【第八十五話】 王宮というか迷宮な件
そんなわけで森を抜け、町中を歩き王都に到着。
真昼間ということもあって通りは行き交う人々で賑わっている。
この世界に馴染み始めた自負はあっても相変わらず文明の差には辟易するし、何なら気を抜くとコンビニとか探しそうになっちゃうけど、服装だったり物珍しさに目移りして挙動不審になる頻度が減ったことだったりのおかげで通行人にジロジロ見られることもほとんどなくなってきた今日この頃。
とはいえやっていることが日本に帰るための何かではなく人の結婚だかお見合いを邪魔しようという画策なのだから我に返ると何やってんだ俺? ってなっちゃいそうなので今は冷静さは置いておくとしよう。
やがて長い大通りを抜け、やがて王宮に辿り着いた。
例によって門番の兵士に通行証を提示し、正門を通る許可を与えられる。
これさえ見せれば実質フリーパスではあるのだけど、毎度『ご用向きの程は?』とか聞かれると返答に困る。
愛しの王女様に会いに来ました!
とか冗談で言ったらすげえ嫌そうな顔されるんだもん。
いや、王様のお達しがある以上どうあれ通しては貰えるんだけど、絶対不審者扱いされてんだろ。
今日の所は正直にアンに会いに来たって伝えたんだけど『……アン?』って怪訝そうに言われたし。
何なら、またわけ分からんことを言っているけどもういいか的な雰囲気しかないもの。
分かるだろ普通。
赤毛といったらアンだろ常考。
結果として『ま、まあ……どうぞ』みたいな感じで許可されたので、もうどうでもいいかとそのまま中へと進んでいく。
「さて……」
来たまではいいけど、この馬鹿みたいに広い宮殿でどうやってアンを探すんだ?
受付とか地図とかないのかと小一時間言いたいです。
姫様のお付きだからきっと一緒にいるんだろうけど、まずその姫様もどこだよって話なんだよな。
そもそも庭とか広場で過ごしただけで建物の中に入ったことがないから右も左も一切分からん。
そこらにいる兵隊さんに聞けば分かるか?
いや、道を聞くならメイドさんの方がいいか?
「うーん……」
いやぁ、無理だろこの空気。
取り敢えず通りすがる人達に目を向けてみるけど、門番と一緒だもん。
誰も彼もが揃って『何だあの不審者?』みたいな顔して俺をチラ見してるもの。
絶対近付いていったら逃げられるだろメイドさん。
そして絶対近付いたら羽交い絞めにして牢屋とかに放り込まんばかりだろ兵隊さん。
疎外感ハンパねえわ!
この前王様やゴリラ達に同行した時にいた連中や姫様だったりレオナと顔見知りであることを知っている人がいればまた違って来るんだろうけど……こっちがその判別が出来ねえっつの。
「どうすんべこれ」
いっそゴリラでもいいから知り合い現れてくれないだろうか。
というかレオナに見つかったらやべえから隠密ミッションとして遂行しなきゃならにのに、即誰かに助けを求めようとしている時点で何やってんだ俺って感じなんだけど……。
「おや?」
「ん?」
足音に続いて背後で聞こえたのは女性の声。
振り向くと見覚えのある眼鏡のお姉さんがいた。
いかにも真面目そうな、薄青色いワンピース型のローブに白いマントを羽織っている金髪の眼鏡美人。
確かゴリラの部下のグリムホークさん? だっけか。
「貴方は確か……悠希殿、でしたか」
「ご無沙汰です。ゴリラの部下の眼鏡美人さん」
「眼鏡美人などと恐れ多い。グリムホークで結構ですよ、それよりもゴリラとは?」
「あ」
やべ。
悪口みたいに思われたら気を悪くされちゃうかな。
えーっと……駄目だ、訂正しようにも名前覚えてねえ!
「ああいや、あの筋肉自慢のおっさんの、ほら、ねえ?」
咄嗟のフォローはグダグダである。
しかしグリムホークさんは気分を損ねたという風でもない。
いや、感情とか表情や口調に出さなそうな人だし内心イラついていらっしゃるのかもしれんけど。
「言わんとしていることは大いに理解出来ますが、本人の耳に入ると強引に鍛錬に付き合わされかねないのでご注意を。して、本日はどうなさったのですか?」
「あ、そうそう。アンに会いに来たんですけど、一人で来たもののどこに行けばいいのかさっぱり分からなくて途方に暮れてたところなんです」
「アン、ですか?」
思い当たる節がないとばかりに不思議そうな顔。
なぜ誰にも通じない。
「姫様のメイドのアンリです」
「ああ、ウィンスレット殿ですか。でしたら王女殿下は勉強の時間ですのでその今頃は昼食を取っているはずですよ」
「あ、そうなんですか。どこに行ったら会えるか分かりますかね?」
「侍女用の食堂でしょう。場所は~」
嫌な顔、不審者を見る顔一つせずにグリムホークさんは場所を教えてくれた。
とっつきにくそうというか、冗談通じなさそうな人だと思っていたけどすげえ親切じゃん。
「分かりました、行ってみることにします。わざわざ足を止めていただいてすいませんっした」
「いえ、お礼を言われる程のことでは」
軽い会釈を置き土産にグリムホークさんは去っていく。
建物はどこから入ればいいとか、そのメイドさんの食堂は入ってどう進むとかを教えてもらえたので迷うことはなさそうだ。
と、思っていたのだが、内部は内部で広すぎてわけわかんねえ。
どこの通路を~とか、何番目の扉を~とか言われてもぱっと見さっぱりだぞ。
もういい、いつまでも立ち尽くしていたって時間の無駄だ。
分からないなら分からないなりに行くっきゃねえ。
ということで唯一間違えようのない方向だけを頼りに入ってすぐの廊下を歩いていく。
三番目の廊下を右にという言葉だけを頭にこれまた『何だこいつ』みたいな視線を浴びまくりながら足を進めていると、正面から見覚えのある人影が向かって来るのが見えた。
白い制服が異常に似合う、長身のスラっとしたお姉さん。それすなわち、アメリアさんである。
俺が声を掛けるよりも先にこちらに気付いたアメリアさんの方から寄って来てくれて、にこりと微笑み掛けられた。
「おやおや、悠希君じゃないか。あの日以来だから随分と久しぶりな感じがするね。今日のお目当ては王女かい? それともレオナかい?」
あなたです。
って言いたいぐらい見惚れるわー。
んな場合じゃないんだけども。
「いえ、ちょっとアンに話があって」
「アン? ああ、ウィンスレットか。君も気が多いね」
やっと伝わった!
なんて喜んでる場合ではなく、何か誤解されてるんだけど。
「……へ? いや違いますよ!? 全然そういうのじゃないですよ!? いやいやあれはあれでぶっちゃけ全然アリですけど今日は違いますよ!?」
「そうなのかい?」
「今日はレオナの……あ」
ふと理性が言葉を止める。
だからこの作戦は極秘で行わなければならないんだってば。
よく考えなくても半分当事者みたいなアメリアさんに知られては不味いよな絶対。
つっても知られないように問題を起こしたところで絶大なる迷惑を掛けることになる可能性が溢れんばかりなんだけど、今この段階で釘でも刺されたらちょっと面倒なことになる気がしてならない。
「ん? レオナが何だい?」
「いやあ……まあ、へへへ」
キョどるしかない無様な男だった。
咄嗟に誤魔化せるかこんなもん。
「ほう? 私には内緒の話かい? それは少々連れないんじゃないかな、私と悠希君の仲だろう?」
どうしようと必死に考えていると、なぜか肩を組まれていた。
こういうコミュニケーションをする人だという印象がなかっただけにビックリだし、その透き通るような顔や目が真横にあって普通に照れる。
あとすげえ良い匂い。
「どんな仲ですか!? 大人の関係的なあれっすか」
「それは君次第だとだけ言っておくよ。それで? ウィンスレットにどんな用があるのかな?」
「う……」
誤魔化されてあげないよ? とばかりの微笑に言葉がない。
怒っているとか怪しんでいるという感じではないと思うけど……そもそも俺がアンに会いに来る時点で友達に会いに来たわけではないという違和感があるのだろう。
こうなれば俺に回避の術はなし。
さっきも思ったことだけど、最悪この人にまで迷惑を掛ける可能性があると考えると……こりゃ観念するしかないな。
「実は……」
そうです、私が弱点綺麗なお姉さんの情けない男です。
ということで事情を説明。
レオナの結婚宣言とその相手や経緯を知ったこと。
仲間達でそんなことをさせるわけにはいかないと情報収集をしたり阻止する方法を考えていることなどだ。
馬鹿なことをするなとでも言われたら早くも詰みそうなところだったのだが、意外にもアメリアさんは真剣な表情で話を聞いてくれた。
「なるほど、君も知ってしまったのか。だけどまあ、レオナが自ら明かした意味を無下にしない君でよかったと正直安心したよ。君がレオナのことを考えてくれる子でよかった、てっきり鞍替えでもしようとしているのかと勘繰ったことを詫びよう」
「まさか、俺はレオナと姫様一筋ですよ! 今のところ!」
「既に二筋あった上に不確定を自身で宣言する君に正直ドン引きだけど、一ついいかい?」
「はい?」
「その作戦、私も混ぜてもらえると嬉しい。無理にとは言わないが、原因の一旦は私にもあるし、言うまでもなく私はレオナを差し出すような真似をしたくはないんだ。堂々と行動に出る役を担うのは難しいかもしれないけど、君がどうにかするつもりでいるなら力になれるかもしれない」
「マジっすか、是非」
「では共にウィンスレットを呼びに行こう。話は私の部屋ですればいい」
何とも予想外の展開だけど、何なら一番頼りになりそうな味方が増えたので結果オーライ過ぎる。
そんなわけでアメリアさんに先導され、共にアンの元へと向かうことになった。