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【第九十四話】 託す者、不安な者、そして眠る者



 そうして森を出た俺とマリアは二人で王都を歩いていた。

 思い返せばマリアと二人で町を歩くのなんてあのなんとかって花を取りに行く時以来じゃなかろうか。

 いや……二人でとかの前にこいつその日から一回でも外出したか?

 精々庭に連れ出して皆で飯食った時ぐらいじゃねえの?

 こ、この引き籠りニートが……なんでそんな奴が一番強くて一番金持ってんだよ。

 と言いたいのは山々で海々なのだが、今日のところは勘弁してやらあ。

 そんなニートに全力で頼っている状況だからな、ぶっちゃけ強く言えない。

「じー……」

 マリアは俺の横を歩きながら露店の肉串に釘付けになっている。

 基本的にこちらから話し掛けないとだんまりであったが、今に限っていえばひたすらに食い物に目移りしているだけだ。

 何なら涎まで垂らしてるんだけど。

 さっきたらふく朝飯食ったろうに。

 なんでもう腹減ってんだ……一日の半分は寝てるのに、燃費悪過ぎるだろお前。

「ほらほら、帰りに好きなだけ……は懐が涙目になりそうだから約束は出来ないけど、極力は買ってやるから後にしてくれ」

「ん……我慢、する。でも、悠希のご飯の方が……いい」

「分かった、それなら約束してやる。何がいい?」

「……アーメン」

「アーメン?」

 何それ、神様への祈り?

 それともラーメン?

 ああ、ラーメン食いてえなぁ……カップのでもいいから。

「あのご飯焼いて作る、卵のやつ」

「チャーハンな、もはや原型ねえぞそれ。ほら、ちょいと急ぐとしよう」

 それでも名残惜しそうに肉の焼ける匂いに釣られているマリアの手を引き、待ち合わせ場所に引っ張っていく。

 前にも言った気がしないでもないが、でっかい剣を背に負っていても珍妙な仮面を着けていてもこの世界じゃ特に好奇の目に晒されることもない。

 その程度の個性は王都を歩けばそこそこ見掛けるし、所謂リリやソフィーと同じフリーワーカーってやつだと誰もが認識しているからだ。

 犯罪歴とかがあればそもそも王都に入る前に検問所で捕まるらしいので一般市民も怖がったり警戒したりということがないってことなんだと。

 そういう仕事が当たり前に存在するからこそなのだろうけど、日本でナイフやら拳銃片手に町中歩いている奴が居たら即通報だもんなぁ。

 それもこれも犯罪の多くが問答無用で投獄や斬首みたいな世界だからこそ安易に法を犯す人間が出てこないって理屈なのだと教えて貰ったっけか。

 そう考えると人を殺しても数年で自由になる現代社会と比べてどちらが安寧をもたらしてくれるのやら。

 人権とか平等とかうっせーからな今の世界って。そのくせ戦争とか平気でしやがるしよ。

 偉い人間の考えることはよく分からん。

「あ」

 やがて目的の噴水が目に入る位置にまでやって来ると、そこには既に馬車が停まっていた。

 近付いて行くと扉が開き、昨日と同じくアンが下りてくる。

 仕事中でもないのにやっぱりメイド服だ。一度ぐらい私服姿が見てみたい。

「ちゃんと来たのね、多かれ少なかれ逃げ出す可能性もあるんじゃないかと思ってたけど」

「んなわけないだろ。俺が投げ出してどうすんだ」

「ならいいけど。で、それは何?」

 誰? ではなく何? って言ったよこいつ。

 すんげぇ胡散臭い物を見る目してるし。

「昨日言ってた俺の身内みたいなもんだ。言っとくけど馬鹿みてえに強いからな、その何とか隊長と比べてって意味ならちょっと分かんないけど」

「いつ名前覚えんのよアンタ……ていうか、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「そりゃ俺にだってはっきり断言するのは難しいけど、でも……」

「そういう意味じゃない。姫様(、、)の前に連れて行って大丈夫なのかって意味」

「は? んなの大丈夫に決まってんだろ、こいつを何だと思ってんだ」

「あのねぇ、あんたは謎の立ち位置を確立しつつあるから分かってないかもしれないけど、本来なら姫様と同じ馬車に乗るだなんてどんな大貴族がどれだけお金を積んでも許されないことなのよ?」

「あぁ……そういう。まあ王女っていうか、王族だもんなぁ。普通はそういうもんなのか」

「直接危害を加えなくとも例え髪の毛一本だって無許可で触れたらそいつとあんたは間違いなく投獄、私だって職を失う可能性がある。そういうレベルの話なんだからね?」

「マジでか。俺普通に手を取ったりしてたけど」

 何なら一緒にお風呂入ったけど?

「ほんとワケ分かんない奴よねあんたって。陛下も含め隊長達ですら世間知らずな子供なんだろう、ぐらいにしか思ってなさそうだし。まあいいわ、どうあれその人に賭けるしかないもんね……はぁ」

「それは一体何の溜め息なんだ」

「不安に決まってるでしょ」

「ならお前に別のアテがあったのかよ……」

「う、そりゃジャンバロック隊長より強い人を用意するなんて無理だけど……」

「つーか、そういう話をするならお前でも勝てないのか?」

「百回やっても千回やっても無理でしょうよ。私は守りの専門みたいなとこあるし」

「でも、ナイフとか吹き矢とか持ってんじゃん」

「時間稼ぎや足止めがメインよあんなの。一対一ならまだしも、あれだけじゃ盗賊の集団だってまともに倒せるかどうか」

「そっか、それなら仕方ないわな。そうでなくともお前に決闘してこいとは言えんけど」

「あんたの判断と自信に委ねるしかないってことね。ほら乗った乗った」

 トンと背中を押され、俺とマリアは馬車へと乗り込んだ。

 例によって中には姫様が上品な佇まいで両膝を揃えて座っている。

「おはようございますプリンセス」

「おはようございます悠希様、そちらは?」

「うちの用心棒でマリアっす。今日の決闘のために来てもらった次第で……強さは常人のそれを超えていると思ってはいるんですけど、万が一にも死んだり大怪我したりさせたくないのでどうか相手側が無茶をしないように目を光らせていてくださることを切に願ってます。情けないですけど、姫様やこいつに頼ることしか今の俺には出来ないので」

 どうかと、深く頭を下げる。

 こうなった以上、俺に出来ることなど祈るぐらいしかない。

「頭をお上げください悠希様。これでも王族の端くれでございます、この名に懸けて無法な真似はさせませんわ」

「ありがとうございます」

 もう一度軽く頭を下げている間に馬車は走り始める。

 あとは到着まで緊張状態に耐えるばかりだが、少しでも出来ることはやっておかなければ。

「アン、その何とか隊長っていうのはどういうタイプの人間なんだ? 性格だったり戦い方だったりって意味で」

「性格は……言いたくはないけど唯我独尊ってタイプね。自分の強さに絶対的な自信を持っていて、ゆえに己の正義こそが正しいと疑っていない、そういう方よ。戦法で言えば力で捻じ伏せて、正面から叩き潰して、力量差を相手にも周囲にも知らしめる、そんな戦い方を好んでいると思う。なぜなら剣術とパワーで右に出る者がいないから」

「パワーか……腕力や体格が左右するとしたら男女の差でやっぱり不利か? でもこいつだって巨人とか倒すんだけど」

「……は? 巨人?」

「ちょっと前に仕事で倒してきたらしいぞ? 俺が直接この目で見たってわけじゃないんだけど」

「嘘くさ……」

 ああ、またアンが胡散臭く思っているのを隠そうともしない冷たい目に。

 いや、そんなん嘘吐いても仕方ないよな?

 あの時なんか返り血塗れで帰って来たもんな?

「そう疑うなってば。な、マリア? あれってほんとだよな?」

「……Zzz」

「この一大事に、しかも姫様の前で平気で寝てんじゃねえ……」

「ねえ……本当に大丈夫なの?」

「俺も不安になってきたところだ……」

 それでも俺達はマリアに全てを託すしかない。

 ニートだからこそ、やれば出来る子なんだよきっと。


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