【第八十四話】 伯爵
それから数日。
我らが風蓮荘は特に変わり映えのない日々を過ごした。
とみせかけて着々と……とは言い難いが、それなりに例の何とか会の活動にそれぞれが勤しんでいた。
リリは俺の指示に従ってさりげなーい情報収集に出てくれたし、ソフィーも今日の夜飲みに誘えたと教えてくれたし、俺は総司令官として日々家事に勤しんでいたし、マリアはいざという時のために食って寝るを繰り返している。
いや後ろ二人! 何の役にも立ってねえ!!
というツッコミは今はいいとして。貴族のことを嗅ぎまわっている奴がいる、なんて噂が流れたらリリがやべえので効率はだいぶ悪いが本当にさりげなーくである。
そうさせないための方法として情報屋を利用するという案も出たには出たが、クソ高い情報量なんざ払えないので即却下だ。
というか言い出しっぺの俺も手伝うべきなのは分かってるんだけど、俺この世界に知り合いとかいねえもん。
ここの連中以外で世間話が出来る仲っていうと……アン? 姫様? アメリアさん? あとはゴリラとか国王のおっさんとか?
いやあ、どう考えても友達って間柄じゃねえよな。
金銭が絡む可能性大とはいえ唯一頼み事を出来そうなのはフィーナさんだったのに……どうしてあんなことに。
「いかんいかん」
過ぎたことだ。と割り切るにはまだまだ時間が足りないけど、今くよくよしても仕方ない。
何にせよ、リリの集めた情報によるとだ。
件の貴族というのが何とか伯爵とかいう奴らしく、この国では上位に位置する領地と権力を持つ人物なのだとか。
上に公爵だの侯爵だのという地位があるのにそう言われるのは古く王族一派として続いている由緒ある一族ってことや代々騎士様だの大臣だのを輩出している名家だからなんだってさ。
そういう歴史の授業で習いそうな難しい話は常時成績中の下な俺には分からんので専門用語は置いておくとして。
そんな大人物でありながら選民意識の持ち主だったり権力に固執するタイプではなく国王の信頼も厚く領民の評判も割といい方なのだとか。
そこまではよかったのだが……問題のレオナの相手である息子は馬鹿で権力を振りかざすあからさまなドラ息子タイプということが分かった。
威張り腐り、肩書を利用して何でも自分の思い通りにならないと気に入らないタイプ、というのが世間一般では有名な話らしい。
どういう経緯でレオナに目を付けたかまでは分からない。
ただ現当主である親父様が騎士団でも古顔である例の隊長とは古馴染みなのだとか。
「なるほど、ねえ……」
まだ何となくというレベルではあるが、話の筋は見えて来た。
要するに貴族の馬鹿息子に目を付けられ、その親父が隊長さんに話を持ち掛け、その義理で隊長さんがレオナに接触し、立場上レオナが無下に出来ずに今に至るという感じか。
「わたしも大体そんな感じだと思います。ヴァンディート伯爵領は王領に近いわけではないので詳しい内情までは調べられなかったですけど……」
「いや、十分だよ。リリにしてはよくやったぞ」
正直、目立たないように権力者の素性を嗅ぎ回るなんてのは難しいだろうし、リスキーだ。
「顔見知りのフリーワーカーの方だったり各地を行き来する商人さんにさりげなく聞いたので怪しまれることはないですからね」
褒められて気を良くしたのか、リリはえっへんとしたり顔である。
まあ俺にそんなアテはないので今日ばかりは素直に図に乗らせておいてやろう。
「つーか、その隊長ってのは実際有名人なのか?」
「それは当然ですよ、この国で名前を知らない人はいないです」
「確か、王国最強……だっけ?」
「そうなんです。クルセイダーというのは戦闘特化のエリート部隊でして、それを率いているのがジャンバロック隊長です。良く言えば冷血漢、悪く言えば非情な人らしく人前で笑うことはなく、敵の殲滅や任務の完遂に固執する厳しい方なのだとか。実績や名声も一番で、リーダーシップも優れているので部下の人には尊敬されているようですが、その反面で他の隊からは恐れられている。と関わったことがある方は一様に仰っていました。何故恐れられているのかについては……どうにも他の隊のことを仲間と思っていない節があるからだそうで」
「良く言って冷血漢って……そいつ人間か?」
「部下の方々は大抵がジャンバロック隊長の信奉者なので団結力も桁違い、というのは有名ですけど、だからこそ他の部隊や隊長さん達とは折り合いが付かないことも多いそうですね。役に立たないなら解体してしまえ、と国王様の前ではっきりと宣言された部隊もあるそうで」
他の部隊とは仲が悪く、そもそも仲間とも思っていない。
どれだけ優秀であってもだいぶ人間性に難がありそうだなおい……。
確か全部で四つの部隊があって、そのエリートロボット野郎の他で言えばアメリアさんとゴリラがそれに該当して、残りの一人も俺は会ったことがない。
「ちなみに……解体しろと言われたのって誰か分かんの?」
「ヴァルキリー隊……だそうです」
「レオナがいる隊ってことは……アメリアさんか」
あいつアメリアさんのこと尊敬してるし、そんなことがあったならなおのこと嫌悪しそうなもんなのに……何で言いなりになってるんだ。
いや、むしろその件があるからこそ負い目みたいになっているのか?
「何があったかは分からないけど、権力闘争だとか、発言力の大小であったり派閥みたいなややこしい話が裏にあるのかもしれないな」
「だからといってレオナさんが自分の意思を殺して不幸になっていい理由にはならないです」
「それは間違いない。だからこそ俺達が止めるんだ」
「といっても、その方法が問題ですよね……」
「まあなぁ……言ってしまえばバックに貴族様がいて、他の隊長達もおいそれと敵対出来ない。俺達だけでどうにかなんのかよってぐらい途方もない話だわな……」
「下手をすればわたし達全員牢獄行きですしね……レオナさんを助けられるならわたしはそれでもいいですけど」
「そんなことには俺がさせん。言い出したのは俺だ、最悪の場合俺が捕まればいい。国王のおっさんやお姫様は知らん仲でもないし、どう利用してでも死刑だけ避けてやるさ」
「それで皆が喜ぶと思っているんですか?」
それは勿論軽口のつもりであったが、リリの目は険しい。
ふざけたことを言わないでくださいと、声音と表情が言っていた。
「捕まるつもりはないって。俺もお前と同じで我が身可愛さにレオナを諦めたりはしないって決意表明みたいなもんだ」
「だったらいいですけど……」
「どちらにせよ俺達だけじゃ厳しいもんがあるってのは事実だなぁ。貴族だろうと隊長だろうと何の背景も無い俺達じゃ近付くことすら難しい」
「ですね……」
「となるとこちらも協力者を見付けるのが一番てっとり早いんだが……こっちの世界で見つけようにもなぁ」
いっそ国王のおっさんにでも直訴するか?
いや、いくら通行証を持っていたってただの平民が会いに行って会える存在でもないだろう。
そうなると姫様も怪しいし、そもそも今現在のあの人が政治的な権力とかを持っているのかどうかが分からないので相談したとて口利きが出来るかどうかも怪しい。
となると……。
「やっぱここはアメリアさんとアンしかねえか」
「アン?」
「アンっていうのは姫様のお付きのメイドさんだ。レオナとアメリアさんのことが大好きな奴でな。アメリアさんは表立ってというわけにはいかないかもしれないけど、あいつならレオナを助けるためって言えば協力してくれる可能性がそこそこある」
「なるほど……」
「そうと決まれば即行動だ。俺だけ何もしないわけにもいかんし、さっそく宮殿に行ってみるぜ」
頑張ってください!
というリリの激励を背に、急ぎ俺は王都に向かうことにした。