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【第九十話】 ご対面

 


 どうせ似合ってもいない偉そうな衣装に着替えてからかれこれ二時間程だろうか。

 ようやく目的地である何とか伯爵の屋敷に到着した。

 王都を離れる必要があるとはいえこの国ではトップクラスに偉い貴族様とあって王都を中心とした王領から大きく離れた領地というわけではないためそう時間はかかっていない。

 しかしまあ、何と立派なお屋敷だろうか。

 フィーナさんの家も豪邸だったけど、それよりも更に広い。

 そりゃ資産的な差というよりは単に雇っている人員の差だったり人を招く必要性や頻度、あとは対外的な見栄というか威厳を示す意味も込められてはいるのだろうが、庭の広さだけでサッカーとか出来るレベル。

 馬車が入り口の傍で停車し、当然のように姫様の手を取って降車の補助をしつつ三人で降り立つと、目の前には門番らしき武器を持った男達のみならずタキシードみたいな服の執事っぽいおっさんがいて、揃ってこちらに深々と頭を下げた。

 その対応を見るに、予め出迎えを指示されていたとみていいだろう。

 とういか、最初は一礼だったのに姫様の存在に気付くなり全員が揃って『お、王女殿下!?』と慌てて跪いている。

「事前に話が通っているかと思いますが、バンディート伯に御目通りを願いたくやってまいりました。お取次ぎ願いますでしょうか」

 いちいち動揺するのは勿論俺一人。

 アンは特別なことではないとばかりに普通にその上から声を掛けた。

「無論でございます。案内を仰せつかっておりますので、どうぞ中へ」

 二人の執事のうちの一人、初老のおっさんは立ち上がるとすぐに門を開かせた。

 そしてもう片方が先に中へと走っていく。

 もうこの時点で作法とかマナーとか何も分からん俺は黙っているしかない。

 そんなわけでアンが一言お礼を告げ、初老のおっさんに続いて広い敷地内へと足を踏み入れることとなった。

 つーか王宮も大概広大な敷地と庭があるけど、ここもここで馬鹿みたいにでけえ。

 いや、外から見て分かっちゃいたけど実際に中に入ってみるとやっぱおかしいよ。

 門を潜ってから建物に辿り着くまでに俺ん家から近くのコンビニぐらいまでの距離あるもん。

 逆にタイパ悪いだろこれ、何で自分の家に到着してから更に時間と労力の消費を強要されるんだよ。

「ようこそお越しくださいました。よもやアイギス殿のみならず王女殿下までおられるとは」

 通された応接間らしき部屋に入ると、ソファーに座っていた例の何とか伯爵? と思しき恰幅の良いハゲたおっさんが立ち上がり、出迎えの挨拶と共にやはり跪いた。

 伯爵ってのは貴族の中でもだいぶ偉いんだろ?

 いや一番偉いのは王族なんだから当然かもしれんけども、姫様ですら『ご無沙汰しておりますバンディート卿』とか言っているあたりその王族とも顔を合わせることが出来る地位であるというのは少なくとも間違いないらしい。

 何という場違いな俺!

 なんてドン引きしている間に着席を促され、小太りのおっさんと俺達三人が向かい合う。

 すぐに複数のメイドさんが紅茶と茶菓子を運び入れ、話が始まるっぽい空気になった。

 これは余談だけど、ティーカップとかもすげえ高そう。

 これ一個売るだけでマリアを除く風蓮荘一家の全財産軽く超える気がする。

 あと茶菓子もなんか豪華だし。

 町中で見掛けても高くて手を出す気にならなかったレモンやアーモンドのケーキに類似しているあたりそれ系の何かなのだろう。

 それはそうと、面を食らっているからといって委縮しているつもりは一切ない。

 何なら開口一番罵詈雑言を添えた文句を思う存分ぶつけてやる気満々だったんだけど、アンに釘を刺されているため黙っているだけだ。

 曰く『あんた無礼な態度しか取れないから話は私がする』とのことだったのだが、意外にも最初に口を開いたのは姫様だった。

 アンがそれまで切り出さなかったあたり一番偉い人から発言する決まりみたいなものがあるのかもしれない。勝手な想像だけども。

「突然押しかけた無礼をお許しくださいバンディート卿。この二人はわたくしの大切な友人でありますゆえ、少々お話を聞いていただきたく勝手ながら同席させていただきました」

「とんでもない、王女殿下に訪ねて来ていただけるなどとこの上ない誉れでございますとも。して、愚息のことで話があると伺ったのですが」

「その件はこの場を設けてもらうようお願いした私と横に居る男からの要件になりますので僭越ながら私から。率直に申し上げます。ご子息の婚姻を取り下げていただきたくお願いに参りました」

「なるほど……そういった要件でしたか。理由をお聞かせいただいても?」

 このおっさん、いきなり突っぱねたり怒ったり、ましてや心外だと非難したりしないだけちょっとはまともな人間らしい。

 それすらも姫様がいるから猫被ってるだけなのだとしたら大した役者だが……。

「では順を追って」

 と、黙っている代わりにハゲを分析していると横でアンが説明を始める。

 騎士団における立場上ジャンバロック隊長に迫られ拒否できなかったこと。

 本人にその気はないこと。

 本来の婚約者がいること。

 それらを話を拗らせないように言葉を選びつつ、譲歩や再考の余地ありと思わせられる感じの言い回しでだ。

 ちなみに最後のは最もらしく、相手も納得のいく理由を用意するべく馬車の中で決めた嘘の設定で、俺はその婚約者役としてここに座っている。

 本人が嫌がっている、なんて理由だけでは相手の面子を潰すことになるからだ。

「そういう事情であれば……やむを得ないでしょうな。当人の気持ちを無視するわけにもきませぬ、というのは勿論のこと王女殿下の御友人を望まぬ道に進ませるわけにはいきますまい」

 おお、なかなか話が分かるじゃねえかこの小太り。

 全く俺の出る幕ないというか、アンに紹介されて会釈した以外に発言の一つすらなかったけど。

「ちょっと待てぇい!!」

 不意に、扉を乱暴に開く大きな音が響き渡った。

 必然全員の視線がその方向に向く。

 中に入ってきたのは茶髪でピアスが光るいかにもチャラいヤンキー崩れな感じの自分で俺かっこいいみたいに思っていそうないけ好かない風体のガキだ。

 いやガキと言っても歳はそんな変わらんだろうけど。

「これケイン、王女殿下の御前だぞ。呼んでもおらぬお前の入室を許可した覚えはない、出て行きなさい」

「いーや出て行かねえ。黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、いくら王女様だっても他人の、ましてはこの伯爵家の婚約に口を挟む権利があるとは思えねえな」

「ケイン、無礼は許さぬぞ!」

「落ち着けよ親父、よく考えてみてくれよ? 無礼はこの連中だろう。仮にも王族派閥の第一席にいるバンディート家の長男である俺の決めた婚約を取り消せと抜かしてんだぜ? それもこんな貧乏人丸出しのド平民が、自分の女だから返せだと? 寝言も大概にしろよダサ男」

「あ? なんだとお坊ちゃん、生まれ持った身分や家柄を盾にしねえと何も出来ねえヘタレに馬鹿にされる筋合いねえんだよ」

「悠希っ!」

 あまりにストレートな侮辱と差別意識に瞬時にあっさりと我慢も限界を迎えて立ち上がる俺の腕をアンが引く。

 言いたいことは分かるさ、こんなところで売り言葉に買い言葉で喧嘩しちゃおうものならただでは済まないって話だろ?

 だけどな、俺もいい加減収まりが付かん。

 そもそもアンは実は婚約者がいたって言っただけで俺とは言ってねえよ。ここに同席している以上そう思われるのはしゃーねえけど、人違いだったらその態度だけで訴訟沙汰だぞてめえ。

「そりゃテメエの話か? わざわざ王女殿下まで連れて、権力を盾にしてんのはどっちだ」

「お前だよチンピラ崩れ、偉そうな肩書を翳して威張り腐ったところで何とか隊長の圧力を利用しないと女一人口説けない情けない野郎になんざレオナをやれるか! レオナは俺の嫁だ!!!」

 怒りに震える貴族の姿を見て初めて、感情に身を任せていたことを自覚する。

 同時にどうせそう思われてるならそういうことにしといてやれ、そっちの方がこっちも言いたいこと言いやすいいぜ! と開き直っていた。

 とはいえ次の瞬間には『やべ、調子に乗り過ぎた?』と後悔するも時既に遅く、俯いていた顔を上げたお坊ちゃんは怒りに満ちた表情で俺を真っすぐと指差した。


「いいだろう下等な平民よ……お前の売った喧嘩、買ってやる。決闘だ!」 


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