6台目「3ねんCぐみのしあわせなてんせい」(前編)
む……?
ああ、そうだ。間違いない。
ここが転生トラックの中古販売店「T/E」だ。よく来たな。
知っているかわからんので一応言っておくが、ウチの車は全てBE歴のあるものだけだ。相応の価格ではあると思う……ただし、対価とは異なるを払ってもらう可能性がある。一応認識はしておいてくれ。
では、要件を聞こう。
なるほど、そいつは……久しぶりに大物だな……いや、問題はない、間違いなく在庫はある。ただ、単純にデカいんだ。見せようにも持ってくるのに少しかかる。
なにせ、通常はその転生をトラックで行うことは稀だからな。
まあ、いい。では待っていてくれ、用意してこよう「学校の1クラス全員を転生させるトラック」だな。
何? いや……俺はお前の事情には興味がない。そういうのはもし別のヤツに遭ったら言ってやるといいだろう。俺たちの中にはそういうのがすこぶる好きなヤツも多いからな……。
……では何か飲みながら待っていろ。そこの機械のボタンを押せば好きなものが飲める。ただ……いや、何でもない。どれも等しく無料のサービスだ、好きにしろ。
待たせたな。
行こう、すぐそこだ。ああ、店の裏手に停めた。着いて来い、コップはさっきの機械の横に捨てるんだ。シートを汚されてはかなわん。
ふむ……では逆に尋ねるが……お前はウチの店の何を知っている? ああそうだ、それを知らねばこの店にたどり着くはずがない。だがそれだけだろう。ならばこの大型トラックがどうやってここに置かれていても関係無いのではないか? ああ、なるほど。確かに物理的にここにつながる広い幅の道は存在してはいないな。だからどうした? ああそうだ、その方がいい。
よく世の中では「知らない方がいい」「知る必要がない」などと言うが、俺はあの類の文言が嫌いでな。知りたければ知るがいい、そこに必要の有無など関係はない。だが、知るということはそれだけでリスクだ。知ろうという強い意志、知ってもいいという覚悟がない者には知るという行為はただの毒なのだ。俺は毒を飲ませるほど無慈悲ではない、というだけの事だ。
無駄話をしたな、さあ助手席に乗れ。足元には気をつけろよ、このサイズの車は全てが地面から高いからな。
よし、ではドアを閉めろ。ベルトも忘れるなよ。
ふむ……流石にこのサイズとなると迫力があるな……いや、なんでもない。さあ、フロントガラスを見るんだ。何故か? このトラックの説明をしてやる。そのために来たんだろう? ああ、だからまっすぐ前を向け。よし。
では始めよう。「3ねんCぐみのしあわせなてんせい」は、いかにしてバッドエンドを迎えたのか。これはその記録である。
さて、始まりは転生の直前の映像からだ。
とある国のとある中学校の3年C組、その全員が乗ったバスの内部だ。
全員が眠りについており、目的地まではまだ遠いと言った様子、そら、バスのフロント……フロントガラスに映った映像のフロントガラスとはなんともややこしいな……まあとにかく前を見ろ、もはや逃れようのない魔の手が迫っているだろう。
そうだ、このトラックだ。
さっき大物と言ったがな、バス一台となるとどうしてもこのサイズが必要だ。物理的に轢き潰しているわけではないとはいえ、エネルギーの総量の問題だから仕方あるまい。
さて、転生は完了した。
ここからはとりあえず一人の生徒を中心に見ていくぞ。何せクラス総勢42名が転生しているのだ、いちいち全員の名前を覚えるのも無駄だろう。なに、すぐに整理される、安心しろ。
では……そうだな、この出席番号男子15番の生徒にフォーカスを合わせるとしよう。
男子15番が目を覚ましたのは建物の陰だ。見回すも他のクラスメイトはおらず、引率の教師もいなければ、自分たちが乗っていたはずのバスの運転手すら確認できない。
その代わりに自身の身に起きているいくつかの変化には気がついているようだ。
しかし彼は年代の割に聡いようだな。多少友人の名を叫んでみたものの反応が無いと判断してからは状況の把握に努めている。
見ての通り彼が目覚めた建物というのは、ほとんど廃墟と言って差し支えない一般家屋だ。ガラスは割れ戸板は破れ蜘蛛の巣が張るだけでは飽き足らず、覗き見た家の中には雑草が生え始めている。
人が住まなくなっても数年程度ではこうはなるまい。それに壊れ方が不自然でもあると気づいたようだ。風雨に曝されたのではなく、明らかに「破壊されている」跡もあるな。
そんな場所に放り出され、そう、そしてさっき気づいたが後回しにした自身の変化を確認するようだ。
まず、一番気になるのはその首のものだろうな。首の皮に吸い付くような機械仕掛けで決して外れない首輪だ。しばらく弄ってみてもウンともスンとも言わない、当然だな、そんなことでどうにかなる代物ではない。
ん? 知っているさ、顛末も知らずに客を案内するわけがあるまい。……だが、今言うべき話ではないな。なに、すぐにわかる。話の流れというものだ。
次だ、首輪弄りに飽きた男子15番が調べたのは制服のズボンのポケットだ。
眠る前には持っていなかった硬い物体の存在が気になっていたらしい。
取り出してすぐに理解できただろう。今度は一般的な物品だ。いわゆるスマートフォンと言うものだな。もちろん彼の持ち物ではない。ロックはかかっておらずすぐに画面が出る。
アプリのアイコンは電話とメール以外は見たことのないものが一つだけ。
まず電話とメールを試みたのはやはり冷静と言えるな。もちろん通じるはずもなく、すぐにそのアプリと向き合う事になっているのは見ての通りだ。
ため息で気持ちを整えてからアプリを起動すると、有無を言わさずに動画が流れた。
どれ、せっかくなので大きく映してやろう。これだ。
『3年C組の皆さん、楽しい修学旅行の途中本当に申し訳ありません。しかし、あなた方は選ばれたのです。今年の【少年少女矯正プログラム代表】に。この国に一時、あなた達より少し上の年代により大変な混乱がもたらされたことは授業でも教えた通りです。その後、国はそのような事態に備えその年代に達する前にあらかじめ人格を矯正するためのプログラムを行う事にしたのです。一年に一度、全国の中学三年生から1クラスを選び、最後の一人になるまで殺し合わせる。そうして、生き残った一人は国家の要人となり、国を動かすと共に、後世へと浅はかで愚かな子供達の矯正の必要性を語り続けるのです。もちろん選ばれなかった子供達も来年には自分たちがどういう犠牲の上に生きているのか思い知るためにこのプログラムの一部始終を見ることになりますから、どうぞ恥ずかしくない生き様を残すよう、先生は願っています。それでは、先にあちらで待っていますよ。さようなら』
最後は自分の頭を撃ち抜く担任の映像で終了……というわけだ。飲み込めたか? まあ唐突と言えば唐突だからな、仕方あるまい。
簡単に言えばこの映像は、3年C組が一人になるまで殺し合えと言っているわけだ。簡単だろう? アプリか? あとはこの殺し合いのルールが載っているだけさ。
男子15番は悩みに悩んでいる。まあ無理もないだろうが……自分の傍らにあるバッグに気づけばそうも行くまい。
中身は彼らが虚構の物語か海外のニュースでしか見たことのない銃器だ。ルールによれば武器はランダムらしいが、とんだ「当たり」だな。
そしてルールにはこうもあった。
『首輪は爆弾であり、強引に外そうとした場合と逃亡を企てた場合爆発し、死に至らしめる』
つまり、殺し合う以外の道はないということだ。もっとも……男子15番はとっくにそんなことは「理解」していたはずだが、この年令でそれを「覚悟」しろと言うのは別の話だろう。
もうひと押し、「決定打」がなければな。
さあ来たぞ、男子15番よりもずっと思慮が浅く、決断が早かったヤツだ。
男子1番、手にしているのはボウガンの類だな。一本目の矢は男子15番の顔を掠め、彼が寄りかかった建物の外壁に突き立たる。流石にこれでは男子15番も相手の「殺意」を理解しないはずもない。
中学生で慣れている者などいようはずもないが、慣れない武器に戸惑い、距離を詰めるために震える手で男子15番の前に立つ男子1番。
男子15番は咄嗟に、バッグの外に出してあった銃を手に取り、男子1番の指よりも早く引き金を引いたな。見事だ、初めての射撃がヘッドショットとは。
……どうした、気分が悪いか。フン、動画でも言っていたが、こいつらの世界では高校一年でこの映像を余すところなく強制的に見せられるのだぞ。
ム……仕方ないな、貴重な車種だ、さっきも言ったがシートを汚されてもかなわん。一度店に戻り、水でも飲んでこい。ああ、戻ってきたら再開としよう。
何? ああ違う、あくまでこれはこういう話というだけだ。このトラックとBadEndに因果関係はない。いや、ダメだ。最後まで見ない者に売ることは出来ない。
ああ、それが決まりだ。俺にはどうすることも出来ない。……わかった、待とう。
いや、気にしなくていい。覚悟が出来たら戻ってくればいい。待っている。ああ。




