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【第八十七話】 アイギス



 王宮を後にした俺はその足で風蓮荘へと帰り着いた。

 アメリアさんと一緒だったせいか、あの物々しい雰囲気のせいか、はたまた話の内容のせいか。

 妙に疲労感があるので昼飯を作る気になれず、よって大通りにある最近行きつけになりつつあるパン屋で山程のパンを購入した次第である。

 見た目がこの世界の人間っぽくないからか店のオッサンも俺のことを覚えてくれているらしく、今ではおまけまでしてくれるぐらいの関係だ。

 といっても、その理由の大半は購入量にあるんだろうけどね。

 人数分、すなわち四人分だよ?

 何で紙袋三つパンパンになる量が必要なんだよ。マリアのせいだよ。


「ただいま~」


 時刻的には夕方前ぐらいだろうか。

 一人寂しく森を抜けると、誰に対してでもない帰宅の挨拶を無意識に発しつつ入り口を潜る。

 皆何してんのかなぁ。

 どうせ昼飯を自分達でどうにかするでもなく腹減らして待ってんだろうなぁ。

 とか考えながら鍵を閉めていると、案の定廊下の先から複数の足音が聞こえて来た。

 振り返った先にいるのはソフィーとリリだ。

 王宮に行くという話になった時に激励してくれてたし、リリとて藁にも縋る思いなのだろう。

 昼間いなかったソフィーもその表情を見るに事情は把握しているらしい。

 マリアはいつも通り爆睡中かな?

 と一瞬思ったものの、後ろからのそのそと廊下を歩いて来た。

 今日は起きていたのか、偉いぞマリア。

「おかえりなさい悠希さん」

「お帰りなさい~。首尾はどうでしたか~?」

「ちゃんと説明すっから、ひとまず飯食いながらにしようぜ。パン買ってきたから」

「それは助かります~。では紅茶を煎れますね」

「おう、頼む」

 やはり昼食は未接種だったようだ。

 だってマリアの視線が完全に俺じゃなくてパンの袋に固定されてるもん。

 隙あらば『ジュルリ……』とか聞こえてきそうな勢いだもん。

「おら、マリアも行くぞ。たくさん買ってきたから好きなだけ食べろ」

「…………」

 行くぞと口では言いつつも、無言で頷いたマリアに手を引かれてダイニングに向かう俺だった。

 そんなわけでテーブルに四人。

 皿に山盛りになったパンとソフィーが煎れてくれた紅茶のカップを前に遅すぎる昼食を取りながら事の次第を説明することに。

 時折驚いたり首を傾げたりといったリアクションを見せていた二人ではあるが、ひとまずは最後まで話を聞いてくれた。

 言うまでもないことだけど、マリアはモフモフ口を動かしているだけだ。

 ほんと飯を食う時と化け物退治した時ぐらいだよな、こいつが俊敏な動きを見せるのって。

 さておき、一通りの話が終わったところでようやく質問タイムとばかりに二人が口を開く流れに。

 その表情を見るにホッと一安心という感情からは程遠いみたいだ。

「直接バンディート伯のところに乗り込むって……それは大丈夫なんです? 色々な意味で」

「はっきりとしたことは言えんけど、ちゃんと正式な手続きを経て訪問するからそれ自体に問題はないはずだ」

 そのためにアメリアさんのツテを頼り、明日まで時間を置くことに決まったわけだし。

「というか、普通にジャックテール隊長に相談出来る立場というのが驚きなんですけど……普通の人は会いたくて会えるものじゃないですよ」

「それは別に俺がどうって話じゃないだろうに。たまたまレオナの上司で、たまたまそのレオナに会いに行った先で遭遇したから顔見知りになったってだけで」

「そのご一緒するというアン? という方は信用出来ると思って大丈夫なんですよね~?」

「ああ、あいつなら大丈夫だろ。俺のことをどう思っているかは若干アレだけど……レオナとかアメリアさん、姫様に関する問題においては俺が居ようが居まいが必死になるだろうし」

「というか、王女様の護衛の方なんですよね? その役職で名前がアンって……もしかしてアンリ・ウィンスレット様なのでは?」

「ああ、そんな名前だ。というかお前まで様とか付けんでもいいだろ、ほとんど歳もリリと変わらないぞ」

「「……え!?」」

「え? って、何その反応」

「悠希さん、もしかしてご存知ないんですか?」

「…………」

 久々のこの流れに、久々にイラっとした。

 よし、久々に揉む。

「と、というのは冗談でー、ちゃんと説明しますとですね」

「ちっ」

 揉む前に察したなリリのやつ。

 久々のチャンスだったのに。

「どうして舌打ちするんですか!?」

「定期的にリリを揉まないと俺の精神が平穏を保てないからだ」

「私の何を揉むんです!? ほっぺたですよね?」

「…………」

「ギラギラした目で見ないでくださいっ」

「だってソフィーは冗談でも揉んだら大変なことになりそうなんだからしゃーないだろ」

 主にジュラ辺りに嚙み殺されるしかしない。

 というかそうでなくともハードル高い。

 マリアのハードルが地中にめり込んでるだけに感覚狂うんだよマジで。

「あはは……誰だからいいという問題でもない気がしますけど~」

 そらそうだ。

「というわけで俺の好感度がゼロになる前に話を戻すけどだな、俺が何を知らないって?」

「アンリ・ウィンスレット様のことですってば」

「知らないも何も姫様の護衛兼専属メイドでリリと同じロリっ子でツンデレな奴だぞ。知り合ってからはそれなりに苦楽を共にしたからもはや友達といってもいいぐらいだ」

 何せ一緒に風呂入ったし。

「いやいやいや……」

「何をドン引きしているのか。ソフィーは何か知ってるのか?」

「勿論名前ぐらいは存じていますけど~、ジャックテール隊長さんと同じかそれ以上に一般人には恐れ多いといいますか」

「あのアンが?」

「あのですね悠希さん。ウィンスレット様は元々国王陛下の護衛を務めていた凄い方なんです。あの人が、というよりはウィンスレット家は代々そういう一族なんです。一般的に『神の加護』と呼ばれる特殊な力を持っていて、親から子に何代も受け継がれてきているそうで」

「……神の加護?」

「はっきりとしたことは不明とされていますけど、いくつかある『神の加護』の中でも『絶対防御』の能力を所持していることから『神の盾・アイギス』という称号で呼ばれているこの国では貴族を上回る超重要人物なんです」

「マジでか……あ、そういえば見知らぬ兵士のオッサンが一回アイギスって呼んでんの見たことあるわ!!」

 最初は何のことやら分からんかったけど気にしてる余裕なんかなかったんだ。

 つーかそれ以前に変なバリアみたいなの使ってるのもこの目で見てるよ。

 つまりはあれが神の盾?

 あいつ……ただのツンデレメイドさんじゃなかったんだなぁ。

「これは随分前に聞いた話ですけど、王女様の暗殺未遂みたいな事件があって、その時から陛下の命によって王女様の護衛に従事しているみたいです。この国では国王の専属護衛=アイギスという称号を与えられし者という認識なので正式には今現在はその名で呼ばれることも少なくなっているようですけど……」

「そんな奴に馴れ馴れしくアンとか言ってたのか俺は。まあアンはアンだから修正する気もないけど」

「……その図太さは時折尊敬しそうになりますね」

「あいつだって今更謙られたくないだろ。思い返してみればその時アイギス? って呼ばれるの嫌がってたっぽいしさ」

「まあ、当人が許容しているのなら私達が口を挟む問題でもないのでしょうけど……そんな『まあ大丈夫だろ』みたいな態度で貴族様と接したら本当に大問題になるので気を付けてくださいよ」

「お、おう。俺もちょっと不安だから肝に銘じておくわ。まあその辺はアンがいるから大丈夫だろうと思いたい」

「……悠希、マリアも……行く?」

 いつの間にかパンの皿を綺麗にしているマリアが隣でジッと俺を見つめている。

 こいつも一応はこの件を心配していて、どうにかしようって意思を共有はしてくれているらしい。

 とはいえ、だ。

「ひとまずは話し合いを持ち掛けるのが前提だから今回は俺だけで行くよ。万が一の場合にはお前を頼る、ありがとな」

 頭を撫でてやると、任せてとばかりにマリアは頷いた。

 貴族様がどんな野郎かはまだ分かんないけど、さすがにいきなり喧嘩最強みたいな用心棒を連れて行っては無駄に刺激しかねない。

「あの、万が一のことがある可能性があるんですか?」

「悠ちゃん~、レナちゃんのことをどうにかしようという気持ちは皆同じですけど、無茶はしないでくださいね~」

「無茶をするかどうかは向こう次第としか言えんからなぁ。話し合いを持ち掛けて、それに応じてくれたとはいえこっちに引き下がる選択肢が無いんだ。それにあっちが権力だの肩書だの例の隊長様だのを持ち出すなら、こっちも手段を択ばねえぜって意思表示はしなきゃならん」

「それは理解していますけど、一人で突っ走るのは禁止です。困っている誰かを助けるのも、危ない橋を渡るのも、やるなら皆で、それがこの一家のルールですから~」

「そうですそうですっ」

「…………(コクコク)」

「お前等……ありがとな」

 頼もしい家族だよ。

 掃除も洗濯も買い物も飯の用意も全部俺一人でやってるけど。


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