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【第八十八話】 え? 何で来たの?



 思いの外いつも通りの目覚めを迎えた俺は、惰眠を貪りたい願望をどうにか抑えて着替えを済ませた。

 夜寝る前は貴族の家に行くということで少々緊張もあった気がしたんだけど、だからといってそれが睡眠の妨げになることもなかったあたり思ったよりも臆してはいないらしい。

 そりゃそうだ。

 貴族様とか言われたって日本人の俺にゃ全然イメージ沸かないもん。

 馬鹿な俺だって知識としてはある程度理解はしてるよ?

 こういう世界ってのは王族の次に貴族が偉くて、言ってしまえば政治にも軍事にも口出し出来る立場で、それが身分制度である以上は楯突けば普通に殺されたって文句は言えないだけのはっきりとした権力の差があるってことだ。

 とはいえこの世界の法律すらろくに聞いた覚えもない俺にしてみればそれがどの程度畏怖すべき対象なのかも分からないし、何ならその上の王様とかと普通に飯食ったりしてるんだから何とかなるだろって感じである。

 つまりは知らない偉い人に会いに行く。というだけの認識なわけで、もうぶっちゃけバイトの面接の前の日ぐらいの感覚しかなかった。

 緊張というよりは単に普段しないことをする、テストや年末の大掃除みたく面倒臭いけど回避が許されない強制行事みたいなもんだ。

「ふわぁ……」

 とはいえ眠たいものは眠たい。

 いつまで母ちゃんやってんだ俺は……。

 もう何度目になるかという同じ愚痴を胸に秘めつつ、パンを焼いて野菜スープを温め直して皆の飯の準備を済ませる。

 アンの言い付けで昼前には王都に着いていないといけない。

 といっても普段通りの時間に起きていれば急ぐ必要も全くないんだけど、性分として直前にバタバタしたくないので先にやることをやって待っていた方が気が楽だってだけの話だ。

 飯の準備を一通り済ませると、先に風呂掃除と洗濯に取り掛かる。

 せっかく温めたのだから冷めないうちに食えばいいのだろうけど、早々に仕事に行ったレオナを覗くと生憎まだ誰も起きてきていない。

 せっかく共同生活してんだから一人飯なんて味気ないじゃん?

 ということで誰かが起きてくるまで別の仕事をやって時間を潰そう作戦を実行したわけだ。

 つーかニート軍団も休日でもないのにダラダラと眠りこけてんじゃねえよ。

 毎日が日曜日みたいな奴等の集まりなのはもう嫌という程に理解してっけど、危機感を持て危機感を。

 日本じゃ家事手伝いとかいって肩書があるんだぞ。せめて掃除とか手伝えっつーの。

 なんて愚痴っている間に結局最後まで日課の雑用を終えてしまう。

 しかもその頃になってリリとソフィーが起きてくるという、なんか腑に落ちない朝食の時を迎える羽目になるのだった。

「悠希さん、頑張ってくださいね!!」

 そうして三人での飯を終え、出発の時間を迎える。

 残念ながらマリアはまだ爆睡中だ。

 二人は玄関まで見送りに来てくれて、ついでに激励の言葉まで用意してくれた。

「まあ、やれることはやるさ。こちとら何言われたって引き下がる気はないしな」

「出来る限りでいいので穏便に話を進めてくださいね~。貴族様を怒らせると大変なことになちゃいますから~」

「出来る限りはな。相手が権力に物を言わせてきたらどうなるかは分からんけど、何とかなるだろ。俺だって王様と友達みたいなもんだし」

「そ、それはかなり間違った思い込みなんじゃ……」

「そんなこと誰かに聞かれたら牢屋に放り込まれちゃいますよ悠ちゃん」

「んな大袈裟な」

 ああそうか。

 この二人は王様と飯食ったり姫様のお供として認められたりしたことをほとんど知らないんだもんな。

 普通の感覚じゃそうなるってもんか。

 だからといって即決で俺をホラ吹き認定しちゃうのは悲しいにも程があるけども。

「ま、何がどうなろうと全ては俺達自身とレオナのためだ。無様に敗走して帰ってきたりはしねえ。たまには頼りになるってところを見せてやんぜ!」

「頼りになるのは知っていますけど、私達に出来ることがあったら遠慮なく言ってくださいね」 

「そうですそうです~。悠ちゃんもレナちゃんもわたし達の家族なんですから~」

「おう、そん時は頼りにさせてもらうよ。じゃ、行って来る」

 力強く宣言する二人に軽く手を上げ、俺は風蓮荘を後にした。


          ☆


 拾いに行ってあげるから大通りの脇にある噴水で待ってなさい。

 とアンに言われたため一瞬道を間違いそうになりつつも王都に到着するなり大通りを歩く。

 この国の中心であり一番大きな町とあって見渡してみると広大ではあるのだが、頻繁に来るくせにあんまり詳しくなってはいない。

 食料買うか、安い定食屋みたいな飯屋に入るか、リリの付き合いでハ〇ワに行くか、精々ソフィー達とホット・リバーに行くぐらいで全然他の店とか知らないんだよなぁ。

 生活の基盤と言えるのはどちらかというとこの王都シュヴェールではなくカルネッタ村だし、知っておいて損はないんだろうけど散策やウィンドウショッピングのためにわざわざ来る気になれないので致し方あるまい。

「お、あれだ」

 大通りをしばらく進み、目印である商館を曲がると視線の先には憩いの場みたいな雰囲気を醸し出す大きな噴水。

 時計塔とは反対側というぐらいしか覚えてなかったけど、出る前に道聞いておいてよかったぜ。

「よっこいしょ」

 辺りにアンの姿も無ければ馬車の一台も見当たらない。

 どうやら先に着いてしまったようなので縁の部分に座って待つことに。

 住宅エリアから外れているためか、付近に一般人向けの施設が少ないせいか昼前という時間の割にはそこまで人通りは多くない。

 まあ、この世界にゃ学生とかニートとかおらんからな。

 昼間から遊び歩いている若者がまずあんまりいないのは当然だ。

 リリやソフィーみたいな傭兵業をしていて金を持ってる連中とか自営業の人達しか昼から酒飲んだりしてないって話だ。

 王都というだけあって騎士が巡回しているし、大通りの傍は比較的治安も良いらしいのだけど一人でポツンと座っているのは孤独感がハンパないし不安になってくる。

 そんな時間が十五分ぐらい過ぎただろうか。

 そろそろ帰ろうかと悩み始めた辺りで遠くから聞こえて来た馬の足音と滑走音がウトウトしていた意識を呼び起こした。

 その方向に目を向けると黒く、大きな馬車がこちらに走ってきている。

 御者席で操縦しているのが見知らぬメイドさんなのが疑問ではあるが、他に候補もないだろうから間違いあるまいと待っていると予想通り馬車は俺の目の前で停止した。

 前にフィーナさんと一緒に乗った馬車も重鎮の私物だけあって時折見掛ける商人が使っている物とはランクが二つぐらい違う豪華さがあったが、それに勝るとも劣らない高価な雰囲気が全開だ。

 つーか随分と派手な乗り物で行くんだな……目立ち過ぎじゃね?

 なんて思ったものの、貴族様に会いに行くにはそれなりに格式ってもんが必要なのかね。

 うん、俺思いっきり私服だけどね。

「お待たせ……って、あんた何て格好してんの!? 馬鹿なの!?」

 案の定、扉が開くなり現れたアンが俺を見て愕然とした。

 いやぁ、完全に失念してたわー。

「すまん、見てくれのことまで考える余裕なかったわ」

「あんたねぇ……いえ、それは後でいいわ。それよりも、ちょっとこっちも予定外があるんだけど」

 何やら言い淀むアン。

 どこか気まずそうに、視線を馬車に向ける。

「ん? 何?」

「いいから……」

 説明をしてくれるでもなく、背中を押されて馬車の前に立たされる。

 え? どゆこと?

 取り敢えず乗れってこと?

 思いつつ扉を開いてみると、中には他にも人がいた。

 その人物は同じく扉の内側からこちらを見ており、目が合うとにこりと微笑み掛けてくる。

「ご機嫌用悠希様」

「……ご、ご機嫌麗しゅう?」

 どういうわけか、白いドレスに身を包んだ姫様ことシルヴィア王女がいた。

 いやいやいや……なんで?

「姫様、一体どうなさったので……」

「うふふ、来ちゃいました♪」

「…………」

 来ちゃいました、じゃねぇぇぇぇ!

 可愛いけども! 超絶可愛いけども意味分かんねえよ!!

「いて」

 混乱の中、心で叫びながら頭を抱えているとアンに脇腹を肘で突かれる。

 我に返らせてくれたのかと思いきや、無言で姫様の方を顎で指しているところを見るに多分違うっぽい。

 じゃあ何だよ。

 挨拶ちゃんとしたろ俺。

 ああ、なるほど。そういうことか。

 ジッと馬車の中で立ったままニコニコしながら動かない姫様を見るに、こういうことだろ?

「姫様、お手を」

「ええ、ありがとうございます」

 手を差し出すと、姫様は何の疑問もなくその手を取りようやく馬車を降りる。

 エスコートは男の役目ってか?

 分からんでもないけど、今はそれどころじゃねえ。

「姫様、少々お待ちいただけますでしょうか」

「はい♪」

「アン、ちょっと来い」

 というわけでアンの手首を掴み、少し馬車から離れる。

 一応失礼に当たらないようにと姫様に背中を向けつつ、溜まりに溜まった疑問をブチまけた。声を潜めて。

「お前何やってんの!?」

「仕方ないでしょ! 黙って暇を貰うわけにいかないんだから。あんたと出掛けるって言ったら一緒に行きたいっていうんだもん!!」

「誤魔化せよそこは! 遊びに行くんじゃねんだかんな? デート気分なのか? 俺とデートしてくれんのか!?」

「誰がするか!」

「なら分かるだろ、今から御忍びで貴族に会いに行くんだぞ? 姫様が一緒だとだいぶ意味変わってくるぞ。圧力みたいに思われたら拗れること必至じゃねえか」

「そ、それは分かってるけど……」

「昨日も言ったけど、俺は後から咎められてもいいんだよ。でもお前が姫様連れて頼み事しに来たってんじゃ不味いって」

「だ、大丈夫よきっと。私の部下の侍女兼護衛しか連れて来てないし、口止めはしてあるから」

「貴族の口から洩れるっつーの! 色んな人に迷惑掛かるぞそんなことになったら」

「だったらアンタが断ってみなさいよ! 姫様に寂しそうな顔でお願いされて拒否出来んの!?」

「無理に決まってるだろ!」

「だったら偉そうに言わないでよね! とにかく、来ちゃったもんはどうしようもないんだから、出たとこ勝負で行くわよ!」

「……お前今まで散々出来る女みたいな雰囲気で通してきておいて肝心な時にそりゃないんじゃねえの!?」

 とはいいつつも、やっぱり姫様を追い返すことなんて出来ないわけで。

 結局三人プラス御者としてアンの部下一人を加えた四人で馬車に乗り込むのだった。



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