【第八十六話】 第二回レオナは俺の嫁評議会
アメリアさんと二人でしばらく広い宮殿の端っこの方を歩き、メイドさんの休憩室であるらしい一室に辿り着いた。
待機を命じられ……いや、別に命じられてはいないけど、大多数のメイドさんは俺のことを知らないだろうし、妙な男がアンに会いに来たなんて噂が広まれば今後の行動に支障が出たり、後から問題になっちゃった時に法的か私的かはさておき責任問題が降りかかる恐れがあるのでわざわざ大勢の前に姿を晒すことはないだろうという判断で俺は一人廊下で待機である。
とはいえ少ししてアメリアさんが戻って来て、そこから二、三分もするとアンも扉の向こうから現れた。
「お待たせして申し訳ありませんジャックテール様、少々引継ぎが……げっ!?」
「げってなんだよ、そんな嫌そうな顔する?」
「せっかくジャックテール様と二人きりだと思ってたのにいきなりアンタがいたら誰でもそうなるでしょ……もう帰ってくんない?」
「もうってなんだよ、まだ何一つ要件終わってねえよ。あと誰でもってのはさすがに言い過ぎだからね? メイド服着てたらなんでも許されると思うなよ?」
「はあ、相変わらず腑抜けた顔の割に口は回るわね」
「お前もな」
ポスっと、軽く脇腹を殴られたかと思うとアンは肩を竦めて見せた。
以前ほどというか、言葉尻ほどには嫌悪感や拒絶感が匂ってこないのはこの前の一件が理由なのだろうか。
もしかしたら多少は気を許してくれるぐらいの変化はあったのかもしれない。
それでも憎まれ口が無くなるわけではないあたりツンデレメイドさんここにあるという感じである。
まあ、そうでなくともアメリアさんと二人きりの方が良かったというのは本音なのだろうが……。
「再会の挨拶は後だ、ひとまず移動するとしよう。ウィンスレット、君の部屋を借りられるかい?」
「え、ええ。問題はありませんが……」
「ここで立ち話をしている姿は少々目立つ。私の部屋にと思っていたのだけど、よく考えるとそれこそ誰が見ているか分からないしね。すまないが頼めるかい?」
「分かりました、では行きましょう」
切り替えが早いのは本題を既に把握しているからなのか。
アンはスッと真剣な表情を浮かべ、すぐに背を向け廊下を進んでいく。
その後に俺とアメリアさんが続き、一度外に出て別の建物に入り、辿り着いたのは少し進んだところにある一室だ。
聞けばメイドさんの住み込み用の部屋に隣接する個室なのだとか。
アン以外の多くのメイドさんは複数人で一つの部屋を使っているらしいのだが……このちっこいアンは特別扱いということなのだろう。
それは姫様の護衛を兼ねる大役を担っているからなんだろうけど、年下のアンにまで暮らしっぷりで劣っているというのは若干切ないです。
ニートと王宮務めじゃ比べるまでもないよね、うちの女子達にも一度この光景を見せてやりたいぜ。
「どうぞ」
と、招き入れてくれたアンに続いて個室へと足を踏み入れる。
なんとまあ一人用とは思えぬ広さ、あと意外と女の子っぽい可愛らしいレイアウトだ。
あとすげえ良い匂い。
「それやめて、普通にキモいから」
鼻をすんすんしているのがバレた。
先程とは違い憎まれ口とかじゃなくマジトーンだし、純度百パーセントのドン引きしている目が虚しい。
「ジャックテール様、どうぞお掛けになってください。すぐに飲み物を用意しますので」
「ああ、ありがとう」
「あんたも座りたきゃ座っていいけど、変態チックなことしないでジッとしてなさい。指一本この部屋の物に触るの禁止!」
「はーい」
ビシッと指を差され、素直に従うしかない弱者俺。
ものの一、二分でソーサーに乗ったカップが俺とアメリアさんの前に並んだ。
「それで、今日はどういったご用件なのですか?」
「お察しの通りだとは思うが、例の件だよ。といっても今日の私は彼の付き添いの側面が強いのだけど」
「……こいつの?」
アンは何故か疑わし気な目を向ける。
期待して損したと言わんばかりだ。
「どうやら悠希君もあの話を聞いたらしくてね、居ても立っても居られずに君に会いに来たところにばったり遭遇したんだよ。それで君の所に案内する役を買って出たというわけさ」
「なんだ、アンタも知っちゃったのか」
「レオナから直接告げられたそうだ。つまりは彼もここにいる権利はあるだろう?」
「まあ……はい」
権利、というからにはやはりこの二人もどうにかしなければと思っていて、どうにかしようという気があったということらしい。
それだけでも来た価値はあったし、ある意味では予想通りだったわけだ。
「で? それを知った上でアンタは何で私に会いに来たわけ?」
「レオナの話を聞いて、絶対にどうにかしねえとって思った。けどそのためにどうしたらいいかも分かんねえからアンに相談しようと思って……ド平民の俺にだって貴族様だの騎士団の隊長様に楯突くのがやばいことだってことは何となくは分かる。だけどアンならそれでも黙ってないはずだって」
「ま、まあ? 私はロックシーラ様のためなら火の中水の中ベッドの中って感じだし? そりゃ黙ってるわけないのは当然だけど?」
何かくねくねしながらすんごい得意げなんだけど……チョロいなこいつ。
レオナ大好き過ぎだろ。
「こほん、それで? そういう雰囲気で話をするってことはやっぱりお前もどうにかするつもりでいたってことだろ? 何か良い案はないのか? ああ、案ってのはお前の名前じゃなくてアイディア的な意味だぞ」
「いやそもそも私の名前アンじゃないし。ていうかノープランで来たわけ? まったく、相変わらず使えるか使えないか分かんない奴なんだから、まさか丸投げしようとしてんじゃないでしょうね?」
「そんな簡単に思い付いたら苦労してねえっつの。だからこうして第二回レオナは俺の嫁評議会を開催してんだろ」
「……何そのゴミみたいなネーミング」
「いきなりストレートに毒を吐くな。せめていつもみたく遠回しに嫌味ったらしく言え」
何でこんなに不評なんだろうねこのチーム名。
いつもフォローしてくれるアメリアさんも言葉が見つからないのか苦笑いしてるだけだし。
「はぁ……ロックシーラ様をお救いしようとする気概はまあ認めてあげなくもないけど、無計画なあんた一人増えたところで状況が変わるとは思えないわね」
「そうは言うがな、俺はその貴族様も何とか隊長も名前すら知らなかった身なんだぞ。こう見えて情報収集とかは可能な範囲でしてみて、結果相手が馬鹿息子だってことは分かったけど、レオナに知られるわけにもいかないしアメリアさんは表立って動けないとなるとお前以外に知り合いとかいねえんだもん」
「それついては申し訳なく思っている。元より疎まれていたとはいえ、まさかあんな揚げ足取りのような言い分で論って陛下の御前で平然と非難の弁を並び立てるとは思いも寄らない」
「あ、いえ、別にアメリアさんを責めようとかって意味はないですよ?」
「そうです、悪いのは全部こいつなんですから」
「俺ぇ? それはちょっと無理があるんじゃなあい?」
「いいのよ、それで丸く収まるなら。私がすっきりするから」
「どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。つーかいちいち俺の文句を挟んでたら話が進まないんだよ、逆に聞くけどお前には何か考えは無いのか」
「最悪姫様に手を貸してもらうとか、私の首と引き換えに陛下にお願いするとかって手はあるけど……」
「首ってお前……命を差し出そうってのか?」
「馬鹿ね、そっちじゃなくて私の職務の話に決まってんでしょ。だけどそれは……肩書きを利用した駆け引きみたいになっちゃうから出来れば避けたいの。ご恩を仇で返すような真似は人として最低だから」
「ふむ……」
何やら事情がありそうだけど、なるほど確かに。
姫様の護衛を兼ねる立場ともなれば簡単に替えが効かない役職ではあるのだろう。
それを利用し、お願いを聞いてくれなきゃやめる。というやり方では確かに意味が変わって来ることは間違いない。
「王様や姫様を利用するような方法ってのは……そりゃ出来る限り避けるべきだわなぁ。アメリアさん的にはどうです? 誰かが泥を被る必要があるなら俺がやりますんで」
「二人揃って私よりも余程芯がしっかりしているよ。地位や肩書に縛られ静観する他ない私にしてみれば羨ましい限りだ。だけど、こちらも出来る限りは協力するつもりでいることだけは分かっていて欲しい。その上で私が提案出来る方法となると……そうだね、ジャンバロックを相手に交渉はまず不可能だろう。となるとやはりバンディート伯と対話をしてみるのが一番ではないかと思う」
「なるほど……でも貴族様って簡単に会える相手じゃないっすよね?」
「私の親戚に地方ながらそれなりに名の知れた商人の一家がいる。そのツテを頼れば面会を仲立ちしてもらうことは可能だ」
「マジっすか!? じゃあ俺、会いに行ってきますよ。土下座でも何でもして見合いをなくしてもらうように」
「分かった、では今日のうちに連絡しておこう。ウィンスレットもそれで構わないかね?」
「現状それが最善、かつ事を荒立てない唯一の策……ですか。ただ、私も同行させてください」
「え? 何で?」
「アンタ一人に行かせたら何するか分かんないからでしょうが! 今まで陛下や姫様にどれだけふざけた態度を取ってきたか忘れたとは言わせないわよ」
「いやぁ、俺的には普通に接してるつもりなんだけどなあ」
「照れんな! 微塵も褒めてないから!」
「え?」
そうなの?
てっきり『肝が据わってるよね』的な意味かと思ったんだけど。
「と・に・か・く・私も行きますからねジャックテール様っ。何ならこいつ要らないです!」
「ざけんな! ここまできてお留守番ってダサ過ぎんだろ!」
「最初からダサいから心配いらないもんねーだ。アンタが居たら余計にややこしいことになる自信があるんだから」
「お前一人で行った方がややこしいことになるっつーの。後から詰められたらどうするつもりだ。俺が居れば無理矢理付き合わされただとか、不安だったから付き添っただとか、後からどうとでも言い訳出来るんだ。そうすりゃお前が責任を負わされるようなことにならないんだから」
「……私一人が言い訳してどーすんのよ」
「いいんだよ俺は。どうせ余所者なんだし、何の背景も無いから誰かに迷惑を掛けることもねえんだ。突き詰めていけば俺が気に入らないってだけの理由で行動してるわけだしな。どうせやることが同じならお前が世話になってる誰かを裏切らずに済むための保険を用意するぐらいはしておきゃいいじゃねえか。わざわざ二人で罰を受ける必要なんざないし、地位も肩書も金もない俺ならうってつけってもんさ」
「うぅぅ……アンタのそういうとこムカつく!! 毎度毎度馬鹿なくせに格好ばっか付けちゃってさ!」
露骨に恨めし気な目でプルプルしだしたかと思うと、アンはぷいっと顔を背けてしまった。
何が気に入らないのかはよく分からんけど、そんな格好付けてるかな俺?
「君の負けだねウィンスレット。例え何が出来るわけでもないのだとしても、放っておけない、見過ごせない、そういう男なのだよ悠希君は。だからこそ私もレオナのことを託したいと思うんだ。陰ながらという立場でしかいられない私にこんなことを言う資格はないのかもしれないけれど……二人共、私に協力出来ることがあれば何なりと言ってくれ。どうかレオナのことをよろしく頼む」
アメリアさんはテーブルに両手を突き、深く頭を下げた。
真剣な表情からも本気でどうにかしたいと思っていることが伝わって来る。
二人は子弟であり姉貴分みたいな関係らしいし心配なのも受け入れられないのも当然だ。
慌ててアンと二人掛かりで頭を上げてもらい、改めて段取りを確認し合う。
こうして俺とアンはレオナの笑顔を取り戻すべくどこぞの大貴族様に会いに行くことになるのだった。




