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【第八十九話】 僕らのお姫様

 

 何だかよく分からない流れのままに、馬車は待ち合わせ場所である噴水の広場から立ち去った。

 さすがは王族用、内部は広く快適で椅子もふっかふかである。

 何がそうさせているのかはいまいち分からないけど、随分と姫様は機嫌が良いようにでずっとにこにこしている。

 そりゃまあ、普段は完全に箱入り娘っぽいしな。

 俺がどうかというよりも、こうして遊びに出かけること機会自体が少ないのだろう。

 とはいえそれをいいことに談笑に興じる程お気楽な場面ではないので対照的にこちら側のテンションは微妙で、それゆえに会話が弾むこともなく苦し紛れにアンに話し掛けていた。

「このまま向かうのか? もしかして手土産とかいる系?」

「あんたじゃそこまで頭が回らないだろうから用意してきたわよ。まずそのふざけた格好をどうにかするのが先」

「ふざけたとか言うなよ。庶民なんて大体こんなもんだろが」

「そうだとしても時と場合ってもんがあるでしょ!」

「……それは仰る通りだけども」

 だって気付いたのが王都まで来てからだったんだもん。

「姫様、まず先にこいつの服を買いに行こうと思うのですが構いませんか?」

「ええ、それは勿論。ですが、その後どこに行く予定なのですか?」

「…………」

「…………」

 無言で顔を見合わせる。

 そもそも姫様が同行しているのが状況的におかしいわけで、そんな意味を込めて『お前何も説明してねえの?』的な目を向けておいた。

 返って来るのは『しょうがないじゃない、どう説明しろってのよ』的な目だった。たぶん。

 どうあれ、だ。

 アンを責めるのはお門違いだな。結局は仲間だ家族だって理由を乗っけて俺が気に入らないからこうなってるわけだもん。

 ならば俺が説明せねばなるまい。

「……姫様、実は俺達はとある貴族の所に行くつもりなんです」

「はあ、貴族……ですか」

「姫様はレオナ・ロックシーラという騎士をご存知ですか?」

「勿論存じておりますわ。アンリがいつも話してくれるし、何度となくわたくしの護衛として同行してくださった方ですもの」

「そのレオナは俺の友だ……いえ、家族なんです。それが悪い貴族に手籠めにされようとしてるんです。それを俺達はどうにかしようとこうして無理を聞いて貰った感じで」

「あんたね、ちょっと口が過ぎるわよ。あることないこと言ってたらほんとに大変なことになるんだから」

「でも事実じゃねえか」

「バンディート伯がそうとは断定出来ないでしょ。ロックシーラ様に目を付けたのはご子息なんだから」

「だとしても何とか隊長を利用して拒否出来ない状況に追い込んだことに違いはねえ」

「それはそうだけど……あとジャンバロック隊長、いい加減覚えなさいよ」

「そんなわけで姫様、話し合いから入る前提ではありますけど俺とアンは処罰も覚悟の上で乗り込むつもりです。でもほぼ間違いなく面倒なことになるんです、だからやっぱり姫様はお帰りになってください」

「どうしてですか?」

 不満げでも怒っている風でもなく、純粋に不思議そうな顔が真っすぐにこちらを見ている。

 今の説明で伝わらないのはさすがに天然っぷりも想定の上をいっているぞ。

「いや、どうしてって……」

「ロックシーラ様は二人にとって大切な方なんですよね? アンリ?」

「ええ、まあ……少なくとも私は敬愛しております」

「であればなおの事わたくしがご一緒した方がよろしいではありませんか?」

「と、いいますと?」

「確かにわたくしは貴族の方々との面識など挨拶を交わした程度の繋がりしかありません。市井の事情に疎い自覚もあります。同席したところで駆け引きや交渉のお役には立てないことも」

「…………」

「…………」

「ですが、これでも王族の一人です。話し合いのお役には立てずとも、理不尽な要求や主張を突っぱねる防波堤ぐらいにはなれるはずです。わたくしとて二人には良くしてもらっているのです、アンリや悠希様のお役に立てるのなら面倒ごとなんて気にしません」

「姫様……」

「気付かないうちに……御立派になられて」

「いやそれ私の台詞! あんたまだ出会って間もないでしょうが!」

「すまん、つい」

「たまにはわたくしにも恩返しをさせてください悠希様」

 当初とはまた違ったにこやかな表情に、俺もアンも反対意見など口には出来なかった。

 そんなわけで改めて三人で買い物を済ませる流れに。

 行き着いたのはいかにも『庶民お断り』みたいな雰囲気の大きな商館だ。

 もう建物からして露骨なまでの富裕層のための施設ですみたいな空気がヒシヒシと伝わって来る。

 若干気後れしながらもアンの後に続いて三人で中に入ると、すぐにタキシードを着たおっさんが出迎えに現れた。

「これはこれはリンスレット様、毎度お世話になっております。本日はどのような……お、王女殿下!?」

 俺のことなんて眼中にないのか、アンに営業スマイルを向けたところで後ろにいる姫様に気付いたらしいおっさんは瞬時に跪いた。

 というかおっさんに限らず店内に居る全ての人間がそれに倣っている。

 もう従業員だけじゃなくたまたま居合わせた他の客までやってる。

 王族ってのはやっぱすげえんだなぁ……よく俺の首繋がったままだね。

 なんてしみじみ思っている間にアンが小慣れた感じで対応してるし。

「御忍びというわけではないですが長居はしませんので楽になさってください。今日は急ぎお願いしたいことが」

「は、何なりとお申し付けください」

「この男に正装一式を見繕っていただきたいのです。今すぐに必要なのでオーダーメイドではなく既存品で構いません」

「承りました。おい」

 と、おっさんが背後に指示を飛ばすと素早く現れた女性店員がシュパパパパっと腕から胴から全ての採寸を済ませていく。

 結果俺は白シャツに黒いベスト、その上にウエストコートを着て下は同じ色の半パンとブーツという逆に俺が貴族のお坊ちゃんみたいな格好になってしまった。

「なあ……これすげえ高いんじゃないの? 俺そんな金持ってないぞ」

「はぁ、アンタに常識とかマナーとかってもんを拳で叩き込んでやりたいわ。今日のところは建て替えといてあげるから」

「立て替えてって……こういうの経費で落ちないの?」

「誰に請求すんのよそれ」

「ですよね~……」

 とうとう俺も借金生活か。

 なんで日々頑張ってるつもりなのに日本に帰るという目的から遠ざかっていく一方なんだ。

「悠希様、素敵ですよ」

「うう……姫様だけが俺の救いです。これで少しは姫様に釣り合う男になりましたかね?」

「うふふ、むしろわたくしが悠希様に恩を返さなくてはいけない立場ですから。追い付くために努力しなければならないぐらいですわ」

「いやあ、それはさすがに恐れ多いといいますか。身分も見識も見た目も金も無い俺が姫様や王様を相手にこうして会話が出来ているだけで相当特殊な事例だと思いますし」

「そんなことはありません。お父様も悠希様のことはお認めになっていますし、どうか畏まらないでくださいませ。それに敬称も不要です、お嫌でなければ名前で呼んでいただいても構いませんよ?」

「いいんスか!?」

「絶・対・駄目」

「なんでお前が……」

 世の中とはなぜこうも世知辛いものなのだろうか。

 借金してまで友達のために頑張ってるんだよ俺?

 ちょっとぐらいご褒美あってもいいじゃん?


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