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【第八十二話】 晩酌


 迎えた翌日。

 昨日は昼間っから酒飲んで皆でフラフラになっていたおかげか誰も彼もが晩飯もろくに食わず、風呂に入るなりサッサと部屋に戻って休んでいた。

 その甲斐あって結果的に二日続けて超早寝をしたため寝覚めはスッキリである。

 こういう健全な生活の効果なのか、皆が励ましの会を開いてくれたおかげなのか時の経過も相俟って沈んでいた気持ちも随分と楽になった。

 いや、昼から酒を食らう生活が健全かどうかは怪しいけども。

 そんなわけで今日からはまたただの管理人生活に復帰だ。

 二日酔いという感覚は俺には分からないけど、少々胃が重たいというかムカムカが残っている感じがするので朝飯は野菜スープを一杯だけいただき、何だか久々な気がする家事に従事することに。

 昨日の洗い物をしたり、洗濯をしたり、風呂掃除をしたり、ついでに廊下と玄関の掃き掃除をしたりと、主婦スキルの向上待ったなしの普段と同じルーティーン。

 数日ぶりだからか、いつもは『面倒くせぇな~』とか思いつつバイト感覚でやっていた家事もちょっと新鮮。

 と、半ばまでは思っていたおかげで特に苦にもなっていなかったのだが、やっぱ人の分までやるのってダルいわ。

 再確認、そして再認識。

 当初は女の子の下着ぃぃぃぃ、うっひょぉぉぉぉ。とか毎日心の中で興奮していたのにそれもいつしかただの洗濯物。

 慣れって怖いわね。

 仕事で必要だからだろうけど、レオナとかちょいちょい一日に二セット出してくるからね。

 俺の仕事増やしてんじゃねえよ感まであるといってもいいレベル。

 それでも興奮はするんだけどね!

 ああ、慣れといえばもう一つ。

 今日は俺が早起きだったので丁度入れ替わりだったとはいえ、毎朝素っ裸で俺の布団に入りに来るマリアをどうにかしてくれ。

 管理人権限で部屋に鍵とか付けてもいいかな?

 あれはもう慣れとか関係ないから。毎日理性が死ぬから。

 この環境で生活しておきながら何で俺まだ童貞? って自分で不思議になってくるから。

 ま、そんな愚痴もいつも通りの日常が戻ったから言えることだろう。

 いいことだ。

 ……いやいや、食って寝てるだけの自堕落な生活であったり家と森を往復しているだけの生産性皆無な生活が繰り返される日常をそうあるべきだとは口が裂けても言えんけども。

「……お」

 家事という分類で言えば一番最後になる洗濯物を干し終え屋内に入ったところ。

 脱ぎ散らかされた靴の山に苛立ちを覚え向きをそろえていると、ソフィーが玄関にやって来た。

 どこかにお出掛けらしく、お仕事モードの派手な服装をしている。

「あらあら、悠ちゃん。おはようございます~」

 これまたいつものほんわり口調とにこやかフェイスが俺に向けられた。

 連れて行くつもりだったのか肩と足元に位置取っていたポンが俺の頭に移り、リンリンは足元に寄って来てはぁはぁ言いながら俺を見上げている。

「おはようソフィー。仕事でも見つかったか?」

「いえいえ~、今日()仕事は特に。ただちょっと王都に調べものに行こうかと」

「調べもの?」

「はい~。悠ちゃんに預かってもらっているあの卵が一体どんな種の物なのかと気になっていたんですけど、私の持っている書籍では載っていなかったもので」

「ああ、あれか」

 あのダチョウの卵みたいなやつね。

 当初は気にしてたけど、あまりに何も起こらな過ぎてもう存在ごと忘れてたわ。

 チェストの上に放置してるだけだし。

「で、この俺の頭の上で髪の毛を毟ろうとしている鳥達は?」

「この子達は散歩がてら連れて行こうかと~」

「ほーん。ま、頑張れや」

「お暇なら悠ちゃんもご一緒にどうですか~?」

「いや今からカルネッタに買い出し行かなきゃいけねえから。家を空けてたのと昨日のあれで食料すっからかんだからさ」

「あ~、そう言えばそうでしたねぇ」

「何かリクエストがあれば聞くぞ? 昨日のお礼がてら晩飯は任せな」

「本当ですか~? では久しぶりにポトフが食べたいです~」

「ポトフ、ね。オッケー了解だ」

「楽しみにしてますね」

「ああ、いってらっしゃい」

 ソフィーが笑顔で手を振り玄関を出ると、頭上のポンと足元のリンリンもそれを追い掛け外に出る。

 さて、と………………ポトフって何ぞ?


          ☆


 あっという間に時間は過ぎ、夜も遅くなってきた。

 今日も仕事で帰りが遅いレオナを除く四人で晩飯を食べ、それぞれが入浴も済ませて部屋に戻りぼちぼち寝静まる頃合いといったところか。

 最後に風呂を出た俺は今、一人寂しく一日の終わりを噛み締めているところである。

 テーブルにはグラスと開けたばかりのレオナに貰ったワインの瓶があるんだなこれが。

 結局ワインと葡萄酒の違いも分からない俺だけど、ここ最近酒を飲む機会が増えて来たせいか少々嗜むぐらいに口にするのも悪くないと思い始めた今日この頃。

 ぶっちゃけジュースの延長感覚という側面の方がまだまだ強い素人だけども、何となく大人達が没頭するのも分かる気がしないでもない。

 一日掃除に洗濯に買い物に料理に後片付けにと齷齪働いたのだ。その一日の終わりにホッと一息吐くのも悪くないじゃん?

 つーか、例によってレオナを除いての話ではあるけども、誰一人何の仕事もしていないあいつ等のために俺が朝から働いて、飯まで作ってやって、洗い物までやって、自分で掃除した風呂に最後に入って……何か納得いかねぇんだけど。

 あとポトフって何だよあれ。

 姿形が何一つ分からんかったからカルネッタでいつも野菜を買ってる店のおばさんに聞いたら牛肉とか使うんだけど。

 牛肉の塊と野菜を煮込んでスープにして塩胡椒で味付けをするって感じで教わったまま作ったんだけど、昨日のバーベキュー風パーティーですら牛肉食ってないのに塊で全員分用意するって確実にこっちの方が出費でけえっつーの。

 ソフィーの奴め、何という錬金術師。

 あとこの世界なぜか胡椒もやたら高いしよ。

「ぷはぁ~……」

 心で呆れつつも、どこか大人になった気分に浸りながら空になったグラスにワインを注ぐ。

 高い安いに関わらずあのレオナがくれた物なので一気に飲み干してしまうのは勿体ない。

 なんて貧乏性を発揮し、注ぐのはグラスの半分程度だけである。

 というか、そもそもがぶ飲み出来る程の酒耐性がない。

 昨日みたいなシチュエーションが特殊ってだけだ。

 いやまじ、昨日は羽目を外し過ぎた。しばらく気持ち悪かったもんあの後。

「お?」

 酒は飲んでも飲まれるな。って昔誰かが言ってたなぁ。

 とか意味不明なことを考えていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 言わずもがな足音と共に現れたのはレオナだ。

 余程忙しいのかお疲れなのか、昨日と同じく制服のままでの帰宅である。

「あら、あんた一人?」

 レオナはそんな素振りを見せることもなく、俺に気付くなり不思議そうな顔を浮かべる。

「ああ、皆はもう寝てるんじゃないか? 俺は一日管理人に勤しんだ俺を労うために少々晩酌をね」

「どうそのお酒、美味しいでしょ?」

「ああ、俺にゃ酒の良し悪しなんてまだまだ分からんけど、心なしかまろやかで香りも良い気はしてる」

「ならよかった。それなりに格式のある店のそれなりのお酒だから。さすがに何十万もするのは買えないけどさ」

「いいよ気持ちだけで。初めてレオナに貰ったプレゼントだからな、長く堪能するために毎日ちびちび楽しむんだ」

「何それ、変な奴。ああ、あとこれ」

 思い出したように腰の辺りから何かを取りだしたかと思うと、それを俺に差し出した。

 何やら封筒みたいだが、心当たりは特にない。

「手紙? じゃねえな……ってなんじゃこりゃ」

 不思議に思いつつ中を見ていると、何故か札束が入っていた。

 十枚二十枚じゃないだけに普通にビビる。

「陛下から今回の諸々の働きに対する褒賞と巻き込んだことへのお詫びを兼ねてって預かってきたのよ。本当なら宮殿に招いて授与するところだけど、今はちょっと立て込んでるから私の方で断らせてもらったけど、問題ないでしょ?」

「ああ、むしろ助かるよ。仰々しい雰囲気は好きじゃないし、大袈裟に表彰される程のことはしてない。何も出来ないくせに無駄に首突っ込んだだけだ」

「無駄になんてことはないでしょうに。姫様はアンタの行動や勇気に感謝してたし、アンリだって褒めてたんだから。まあ、アンリのは随分と遠回りだったけど」

「はは、あいつらしいな。素直なアンなんてアンじゃねえ、あいつはツンツンしてるからいいんじゃないか。だろ?」

「だろ? って言われても知ったこっちゃないけど、あたしだって感謝してるのは本当だから。あの時は皆がいたからちょっと変な感じになっちゃったけど」

「別に感謝なんてしなくていいって。姫様の時は馬鹿なりに何かしなきゃって根性だけで立ち向かったけど、お前はまた別だろ」

「別って……どう別なの?」

「リリの時もそう、ソフィーの時もそう、何も出来ないからって黙って見てられるかって……何か考えるより先に口や体が動いちゃっただけだから。ま、結局大したことも出来ないし、滅茶苦茶怖くもあったし、一人でビビッてただけなんだけどさ」

「だから、それだけってことはないじゃない。事実私は助けてもらった、姫様も守ってもらったとはっきり言ってた。それは十分に胸を張れることよ」

「別に謙遜してるわけでも卑屈になってるわけでもないんだ。自分の中でその場にいただけって自覚が強いんだからしゃーないさ。何も出来ないなりによく頑張ったとか、立ち向かおうとした勇気が立派だったとか、そういう評価なら妥当だと思うけど、ぶっちゃけあの場じゃ俺がいなくてもアンとアメリアさんだけでどうにかなってたろ」

「だから、あたしの感謝はいらないってこと?」

「要らないとは言わんさ。一回もらえばそれで十分だってこと。何回も言われたらこっちが気を遣うだろ?」

「……そっか」

「飯は食ってきたのか? 晩酌付き合うか?」

「ううん、明日も早いからお風呂入ったら寝るわ」

 だから一杯だけ。

 と付け足して、レオナは飲みかけのワイングラスを手に取り、グッと飲み干した。

 そのまま背中を向け、独り言みたいなトーンでどこか自嘲気味な呟きが聞こえる。

「こんなことなら……もっと早くアンタと出会って、サッサと口説き落とされてればよかったのかもね」

「……ん? どういう意味だ?」

 返事はなく、レオナは立ち去っていく。

 かと思いきや出口を潜ろうとするタイミングで立ち止まり、振り返ることなくこんなことを言った。

「あたし……結婚することになったの」


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