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【第九十九話】 家族


 レオナは一言だけを告げ、黙って背を向けてその場を離れていく。

 動揺がゼロというわけではなかったけど、それでも俺は呼び止めるでもなく、どこに行くのかと問うでもなく、素直にその後に続いた。

 これまでも、今日のことも、なる様になれ精神でやってきたのだ。

 今更後悔しても遅い。

 後悔しないように、どっちの後悔が少ないか、いつだって考えていたのはそんなことばかり。

 こうなりゃもう腹を括るしかねぇ。

「…………」

「…………」

 とはいえ、無言の間は中々に辛い。

 一度も振り返ることのないその後ろ姿は、直前の表情や黙って勝手した負い目からくる憶測と言われればそれまでではあるもののどうしても怒りが滲んでいる風に見えてしまう。

 そのまま家を出て、少し建物から離れた木々の隙間でようやくレオナは立ち止まり、こちらを見た。

 月明かりに照らされる姿はいつにも増して綺麗だなぁ、なんて場違いな感想がまず浮かんで、そのおかげで俺の中にあった自分が間違っていたのだろうか、後悔や反省をするべきなのだろうかという僅かな心のモヤは消えていく。

 真っすぐにこちらを見るレオナは何を口にするでもなく、その目が逆に『何か言わなきゃいけないことはないの?』と言外に訴えていたが、敢えて俺は沈黙を選んでいた。

 責められるのは仕方ない。

 何らかの罰を受けることになっても受け入れる。

 全部それを覚悟でやったことだ。

 だからこそ今更別の何かに責任を求めたりはしない。

 俺のせいじゃないと格好悪い口上を並べたりはしない。

 だけど死刑だけは勘弁して欲しい。

 そんな決意の多寡など知るはずのないレオナは、俺が沈黙を続けていることに業を煮やしたのかここでようやくその口を開いた。

「……話は全部聞いた」

「そうか」

「何か言いたいことは?」

「特にはないな」

「そう、だったら……こっちも言いたいこと言うのを躊躇う理由は無くなるわよ」

 徐々に、そして露骨に、険しい表情の中に怒りの色が増長していく。

 こんな時にちょいと茶化して空気を和らげたり、そもそも女の子を怒らせないように立ち回るのがモテる男ってものなのだろうか。

 そうだとしても俺はモテる男じゃないのでその疑問の答えを知らないし、知ってても実践するのは不可能である。

 だからこそ、こっちも思ったことを愚直に声にするだけだ。

「そりゃあ、やろうと思えばお前のためだとか、リリやソフィーが悲しむのを見たくないからだとか、言い訳や正当性を並べることは出来るんだろうさ。でもここに来るまでにどれだけ考えてみても、そんなのは後付けだって結論にしかならなかった。俺が気に入らなかったからだ、全部な。それ以外に俺に言えることはない」

「意味が分からないわ……一体何が気に入らないっていうのよ」

「お前が、勝手に悟ったようなツラして、全部諦めて、受け入れようとしているのがだよ!」

「そのために……そんなことのためにあれだけのことをしたってわけ?」

「そうだ。誰かのためだとか言う気はない。俺の独りよがり、自己満足、ただそれだけだ」

「その自己満足のために何をしたか分かってんの!? アメリア隊長やアンリを巻き込んで! ジャンバロック隊長や貴族に楯突いたのよ! それがどういうことか分かって言ってんでしょうね!!」

 先に冷静さを失ったのはレオナの方だった。

 詰め寄られ、力一杯に胸倉を掴まれる。

 せめてお前のためだと言ってやれれば、何かが変わったのかな。

 俺には分かんねえ。だから感情には感情で応えてやんよ。

「んなもん知るかあ!! 俺がこの世界の常識なんざ何一つ知らないのはお前も分かってんだろ!」

「例えそうだとしても、身分や立場の差を無視したらどうなるかぐらい考えたら分かるでしょうが!」

「分かったからって俺の選択は変わらねえ。逆に分かってるお前が取った選択が正解なのか!? 言われるまま人生を決められて、ここにいる連中に黙って出て行くのが正しいって言えんのかよ!?」

「そんなの……アンタに関係無いでしょ!!」

「関係無くなんてありません!!」

 静かな森の中に、続けて甲高い声が響き渡る。

 どんな叱責も誹りも受け止めるつもりでいたのは事実なれど、あまりにも一方的でただ突き放すばかりの物言いに俺まで苛立ってきてしまった。

 関係ねえことあるかと、ほとんど反射で叫びそうになったまさにその時。

 背後からの声に思わず開いた口が固まる。

 レオナも驚き目を見開いていて、一瞬遅れて振り返るとそこには声の主であるリリとついでにソフィーやマリアまでもが立っていた。

「リリ……ソフィアにマリアまで」

 予想外の展開、光景だったのか一転して絞り出したような声が零れている。

 言うまでもなく驚いたのは俺も同じ。

 それでいてこちらが声を掛ける前に真っすぐに近付いて来た膨れっ面が俺の隣で立ち止まり、レオナを見上げる。

 拗ねたりむくれたりすることは今までもそれなりにあったが、ここまで怒っているリリを見るのは初めてかもしれない。

 俺まで気圧されて口を挟めない空気だ。

「リリ……どうしてここに」

「レオナさん、レオナさんがこの一件に怒っているのは仕方ないと思います。勝手なことをしたのは事実ですから。でも悠希さん一人を責めるのは見過ごせません。わたし達全員でどうにかしなきゃって話し合って決めたことです。悠希さんはそれを行動に移してくれただけなんですから」

「…………」

「それに関してはわたしも一緒に怒られます。でも関係無いなんて仰るレオナさんは絶対に許せません。わたし達は家族じゃないんですか? 逆の立場だったら同じように考えるんですか? 関係無いって放っておくんですか? そうじゃなかったじゃないですか。いつだってわたし達のことを考えてくれていたじゃないですか。それがわたし達が大好きなレオナさんじゃないですか。わたしは普段は頼るばかりで何の取り柄もないですけど、こんな時ぐらいどうにかしたい、何か力になりたいって思っちゃいけませんか? そんな資格もありませんか? レオナさんにとって、わたし達はその程度の存在ですか?」

「それは……」

 レオナが言葉を失っている。

 なんというか、俺が言いたいこと全部代わりに言ってくれた感じだ。

 反応を、返答を待つリリと返す言葉を探すレオナ。

 再び沈黙が充満しようとする中で、次にそれを打ち消したのは以外にもマリアだった。

 ソフィーと共にリリの後ろで見守っていたマリアはペタペタペタと、足音を鳴らしながらレオナに近付いて行く。

 つーか何でお前裸足なんだよ。帰った後そのまま俺のベッドに入ろうもんならブチギレっからな。

 いや、そんなのは後でいい。

 日頃他の誰かとロクに会話もしないマリアが、今この場でどんな言葉を投げ掛けるのかと黙って視線で追ってみるも、その口から何らかの台詞が発せられることはなく。

 ただ無言のまま、レオナの脳天にチョップをお見舞いした。

 本気の一撃ではなかったものの、予想外過ぎたのはあっちも同じだったのかレオナも面食らっている。

「いたっ。ちょ、ちょっと何なのよマリア」

「レオナ……いつも皆に言ってる。勝手しちゃ駄目、皆に迷惑掛けちゃ駄目、心配掛けちゃ駄目……今回レオナが全部やってる。だから、レオナが駄目。悠希、悪くない」

「ぐ……」

 言葉選びが単純過ぎるゆえに正論過ぎたのか、レオナは言葉を失う。

 すかさずリリが追撃に出た。

「マリアさんの言う通りです。いつも皆のことを思ってくれているレオナさんが、皆に思われちゃいけない理由なんてないはずです。レオナさんが困っているなら、悲しんでいるなら、何かを諦めようとしているなら……わたし達は意地でもそれを阻止します。例えどれだけ怒られても、例え殴られても、例え嫌われてもですっ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 皆の視線がレオナに注がれる。

 同じ気持ちだという意思表示として敢えて同調したりはせずジッと言葉を待った。

 二十秒か三十秒か、双方が沈黙したまま視線を交わす時間を経て、ようやくレオナが大きな溜息を挟んで白旗を掲げる。

「はぁ……分かった、分かりました。私の負け」

「それは~、自分にも非があったと認めるということですか~?」

「そうよっ。皆まで言わなくていいでしょもう」

「まあこちらもお節介したのは同じなので責めるつもりはありませんけど~、だったら私達が欲しいのが降参の言葉じゃないって分かりますよね~」

「う~……意地悪」

「レオナさん……」

「もう、そんな目で見ないでよ! 反論できないじゃない!」

「じー……」

「分かったから! 勝手してゴメン! あとありがとう!! これでいいでしょ!」

「はい~、良く出来ました~」

 ソフィーの変わらぬほんわか具合に途端に空気が和らいでいく。

 同時にリリもソフィーもレオナに抱き付いていた。

 何か分からんけど、どうにか最悪の事態にはならなかったようだ。

 俺一人で言い合ってたらどうなっていたことやら……。

 なんて考えていると、どこか安心したような表情で抱擁を交わしていたレオナがふと俺を見た。

「今日のところは折れといてあげるけど、実際ここで終わる話じゃないんだからね? ジャンバロック隊長やバンディート伯に目を付けられたらどうなることか……」

「リリちゃんが言った通りですよ~。そうなった時はまた皆で話し合って、考えて、立ち向かえばいいんです。例え怒られても、殴られても、嫌われても、ね?」

 そんなソフィーの言葉に、逆に俺が泣きそうになった。


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