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【第八十一話】 感謝の気持ち



「う~ん……」

 自然とは言えない、どこかもどかしさが脳裏を過ぎる目覚めを迎えた。

 昨夜は早々に床に就いたこともあって睡眠不足の感はこれといってない。

 それでいて自発的ではなく横槍で意識を呼び起こしたのは太ももに蹴りと思しき軽めの衝撃を感じたからである。

 繰り言ではあるが睡眠時間は十分に経由しているため改めて目を閉じる気にもなれずに薄っすらと目を開くと窓からはこれでもかというぐらいに眩い日差しが存分に一日の始まりを告げていて、反対側に目を向けると丸まった状態のマリアの顔が数センチの距離にあった。

 言わずもがな、素っ裸である。

「…………」

 うん、予想はしてたけどね。

 誰かが居るって察した時点で目を開く前の呼吸音を耳が捕らえる前から真っ先にその可能性に思い至ってたけどね。

 前にもあったし、あの時散々言って聞かせたよね?

 何やってんだよこいつ。

 素っ裸で男の布団に潜り込むんじゃないって口酸っぱく言ったろ、共同生活という防波堤がなかったらとっくに事件が起きてるぞ。

「つーか……どうすんだこれ」

 デジャブを感じつつ、そっと上半身を起こしつつマリアの裸体が露わにならぬように布団を肩まで掛けてやったところで思わず動きが止まる。

 やはり起こしたら起こしたで平気で裸を晒すであろうことは用意に予想が付くので慌てて追い出すことも憚られるし、かといってこのまま放置すりゃあらぬ疑いを持たれること必至。

 何食わぬ顔で俺だけ退散するのが最良か?

 そうと決まればマリアに気付かれないようにそーっと……。

「悠ちゃ~ん、そろそろお昼になりますよ~……って、あらあら~」

 ノックも無しにいきなり開く扉。

 そして固まる俺とにこやかなソフィーが見つめ合う空間。

 何この地獄。

 つーか何でにこにこしてんの? お盛んなのね~、みたいな顔やめてくんない?

「いや、違うからな!? 俺なんもしてないからな!? つーか前にもあったろこのパターン!!」

「何も言ってないですよ~?」

「顔が言ってるから! 微笑ましいわ~みたいな顔してっから!」

「勘繰り過ぎですってば~。マリリンは悠ちゃんが居ない間ずっと寂しそうにしていましたし、毎晩悠ちゃんの部屋で寝てましたからね~。きっと今日も行っちゃうんだろうな~と思っていたので微笑ましくなっただけです」

「へぇ……」

 そうなんだ。

 前もって俺に伝えておいてくれないかなそういうの。

「もう何でもいいけど、俺はどうしたらいいんだこの状況。もう一回言っとくけど指一本触れてないからな」

「もうお昼ご飯の時間ですし、一緒に来てくれればよいのでは?」

「いやだって、こいつ素っ裸……」

「ソフィアさーん、悠希さんは起きまし……」

 いつまでもウダウダと言っていた報いなのか、最悪なことにソフィーの背後からリリが登場した。

 例によって言葉の途中で固まり、動きが止まる。

 そして。

「ゆ、悠希さんの変態王子~!!」

「ちょ、待てぇぇぇぇ! 俺の話聞けってぇぇぇ!!」

 慌てて叫ぶも届くわけもなく、リリは理不尽にも程がある暴言を叫びながら逃げていった。

 だから誤解だって言ってんだろーが!! そしてその誤解は前にも解いたろーが!!

 そして辛うじて変態要素は仕方ないにしても王子どっから出て来たんだよ。

 なんてことを言っている場合では当然ながらないので『人が気持ち良く寝てるのにうるさいなぁ』みたいな不満げな顔で薄っすら目を開けるマリアを完全放置して慌てて追いかけるのだった。


          ☆


 それから十分だか十五分ぐらいが経っただろうか。

 どうにかリリの誤解を何とか解き……といってもよくよく話を聞いてみるとソフィーと同じくリリも大体予想は付いていたので別に本気で軽蔑したとかではないとのことだ。

 だったら叫びながら出て行くなと声を大にして言いたい。

 とまあ、それはさておき。

 そんなこんなで起床の時を迎えた俺だったが体内時計の感覚とは裏腹にとっくに朝は過ぎ去り時間は昼前に迫っていた。

 十五時間ぐらい寝たんじゃねえのって驚きを抱いたものの、二人に言われるまま着替えを済ませ顔を洗い、ついでにマリアを起こしてきてと言われたので苦戦しながらもマリアを布団から引っ張り出し服を着せ、これまた言われるまま外に連れ出されることに。

 なぜ外に?

 という疑問も何のその。

 はぐらかされることに戸惑いながらも『まあまあ、来てくれれば分かりますから』と、結局は腕を引かれるままお礼状に何も理解していなさそうだけど黙って俺についてくるマリアと二人で屋外に出る。

 そのまま森を出てどこかに行くのかとも思ったのだがそういうわけではなく、目的地はただのボロ屋の横だった。

 が、そこにあった光景を目にするなりおおよその事情や理由を理解する。

 芝生の広がる特に何もない開けた殺風景な緑の景色。

 そこに並んでいたのは詰まれた炭とでけえ石に乗った網、そして肉や野菜と無数の酒瓶である。

「えっと……ここで飯食うの? バーベキュー的な?」

「はい~、色々大変だったようですし今日は私達で悠ちゃんを元気付ける会を催そうかと~」

「わたしが落ち込んで寝込んでいた時もこうして励ましてくれまし、いつも助けてもらってばかりですから今日はわたし達が恩返しです」

「お前等……泣かせるようなこと言うなよ」

 歳を取ると涙腺が緩くなって困っちゃうわ。

 まさか俺が寝ている間にこんな催しを準備してくれていただなんて……金無いくせに。

 見たところ安い葡萄酒の瓶はいっぱいあるけどこの世界では酒よりも高い肉はあまり量もないし、何か鶏肉と野菜メインみたいなバランスだし。

 いやいや、こんなもんは値段じゃねえ。

 その気持ちだけでもう気を抜いたらマジで泣いちゃいそう。

「よっしゃ、ならお言葉に甘えていただくとするぜ」

「いただきましょ~♪」

 こうして。

 笑顔のソフィーやリリに視線を肉に固定しながら涎を垂らしているマリアを加えた四人での『俺を労う会』が始まった。

 飲み物が葡萄酒……つまりはワインなんだろうけど、酒というだけあってほのかに頭がふんわりしてきて良い気分になってくるものだ。

 これが日本だったら恐る恐るになるのだろうが、この世界ではそろそろ酒盛りも慣れて来たものである。

 つーか俺も未成年だけどリリとかも普通に飲んでいるのでもう日本の常識とか関係ねえよこれ。

 そんなことはさておいて、屋外でワイワイやっていることやほろ酔い気分も相俟って肉も魚もそりゃあめちゃウマですよ。

 しかも焼いてくれるソフィーはほとんどの肉を俺とマリアにくれていて、そんな気遣いも泣けるねちくしょう。

 更に言えばあの! あのマリアが!

 自分で肉を頬張っては自分の皿の肉をフォークで刺し、俺の口に突っ込んでくるのだから驚きである。

 もう一度言おう、あのマリアが! 自分の食べ物を! しかも肉を! 俺に分けてくれようとしているんだぞ?

 いや、俺の皿にもどんどん積まれていくので別に分けてもらう必要は全くないし、何ならまだ口に残ってるのに無理矢理口に突っ込まれても苦しいし顎疲れるし若干ありがた迷惑なんだけども、まあこいつなりに元気付けようとしてくれているのならこれまた涙もんだ。

 そんなこんなで三十分は経っただろうか。

 皆も酒が進み、葡萄酒は既に何本も空いている。

 一心不乱にフォークを動かし続けるマリアはさておき、リリもソフィーも色々と話が膨らみ和気藹々と楽しそうだ。

 俺としてはこれ以上ワイン入れるのキツイっつーか、そろそろ頭がぼんやりしてきた頃。

 微かに聞こえてきた足音が皆の会話を遮った。

 揃って……ああ、無論これもマリアを除いての話だが、三人で音のする方向に視線を向けて待つこと十数秒。

 木々の間を抜けて姿を現したのはレオナである。

「レナちゃん!」

「レオナさん!!」

 正体が判明するなり、女子二人が駆け出したかと思うと『ただいま』と苦笑いで片手を上げるレオナに全力で抱き付いていた。

 例によって……と思いきやマリアまでもがそれに続きフォークを片手に口いっぱいに肉を頬張りながらレオナの頭を撫でている。

 あいつにも友達思いな一面があったんだなぁ。と感心していると。

「ごめんごめん、心配掛けたわよね。マリアもありがと、気は遣わなくていいから遠慮せずに食べなさい、私は食べて来たから」

 お返しに三人それぞれの頭をポンと撫で、ようやくレオナの顔に笑みが浮かぶ。

 かと思うとそのまま視線をこちらに向けた。

「悠希……」

「お?」

 ただいま、とか心配かけたわね、とかといった言葉が飛んでくるのかと思いきやレオナは何かを言いかけたところで何故か気まずそうに顔を伏せる。

「レオナ? どした?」

「う~……」

「……何だよその嫌そうな顔は」

「馬鹿っ、察しなさいよ! 面と向かっては言いにくいんだから!」

「だから……何を?」

「感謝してるってことと、ちょっとは見直したわよってこと!!」

 開き直ったかのように大きな声で、しかもヘッドバッドでもするのかという勢いで顔を突き付けてそんなことを言うと、レオナは手に持っていた酒瓶を俺に押し付けるなり一人でサッサと建物の中に消えて行った。

 何で酒なんだろう?

 お土産……というよりはお礼の品的なことなのだろうか。

 転がっている空き瓶みたいな安酒ではなく、瓶のデザインを見るにちょっと良い物っぽいし。

「はは……」

 感謝の言葉ぐらい素直に言えってのツンデレさんめ。

 ま、無事に帰ってきてくれたのなら何でもいいけどさ。





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