。男子1番が絶命したまま握り込んでいるボウガンはどうも剥ぎ取る気にはならなかったようだが、水分や食料の類は確保する。長期のサバイバルを見越した良い判断だ。
男子15番は必要なものを自分のバッグに一通り移して、場所を移動することを決意したようだ。
男子1番の死体を囮に待ち伏せも可能だろうが、そこまでの積極性はまだ持てないのだろう。
目指している先は見える範囲で一番高い、と言っても地上4階程度の廃ビルだな。見たところあまり大きな集落ではないから、役場などの公的施設だろう。そういう場を抑えられれば高所の有利だけではない、生存の可能性も高い事を男子15番はよく理解している。そういった施設は避難所を兼ねる事も多いからな。
一つ、お前を安心させる事実を先に教えてしまおう。男子15番はこの戦いで死ぬことはない。そうだ、最後まで生き残る。感情移入しろということではないが、狙撃や不意打ちで唐突に死んだりはしない、少しは安心して見られるか? ……そうか、まあいいだろう。
ふむ……やはり鍵は彼の冷静さではないか? 一人殺してなお狂乱的にではなく冷静に生存に意識を向けられる中学生というものがどれだけいるかはわからん。おそらく稀有だろう。
当然ながらこの年代の少年少女であれば、心はもっと弱いのが普通なのだろう? 状況に流され、恐怖に震え、責任を何かに押し付けて、生きるためには殺しも厭わない。
責めるわけではない。責められようはずもない。それが普通の人間だ。こんな異常な世界に生まれていない者には、それを責める権利など有りはしない。
さて……これよりしばらく男子15番は息を潜め移動しているので、若干だが他の生徒にもカメラを切り替えよう。
これは……女子7番だな。彼女も早々に「生きる素質」に目覚めてしまったのだろう。とはいえ、彼女の素質は男子15番とは全く違うがな。見ろ、男子6番の胸を包丁でめった刺し……明確な殺意の下に、おそらくは快感を伴って行われた行為だ。生きる世界によっては、必要とされる素質だったかもしれないな。
こちらは女子12番と男子17番。元々恋仲であったか……固く手を握りあったままの心中だな。なるほどあの動画の内容が事実であるならば、最後まで2人で生き残ったとしても引き裂かれるのは必定だからな。殺さず殺されず、愛情と尊厳を保ったまま終わりたいという誇りが彼と彼女の真実だったのだろう。
次だ、女子2番と6番、そして20番か。どうやら互いに不殺を誓って立て籠もる様子だな。生きるために力を合わせる。本来は「こうあるべき」なのだろう。だが……実はこの建物には先んじて男子11番が潜んでいたのだ。画面の右端にいるのがわかるか? 彼がこの後、女子6番を殺すのだが……死体を見つけた2番と20番は互いを疑い、ついには毒を盛り合って相討つことになる。時間が惜しいので省くがな……。
後はどうする……いじめられていた男子3番が主犯の男子16番をハンマーで殴り殺すシーンを見るか? それとも逆に女子4番と13番がいじめていた女子10番を嬲り殺すシーンを見るか? どうした……十分? そうか、であれば次に行こう。
さて、3年C組の転生から5時間、空が暗くなってきたな。視点を男子15番に戻すぞ。彼はあれから結局誰かに会うことなく、ひとつの廃ビルの屋上に到達し、今は階段を登っているところだ。
他の生徒よりも移動距離が長かったせいか、違和感にも気づいたようだな。前にも言ったが、この町は明らかに異常だ。人が住まなくなって数年以上経過しているほどの廃墟であることは確実、そのくせ「人為的に破壊された」のが明確な場所が多すぎる。つまり人の出入りがあり、闘争の気配があるのだ。
男子15番はそれを「プログラムのために使用されている廃墟」であると判断した。なるほど、辻褄が合う。だがな……受け入れやすく真実に見えるものは、事実であるとは限らない。
話が逸れたな。いよいよ終りが近い。目は逸らすな。
男子15番が廃ビル屋上の扉を少し開けた途端、そちらに銃を向けた彼女は女子9番だ。戦略的に解りやすい場所だ、先客を予想できていた男子15番はすぐさま扉の陰に身を隠す。
だが、震える手で銃口を惑わせる女子9番がハッとしたのがわかったか? 彼女はただ反射的に銃を向けただけだ。威嚇ですらない。撃つ気など皆無。だが一瞬だけ見えた相手が……自分が想いを寄せている相手だと気づいてしまったのだ。
彼女は未遂であっても、想い人に銃を向けたことを悔やんだ。そんな事をしてしまっては、もはや彼と結ばれることなど決してないと考えたのだ。
馬鹿? そうだ、馬鹿なことだ。話し合えば誤解であるとわかるだろう。生き残れればどんな可能性でも残るだろう。
だがそんな馬鹿な事がこの時の彼らには全てだったのだ。吐露できぬ自分の思いは真実であり、手にした殺人道具の重みもまた真実だった。
理屈ではない、理解を求めるものではない。確かにそれが彼らの真実だっただけの話だ。
でなければ女子9番は、男子15番が駆け寄る間もなく、自身のこめかみを撃ち抜いたりしないだろう。
事実がどうあれ、この惨状が彼らの真実だ。
酷い? そうか、これを酷いと感じるか。
ならばここからはどうだ? これが「酷い」ならこの先はなんと呼ぶべきだ?
彼女の亡骸にすがり、悔し涙を流している男子15番が見えるな?
ではあの光は見えるか? 画面向かって左の遠方だ、徐々に迫ってきているのがわからないか? そうだ、あれが最後の宣告だ。
複数の自動車やバイクのヘッドライトがこの廃墟に向けられているな。幾人もの足音がそこかしこに聞こえるだろう。笑い声も混じっている。
あれはな……この「サバイバルゲーム向けに開放された施設」に遊びに来た若者だ。
そうだ、ようやく気づいたか。
ここは間違いなく転生後の世界だが、文明も文化もお前のよく知る現代に極めて近い世界だ。
殺し合い? それは「3年Cの組が元の世界で巻き込まれていたプログラム」だ。
内容は動画で見た通り、1クラスの子供達を最後の1人になるまで殺し合わせる狂気の政策に他ならない。そんなもの、お前の世界にはあるのか? そうだ、今映っているこの世界にもない。
あのバスは、眠らされたままあの哀れな子供達を殺し合いの舞台まで運ぶ予定だった。だがそこにこのトラックが突っ込み……彼らは全てこの世界へと転生した。
子供達に殺し合いを強いるような狂った制度のない普通の世界だ。普通に学校に行けば、年相応の青春の悩みに悩まされ、笑い泣いて大人になっていける、幸せな世界だ。未来を担う若者の重要性を理解し、重視し、保護し、尊重する事のできる世界だ。
あのスマートフォンには本来、死んだ生徒の名前を通告したり、反抗的な生徒に警告を促したり、定時に連絡をする機能があったのだ。
だが、別世界へ転生した彼らが見ることが出来たのは「殺し合いを促すための動画」と「殺し合いのルール」だけだった。 首輪? 爆破信号を出す者も装置も元の世界にしか存在していない。解除は、多少時間はかかろうが……然るべき機関に行けば不可能ではなかろう。
結局……彼らは与えられた限られた情報を元に、自分たちの中に真実を作ってしまったのだ。
「外に助けを求めに行けば」、「誰も殺さずに耐えていれば」、「プログラムの主催者から何一つコンタクトの無いことを不審に思えば」、そのどれでもいい、殺し合わない選択肢を全員が選ぶことが出来ていたなら……3年C組の生徒は「理不尽な殺し合いを強要された世界」からこの「幸せな世界」へと逃げる事が出来たのだ。
女子9番の亡骸にすがって泣き崩れる男子15番がその事実を知るまではもう少しかかるな。
転生……彼らが勝手にプログラムの開始と思った時から6時間、クラスの半数は命を落とした。そして生き残った半数は、己の選択を悔いるだろう。
殺した感触を、断末魔の悲鳴を、友人の死を、決して忘れることは無いだろう。
彼らのうち何人が、この世界で生き直す事を選べるかは、もはや我らが見るべきものではないな……BadEndは既に成されたのだから。
……そうか。先程も言ったが、お前の意思を尊重する、それだけだ。
では玄関まで送ろう。
いや、その前に何か飲んで落ち着いてからがいいだろう。酷い顔色だ。
フン……最初に言っただろう、俺はお前の事情に興味がない。
だが、コーヒーを一杯飲み干すまでの間くらいは付き合おう。この店の従業員である以上、客に付き合うのは仕事のうちだ。せいぜいお前の真実とやらを語るといい。
……そうだ、先に言っておくがな、うちの事務所のコーヒーは本当に不味いぞ。覚悟しておくんだな。
何だと? フン、大げさなものか。
あまりにも不味いので、俺は未だに一杯を飲みきれた事がないのだぞ。




