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1台目「MMORPGの少年」(前編)

 いらっしゃいませ。

 はい、ええ、そうですよ。

 こちらが貴方がお探しの店で間違いございません。

 ようこそ、転生トラック中古ディーラー「T/E」へ。




 それで本日は……どのようなトラックをお探しですか?

 ああそうですね、当店に辿()()()()()からにはもちろんご存知かとは思いますが一応のご説明をさせていただきましょう。

 ウチは転生トラックを専門に扱っている中古車ディーラーです。ただしお客様もお分かりのように路地裏でひっそりとやっておりますので知る人ぞ知る、と申しますか、ええ、あまり表通りでやるような店ではございませんのでね。

 なにせ当店で扱っておりますのは全て市場では「BE(ワケ)有り車」と呼ばれるモノですから。まあ普通の方は嫌がるんですよ。いえ、車体に問題があるわけでは全くございません。そもそも転生トラックというものは物理的に轢くわけではございませんし、大きな傷もありません。ええ、ええ、そうですね、目的の方を異世界へ転生させるだけではなく、もちろん特殊能力の付与やら性別変換等、転生トラックに必要な性能は十全に備えたものしか置いておりませんよ。それでもやはりなんと言いますか、皆さん忌避されるんですよね……縁起が悪いというんですかね、まあ変な話なんですけどね、こんな超常の塊を文字通り高速で走らせるような真似をしているくせに「B(バッド)E(エンド)履歴があるのが嫌だ」なんてセリフは。

 はい、では改めてご要望をお伺いしましょう。もちろん車種なんかじゃございませんよ。「どこに」転生させるトラックをご所望でしょうか、お客様?


 なるほど、MMORPGの世界ですか。ええもちろんございますよ。なにせ人気車種ですからね、絶対数が多いので必然的に流れてくる台数も多く……えっ、ああ「VRではなく」ですね? なるほど、そうなると確かに少し絞られますね……でもご安心下さい、当店は品揃えには圧倒的な自信を……そうそう! ちょうど昨日買い取ったのがございました! はい、状態も非常に良いので是非ご覧に……ええもちろん! ではこちらへどうぞ、何分狭い店ですのでお気をつけてこちらへお越し下さいね。

 あっそちらダンボールがありますのでお気をつけて、はい、こちらになります。はい、まっすぐ来ていただいて、こちらの扉で……え? 外から見た時と敷地の大きさが合わない? んー、まあそういうこともございましょう、そういう店でございますからね……ッハハ! 失礼、冗談ですよ。入り口だけ入り組んだ路地にありますから、反対側にある車庫の大きさがわからないだけでしょう、フフッ……どうぞお気になさらず。それよりもほら、こちらがご希望のMMORPG転生車……いやはや、おっしゃる通り近年はVRでないものは減りましたねぇ。とはいえVRの場合はトラックを必要としない場合も多いですしね、ダイブしたまま戻らないとか。しかしそれじゃあ見慣れた世界に置いてけぼりなだけなんですよねぇ。やはり何と言っても「別世界に転生した」感はこちらのほうがダントツですものね。いえいえ結構いらっしゃいますよそういう方も。私もそういうロマン、嫌いではございません。

 はいはい、もちろんお値段の方もかなり勉強させていただいて……おや、ご不満ですか。あー、まあそうですね……いえ、ごもっともでございます。「こんな胡散臭い店なのに値段が普通過ぎる」ですね。確かに中古転生トラックの相場よりは下ですが、驚くほどではございませんでしょう?

 で・す・が、ここからが当店ならではの部分です、ささ、助手席へどうぞ。

 え? ああ試乗じゃないですよ、もちろん試轢でもございません。

 ただ、今からこのトラックによって転生した方の「バッドエンド」を見ていただけるなら、お値段を大幅にお安くさせていただきます。

 見るだけでいいのかって? ええ、はいそうですよ、見てさえいただければ割引適用となります。どうですか? はい……はい、おお、ありがとうございます。目的? まあそうですね、リサーチと言われればそうでしょうか……いえ、どちらかと言えば私の趣味にお付き合い頂いてるとお考え下さい。言ったでしょう? ロマンが好きなんですよ。ロマンがね。

 それでは、フロントガラスにご注目下さい。

「MMORPGの少年」開演と相成ります。




 主人公はこの少年。まあプライバシーの問題もございますので、仮にエス君といたしましょう。このエス君がこの、今私とお客様が乗っておりますこのトラックに轢かれた、厳密にはエス君が轢かれたと思った瞬間からスタート致します。

 まあ、先程も申しましたように実際に轢くわけではないですからね。そりゃあ転生先で五体がバラバラということはなくても、リアルな轢死の記憶を持った状態で「飛ぶ」のも、その……なんでございましょう?

 さて、彼が転生いたしましたのはMMORPG「ロマンシングロストロギア」。ファンの間では「ロロロ」だとか、もっと単純に「ロ」なんて言われて親しまれていた人気ゲームですね。

 2Dのグラフィックは昨今の美麗・リアル・重厚を謳った作品の中にあって、むしろノスタルジーを感じさせると評判で、低スペックのPCでもサクサク動くことから根強いファンが多かったと聞きます……もちろんエス君もその一人。

 転生者のご多分に漏れず、エス君も現実世界のこのゲームではかなりのやりこみ勢でした。流石にトッププレイヤーとまでは行きませんね、ネットの海は広大で深遠です、彼は生活全てをそこに注ぎ込むレベルのいわゆる「廃人」ではありませんでした。

 しかしながら、いえ、だからこそ彼は効率的なプレイに長けていました。いち早く経験値を効率よく稼ぐことの出来るフィールドや、一見非効率だが装備やスキルの組み合わせで時間効率を跳ね上げるシナジーを見つけるのが非常に上手かった。限られた時間の中で悪鬼羅刹の跳梁跋扈するMMORPGの世界を乗りこなす才能があったと言っていいでしょう。

 さてさて、そんな勝手知ったる「ロロロ」の世界に転生したエス君ですが、回りには同じような転生者がわんさとおりました。ええ、そういうタイプの世界(ヤツ)ですね。

 全員例外なくレベルは1。装備も初期のナツフ、もといナイフとザージャケ……もといコットンシャツだけですね。当然ですが課金要素は無し。となると、生き延びるために必要なのはどれだけ世界に適応出来るか、という事になってきます。

 ゲーム内容についてはロロロの世界を踏襲しながらもアレンジが加えられており、全く同じプレイでは効率が悪かったり危険だったりするという次第です。

 ああ、死亡時ですね? 経験値にして数%のデスペナルティはありますが基本的にセーブポイントに帰還する感じです。おや、意外といった顔ですね。死んだら現実でも死ぬとか思われてましたか? まあそういう異世界は多いですがね、エス君が飛んだのは比較的元のゲームに準じた世界でした。ただね、よく考えていただきたいのですが、普通の人間が「死」を経験して戻されて、すんなりと次の冒険に行けますかね? 居ない事は無いんですけどね、そういうネジの飛んだ人間も。でも大多数は心を折られて行きました。プレイすればするほどに、ちょっとした事故死ではなく、ギリギリの戦力差による時間をかけた蹂躙、虐殺、陵辱を経験することがまれでは無くなるからです。

 ちょっと想像していただきたいのですが、出会い頭に高レベルモンスターに頭を吹き飛ばされるのと、ボスモンスターに手足を少しずつ焼かれ、斬られ、腐らされ、最終的に敗北を受け入れて死ぬのと、どちらが「次も頑張ろう」となりますかね?

 まあそんなわけで、はいご覧の通り、現在ご覧頂いているのが転生から1年経過した異世界(ロロロ)の状態です。ゲーム世界での生活を受け入れて、レベルの低い安全な場所で狩りをして過ごす人間が7割程度、ボスを倒せばなんとかなると勇気を振り絞って攻略を続ける人間が2割、その他1割といった割合……だいぶ煮詰まっていると言って差し支えないでしょうね。

 さてそんな中、このトラックが転生させた我らがエス君がどうしてるかといいますと、はいこちら。御覧くださいこの勇姿! 装備は最高クラス、スキル構成は攻撃や補助というよりは生存能力寄りではありますが隙が無く、高レベルの狩場でも余裕を持ってバシバシと敵を葬る姿、さながらキリングマシーン! 戦うために生まれた機械のようではありませんか!

 ……ほう、お客様流石にこの車種に目をつけられただけのことはある。気づかれましたか、彼の「違和感」に。

 ……っと、前フリが長くなりすぎましたね。お飲み物もお出しせずに失礼いたしました。いえいえ、何かお持ちしましょう。と言っても、営業所の中にある自販機からですから大したものはございませんが。コーヒーでよろしいですか? はい、では。ああ、うちの自販機に入っているコーヒーは少しビターな銘柄ですが、問題はございませんか? 結構です。


 では、続きはそれを飲みながらゆっくりとご一緒しましょう。


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