【第九十八話】 祝勝会
王都で解散したのち、二人で山程の買い物をした俺達はその足で風蓮荘へと戻った。
町中を歩いている間もまだどこか頭がふわふわしている感じだったのだけど、見慣れた森に入った辺りでやっと思考が現実に追い付き、今になって自覚出来なかった精神的な疲労が一気に押し寄せてきてなんだかもうヘトヘトである。
ぶっちゃけ今すぐベッドにダイブして眠りに就きたい。
とはいえそういうわけにもいかないだろうから俺、もうちょっと頑張る。
マリアにたらふく食わせてやるって約束したもんな。
ここでそれを反故にしようものならいよいよ俺は完全なクズだ。
つっても、やっと仮面を外した当のマリアもいつも以上にぬぼーっとしているんだけど……こいつの場合は眠いのかデフォルトなのかあんま分からん。
「帰ったぞ~」
と、挨拶というよりはもう疲れたから荷物運ぶの手伝いにきてくれ的な意味で玄関から声を張ると、すぐさま慌ただしい二つの足音が近づいてきた。
言わずもがな廊下の奥から走って来るのはリリとソフィーだ。
二人揃ってダイニングにいたっぽいことを考えると、どうやらずっと俺達の帰りを待っていたらしい。
「悠希さん!」
「マリリン」
駆け寄ってくるなり揃って抱き付いてくる二人。
逆の立場ならそりゃそうなるよなぁというのは馬鹿でも分かる理屈なので無理もない。
とはいえ興奮されても一緒に歓喜してやれる体力も残ってないのでひとまず宥めておく。
「落ち着け落ち着け、俺もマリアも無事だしちゃんと説明するから」
「ほんっとに心配してたんですからねっ」
「そうですよ~、ずっと二人で無事を祈っていたんですから~」
「それは十分理解してるよ、心配掛けて悪かったな。だけどまあ、こうして帰ってきたことで結果は察してくれ。一息吐いたら話すから取り敢えず飯にしようぜ」
「それってつまり……」
「ああ、ひとまずは解決だ。にしてもこっちも聞いて欲しい話だらけだけどな、ほら祝勝会の用意を頼む。俺とマリアは汗を流したい」
「随分とたくさんですね~」
「終わったら腹一杯飯食わせるって約束したからな。つっても肉と野菜を焼いてくうだけのことだけど、煙で充満したらまた匂いがあれだからまた外でやろうぜ」
このボロ屋、当然まともな換気口なんてない。
そのくせ夜になったら隙間風で寒い。
「ほらマリア、先に汗流して着替えてきな」
「ん……」
「ん、ってお前着替えもタオルも持たずに行く気か」
「……ん」
一応立ち止まりはしたけど、その返事はあれだな。
言われて気付いたけど部屋に取りに行くの面倒臭い的なやつだ。
「いいよ、俺が用意しとくよ」
「ん」
「ったく」
平時の会話のバリエーション少なすぎだろ。
それがマリアといえばそれまでだけど、そういう不器用というか子供っぽいところがある意味じゃこいつの魅力みたいなもんなのかね。
世話を焼きたくなるとまでは言わんけど放っておけないというか、人懐っこいからついこっちも許してしまうというか……あれだ、駄目な子ほど可愛く思えるみたいな母ちゃん的な視点?
「悠ちゃん、私達は用意しておけばいいですか~?」
「悪いが頼めるか? 道具と食器外に運んで、あと野菜を切っておいてくれると助かる。切るのはソフィー限定で」
「何故にわたしを排除しますですか!?」
「いやこの前酷かったろ」
一度申し出を受けて手伝ってもらったのだが皮も三割ぐらい残したまま切っているのか潰しているのか分からない残骸を生み出すだけで終わった。
しかも一つに五分ぐらい掛かってそれだ。リリに包丁を持たせちゃいけない。
「ほら、リリは食器と下に敷く布を運んでおいてくれ。木炭と網は俺が持っていくから」
「ぶぅ~」
「出来ないもんはしゃーないだろ、それを責めてるわけじゃないんだから。時間がある時にでも練習すりゃいいとは思うけど、今は時短優先ってことで。ほらソフィーは鳥だの犬だのの餌を用意するのに包丁ぐらい使ってるしさ」
「梟と狼ですけどね~」
「どっちでもいい」
角が生えている時点でフクロウではないし、頭が二つあったり巨大化出来る時点で狼ではなくモンスターだろうよ。
ジュラやルセリアちゃんとも別に仲が悪いわけでもないし偏見とかはないけど、棲み分けはちゃんとしてくれと言いたい。
だって王都に行ってもあんな珍獣見たことないもん。
精々人が乗れるぐらいのでっかいトカゲみたいなのとか真っ赤な毛並みの猫ぐらいなもんだ。
そりゃ魔物使いの集いなんてもんがある以上は一定数そういう存在を使役して荒事をこなす仕事をしている人間はいるんだろうけども。
んなことはさておき、二人が色々と準備を進めてくれている間に着替えとタオルを用意し、マリアを着替えさせ、自身も軽く汗を流して網やら木炭を手にこの前と同じ位置へと向かった。
そして買ったばかりの無数の一番安い骨付き肉や何本もの安い酒、両を誤魔化すために追加した野菜を広げて順に網の上へと並べていく。
「マリア、今日はほんとにありがとうな。安物で悪いけど、好きなだけ食ってくれ」
「…………」
既に良い匂いをさせている肉に釘付けのマリアに返事をする余裕はない。
涎を垂らしているだけでいつ『よし』の合図が出るのかと我慢するのに必死のようだ。
もはや生焼けでも飛び付きそうな勢いだが、最近どうにか『待て』を覚えさせた次第である。
ついでに言えば安物と繰り返してみたところで俺の懐も空っぽである。
「それで、伯爵様のお宅に行って何がどうなったんです?」
「ですです~」
ひとまず乾杯をしたところで二人は葡萄酒を一口飲んで、さっそく切り出してきた。
貴族と会うだの隊長と決闘だのというありえない展開だらけだったのだ。
そしてその上で話を付けてきたというのだから興味津々なのも当然だろう。
無事に終わって、無事に解決したからこそのテンションではあるだろうが心配を掛けたのは事実だし、皆が同じ気持ちだったからこそ協力もしてくれた。
だからこそ俺には説明の義務があるってもんだ。
「……そ、それって本当の話ですか?」
一通り屋敷での出来事、やりとりなどを説明すると、案の定二人揃って口をあんぐりしながら固まっていた。
どうにか疑問を口にするリリも苦笑いしながら冗談だと言ってくれるのを待っているかのようなリアクションだ。
「マジなんだよなぁこれが。俺だってビビったよ、この国最強の騎士をワンパンでぶっ飛ばすんだからな。何なんだマリアって、本当は人間じゃないんじゃねえの」
「悠ちゃんは、その……マリリンのことって」
「ああ、聞いてるよ」
何だっけ、メバド?
「私達もレナちゃんから聞いてはいたんですけど~……まさかそんな次元だったとは思いも寄らずと言いますか~」
「わたしもごく稀に傭兵稼業で大きな仕事を引き受けているというぐらいしか聞いていなかったもので話を聞いただけでは理解が追い付かないと言いますか」
「いや、まじで一回生で見てみ? あの大男のフルスイングをこう、片手でひょいひょいっと虫でも払うみたいに防いでさ、最後なんて余所見しながら素手で受け止めてたんだぞ? 鍛えてどうにか出来るレベルじゃねえってマジで」
「「ほえ~」」
「あの光景を見て初めて巨人倒してきたって話を納得したもん。現実味が無さ過ぎて放心したもん」
「それが家じゃこんなに無害ですものねえ……寝ている時以外は」
なるほど確かに。
隣に居るマリアは自分の話をされているのにどこ吹く風。
ひたすらに肉に食らいついている。
おい、野菜も食え野菜も。肉だけが減り続けていってんじゃねえか。
「寝ている時も最近じゃ大人しくなったけどな。俺が起こしても襲ってきたりしないし」
「それは悠希さんだからじゃないですかね。レオナさんでも襲われはしないまでもあからさまにイラっとした空気を出されるらしいですし」
「マジかよ。飯係ってのはどんだけコイツの中で大事な存在なんだ……」
「それだけじゃないかと。一番付き合いは短いのに一番懐いているじゃないですか」
「だから、飯作ってくれるからだろ? もはや保護者的な」
「そればっかりは本人がどうかですね~」
なぜかソフィーはニコニコ顔である。
逆にリリは不服そうだ。
「わたしだって悠希さんに懐いてますっ」
「それは保護者的な意味で?」
「それも込みで、ですもんっ」
「ったくお前も可愛い奴だな~、よしよし。ほら飲め飲め、あと野菜は俺達で処理するしかないから頑張って野菜食え」
「ガウッ」
リリの頭を撫でてやりつつ焼けた野菜を片っ端から自分とリリ、ソフィーの更に持って行く。
俺とソフィーとの間ではぁはぁ言ってたリンリンに早く寄越せとせっつかれた。
ちなみにポンも頭の上にいる。
マリアのみならず猛獣達にまで飯係認定されている俺って何て立派なお母さん。
若干ナメられているだけな気がしないでもないが……とか思いつつも焼く前の肉の切れ端をくれてやるのだった。
これまたちなみにジュラやらセリアちゃんは居ない。
ボンバーヘッドは町に行っているらしく、ルセリアちゃんはリリが居るので遠慮したそうだ。
この二人の関係もそろそろどうにかせんとなぁ。いや、それは今はいいとして。
「今回は頼るしかなくて甘えちゃったけど、普段のこいつはのんびり食って寝てるだけの生活をしているだけで危険も脅威もない良い奴だ。だからこそマリア、今回は本当にありがとな。何かある度にお前に頼って、お前の今の落ち着いた生活を壊したりはしないって約束するから」
「ん……別に、いい。悠希の手伝いなら、全然平気。悠希のご飯あるならどこでも生きていける」
「大好きなお布団がないと睡眠もままならないぞ?」
「じゃあ、悠希のご飯とベッドがあればいい」
「マリアさん? わたし達は?」
「そうですそうです~、私達も家族ですよ~?」
「ん……なら、悠希のご飯とベッドとシェスタとベルとレオナは必要」
「修正が多いなおい」
あんなことがあったばかりなのに、ここ最近のどこか沈んだ空気もすっかりなくなった。
皆がいつも通りに笑い合い、笑顔と萌えが溢れていた。
そんな祝勝会もあっという間に食材が胃袋に消え、酔いの回りと共に終わりを迎える。
すっかり日も暮れ、皆で後片付けを済ませるとソフィー達が風呂に入ったりしている間に一人で洗い物に勤しむ俺はやっぱりお母さん。
しっかし、明日から飯どうすっかなー。マジですっからかんなんだけど。
そう思うじゃん?
でも家賃回収日だから大丈夫なのさ!
「……あいつら金あるんだろうな」
俺が付き合っただけでもそこそこ仕事してたし大丈夫だと信じたい。
言った傍からマリアに金貸してくれと頼るのは格好悪過ぎる。あと金の貸し借りはしない主義。
そんなことを考えていると、玄関の方から扉を開く音が聞こえて来た。
どうやらレオナが帰宅したようだ。
すぐにダイニングに入ってきたレオナはどこか神妙な顔付きである。
もう今日の件がバレてんのかな……そりゃそうだよなぁ。
かといってこっちから暴露するのも変かなと、ひとまず何気なく挨拶をしてみる。
「よう、お帰り」
「悠希、話があるから外に来なさい」
どうやら、もう一波乱ありそうだ。