【第八話】 カルネッタ
1/10 台詞部分以外の「」を『』に統一
リリに加え、マリアとソフィーという二人の住人との顔合わせが終わってから少しした頃。
俺はオンボロアパート、その名も風蓮荘を出て外へと繰り出していた。
ソフィーの珍獣部屋から出ておよそ三十分ぐらいだろうか。
どうしても曖昧な表現になってしまうのはスマフォが時間を表示してくれないせいだ。
電波時計という表現が正しいのかどうかはよく知らないが、電波を受信出来ないのだから当然といえば当然か。
ではなぜ昼寝を断念して外出に踏み切ったのかというと、例のカルネッタなる町に行くためである。
数日か、一週間か、考えたくはないがそれ以上か。
いずれにしても今日明日では終わらない滞在期間となる可能性が激高なのだ。
ポケットに入ってた携帯以外に何も持っておらず、手ぶら状態では生活もままならないだろうということで生活必需品的な物を買い集める必要があったというわけだ。
差し当たっては着替えや衛生用品がメインといったところか。
欲を言えば携帯のバッテリーをどうにかするための何かも欲しいところだが、さすがにそれは高望みしすぎなのだろう。
ストラップ型のクルクル巻になっている充電器は携帯にぶら下がっているものの、電気がないこの国にはコンセントもUSBも存在しないんだもの……。
「悠ちゃん、見えてきましたよ~」
森の出口が見え始めた頃、隣を歩くソフィーが相変わらずのほほんとした口調で俺の肩をちょいちょいと叩いた。
いくら近場とはいえ、さすがに右も左も分からないどころか文化も風習も常識や認識、考え方の相違すらも分からないのだ。
一人で出歩くのはまだ早いということで同行を頼んだ次第である。
最初はリリに頼んだりもしたのだが『丁度わたしも買う物がありますし案内は私がしますので一緒に行きましょ~』と名乗り出てくれたソフィーにお願いすることにした。まあ、何から何までリリに面倒を掛けるのも心苦しいかな、なんて考えもあったりしたし。
とはいえソフィーと二人きりというわけではない。
そのソフィーの向こうには自称蛇女のお姉さんことジュラが歩いているし、どういうわけか俺の頭の上には角付きフクロウのポンが乗っていた。
フクロウってのは夜行性のはずなのに自発的に買い物に付き合おうとするとかアグレッシブな奴過ぎる。
「これがカルネッタ、か」
思わず言葉が漏れる。
目の前にあるのは『町』というよりは『村』と表現した方がしっくりくるのではないかという小さく、人口がそう多くはないであろうことが見た目に分かる光景だ。
家屋もまばらだし、木造の建物ばかりだし、遠くには畑が見えていたり通りに牛を引いたおっさんが歩いていたりともの凄い田舎感を醸し出している。
そして少し先には王都なんたらと同じく東南アジアの市場みたいな店の数々が並んでいるものの、賑わいという点では王都とは対照的に人気はどうしても少ない。
その辺りは地域差というか町の規模の差というか、暮らしている人々の数が絶対的に違うのだから当然か。あとは斧とか剣とか持ってる人間が全然居ない。
地理的に言えば俺が召還された森は王都の外れとこのカルネッタに挟まれていて、更に別の方向にはレサス? だかいう町がある。その辺は理解した。
聞くところによると住人達は多くの場合より近いこっちの町で買い物をすることが多いのだそうだ。つーか……何を思ってあんな森のど真ん中にアパート建てたんだろうか。
「どっから回るんだ?」
案内すると申し出てくれたのに別行動を取るというのもなんだか違う気がして自然とそんなことを言っていた。
ただでさえ広くはない上にほとんどが吹き曝しの店なので目的地に迷うことはないだろうけど、慣れないうちから調子に乗って痛い目を見るのも怖い。
ヘタレ過ぎだと言われると返す言葉も無いが、見るもの聞くものの全てからそんな予感がプンプンするだけに。
「何を情けないことを言ってるんだい。男のくせに女々しい奴だね」
とか何とか、ソフィーではなく隣のジュラに言われて若干凹みそうになったが、
「ジュラ、そんなこと言わないの~。せっかく一緒に来たんだから」
と、ソフィーが割り込んできてくれたので言い返すことも憚られ。
兎にも角にも二人……なのか三人なのかは何とも言えないが、加えることの一匹で市場を回ることとなるのだった。
このドレッド姉ちゃん、思っていた以上に辛辣だ。もしかしなくても俺のこと嫌いなのだろうか。
こんな得体の知れない場所に一人で呼び出されたんだぜ? 皆もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないの?
そんな風に思うのは俺にしてみれば当然の要求であり欲求のように感じてしまうが、それが人の在るべき姿だと誰かに強いるというのも確かにおかしな話か。そういうところが女々しいのかな……。
なんて、柄にもなくいじけそうになったけどウジウジするのは嫌いなので一瞬で切り替える俺だった。
少なくとも頭の上に居るポンが俺の味方であることが分かっただけでも良しとしよう。
といっても『ホー』とか言っていただけなのでぶっちゃけどういう意味があったのかは俺には分からないんだけど。
「ポンもこう言ってますし、元気出してください~」
と、どんよりしながら肩を落とす俺に言ったソフィーの言葉から察するにドンマイ的な意味なのだろう。
鳥に慰められる俺って……と思うと同時に、付け加えられた『本当にポンは悠ちゃんが気に入ったみたいですね~』とか言われてもそうなる理由が一切分からないんだけどね。昔実家でインコ飼ってたからか?
なんてことはさておき、そんなこんなで買い物に繰り出した俺達。
まず向かったのはソフィーの目的である魔物達のエサの調達である。
あのベッドの上に座っていた神秘的な雰囲気を持つ少女も然り、この毒舌姉ちゃんも然り、明らかに見た目が人なのにエサと言ってしまうのも凄まじく道徳に反している感がある。
勿論本人達の前で口にしてはいないけど、だからソフィーは『ご飯』と言っているのかなと思ったりもした。
鼻歌交じりにそのご飯を目利きしているソフィーはそういう難しいことは考えていなさそうだけど……きっと彼女にとっては鳥でも狼でも人でもみんな家族みたいなものなのだろう。
友好的な鳥であれ冷たい蛇女であれ少なからず共に過ごすことになるのだ。
今後もこうしてコミュニケーションを取っていくのなら妙な差別意識や偏見を持つべきではないよな。
と、ごく自然に思ってはいたのだが……流石にその後ソフィーが購入した袋一杯に詰まったネズミの死体がポンだけではなくジュラのご飯でもあると聞かされてはドン引きせざるを得ませんでした。
「見た目普通の人間の姉ちゃんがそんなん食ってるところ見たらトラウマになるわ!」
思わず全力でツッコむ俺に対し『慣れれば大丈夫ですよ~』とか言っているあたりその雰囲気の割にソフィーは存外逞しい子らしい。
補足されたところによればジュラは人間の食べ物もいけるらしいが……だったらずっとそうしてくれと言いたい。ネズミやヒヨコが主食とか言われても反応に困るっつーの。
いつまでもそんな話を続けていては食欲も失せるので閑話休題。
ソフィーの買い物を終えると、続いて俺の買い物をするべく店を回ることに。
下着を買って、タオルやら洗剤類などを買って、最後に食料を買いに向かう。
アパートとはいえ生活環境は寮生活とあまり変わらないというのに飯は自前で用意しなければならないというのだから難儀なものだ。
ただでさえ低収入確定な上に帰るための金も貯めなければならないとなればエンゲル係数は極力抑えなければ。
そんなことを考え必死に頭の中で皮算用をしていた俺だったが、ここにきて新たな事実を知ることとなる。
雑貨を買い回る中で分かったこと。
それはこの国の物価というのか貨幣価値というのか、そういった部分が大体日本と似たようなものだということだ。
しかし、こと食料に至ってはそうではないらしく随分と安く手に入った。
例えば米。
パッキングなどはされておらず、なんか布の袋みたいなのに詰めて売ってあったのだが、それがたったの200ディールだった。
少なくとも三キロ前後はあるだろう。それでこの値段というのはかなり安価なのではなかろうか。
えらい安いんだな。
思わず呟く俺にソフィーが教えてくれたところによると、この国ではほとんど米を生産していないのだとか。
つまりは輸入品が主となるのだが、リリが言っていた様にこのリーゼルハート王国は何とか大陸にある四つの国の一つで輸出入も隣国との取引きに限られている。
前提として空輸や海運の必要がないため輸入品は安く、その上このカルネッタという町が王都から近いということもあって他所の町よりも更に安く買うことが出来るのだそうだ。
ではなぜ王都から近ければ安くなるのか。
その謎の答えはこの国のシステムにあって、輸入品は基本的に一度全て王都にある検閲機関のようなところに運ばれ確認される決まりになっていて、そこで認可されて初めて業者なり商売人に返却され商品として売ることが出来るようになる。
そのため王都から近い町では直接仕入れた品を受け取ることが当たり前になっていて、返却やそこから小売する各地の店に届けるために必要な運賃が要らなくなる分だけ売値買値も安くなる。そういうからくりだ。
そんなこんなで思い掛けず出費を抑えられたことに無駄にテンションが上がった俺は今日の晩飯に炒飯を作ることに決めた。
男の料理。それすなわち炒飯。
というか大してバリエーションとかないから簡単なもんしか作れねえ。男子高校生ナメんな。
調味料はアパートの台所に大体揃っているらしく、前管理人以外の住人はほとんど使うこともないため自由に使っていということなので野菜を少々買って、鶏ガラやコンソメが売ってなかったので固形スープの素という名前で売られていたブイヨンで代用することに。
何かしら肉的な物も入れたいところではあるが、初日から後先考えずに出費を重ねることに不安を覚えどうにも踏み切ることが出来ない小心者の俺は涙を飲んで我慢しようと思ったのだが、炒飯の存在を知らなかったソフィーが凄まじい食い付きを見せ、その肉代を負担する代わりにご馳走するという取引きがあっさりと成立してしまったりもした。
結果、豚肉一袋を買ってくれたのだが、値段が三百ディールと思ってたより安くてマジ俺の葛藤を返せという感じである。
そもそもグラムとかじゃなくて何でも一袋いくらで売ってあることがすでに軽くカルチャーショックだというのに、ブイヨンの方が高いという物価のバランスや一見東南アジアっぽい市場なのに食文化はどちらかというと欧州寄りであることに疑問を抱いていたら頭がパンクしてしまうっての。
とまあ、我慢すると決めたはずの驚きやツッコミが留まることを知らない初めてのおつかいならぬ初めての買い物だったが、紙袋やら布の袋が合計四つになったところで無事に終了。
ソフィーの荷物をジュラが持っていて、それによって手が空いたソフィーが俺の荷物を半分持ってくれていて、なんだか少し申し訳ない気持ちになったりしながら風蓮荘に帰るべく三人並んで再び森の中へと戻っていく。
その手にはそれぞれバターとハニーシロップでコーティングして焼かれた細いバケットが持たれていて、おやつ代わりにいただきながらの帰り道だ。
純粋に歩き回ったことで小腹が空いていたということもあって通りを漂う匂いに負けてパン屋に寄り、案内してくれたお礼ということでソフィーと何故かジュラにも奢ることにした次第である。特にパン派というわけでもないが、匂いのみならず肝心の味もハンパなく美味い。
勿論色々と面倒を掛けたリリにもお土産として買ってある。
感謝の心と思い遣りの気持ちというのは大事なものだ。肉代はケチってもこういうのはケチってはいけない。
ちなみに寝ると言っていたマリアの分は買っていない。そもそもマリアには目の保養をさせてくれたこと意外に感謝する覚えがないし、無駄遣いはよくない。
それを言ってしまえばジュラにも奢る理由なんて無いんだけど、この場に居る以上一人だけ買わないわけにもいかないので仕方なかろう。
最初から最後まで頭の上に乗ったままのポンも延々と細かく千切ったパンを俺の手から食べてるしな。やたらせっつくからホーホー言われる度に千切って頭の上に運んでやってるんだけど、なんか餌付けしてるみたいでちょっとほっこりする。
というか、冷静に考えてみるとこうして一緒に店を巡って、買い物袋片手に並んで帰るというのは彼女の居ない男にとっては憧れるシーンなんだよなぁ。
日本じゃ夢のまた夢だったシチュエーションがまさか得体の知れない場所で実現するとは人生分からないものだ。いっそ本当に彼女になってくれたらいいのに……そりゃ無理か。