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【第九十五話】 ヘンリー・ジャンバロック


 マリアが寝息を立てているせいで神妙な空気がどこか『やっぱり無謀だったのかもしれない』的な微妙な雰囲気になりつつある中。

 それでも俺達を乗せた馬車は滞りなく走り、やがて昨日来たばかりの貴族様の屋敷へと到着した。

 寛大な姫様だから(若干苦笑いで)許してくれたものの、アンによるとこれが公の場だったら不敬罪まであり得るレベルの愚挙らしい。

 そのアンは早く起こせと俺にせっついて来たが、最終的には俺達プラスレオナの人生を左右しかねない決闘を控えているんだからと説得し渋々引き下がってもらった次第だ。

 今のうちに体力や気力を補充しておけるならそれに越したことはないと思っているのは本当だし、何なら俺が起こそうとする分にはいいけど、匂いを記憶されていないアンがマリアの睡眠を妨げると最悪串刺しにされる可能性があるので止めるのが大変だったさ。

 当人は『なにワケ分かんないこと言ってんの?』と真に受けてはいなかったが……実際に俺が風蓮荘に来る前にあった事例だからね?

 さておき、入り口に立つ衛兵みたいな奴の許可を得て門が開かれると例によって名前も知らないメイドさんの操縦する馬車で敷地内に入り、そこでようやく停車する。

 ふぅ、と。

 緊張から大きく息を吐くタイミングがアンとかぶった。

 メイドさんによって扉が開かれると、起こしたばかりのマリアと共に外へ出る。

 昨日今日で身に付いた意識せずとも姫様の手を取る従僕っぷりも忘れない。

 そうして降り立ったのは屋敷の玄関前。

 そこには既に例の貴族と馬鹿息子、そして見知らぬ一人のおっさんが待っていた。

 察するにあれが何とか隊長なのだろう。

 身長は百八十ぐらいあり全体的にがっちりしているが、ゴリラ隊長みたいなムキムキのパワー全振りみたいな筋肉質というよりは洗練され磨き上げられた肉体という感じだろうか。

 鼻の下と顎に黒ひげを蓄え、渋い顔に似付かわしい如何にも厳格そうな鋭い目付きでこちらを見ている。

 値踏みするように見下ろすその目は冷たく、姫様とアンは別だろうが俺やマリアになど何の価値も見出していないことがヒシヒシと伝わってきていて、事前に積もった印象のせいというのもあるにしても十二分に冷酷な人間性を感じさせた。

 もう絶対冗談とか通じなさそうなタイプ。

 ここでチャラけたら躊躇も遠慮もなくブン殴られそうだもん。

 仮に『人生で一度も笑ったことがありません』とか言われても普通に受け入れられそう。

 背中にはマリアの程ではないがやや大振りな剣が見えている。

 そして隊長の証である白い軍服に両腕の肘から先、両足の膝から下、そして胸部と胴に黒い鎧を纏っており、初対面であっても【猛者】とか【歴戦の勇士】とかいう言葉が異様なまでに似合う強者感にもうまともに目を合わせるのも怖い。

 つーか……あちらさんフル装備なんですけど?

 マリア見てみ?

 完全に生身だぞ?

 何なら戦士っぽいデザインと意匠の服装ってだけで素肌晒しまくりだけど?

 二人が並んだ姿を想像すると生物としての優劣が明確過ぎるだろこれ。

 世の摂理として抗っちゃ駄目なレベルの差があるだろこれ。

 その醸し出す強者感丸出しの存在感ゆえか、元々の人間性を知っているがゆえか、初対面ではないアンですらも緊張の面持ちである。

 では当事者であるマリアはどうかと視線だけを横に向けてみると、ゆらゆらと首が微妙に前後運動をしていた。

 こいつ……立ったまま寝そうになってんじゃねえか。

 なんでこの状況で睡魔が勝つの?

 今からこいつと決闘するんだぞ?

 まあ普段はまだ寝てる時間だもんね。

 俺が起こしちゃったんだもんね、仕方ないよね。

 とはならんだろさすがの俺でも!

 やっぱお前、腹減ったと眠い以外の感情や欲求どっかに忘れてきてるって!

 と、俺のみならずアンもドン引きしている中。あっちの三人が同時に膝を折り跪いた。

「ごきげんようバンディート伯、ジャンバロック隊長」

「王女殿下、まさかこのような戯れの場にお越しになられるとは。陛下はご存知なので?」

 敬服の姿勢こそ見せてはいるが、やっぱり声もイメージ通り渋く、冷たい。

 ちなみに姫様から名前も挙がらなかった息子は俯くことで隠しているつもりなのだろうが、大層気に入らなそうに表情を歪めている。

「こちらに参った目的までは伝えていませんが、わたくしがわたくしの意思で外出していることは当然お伝えしていますよ」

 どうぞお立ちになってください。

 と、姫様が付け加えたところで三人が立ち上がる。

 その言葉通り、道中で聞いた話では決闘の件はまだ王様には知らせていないらしい。

 最初からそうしない代わりに条件を飲ませたので当然ではあるが、だからといって姫様が外出していることを知らないはずはない。

 王族の一人娘ともなれば城内では常に居場所を把握されているし、外出しようものなら即座に伝わるようになっているとこのことだ。

 というか、それ以前に城を出る前に直接会ったらしい。

 今までの生活において二日続けて出掛けるなんてことは無かったらしく、怪しまれてはいないまでも珍しがられたのだとか。

 そこはアンが上手く誤魔化したらしいが、アンが同行するならと簡単に許されるあたりやっぱこいつも大したもんだ。

「王女殿下、あちらに」

 貴族のおっさんが手を向ける先はこれから決闘が行われるのであろう広い中庭だ。

 その一角に椅子が二つとパラソルみたいな日よけが用意されている。

 この国の王女に立って見物してろとは言えんわな。当然の配慮か。

 惜しむらくは人数分用意されていないところだが……こればかりはおっさんの嫌味というわけでもないだろう。

 下々の者が王族と同じ目線、立場で過ごせるはずもない。王制にに限らず君主制の国なんてのはそういうもんだ。

「感謝致します。さっそく始めるのですか?」

「こちらは問題ございませぬ」

 緑の芝生が広がる大きな庭を歩く。

 その返答を受け、姫様が俺に視線を向けた。

 勝手に了承せずに俺などに意思の確認をしてくれるあたり、本当に良い人だ。

「マリア、どうだ?」

「……ん?」

「決闘をすぐに始めるかって話だよ。心の準備とか、体を温める時間が必要なら言ってくれ」

「ん……だいじょう、ぶ」

 本当にそう思っているのだろうか。

 そもそも今から決闘すること自体まだ分かってないんじゃないかとすら思えてくる不安な返事ではあるが、ここまで来て引き返す道は無い。

 大丈夫らしいっす。

 という意味を込めて姫様へ無言の頷きで返すと、そのまま何とか隊長に視線の向きを変えた。

「ジャンバロック隊長、こちらは……」

「王女殿下、僭越ながら。決闘などと大仰に銘打ってはおりますが、私にしてみれば職務の前に取るに足らぬ雑事。路傍の小石がどのような形であるかを覚える意味もなければその内の一つに名が付いているなどと滑稽な認識をする趣味もございませぬ」

「そう、ですか」

 嘲笑混じりの顔に姫様も何も言えない。

 怯んだだとか委縮したというわけではないと思うが……どちらかと言えば言葉で何を言っても無駄だと悟った感じだろうか。

 要するに、どこの馬の骨とも知れない輩の名前など聞く必要もなければ覚えておくつもりもない、と。

 やっぱ嫌な野郎だなこのジジイ。

 こっちが喧嘩売ったみたいな立場かもしれんけど、馬鹿息子と同様で人を見下してる感じが腹立つわ。

「ジャンバロック隊長、少々無礼が過ぎるのでは?」

 そんな姫様の態度に横から口を挟んだのはアンだ。

 やはり客観的に見ても度が過ぎてはいるらしい。

 それが許される、或いは大目に見て貰えるだけの立場と肩書、実績や貢献があったことは俺にだって分かるけどさ。

「そちらには敵いますまいアイギス殿。貴族の婚姻に口を挟み、あまつさえ王女殿下まで巻き込むとは。陛下が知ればどうお考えになるか」

「ぐ……」

「私も卿も暇な身分ではない。すぐに始めるとしよう」

 貴族のおっさんと姫様が端っこにある椅子へと腰を下ろすと、何とか隊長は言葉に詰まるアンを一瞥してさっさとその場を離れて行ってしまった。

 やっぱり俺とアン、息子は立ったままだ。

「伯爵。取り決めの件、お忘れなきよう」

「は。それでは決闘を始める、立会人は見ての通り王女殿下に務めていただく。双方、不必要かつ無意味な殺傷は禁ずる。加えてどちらかが戦闘不能になるか私、または悠希少年が降参を宣言すればその時点で勝敗は決する、以上が取り決めである。背くことあらば法の沙汰が下されることも大いにあり得ると認識しておくように。戦士の誇りと矜持を懸けた決闘だ。神前の誓いに則りその名に恥じぬ戦いぶりを示さんことを!」

 隊長が剣を抜き、向かい合うようにその正面にマリアが立ったところで決闘の開始が宣言された。


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