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【第九十一話】 締結

 


「決闘だ!」


 馬鹿息子の大きな声が響き渡ると、室内は一瞬時が止まったかのような沈黙に包まれた。

 どこの馬の骨かも分からない俺みたいなザ平民がいきなりやってきて婚約解消を迫っているのだから当然なのかもしれないけど、見るからに表情は怒りに満ち溢れている。

 何を言い出すんだこいつは? と思いの外冷静な俺を除けば全員が揃って面食らった顔で固まっており、その静寂を最初に破ったのはアンだった。

「ご子息様、どうかご冷静に。我々はあくまで話し合いに参ったのであって、事を荒立てるつもりは……」

「いいや、この下民は伯爵家跡取りの俺に楯突いたんだ。あんたが何者だろうと、例え王女殿下であろうと撤回を強いることは出来ないはずだ!」

「何だぁお坊ちゃんよ、あんたが自分で喧嘩しようってのか? 表出ろってか? やってやんよ、おお?」

 イラついているのは俺とて同じ。

 見るからに生まれ持った権利を振り翳して好き勝手に生きて来たクソ野郎……という印象は少々妬みも混じっているのだろうが、その人を見下し自分が特別な存在であり思い通りになって当然という生き方や性格自体は誰がどう見ても鼻に付くし、そもそも人を舐め腐った態度を冷静に受け流せるほど俺も大人ではない。

 結論、相手が誰であれムカつくもんはムカつく。

 大体こんな細身の奴に殴り合いが出来んのかって話だよ。曲がりなりにも体育会系で日々肉体労働に勤しんでいる俺に比べたら筋肉も無いし、普通に勝てそうだぞ。

 格闘技とかやってる奴だったら即決で逃げるけど……この世界に格闘技ってあんの?

「悠希は黙っていなさい!」

 何故か挑発に乗って立ち上がる俺をアンの腕が抑え付けた。

 え? 俺が怒られんの?

 きっかけはどうあれ喧嘩腰できたの向こうだぜ?

「今更何を宣おうとも手遅れだ、お前は確かに受諾した。それはつまり決闘の勝敗に結論が委ねられるということだ!」

「何でそんなにイキがれるのかは知らんが、お前が喧嘩すんのか?」

「馬鹿め、伯爵家の跡取りである俺がそんな野蛮な真似をするわけがないだろう。当然代理を立てる。父上、ジャンバロック殿に連絡を」

「ケイン、少し落ち着かぬか」

「俺は落ち着いていますよ。頭にあるのはこの家に生まれた者としての責務を果たすことだけです、下々にナメた態度を許せば領地を守っていくことなんて出来ないと理解した上でね!」

「はあ……」

 伯爵のおっさんは深い溜め息と共にやれやれと首を振った。

 こうなってはもう何を言っても駄目だ、と思っていそうな雰囲気丸出しである。

 ちなみにこちら側で言えばアンも頭を抱えているのだが、要するに喧嘩で決めようってことだろ?

 俺が貴族様に殴り掛かったら死刑にでもなるんだろうし、相手がオッケーしてくれたってことはむしろ好転なんじゃねえの?

 いや、その代理を呼んでくるってのはだいぶ話が違うって俺でも分かるけども。

「どうしたんだよアン。そんな絶望感に満ち溢れちゃって」

「あんたねぇ……決闘ってのがどういうものか分かってんの?」

「いや、知らんけども」

 そういえば日本でも決闘って犯罪になるんじゃなかったっけ?

 決闘罪みたいな。

「決闘っていうのは騎士や傭兵が手柄や褒賞の取り分なんかで揉めた時なんかに話し合いで決めらないなら腕っぷしで決めようじゃないかっていう内輪揉めの延長で出来た風習なの。要するに、いくら喧嘩になったからって知らない所で好き勝手に殺し合いなんかされたら管理、雇用している側にしてみればたまったもんじゃないってことで定められたルールに従い、立会人を設けた上でやりなさいって制度なわけ。その後に遺恨を残さない、逆恨みや報復をしない、っていう宣誓をすることが義務付けられてはいるけど、どちらが正しいかなんて関係無く勝った方の主張が通るという結論の出し方が疑問視されるのも当然の帰結で、言ってみれば今では廃れた古き時代の風習よ」

「ほ~ん」

 なるほど、よく分からん。

「メイドの言う通り、既に廃れた習わしではあるが完全に無くなったわけでも禁止されているわけでもない。つまり俺が申し込み、お前が受けた、その事実があれば決闘は成立する。そしてもう一つ無知なお前に絶望的な事実を教えてやろう」

「お、おう……」

 まだあんの?

 ぶっちゃけ既に軽はずみに不味いことしちゃったんじゃね? 感でいっぱなんだが。

「決闘自体は禁止されていなくとも騎士団員同士の決闘は禁止されている。俺がジャンバロック殿を代理に立てる以上お前はレオナ・ロックシーラやアメリア・ジャックテールに助力を乞うことは出来ないということだ」

「マジかよ! それズルくねえ!?」

「何がズルいものか、俺は自分の持つ最高のカードを切っただけに過ぎない。他にアテが無ければお前が自分でその場に立つんだな」

「口と態度は偉そうなクセして卑怯な奴め、それただの早い者勝ち理論じゃねえか。アン……俺そのジャン何とかって隊長に勝てるかな」

「勝てるわけないでしょ、王国最強騎士よ!? 指一本で殺されるっての!」

「まじか……どうしよう」

 レオナは当事者だから最初から除外としても、いざという時のアメリアさんが封じられてしまった。

 いや、そうでなくとも相手が国で一番ならヤベえのかもしれないけども。

 フィーナさん亡き今、それ以外に強くて助けてくれそうな知り合いなんて我が家のボンクラ共以外にあるはずもない。

 ああ、関りがあるってだけで言えばハンター・バンダーぐらいか?

 あいつもかなり熟練の部類ではあるんだろうが……俺の頼みを聞いてくれるかと言えば怪しいし、そもそもあいつがどこにいるかなんて知らん。

 となると我が家の穀潰しに頼るしかないわけだけど……リリは喧嘩なんて出来ないだろうし、自称魔法使いなだけでただの一般人なので即決で除外だろ?

 珍獣達を駆使していいならソフィーはありかもしれんが、タイマンで決めるっつってんのに頭数揃える作戦なんて許されるとは思えない。

 何ならジュラや巨大化した時のリンリン単体に頼みたいところなんだけど、決闘だ! つって見守る前で人と狼が向かい合っている絵面はさすがに残念過ぎる。

 となると頼れるのはマリア一択か。

 どのみち我が家で一番強いのはあいつだしな。

 頼る度に危ないことばかりさせるのは気が進まないんだが、マリアにとってもレオナは家族なんだ。

 ここは俺が地に頭を擦り付けてでも頼むしかねえか……。

「精々無駄な足掻きのために奔走するがいい。時間は明日のこの時間、場所はこの屋敷の庭だ。異存はないな!?」

 もう勝った気満々なのか、馬鹿息子は挑発的で嗜虐的な笑みで俺を指差している。

 そりゃ国家最強と呼ばれる騎士を呼んでこれるならそうなるよね……こんなん予定に無かったよ?

「……異存があってもどうしようもないんだろ?」

「問うまでも無い。丁度ここに居られるのだ、立会人は王女殿下にお頼みするとしよう」

 気が大きくなったのか態度までデカいドラ息子は姫様の前で跪いた。

 まるで自分をイケメン王子様とでも思っていそうなイラつく振る舞いである。

 しかしながら姫様はそんなお坊ちゃんには目もくれず、父親の方に向き直った。

「バンディート伯、一つ提案がございます」

「ははっ」

「確かにわたくしの一存で私的な決闘を取りやめよと命じる権限はありません。ですがこの二人はわたくしにとって大事な家族であり友人でございますゆえ、その身を案じる権利は持ち合わせているつもりでございますわ」

「は、はぁ……」

「何よりも聖騎士団の隊長を巻き込んだ時点で単なる私闘で片が付く問題でなくなっていることも事実。ましてや命のやり取りとなる可能性があるのであれば尚更に。場合によっては父上に報告することも考えねばなりません」

「そ、それは重々承知してございます……どうかよしなに」

 何かおっさんが気まずそうな顔をしている。

 なるほど、国王にチクられたら『お前何やってんの?』って話になるだろうし、貴族様の名に傷が付くってわけか。

 家名や格式が全てみたいな世の中だからこそ権力を維持するためにも悪評を立てるわけにはいかないってことなのだろうが、日本の政治家みたいなもんか。

「なのでこれ以上大事にせぬためにも提案を受けていただきたいのです。立ち合いは引き受けましょう、代わりに決闘の条件に故意に、或いは不必要に命を奪うことを禁じる条文を加えていただきたいのです」

「このカイエン=マーシュ・フォン・バンディート、御下命に従います」

 チクらないでやるから条件を飲めという遠回しな通告に対し、親父は深々と頭を下げる。

 この姫様……普段は世間知らずで箱入り娘っぽいのに、何だかんだ言っても王家の一員なんだなぁ。

 と、当事者である俺は明日ここで決闘という無理難題に向かうのが嫌で現実逃避をしながらしみじみと二人の姿を眺めていた。


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